【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

3-15 わかれ道

エピソードの総文字数=3,513文字

おまえさ、大丈夫?

もう少し寝てたほうがいいんじゃねえ?

 ぼんやりと宙を見つめている果歩を見下ろして、小霧が声をかけた。

 さっきからちっとも会話が噛み合っていないように思える。

もう寝るの飽きた……。

今、何時?

午後10時すぎたあたりかな。

――もう真夜中って感じだろ、こう暗いとさ。

10時って、まだ夜中じゃないの?

 丸っこい目で小霧を見上げて、果歩はちょっと首を傾げた。

 普段ならもう寝る時間だ。

げ。

……がき過ぎじゃん、その発言。
き……聞いてみただけだもん!
暗いのこわいとか言い出すなよ。

灯りなんか、俺じゃどうにもなんないからな。

暗いのは、別にこわくないよ。


でもスマホあればよかったな……。

バニーちゃんのランタンアプリ入ってるし。時間もわかるし。

『あんたよりスマホのほうが役に立つわ』

……みたいな発言、地味に傷つくんだけど。

 小霧が愚痴っていたが、果歩はほとんど聞いていないという体で上を見上げていた。

はしごとかあればいいのに……。

 出口はそこにあるわけだが、ずっと上の方だった。

 その向こうに星が見えている。

空って、真っ暗じゃないんだね。

夜中でも。

……外に出ればもっと明るい?

 初めて夜の空を見たような気がした。

 夜に外に出るのは初めてではないのに、こんな光景は知らなかった。

外……出たいか?

 果歩の横で同じように上を見上げ、小霧は言った。

 暗いのはこわくないけれど、ここにいるのはイヤだ。とりとめもない果歩の言葉から小霧がなんとか読み取れた部分をつなぎ合わせるとそういうことになる。……なるはずだ。

出られるの?
果歩一人くらいなら出してやれるよ。


……とりあえずこのすぐ上の地上までなら、だけどね。

状況はこことそれほど変わらないけどさ。

あっちゃんは?

おいてくの?

あんなデカイ図体、俺に担げるわけないだろ。
……そっか。

 外に出る、という話を聞いた時の表情が、急速にしぼんでいく。

 篤志のことが気になるのか、それともひとりで別の場所に放り出されることが不安だったのか……そのどちらとも言えない表情だった。

でも多分英司は外にいるぜ!

果歩のこと探してるんじゃないか?

あっちゃんが起きてからにしよ?

 そう言って、果歩はまた黙り込んでしまった。

 あたりが瓦礫だらけなのも構わずに、ごろん……と地面に転がって、まだ空を見上げている。

怖いんならさ……その……俺が一緒にいてやろうか

篤志が目、覚ますまで……。

うん。

……ありがと。

 小霧の方は見ず、ずっと空を見上げたままで果歩は小さくそう頷いた。
何て言うか……思ったより騒がないんだな。

いきなりこんな状況になったのにさ。フツーするだろ、驚くとかパニックになるとか……

うん……驚いた。

あっという間にいろんなことがだ――って起こって。

でもパニックっていう気分とはちょっと違うの。ただなんか、よく分からないことばっかりって言うか……。

 果歩はつまづくように口篭もり、おずおずと小霧の方に目をやった。

 なんで小霧がここにいて親切にしてくれるのか……。正直なところ果歩にはそれが一番分からなかった。あの水の狐がもう一度ここで襲い掛かってくることの方が、自然な成り行きのように思えてならないのだ。

 小霧だけじゃない。

 父のことだって同じだ。

 ――突然現れた父と同じ顔の男、というだけだった。

(懐かしい……なんて、思わなかった)

 もっと別の感情が、どろどろと沸きあがって果歩の身体の内側を満たしていただけだ。それがなぜなのかは分からない。

 ――篤志とは違う。

 例えば首をしめられたあの瞬間にさえ、恐怖とは別の、何か強いつながりを篤志と自分のあいだに感じていた。

 その手応えがない……ということなのかもしれない。

おまえさ、英司のこと好きか?
 突然、小霧は果歩に顔を近づけて話題を変えた。
……?


