もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『バレンタイン☆殺人事件』

エピソードの総文字数=3,076文字

時は聖バレンタインデー。あれはお菓子メーカーの宣伝だ、いや陰謀だなどと言われてはいるものの、やっぱり女子としては憧れの人に手作りのチョコレートを手渡して気持ちを伝えたいものである。

本来ならば渡す相手がいないはずのこの学園でも、バレンタイン旋風はしっかりと吹き荒れていた。

われらが菅原(すがわら)ひとみも御多分にもれず(手作りは無理だったので)学内の裏ルート(あのおしゃべりの友人筋からである)でゲットしたチョコをピンクの小袋に詰め、いそいそと先輩方の部屋へやってきたのだった。


だが、扉を開けるとそこには、当然のように小早川栞理(こばやかわ・しおり)宛てのチョコレートの山がうずたかく積み上げられていたのだ。

「うっわー、すごいチョコの山!」
「ああ、また今年もこの季節がやってきたのだな」
「あら、ひとみちゃんも?」
「あうぅ……。質も量もかないませんけど……、いちおう、季節のご挨拶ということで……。」
「気持ちだけありがたく。と言いたいところだが、ここはもらっておくべきだろうな」
「そうですわ。やっと乙女心がわかってきましたわね」
「生物学的には僕もりっぱな女子なんだがなあ」
「あら? そうでしたっけ?」
「むう」
「あはは、先輩ふくれてます」
「とりあえず、このほかの子たちのチョコは兄貴にでも送るとして……」
「えー! だめですよぉ><」
「だって僕らじゃ食べきれないだろう?」
「そうそう腐るものではありませんけれど、ちょっとダイエットには向かないですわね……」
「うぅ」

「ま、ほかのチョコの処置はひとまずおいておいて、

 今日はひとみ君とれいかのをまずいただくとするよ」

「あ、それは正解ですわね」
「去年もさんざんれいかに叱られたからな。僕もすこしは学習するのだよ」
(一体どんなやり取りがあったのかしら……?)

チョコと紅茶とツァラトウストラ。テーブルに並べて今夜も読書会のはじまりである。

今回は前回の直接の続きとなる。


なぜか性犯罪者の烙印を押されてしまった彼=犯罪者の実際の犯行についての語りが続いている。

 赤い法服に身を包んだ裁き手は言う。「この犯罪者はなぜ人を殺したか。盗もうとしたのに」。だが、わたしは諸君に言う。その「魂」は血を欲した、盗みではなく。彼は刃の喜びに乾いていた。

 彼のあわれな理性はこの狂気を理解できず、彼をこう説得した。「血など流して何になる」、理性は言う、「折角の機会だ。せめて盗んでやろうとは思わないか。復讐してやろうとは」。

 そして彼はそのあわれな理性に耳を傾けた。その言葉は鉛のように重く、彼を押さえつけた。――だから彼は殺して盗んだ。みずからの狂気を恥たくはなかったのだ。

「コロ……って強盗殺人じゃないですかぁ」
「まだ性犯罪者のほうがよかったかもしれないなぁ」
「よいわけではないですけれどもね……」

「そんな極悪犯だったなんて……チョコ泥棒ぐらいかと思っていたら……ちょっと引いちゃいます><

 で、それよりツァラさんってかぎかっこの後に”。”をつけるんですよね。こんなふうに→『「・・」。』

 古い書き方なのかしら、けっこう気になります」

「って、チョコや殺人よりそっちのほうが気になるのか!?」
念のため。本作では「ツァラトゥストラかく語りき」を、句読点の位置まで可能な限り忠実に引用している。他の文と雰囲気が代わり読みにくいかもしれないが、原本の再現であるのであしからずご了承ねがいたい。

「うーむ……。

 とりあえず、大事なところのようなので掘り下げておくとしようか。

 この強盗殺人犯は、ツァラ殿が見たところ、ただ殺したかっただけ、で、盗みはあと付けの理由といっているようだな」

「理性が盗みのためと言っていて?」
「イッヒちゃんはただぬっコロしたかっただけ。って言っているわけですかあ」

(どこから「ぬ」が……)


