レイルモデラーズ

第8話 車両用デコーダ (N・Z用)29-075 DN-163をお求めのお客様

エピソードの総文字数=10,462文字

 代々木上原、天の川鉄道模型社。
「ありがとうございましたー!」
 メイとマスターがお客さんを見送る。
「マスター、すっかり鼻の下伸びっぱなしでしたね」
「そりゃあんな美人が来ればそうなっちまうよ。まさか今流行のグラビアアイドルが来ちゃったんだもの」
「マスターもお好きですねえ」
「しかたがないじゃないか、おとこだもん」
 ちぇっ。ちょっと残念。をほほほほ!
 のはずが、メイは自分のなかのもう一つの感情に気づいた。
 あれっ? 私、もう一つの感情持ってるの?
 なんだろう? これ。
 ……私、まさか。
「さあ、作業に戻るよ。注文品溜まると大変だから」
「は、はい!」
 確かに私は変わってきた、とメイは思った。
 マスターの指先。繊細に、ときにほとばしる情熱のままに、真鍮、プラ、ペーパー、そしてPCすらも使いこなす。決して細かったりはしないのだが、その魂の宿った指先は、メイの心を揺さぶる模型をいくつも作ってきた。
 ネトゲや深夜アニメも好きだったし、今でも見たりやったりしている。
 でも、マスターとのこの日々は、それ以上に楽しく、そして心に響く。
 なによりも、誰かに用意されたものではなく、私が作って行っているんだと思える日々になった。
 そんな日々で、あのTRY-Xやオリジナルスチームエンジン機関車も作ることができた。
 いろいろなことがあったなあ。
 って、なんで私、回想モードに入ってるの!?
 まだ8話よ! ここで早くも〆はないでしょ! あと4話! 私ガンバ! がんばらないと!
 でも……マスターの『15年前のこと』って、何だったんだろう。
 預かったSDカードのこともわからないし。
「そういや、うちってあんまり迷惑な客、こないですよね」
「そりゃ来ないようにしてるからね。一般品でも定価販売、カスタム品は単価めちゃ高くしてあるし。鉄道模型扱うなかで一番トラブルになりやすい電話取り置きも簡単に請けないし。第一、そもそもうちは会員制でしょ?」
「あ、そういえばそうだ。会員証発行するときには厳しく本人確認もしてますもんね」
「こういう会員制にしてないと、メチャメチャいっぱい取り置きにしてキャンセル大量にしたり、それどころか取り置き品そのままでバックれるのもいるからね。あれは迷惑通り越して犯罪級だから」
「その点、うちのお客さん、せいぜい長話していくぐらいですもんね」
「まあね。それでも浅い身の上話とか床屋政談とかを延々と話していくようなのとか、そもそも普通の店でも出入り禁止になるレベルの身体が臭いとかのは寄りつかないように、会員制度と一緒に雰囲気とか応対とか計算してる」
「え、計算ずくなんですか」
「そういうことも知ることになっちゃったからね。それに店と客は店と客。そこにはしっかり線を引かないとね。店は店、友達であってはいけないんだ。そうなると、とことんまでお互いにヒドいことになるからね」
「確かにそうかもしれません」
「でもメイちゃんいて助かるよ。300両分のカプラ換装とか、気が遠くなっていくらお得意さんの発注とは言え、請け負いたくなかったから」
「でも10日で1に1日30両と思えばたいしたことないですよ」
「そこが女と男の違いだろうなあ。そういう地道さってのは男は苦手なんだよ。やっぱり脳には性差があるよなあ。実際医療でも性差無視しちゃいけないって話が出てたし」
「そうですかねえ」
「ほら、メイちゃん!」
「あ、いらっしゃいませ!」
 メイとマスターが声を揃えてお出迎えする。