うん、まあ……好き、かな。

英司、優しいもん。

 何を言われているのかよく分からないままに果歩はそう答えた。
じゃ、篤志は?
あっちゃんのことも好きだよ。

英司と違って、あっちゃん、ちょっとこわいけど……。


それにね、由宇ちゃんのお兄さんもすごく優しくて……。

多分、篤志はこの先も変わらないと思うぜ。

果歩が王牙の核でいる限りずっと、篤志は殺意を押さえられない。果歩が自分の意志で王牙をコントロールできないように、篤志もまたあの殺意をコントロールすることはできないんだ。

きっかけがあればいつでも暴走してまたおまえのこと殺そうとする。


……だから、おまえは英司のところへ行ったほうがいいよ。

英司だって篤志と同じようにおまえを守ってくれると思うしさ。

なんで……そんなこと言うの?
おまえさ、お伽話のこと言ってたじゃん。ジャングルに虎がいるってやつ。

あの話……俺も知ってるんだ。どこでどうやってか分からないけど、ずっとがきのころから知ってる。

――でもずっと不思議だった。

例えばあの女が、王子の子供を産むなんて話、どうして知ってるんだろうって。

お伽話には出てこないはずの枝葉のエピソードが、つぎつぎ思い浮かんでくるのはなぜだろうって。ただ俺が、空想しているだけなのか、それとも本当はどこかで、もっと長い長い話を聞いたことがあったのかなってさ。


おまえは、そんな風に考えたこと、なかったか?

 小霧の表情が、硬くなった。

 それまでの人懐っこい表情はもうどこにもなく、鋭い視線がじっと果歩を見下ろしている。

……。
 返す言葉を失って、果歩はただじっと小霧の顔を見つめていた。
王牙を呼ぶために、どれだけの数の子供が必要だったかは知らない。

そして王牙の召喚を止めるためにも、きっと多くの子供が利用されたんだろうな。


この大間を舞台に、それは最初、たったふたりの妖怪のゲームから始まったんだ。

ひとりはもう死んだらしい。どういうヤツだったのか知らないけど、10年前の王牙の暴走でやられたんだって。

もうひとりことは俺も知ってる。ドクターって呼ばれているやつだ。果歩だって知ってるはずだ。


やつは10年前まで谷口雄二って名で大間に住んでた。

お父さんが……?
もともとは谷口雄二ってのは平凡な医者だったらしいよ。結婚したけど、なかなか子供ができなくて、それがちょっと悩みって感じでさ。

――ある日、それが全然別のヤツに変わったんだ。

でも周りのやつは誰もそのことに気づかなかった。女房さえね。ドクターはそうやって大間の住人になったんだよ。

 そして果歩が生まれたのだ。

 妖怪の血の混じった子供は、いい核になる……というのはドクターの持論だった。

 だがもちろん、敵対する妖怪がそれを見過ごすはずはない。さまざまな手段を講じてその核を排除しようとしたのだ。

でもドクターは裏をかかれたんだ。


果歩を守って、王牙が制御できないほどの力をつけた時には果歩を始末できるように用意していた手駒が敵に利用されたんだ。

果歩を始末するためのおとりのコマをちらつかせてドクターを油断させている隙に、篤志に果歩を殺させたんだよ。


その後、ドクターは果歩を生き返らせるために、妖怪と百合って人間の女のあいだにできた子供を果歩の身体に新しい核として封印したんだってさ。


……それが今のおまえなんじゃないの?

百合ってのが誰なのか、俺は知らないけど。父親の妖怪は多分……。

嘘だよ!
 それまでじっと話を聞いていた果歩が、突然声を荒げた。
何で嘘なんだよっ!

こんな嘘ついたってしょうがないだろ!

 つられて、小霧の声も大きくなった。

 だが果歩は、激しく首を横に振って小霧を睨みつけた。

そんなの、嘘に決まってる!

お父さんのことも、百合ちゃんのことも……全部嘘だよ!


第一、なんで小霧がそんなこと知ってるの?

言ったろ、俺もあのお伽話を知ってるって。

俺もおまえたちと同じ、あのゲームのコマのひとつなんだ。

 涙ぐんでいる果歩に、小霧も勢いを失う。

 果歩の肩に、小霧は迷いながらもそっと手を乗せた。

俺はドクターと敵対する妖怪の手駒だったんだ。篤志と同じように果歩を殺すための囮として使われた。

俺を操ってた妖怪はもう死んで、俺の目的は失われてる。……らしい。

ドクターはそう言ってた。多分それは嘘じゃないと思うよ。俺、果歩を見ても、別に殺したいとか思わないし。


でも篤志は違うぜ。

果歩が生きていて、ドクターが生きてる限り……世界が沈黙の砂に埋もれてしまわない限り、ゲームはまだ終わらない。

………………。
果歩が生き残るための道はふたつにひとつしかないんだ。

――俺、手伝ってやってもいいぜ。

 掴んでいた肩から手を離し、小霧は果歩に背を向けた。
だから篤志が目を覚ますより早く自分で決めろよ。

篤志をぶっ殺すか、ドクターをぶっ殺すかをさ。


簡単な二者択一だろ?

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