「ま、まあそうだな」

 そして今や罪悪感が鉛のようにふたたび彼を押さえつける。彼のあわれな理性は再び固く、疲れ果て、重くなる。
「そういえばこのあいだ、調理実習で生クリーム泡立てたんですけど……いくらやっても泡立たなくて……、私のあわれな右腕は固く、疲れ果て、重くなりましたですヨ><」
「なんとなく似てるがちょっと関係ない気もするなあ」

「本当は今日のためにチョコ作ろうとしてたんです。けど、それもうまくいかなくって!

 ああっ、まいんちゃん(前回参照)ならうまくできたんでしょうに……。

 罪悪感が鉛のようにわたしを押さえつけるデス!><」

「微妙に関係しましたわね」
「どうやら今回の殺人どうこうの話も、理性と自我(イッヒ)、精神と肉体の反目として語っているようだな」
結局料理話にはそれ以上触れず、そのまま話をすすめる栞理であった。
(スルーされちゃいましたです!><)

 見よ、このあわれな「肉体」を。この肉体が苦しみ、求めるものを、あわれな精神は読み取り解釈した。――それは殺人の快楽であり、刃の歓びを狂おしく求めていると。

 いま病む者は、いま悪とされている悪に襲われる。みずからに苦痛を与えているものによって、人に苦痛を与えようとする。だが時代が別ならば、善悪も別だ。

「ええと、どういうことでしょう?」
「つまり、肉体が主で、精神が従という考え方を取ると、肉体が求めていたのは殺人という行為で、盗みだのといったことは精神が後から加えた理由だろうと言っているのだろうな」
カ・イ・ラ・ク☆殺人っ!
「そこでピンクの声だすなよ。そんなもので快楽を求めてはだめだぞ」
「しませんよぉ」
「興味深いのは『時代が別ならば、善悪も別だ。』と言っていることだな。国によって正義が違うように、時代によって善悪が変わってくるということをツァラ殿は理解していたわけだ。さすがだな」
「正義を行えば、世界の半分を怒らせる」
(またひどくマニアックなネタを持ち出してきた気がするがスルーしておこう……)
 かつて、懐疑は悪であり、「真の自己」へ至ろうとすることは悪だった。その時は、このような病者は異端者となり、魔女となった。異端者や魔女として彼らは苦しみ、そして人を苦しめようとした。
「魔女! でた!」
「なんだい?」
「ツァラさんの話っておっさんばっかじゃないですかあ。女の子やっと出ましたよー! 魔女っ子! 魔法少女!」
「魔女であっても少女とは別に言ってないだろ……魔女のおばあさんだったらどうするんだ?」
「おばあさんでもこの際オッケーです!」
「なにがオッケーなんだよ……」
「懐疑は悪だそうですから、疑わないことが善なんではないですの?」

「かつては。だろう?

 これは前々回ぐらいからつづいているポイントだろうな、例の肉体を軽蔑する背面世界の論者的には、信じることこそ大切で、疑うことは悪だった。ということだろう。

 ツァラ殿は、疑うことこそ『真の自己』へ至る道であるのに、そうした者を病人あつかいしたり魔女よばわりして世の人は彼らを苦しめた、と言っているわけだな」

「そうやっていじめられた魔女さんは、逆に復讐しようして人を苦しめてしまうのですね」
「それも、精神の命令によって。ということだな」
「……。」
「わたし、やっとわかりましたよ……」
「ほお、何がだい?」
「信じる者はすくわれるって……」
「ん? 理解できているかい? ツァラ殿的には逆の意味で言っているようだぞ?」
「ですから……」
「ん?」
「信じる者は……、足をすくわれるんです」

ぎゃふん。


そういえばとある世界のIT企業では「無駄な会議は悪」とされている。どうやら、現代においてもカイギは悪であるらしい。


どっとはらい。

<つづく>

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