 *

「こんにちは。データ持ってきました」
 あれ、お客さんじゃないのかな。
「ああ、彼には自動運転の設定をお願いしたんだ。それがわかんないお客さんがいてね。俺、自動運転は専門外だから、彼にお願いしたわけ。じゃ、請求書きっといてください。こちらから振り込みますので」
「了解です。あと、ぼくの分の取り置きも」
「はい。メイちゃん、157番の取り置きお願い」
 取り置き台帳をマスターが確認し、メイは取り置き棚の番号札を捜す。
「ええと、157番、157番……あれっ、見つかりませんよ」
「え、そんなことないと思うけど」
 マスターがやってきた。
「0番台、50番台、100番台の150の……あれ?」
 マスターも見つけられない。
「ちょっとお待ちくださいね」
 メイとマスターの二人で捜す。
「モノは車両用DCCデコーダーだからすごく小さいんだ。だから大きめの札でなくさないようにしといたんだけど」
「ですよねえ」
「あれ、おかしいなあ」
 メイが考えている。
「マスターの癖考えると、多分、大事だからと思って……」
 メイの目が利発に動く。
「あった!」
「え、どこ!」
「補助の作業机の上でした!」
「ああ、そうか! っと!!」
 マスターが思わずよろける。
「あぶない!」
 その踏み出したマスターの足が、メイの足と足の間に入った。
「きゃあ!」
 思わぬ体勢になったのをカウンターの向こうからのぞき込んだ彼が、あきれて言う。
「ナニをやってるんですか?」

  *

「もー、いきなり『壁ドン』じゃなくて『股ドン』とか、やめてくださいよー」
 といいながらメイはまだドキドキしている。
「これは事故だよ」
「事故でもかなり過失責任は大きそうですね」
 彼もドン引きしながら笑っている。
「札付けて、棚にしまおうと思ったときに別のことに気を取られてそのままだったんですね。マスターらしいなあ」
「歳取ると厭なもんだね。根性と注意力が落ちる」
「そうかもしれません」
 彼はそう言いながら、デコーダーを見ている。
「DCCデコーダーって小さいんですね」
「そう。このデコーダーはNゲージより小さいZゲージにも車載出来るようになってるからね」
「この『BEMF』ってなんですか」
「ああ、バックEMFね。走行条件にかかわらずモーターの回転数の変動を抑える機能。これがあると走行速度が安定して重連とかしやすくなる」
「トランスポンディングってのは」
 彼が代わって説明する。
「デジタル方式の鉄道模型において、ロコネットっていう規格の制御機器と双方向通信する機能です。この機能のあるデコーダー積んだ車両は状態と識別情報を返す。線路の配電を閉塞区間ごとにギャップで区切っておけば、配電する電源側にその情報が戻ってくる。それでどの閉塞区間にどの識別情報持った列車がいるかがわかります。自動運転でスマートで現実的なシステムの一つですね」
「トミックスのTNOSとは違うんですね」
「あれはアナログ方式で車両に加工しないので、車両からの応答機能がありません。ですから同じようにギャップを切っても、どこに車両がいるか、システム側からはわからないんです」
「だからセンサーレールも併用しているんですね」
「その分配線が増えてしまいます。出来ればもっとスマートにブルートゥースとかの無線が使えると良さそうですが、やはり確実な車両の位置の検出、在線検知はDCCを使った方がまだ優位ですね」
「最近のJRのATACSみたいなものはまだ鉄道模型では」
「正直無理ですね。研究している人はいるでしょうけど」
 メイは彼の会員証を確認する。 
「あれ、会員証の確認の身分証が大学の教員証、って」
「あ、ぼくは運転免許証とか持ってないんですよ。私の人生には要らないモノだと思ってたので」
「そうなんですか」
「ぼくの時間は有限なので、時間の振り分けには注意しています。ぼくの頭の処理能力の限界は低いですから」
「そんな。自動運転そんなに詳しいのに」
「詳しいうちにも入りませんよ」
 彼は謙遜しているというより、自分に失望しているような口調だった。
 え、これ、また地雷処理するハメに? まあ、覚悟は出来てるけど……。
「でも、正直、ウェブ検索で『あ、同じ事やってる人がいる!』と喜んでみたら実は自分が昔自分のサイトにアップしたものであることが多く、その時の落胆に、未だに慣れることが出来ません」
「それだけオリジナリティがあるってことだと思いますよ」
 メイはそう言う。
「でも、正直、寂しさはあります。鉄道模型を始めたのも、仲間が欲しくて始めたところもあります。結果いろんな人が仲間になるかと思っても、結局は離れて行ってしまいます。理想とするものが違うせいだと思うけれど、やはり寂しいものです。力一杯やればやるほど、人が離れていく。だから我慢して力を押さえ込んでいます。私の中にあるものを理解してくれる人はきっといないし、いないまま、私はそれを封じたまま死ぬんだろうな、と」
「それこそ寂しいですよ」
 メイは思わず言った。
「妙なモノで、私、そういうことがわかってしまうんです。わかったところで、毎回どうもできないんですが」
 彼は深い無力を感じているようだ。
「でも、こんな話しても、困りますよね」
 メイは一瞬『メーワクな客』の話をマスターとさっきまでしていたことを思い出して、どきっとした。
 でも、これがメーワクだろうか。
 こんなに沈んでいる人を、ここからは店の商売とは関係ないからと容赦なく放り出すべきなんだろうか。
 それだったら店なんかやめて通販のウェブプログラムで十分なはずだ。
 同じ血の通った客と店員だから出来る関係もある。
「いいですよ。かまいません。どうせこの店、ヒマですし」
 メイは微笑んだ。
「ぼくは何も出来ない。鉄道模型をやっていてもそうです。上には上がいる。うまい人間はいくらでもいる。比較しちゃいけないと思うけど、つい比較してしまう。そしてそれに圧倒されているうちに何も言えなくなっていく。このところ、そう思うことばっかりで」
「そうなんですか」
「前提も現状認識も間違ってるのに筋が通っているから是としちゃう人。こちらがこらえているのをいいことに一方的に甘えて続けて来る人。そして大した知識でもないのに何の共感のプロトコルも守らないままそれをひけらかして全否定するコミュニケーション障害の人。ひどいなと思って傍から見ているけど、毎回ぼくも他人から見れば同じ部類なのかもしれないと思って、毎日がすごく苦しい」
「繊細ってそういうことですよね。つらいですよね」
「そんな中、ぼくは一体何をしたらいいんだと。理想とするものはある。作りたいものも有る。でも多分一生作れない。どうやっても。なにか大きなハサミがぼくを断ち切る未来が見える」
 メイはこの人メンヘルさんだな、と思ったけれども、でもどこかそれが解ってしまう気がした。
 なんでだろう。それはもしかすると、私にもそんなところがあるのかな……。
 でも、メイはそのとき、口を開いた。
「もしかすると、私の未来も見えますか?」
 彼は一瞬ビックリした。
「あなたなら見えるかな、と思って」
 彼は黙っていたが、少しずつ話し始めた。
「メイさんは、あなたが思っているより、ずっと聡明です」
「そうですか? まいったなー」
 メイは照れた。
「まさか。メイがそんなキレ者のわけ無いじゃん」
 マスターが笑う。
「いえ、それは比較の問題でしかありません。十分聡明なうちに入ります」
「まいったなー。照れるなー」
「だからこそ、辛い別れが待っています」
「え、別れ?」
「最も大事にしているものとの別れです」
 ……なんだろう。
「普通の人でも別れは辛い。でも、あなたの別れの辛さはさらに独特です」
「そんなー。やだなあ」
 メイは軽く受け答えていたが、やっぱり思いのほか重たいことに踏み込んでしまい、マスター、助けて! と思い始めていた。

