超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

【一日目】それぞれの結末へ『イスカの場合』

エピソードの総文字数=2,490文字


 動物園から出るために歩いていて、鳥類コーナーの前に差し掛かった時だった。

 不意に『イスカ』という文字が目に入った――

 


『イスカ』


 それは小鳥だった。

 高い天井の檻に入れられて展示されていたのだ。

 この鳥がもしかして、遊田の『イスカ』という名前の由来なのだろうか?

 奇妙なクチバシだ。まるで、噛み合わせが壊れてしまったピンセット。

 なんで遊田の両親は、こんな奇妙な鳥の名を、娘に付けたのだろう?

 

 生態を解説してあるプレートには、こんな事が書いてあった。

『イスカの特長あるクチバシは、針葉樹の種をついばむために、進化したと考えられています。


 なお、次のような伝承もあります。

 イエス・キリストが張り付けになった時に、これを悲しんだイスカが、手に打ち込まれた釘を、どうにか抜いて助けようとして無理をしたため、クチバシが歪んでしまった、というものです。


 このため、キリスト教文化圏においてのイスカは、正義を行う者、というイメージを持たれている小鳥です』

「名前負けしてる。あんた今、そう思ってるでしょ?」

 いきなり遊田本人の声が、すぐ隣からしてだな。
「うおっ!」

 居たよ。いつの間にか、隣に居た。

「負けてはないだろ。お前は張り付けになった人間を見たら、むしろ釘をさらに打ち込むタイプだ。

 ある意味、勝ってる。大勝ちだぞ、喜べ、誇れ、舞い踊れ」

 笑顔で言ってみた。

 そしたら、俺のケツが遊田に回し蹴りを食らって、どん! っとだな、やられたぜ。

 こいつも変わったもんだ。

 以前だったら、たぶんこうリアクションが返ってきた。

『あたしだったら、そこからさらに、顔に落書きまでするわね』

 とか、清々しいクズ発言がだ。


「で、なんでこんな所に居るんだ、『イスカ』は?」

「それ、こっちの台詞よ。ここはあたしの庭だもの。

 息抜きに良く来るわ。あんたこそ、なんでここへ?」

 そういや、こいつの実家はこの近所だったか。

 なんか家に用があったんだろうか?


 しかし、あれだな。

 格好付けて〝真犯人〟になったは良いが、これからどうすりゃいいか絶望してた、なんて正直に言うのは、決まりが悪すぎるぜ……。

「俺の用事か?

 そりゃあ、あれだ。進路を決めにゃならんわけだし、オラウータン先輩に仕事を紹介してもらおうと思ってたんだ。時給バナナ3本くらいで、檻の中でボーッとしてればいいだけの、簡単なお仕事、そういうのを探してる」

「はぁ……」
 呆れられちまったぜ。
「どーせ、勢いで真犯人になったは良いけど、途方にくれてたんじゃないの? ほんと、あんたって馬鹿よね」
 遊田のくせに図星を突きやがって……。
「でもね。学校のみんな、あんたに感謝してる」
「なんで、真犯人に感謝なんかする」
「みんなもう冷静になって、あんたが真犯人だったなんて信じてる奴はいないわ。あんたが学校を――みんなを救ったんだって、理解してる。それとは別に、あたしも感謝しとかなきゃならない事がある――」
「なんだよ?」
「実はね、また――女優の仕事やれることになったの!

 学園祭の映画を見てくれた監督さんが居てね。

 あたし主人公で撮りたいって。事務所とか通さない個人契約」

「ほんとか! やったじゃないか。

 けど、なんでそれが、俺に感謝なんだ?

 というか、親は納得してくれたのか?」

「うちの両親ね。やっと、あたしの事、理解してくれた。
 あたしの人生、応援してくれるって」

「すごい変わり様だな。家出で懲りたのか?」

「だから、これがあんたのおかげなのよ」

「意味がわからん。

 俺はむしろ、娘を拐かす害虫と思われてんじゃないのか?」

「それがね。

 コッペがみんなを救うために自分から退学になった話しを、両親にしたらね。なんか変にあんたの事、気に入っちゃったみたいなのよ」

「は、はあ……?」

「でね、お父さんはこう言ったわ。


『勘違いしていて済まなかった。お前がそんなボーイフレンドを選んで付き合っているとは思わなかったんだ。自分から正しい道を進むことが出来るようになったんだね』


 とかニコニコしちゃってさあ。気持ち悪いったらありゃしないわ」

「なんか勘違いされてる気もするが、素直に喜んでおけよ」

「それで、あたしが映画に出るって話しも、『お前がそれを良い事だと判断したなら、信じるよ』って、ニコニコしちゃって、ほんと、気色悪くて吐きそうだったわ」

「吐くな。それはハッピーエンドって言うんだぞ、遊田」

「…………でも」
「あんただけ……ハッピーじゃないじゃない……」
 強がりでも言おうと思った。

 でも、そうするには、俺は内心で凹み過ぎてたらしい。

 何も言い返せなかった。


 それが妙に悔しかったんだ。

 自分の行き詰まった現状を、認めたくなかったのかも知れない。

 だから、苦し紛れに――。


「ああ、かわいそうだろう。てことで、憂さ晴らしにでも付き合ってくれ、心の友よ。どっか、遊び行こう」
 本気で遊びに行きたいなんて思ってたわけじゃない。

 むしろ、そんな気力などなかった。

「悪いけど、他に用事があるわ」
 瞬殺で断られた。少々、傷つく。

 冷たいじゃないか、なんて身勝手を思ってしまうと同時に、仕方ないのだろうとも思う。こいつは今や女優に返り咲いたのだ。そりゃあ、予定も多かろう。


 良かったな遊田。お前の本来の人生に戻れたんだ。

 でもその人生はたぶん――俺みたいな一般人なんかとは、かけ離れた物になるんだろうよ。なんせ、本物の天才って奴だ。

 来年の今頃あたりには、また売れっ子になって、年に何回も映画に出てたりするかも知れないな。


 でも、その時、俺は――

 俺は、どうなっているのだろう?

「じゃ、そろそろ行くから」
「ああ、気をつけてな」
 笑顔で見送りつつも、遠ざかって行く遊田の背中を見ていて思ってしまった。

 昨日まで、同じ立場の親友だと思ってた奴が、今や俺では絶対に行けない場所へと、離れていってしまう、そんな気がしてしまってた。


 俺も――自分の行き先を決めなければならない。

 だけど、その行き先は――良い場所へたどり着ける予想は、まったく出来ない。

 予感できていたのは、薄暗い……灰色の未来だけだ。

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