勇者の出立

むしろこいつがラスボス

エピソードの総文字数=1,510文字

 おれは逃げた。必死で逃げた。


 男の手料理という名ののせいで魔物どもが弱ってなければ、あっさり追いつかれていたはずだ。


 走って走って走りまくって、ふと気がつくと――。

 完全に迷っていた


 廊下はうねりながらどこまでも長く続き、外へ通じる扉も窓も見当たらない。いつ魔物と出くわすかとハラハラしながら駆けるのは心臓に良くない。

ちくしょう~~~っ、いったい出口はどこにあるんだよ! 無駄に広すぎだろ、この城。
 魔王ラウプが手下を連れて戻ってこないうちに、この城からおさらばしたい。


 魔王ってやつがどの程度の強さかは知らないが、少なくとも、剣も盾も持たない丸腰の状態で太刀打ちできる相手じゃないはずだ。




 少し進んだ先で、廊下が右へ鋭く曲がっているのが見える。その曲がった先から光が差してきている。全体的に薄暗い中で、その辺りだけがぼんやりと輝いている。


 もしかすると、その向こうに出口があるのかもしれない。

 期待感で、おれの足はひとりでに速まった。



 勢いよく廊下の角を曲がった途端――――!

 おれは待ち構えている魔物の腕の中にまっすぐ飛び込んでいた。


 くそっ、油断した。

虚空に散りし紅き岩漿の末裔よ……くっ……うああっ!!
めきめきめき。


 おれの体じゅうの骨がいやな音をたててきしんだ。魔物の太い腕に締め上げられたのだ。

 呪文が途切れる。魔術を編み上げることができない。





助けに来てくださったのね、勇敢な殿方♡
 …………魔物が何かしゃべってやがる。

 図体に似合わない、虫の鳴くような小声だ。意識が飛びかかってるおれには、はっきり聞き取れない。


 何? 「助けが来るとは思うな。ここが貴様の墓場だ」、って?

こわかったわ……いきなりさらわれて。もう、おしまいかと思ってましたの♡♡
 え? 「小童め、生きては帰さん。ここが貴様の墓場だ」って?
早く、あたくしをここから連れ出して。お城へ連れて帰って。カティアは喜んであなたについて行きますわ♡♡♡
うん? 「はらわたをかっさばいて天井から吊るしてやる。ここが貴様の墓場だ」って?  



……いやっ、待て待て待てそうじゃない

あんた……まさか、城から誘拐されたカティア姫!?
そうですわ、ご覧のとおり♡♡♡♡

魔術で魔物に姿を変えられたのか、気の毒に……!


 いいえ。これがあたくしの普段の姿ですわ。あの恐ろしい魔物たちは、あたくしに何も手出しはしませんでした。魔術だなんて、とんでもない♡♡♡♡♡
 この姿がだっていうのか。

 ……たぶん魔物どもは仲間と間違えて姫をさらったんだろーな。


 城の回廊に飾られていたカティア姫の肖像画は、あれでも、思いっっっっっっっっっっっっきり美化した絵だったわけだ。今から思うと。


急いでここから逃げましょう。あたくし、出口までの道ならわかります♡♡♡♡♡♡
そ、そうなのか? それは助かる。
ああっ!!! 

足が震えて……歩けないっ!!! 

あたくし、か弱いから!! 助けてもらえると思って安心したら、急にこわくなってきましたわ。


お願い騎士様。あたくしを抱き上げて、出口まで運んでくださいな♡♡♡♡♡♡♡

え? おれが、あんたを運ぶの? 体格から言えば逆じゃない?
何をおっしゃるの。こんな非力なあたくしに、殿方を抱き上げるなんてこと、できるはずがありませんわ。

悲しいことに、守られるだけの存在ですの、あたくしは……♡♡♡♡♡♡♡♡

 非力が聞いてあきれる。姫君の太い腕で締め上げられて、おれの足は床から完全に浮いてしまってる。


 でも、おれは反論しなかった。

 言い争っている時間がもったいなかったし……会話のたびに、姫の語尾のハートが一つずつ増えていくのが地味に怖かったせいもある。

◆作者をワンクリックで応援!

1人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