 だが。
「マスター、こんにちはー」
 突然、コック帽の陽気そうな女性が、玄関から顔をのぞかせてきた。
「いらっしゃい。どしたの?」
 マスターが聞く。
「うちの店満席になっちゃったんで、席2つ貸してくれません?」
「ええっ、うちの店のカフェコーナーを?」
 メイが驚く。
「ああー、いいよー」
 マスターは同意している。
「マスター、どういうことですか?」
「どういうことも、こういうことだよ」
「すみませんねー。うちのお店狭くて。それに天の川鉄道模型社さん、内装素敵だから、席貸して欲しいな、って前から思ってたんですよ」
 コックの彼女がそういいながらテーブルクロスを持ってくる。
「しょうがないなー、もう」
 メイが理解し、そのクロスを敷いてランチの席を作っていく。
「これだと『天の川鉄道模型社』じゃなくて、『イタリアン天の川』ですね」
「まあ、これもいいんじゃない?」

「でも、人数多くてにぎやかになりましたね」
「たまには良いと思って」
 案内されてきたお客さんはサラリーマン風の男性2人。
「なかなかいいご趣味ですねえ」
 並ぶ鉄道模型を見て、彼らは案外喜んでいる。
「模型店でランチって、思いのほかおしゃれですね」
「こういう趣向もアリですね」
「恐縮ですー」
 隣からコックの彼女が次々と料理を持ってくる。
「というか、これで姫騎士さんがいたら異世界食堂だよね」
「マスター、なんでもごっちゃにしないでください!」
「じゃ、最後にデザート、ドルチェとエスプレッソお持ちしますねー」
 コックの彼女が愛想良く去って行く。
「マスター、あのコックさん、どういう関係なんですか」
「いや、関係も何も。ただのお隣さんだよ?」
「そうなんですか?」
「メイ、まさか、妬いてるの?」
「もう、知らない!」
「何楽しそうにやってるんですか? はい、ドルチェとエスプレッソですー」
 コックの彼女がやってきてびっくりするメイ。
「メイちゃんっていうのね。そういうところも可愛いわね」
 彼女に言われてメイは顔を真っ赤にする。
「そ、それほどでも……」
 受け身が取れなくてうろたえるメイだった。

