ままならぬ日々

廃墟にて

エピソードの総文字数=1,241文字

 廃墟を探検するのに夢中になっていたら、いつの間にか庄太郎がいなくなっている。応接室が無闇に広かったり、食堂が土間になっていたりと、歩を進めるごとに新たな発見があり、興が乗ってきた矢先の出来事だった。
(庄太郎と一緒ではなく、私一人で廃墟まで来たのだ。きっとそうだ)
 そう自分に言い聞かせると、少しだけ心が楽になった。
(庄太郎の分まで廃墟を目に焼きつけよう)

 心中で決意し、探検を再開する。


 居間らしき場所に出た。床全体に物が雑然と散らばっている。部屋の隅に、扁平な、幼児用のプールほどの大きさの紙箱が蓋を外した状態で置かれ、薄汚れた冬物の衣類が詰め込まれている。

(収納容器として適当とは言えない入れ物に、新品ではない服が乱雑に入れられている……。いかにも血の通った人間の仕業、という感じね)
 もっとも、いかにもすぎて、演出された人間の仕業らしさかな、という気がしないでもない。
(もしかすると、この住宅に人が住んでいた時期などなくて、最初から廃墟だったのでは……?)
 居間を抜けると上り階段があった。薄く積もっている埃に滑らないよう、慎重な足取りで上がる。建物は二階建てのはずなのに、一分以上上り続けても二階に辿り着かない。あまりにも長いので、庄太郎について考えなければならない気がしてきた。
(庄太郎は元々同行していなかったのか。それとも、探検中に突如として行方不明になったのか。どちらが真実なのだろう……?)

 ほどなくして、真っ直ぐだった階段が螺旋階段になった。上がる動きに加えて、カーブに合わせて進む方向を細かく調整する動きを要求されたことで、庄太郎について考える余裕が失われた。

 その螺旋階段もやがて尽き、二階に到達した。

 廊下が真っ直ぐに伸びている。左右に並んだ部屋の襖はどれも開いている。室内を見ないよう、細心の注意を払いながら廊下を直進する。

(どの部屋にも、畳の上に幽霊が座っていて、私が覗き込んだ瞬間、忽然と消え失せるような気がする。……気味が悪い)
 そう思った直後、はたと気がつく。
(その感情は、廃墟に足を踏み入れた瞬間に抱くのが普通なのでは……?)
 突き当りの一室に明かりが灯っている。中に入ると、そこは二十畳ほどの広さの、宴会場とでもいうべき広間だった。二十人くらいの人間が部屋のあちこちに三・四人ずつ固まり、盛んに言葉を交わしている。
ご協力お願いしまーす
 入ってすぐのところで待ち受けていた青年からビラを押しつけられた。白黒柄の子猫の写真の下に、細かな文字で文章が記されている。


『子猫は八月に生まれたがために、母猫がちゃんとおっぱいを与えているにもかかわらず、暑さにやられて今にも死んでしまいそうだ』

協力というのは、なにをすればいいんですか?
 尋ねると、そう質問されることを予期していたかのように、青年は間髪を入れずに答えた。
同情してください。ただただ同情してください。真夏に生まれてしまったのは仕方がないことだ、ではなく、暑い最中に生まれてしまって可哀想だ、と

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