勇者の出立

いきなりの決別(サヨナラ)

エピソードの総文字数=2,694文字

 宴が終わって、親父とおれが割り当てられた客室へ引き下がったのは、かなり夜も更けてからだった。長い回廊を歩きながら、親父は上機嫌だった。
おい、やったな。ついに手に入りそうだぞ、一生遊んで暮らせる身分が……。

 親父は鼻歌まじりだ。廊下は無人で、この品のない発言をだれにも聞かれずに済んだのが幸いだった。

 まあ親父が浮かれるのも無理はないのだ――ラウプ退治の支度金として、王から金貨六十枚を受け取ったばかりだし。


 ようやく、おれがふさぎ込んでいるのに気づいたらしい。親父はおれの顔をのぞき込んで、

どうした息子よ、浮かない顔して……? ははーん、父が再婚してしまうのが寂しいのか。わはは、おまえもまだ子供よなぁ。


でも、おまえの気持ちもわかる。いきなり新しいお母さんだと言われたって困るわな。

なんたって相手は、おまえとそれほど年の変わらないピチピチギャルなんだから……。ぐふっ、ぐふふふふ……!

 親父は今にもよだれを垂らしそうな笑い声をあげた。


 おれはつとめて冷静な声を出した。 

鏡を見てみろよ…そのぷるぷるたるんだ腹を。あんたに魔物討伐なんてできるのか? 最後に戦いらしい戦いをしたの、いつだよ。鍛練もしないで酒ばっかり食らいやがって。


ラウプって奴なかなか強敵みたいだし、せっかくもらった金貨もあの世じゃ使えないぜ。なにか勝算でもあるのか?

 親父は全然こたえた様子もなく、狸腹をぽん、と打った。
その事なら心配しとらん。だって、戦うのはおまえだもんねー。今回も頼んだぞ、息子よ。わっはっは……!

 やっぱりか どうせそんな事だろうと思ったから、気が晴れなかったんだ。


 回廊には分厚い絨毯が敷きつめられ、両側の壁には歴代の王族の肖像画が並んで、憐れむようにおれたちを見下ろしている。おれは親父に食ってかかった。

いつも不思議に思うんだけどさ…あんた、本当に伝説の勇者なのか? ホントは勇者をかたるただのペテン師じゃないのか。


信じられねーよ、あんたみたいな強欲な悪党が、むかし体を張って世界を守ったなんて……

ふっ。あれは若気のいたりってやつさ。


あの頃わしは若かった。そしてどうしようもなく愚かだった。

世界を救うために命を懸ける、などとは。


どれだけ褒美を積まれても、死んじまったら使えないではないか!


わしぐらいの年になると、もうそんなドジは踏まん。自分の得にならない事は絶対にやらんぞ。

楽して稼いで生き延びる。それがわしの正義だ。

……最低だな、まったく。

 おれはつぶやいたが、その言葉の半分は自分に返ってきてる気がして、また自己嫌悪が疼き出す。そのとき、何気なく見上げた視線に、とんでもない物が映った。おれは思わず足を止めた。 


 親父が不審げにおれを見て、

どーしたんだ、息子よ?
あ……あれ……

 おれは指さすことしかできなかった。眼前の、『カティア姫』と書かれた肖像画を。


 その絵に目を向けた親父の顔から血の気が失せた。


 王妃は「わたくし似」なんて言ってたが、嘘ばっかり……。


 けばけばしく飾り立てた、この世のものとは思えぬ醜女だった。微笑んだ口元からのぞく、牙のような犬歯。凶暴な瞳。ふさふさした体毛に覆われた頑強な二の腕。人間というより獣に近いかも。


 親父の愕然とした表情を見ると、急におかしさがこみ上げてきた。おれは体を二つに折って大笑いした。 

まあ人間、見た目で判断しちゃいけないって言うし。ああ見えても心は優雅で美しい姫君なのかもよ。おれ、あの人なら『お母さん』って呼べそうだなあ。
 でも親父は聞いてない様子だった。急にずんずん足早に歩き始める。 
急げ息子よ。部屋に戻って、出発の準備だ。
なに、逃げるのか。王女救出はどーすんだよ。支度金ももらってるんだろ?
冗談はよせ。あんな化け物と結婚させられて、青春を棒に振ってたまるか。窓から逃げるんだよ……おまえの魔法でなんとかなるだろ?

 しゃべりながら親父は部屋の扉を押し開けた。が、すぐに驚いた様子で立ちすくんだ。


 おれたちの部屋に誰かいる。

 あのメイドだ。

。  。  。
 メイドはおれたちを見てにやりと笑った。その口が不自然に裂けて行き、顔が消滅し、使い魔の顔が現れた。


 部屋の奥の暗がりから、さらに二匹の魔物がゆっくりと歩み出た。ガイアビースト。猛禽のくちばしと翼と爪を持つ二足歩行型の魔物だ。

信じられぬ……。この男が勇者カーマインなのか。
 それに答えて、使い魔がキイキイ声で叫んだ。 
間違いないよ! 王がこの男に、ラウプ様を倒すよう頼んでるのをたしかに聞いたもの!
災いの芽は早めに摘みとる。……死んでもらうぞ、勇者よ!

 ガイアビーストはばさっと翼を開いて戦闘態勢に入った。敏捷で力も強い。こいつらは強敵だ。


 おれは剣を抜きながら数歩下がった。かたわらの親父にだけ聞こえるような囁き声で、

おれはこの鳥たちをやる。親父は使い魔の方を何とかしてくれ。わかったか?

 返事がない。


 不審に思ってちらりと見ると、回廊のはるかかなたを走って行く親父の後ろ姿が目に入った。 


 おれは呆然とした。その一瞬が命取りで、あっという間にガイアビーストの一匹に背後をとられていた。

 首根っこをがっしりつかまれたので、おれは舌打ちし、剣を捨てて降伏した。へたに抵抗すれば、一瞬で、鋭い爪に首の血脈をかき切られる。 

なんて奴だ、仲間を見捨てて逃げたぞ! ……おい、本当にあれが勇者なのか?
こっちが訊きてーよ、そんな事。
間違いないよ! たしかに聞いたもの、みんながあの男を勇者と呼んでるのを…!
 魔物たちはしばらく黙ってたたずんでいた。予想外の展開に奴らもどうしていいかわからないらしかった。
どうしよう、このガキ……?
 おれの首筋をつかんでるガイアビーストが口を切った。もう一匹が応じた。
勇者の息子だろう。人質として使えそうだな、奴をおびき出すための。
とりあえず城へ戻って、ラウプ様にご報告しよう。

 開け放たれた窓から、三匹の魔物は翼をはためかせて夜空へ飛び立った。おれをつかまえたままでも、びくともしない。それほどガイアビーストの飛翔力は強力だ。


 奴らは西へ向かって飛んだ。眼下を恐ろしい速度で平野が流れ去った。 

ひとつ取引しようぜ?
 おれは、できるだけずるそうな声を作って言った。
何だ?
勇者の弱点を全部教えてやる。そのかわり、おれをあんたらの子分にしてくれないか。


もう、うんざりなんだ。あんなろくでなしと一緒にいるのは……。

 最後の台詞はかなり感情をこめて言えた。魔物がせせら笑う気配がした。 
ふん、人間ってやつは……
 しかし、おれの提案をラウプに報告すると約束してくれた。

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