  *

 そしてみんなが食べ終わった。
「これでランチコース2000円切るとか、このイタリアン、経営大丈夫かなあ」
「前菜、パスタ2種、メインディッシュ、サラダ、デザートにエスプレッソだもんなあ」
「心配になるほど充実してたよね」
 2人のランチのお客さんが食後のくつろぎになっている。
 だが、そこに何かの小さな影が走って行った。
「ひいいいい! 何あれ!」
「なんかいたよ!」
「まさか!」
 メイが最近作ったRaspberryPIの熱源センサーを見る。
「模型店内に何らかの熱源が存在すると思われます!」
 だがその時、客がこんなコトを言いだした。
「さきほどの熱源の正体について、想定される可能性を上げてください」
 ええっ。
「新たな温水の噴出口と思われます」
 客の一人が答える。
「温水噴出口? 店のあんなところに温水配管なんてないよ?」
 マスターがあきれ声で言う。
 あ、そか!
「何者かがこの模型店の中に存在すると思われます。これは生物の可能性があります」
 気付いたメイが主張する。
「温水噴出口です。他は考えられません。店内を閉鎖して危機管理を徹底すべきです」
 彼がそう言う。
「あっ、只今、熱源の急激な減少を確認!」
 メイが液晶パネルを見て言う。
「よかった! もうおさまったのか。早かったな。やっぱり温水の漏水かな」
 マスターはそういいながら息を吐く。そんなわけないじゃん!
「マスター、改めて提言します。やはり原因は小型不明生物の存在の可能性があります」
 メイは主張する。って言うか私、なんの補佐官なのよっ!
「録音が残るんだ。店に恥をかかせる気か。そんなものいるわけがない」
 マスターが言うけど、何やってんの……。私もだけど、とメイは思う。
 そのときだった。
「ひゃああああ」
 なにかが飛んだ!
「中断! 討議を中断!」
「ひいい、なんだ今のは!」
「ハネ」
「ハネだ」
「バサバサーっと飛んだぞ!」
 店内は一気にパニックになった。
「一体何だ? あの正体は!」
 マスターが震えながら不審がる。
「今の緊急の課題は正体よりも今後の対応です」
 メイがビビりながら言う。
「この場合の対応フローはシンプルです。野放しか、捕獲か駆除、店外に追い出すかです。ここは駆除でよろしいかと」
 彼はそう言う。
「店の閉鎖の経済的被害が莫大すぎるな。ここは駆除だ。キンチョールとか使えばすぐすむだろう!」
 客の一人もそういう。彼ももう完全に例の大臣になりきっている。
「お気持ちはわかりますが、ここは殺虫剤の使用をふくめ私の検討の時間をいただきたい!」
 メイもあの大臣になりきってそう答えながら、店の奥に行ってごそごそと戸棚から殺虫剤を探す。
「小型生物、左の模型棚に移動中です!」
 メイに代わって液晶パネルを見ていた客が言う。
「え、また動くの?」
「生物だもんな」
「模型の退避を!」
 マスターが工房の作りかけの模型をしまっていく。
「これはどう考えてもメイちゃんのキンチョールの出番しかない」
「でも店内でキンチョールを使った前例はない」
「しかしあれは生物です。駆除することは出来ます。マスター、使用の決断を!」
「えっ、今ここで決めるの?」
 マスターがとぼける。
「このままだと店がぐちゃぐちゃになります。ご決断を」
 メイがそう詰める。
「そうか。仕方ないなー、もう」
「開店後初のキンチョール使用命令が発令されました。作戦目的は小型不明生物の駆除とします」
 メイがそう言いながらキンチョールがまだ使えることを確認する。なにしろどれぐらい前に買ったものかわからない埃まみれのキンチョールなのだ。
「マスター、ここは苦しいところですが、出動の決断を」
「出動を、許可する」
 マスターが重々しく言う。
「これで一安心だな」
 客がそう息を吐く。
「でも楽観は禁物ですよ」
 もう一人の客が言う。
「マスター、ご命令があればメイは徹底的にやります!」
 メイがそう宣言する。
「キンチョール01、射撃用意完了、送レ」
 メイの言葉にマスターも呼応する。
「キンチョール01.カウンター上ホールディングエリアで待機、指示を待て」
 マスターがそう言いながらその小型不明生物の様子を窺っている。
「マスター、本当に始めますよ、いいですね!」
「キンチョールの使用を、許可する!」
 マスターの声で、メイはキンチョールの狙いを定める。
「よーい……ん? 射撃待て! 射撃待て!」
 だが、メイは躊躇って言った。
「何故キンチョールをかけない!」
 客の一人が言う。
「射線上に模型があります!」
 メイが言う。
「うわ、あれ、すごく高い模型だよ! マスターの師匠が作ったカスタムHOナローの罐じゃない!」
 彼がビビる。
「模型がある! 射撃の可否を問う!」
「模型がある! 射撃の可否を問う!」
 客の二人が声を上げる。
「中止! 中止だ! メイのキンチョールを鉄道模型に向けるわけには行かない!」
「ひいい、不明小型生物、またどっかに隠れちゃいましたよ!」
 そこでみんなは溜息をついた。
「とりあえずここで、改めて不明小生物災害対策本部を設置します」
 2人のお客が店の端に逃げ、マスターとともに震え上がって話し合っている。
「『小災対』本部長はメイだ。メイ、出世したねー」
「出世は女もまた本懐なんですよー」
 ほんと、みんな好きだなあ、とメイはさらにあきれる。
「ところであの小生物、動力源は何だろう?」
「まさか……核分裂?」
「そうかなあ。映画じゃあるまいし。こんな小さいんだもの。代謝だけでいけるんじゃないの?」
「でもオカシイよなあ。あれ、形が変です。ゴキ◯リ、頭文字Gじゃないっぽいですよ」
 彼がそのとき、クリアフォルダを取り出した。
「うちの大学の資料です」
 名前が書いてある。
「え、これ、名前あるの?」
「『タマコ』? というか、名前なんていいじゃん別に」
「名前は付いていることに意味があるんですよ」
 こんなマヌケなやりとりが続く。何やってるの……。
「使用武器はママレモンでいこう。これなら模型にかかってもダメージは少ない」
「小型不明生物タマコの駆除を目的とし、工房入り口を絶対防衛線とした作戦、『コボ作戦』を発動する」
「駆除作戦、命令があればメイは徹底的にやります!」
 メイがママレモン片手にしたその時だった。
「うわ、また出てきた!」
「ただ今より武器の無制限使用を許可する!」
「クリアードアタック、クリアードアタック、レディ…ナウ!」
 メイがママレモンを、狙いを付けてぶっかける。
「命中! 目標、進路を転針しています!」
「おお、動きが鈍り始めた!」
「ママレモン攻撃、効果を上げてます!」
「ママレモン第2次攻撃、いきます!」
「いけるぞ!」
 さらにメイがママレモンをかける。
「やったか!」
 客が言う。
「『やったか』はフラグですってば!」
 そのとき、小型生物が猛スピードで模型棚を駆け回り、それをひっくり返した!
「ひいい!」
「模型棚損害多数! フィギュア棚壊滅!」
「うわー、やっぱり!」
「もうこうなったら!」
 メイはパーティーグッズに買ってあったハリセンを取り出した。
「一番高い模型の入ったショーケース防衛のため、ハリセン攻撃を開始します!」
「ええっ、ハリセン攻撃なんて、『タマコ』より大変じゃないか!」
「ひいい! やめて! それに『タマコ』、それに反撃して『マスター退職ビーム』とか吐かないよね!」
 マスターが弱り声を上げる。
「わからん! いや、もうダメかもしれん……」
「っていうか」
 メイがまたなにかを見つけた。
「戸棚に氷殺ジェット、ありました! 『タマコ』凍結作戦、決行します!」
「カシオリ作戦だ! 鉄道模型周遊列車爆弾を用意しましょう!」
 客が悪乗りする。
「もうっ! 『シン・ゴジラ』ごっこはここまでです!」
 メイはついに怒った。

 そしてそれからしばらくの格闘の後。
「タマコ、氷結捕獲に成功!」
「スクラップアンドビルドでこの店は」
 なおも客の一人が竹野内豊の口まねで続けている。
「だーかーら、『シン・ゴジラ』ごっこ、禁止ー!」
 メイが怒る。
「でもこれなー。生物じゃなかったとはなあ」
 つかまえた『タマコ』を観察する。
「小さな自律型ラジコンだったね」
「マスターが散らかしてるから頭文字G、ゴ◯ブリでもでたのかと思ってましたけど」
「でも掃除はメイちゃんの仕事だったよね」
「掃除してもこんなの出るのは防げませんよ。だけど、これ、どっから来たんだろう」
「なんだろうな。うちの店、こんなラジコン扱ってないぞ」
「鉄道模型店ですもんね、うち」
「というか、これ、……マイクで録音した音をどっかに送信してるみたい」
「まさか、盗聴?!」
「うわ、気持ち悪っ!」
「Gのほうがまだいいよ。どっちも気持ち悪いけど、こっちの方がはるかに気持ち悪い」
「ひでーな。でもなんのため? ウチなんか盗聴しても仕方ないのに」
「何でって、まさか」
「え? ……15年前のこと? それにしちゃ、いくらなんでも引きずりすぎだよ」
「でも」
 彼がクリアフォルダの中を見せた。
「これ、やっぱりうちの大学で研究してたマイクロマシンですね」
「ええっ、まさか、あなたが?」
「いえ、ぼくじゃないですよ! それに先月、うちの大学、この試作品を1つ紛失してたんです」
「じゃあ、それかな?」
「多分。これの識別番号も紛失分と同じみたいですし」
「そうか、大学から盗んで、これをこの店に仕掛けた奴がいるのか……」
 マスターがふう、と溜息をついた。
「でもうちの大学、紛失しても盗難届けを出してなかったんですよね」
 彼が考え込む。
「やだなあ。というわけで君、これ、調べてくれる? 誰が大学から持ち出して、うちに仕掛けたか。警察に頼んでも良いし」
「わかりました。ぼくもこの件、ほっとくのは気持ち悪いし」
「お願いするよ」
 彼はうなずき、注文していたDCCデコーダーをメイに包んで貰った。
「じゃあ、失礼します」
「我々も」
 隣のイタリアンのお客も立ち上がった。
「今度は『小型不明生物』と一緒でなく、ここで食べたいですね」
「まったくです……」

  *

「今日はいつもと違って、大勢いろんなお客さんが来ましたね」
 メイが戸締まりを手伝いながら言う。
「ああ」
 マスターはちょっと心虚ろになっている。
「別れ、か」
 分解され機能を失った盗聴マイクロマシン『タマコ』を見ているマスターのその言葉に、メイは胸が詰まった。
「そんなこと、あるんでしょうか」
「まあ、究極的には別れのない出会いはないからなあ。でも、彼はそう言いながら、うちのあの『小型不明生物』のこと調べるのに集中出来て、あの辛さからは解放されたんだと思う。あの辛さ、俺もわかるからなあ。別のことに集中しないと絶対に紛れない」
「え、マスターも?」
「ああ。みんな、目の前の雑事でそれを忘れてるだけで、本当はみんな、寂しいもんだよ」
「そう、かもしれませんけど……」
「その寂しさは埋まることはない。そしてそれを紛らそうとしたところにつけ込む奴もいる。だから、俺はそれが許せなくて。それでいろいろあって、今ここにいる」
 えっ?
「じゃあ、SECOM入れるよ」

 メイは考えた。
 SDカードと、この盗聴マイクロマシン、そして15年前。
「入れるよ」
「はーい」
 マスターの声にそう答えるメイが感じる、代々木上原の夜の底に漂う寒気は、冬の寒さだけではなかった。

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