超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」③

エピソードの総文字数=3,587文字

「や、いやー!」

 羽里の悲鳴で目が醒めた。

 寮の一階からだ。ドタバタ走り回る足音も聞こえてくる。ただ事じゃない。


 俺は飛び起きたよ。私室の中は真っ暗で、日没後の時刻だとはわかる。

 強盗か何かか? こんなセキュリティーの厳重なところに? 


 とにかく俺はベランダから短めの物干し竿を手にとり、それを構えながら、急いで部屋を出て、階段を下りた。


 走り回る足音は居間からだ。俺は意を決して、廊下を走り抜け、居間へと飛び込んだ。

 したらだ。俺の目は、今まさに毒牙にかからんとする、あられもない姿の羽里を捉らえてしまった。ただし――毒牙を剥いているのは、強盗なんかじゃない。

「まてー♪」

 召愛さんでした。

 こうね、ニコニコした召愛さんがね、羽里をね、万歳ポーズをさせて、服を脱がせてたところでね。

「――!」

 こう、羽里の脱がされかけの白い背中に、レースの紐が見えたよ。

 しかし、小学生にすら見られる〝羽里らしい身体的特徴〟のせいで、色んな意味で犯罪くさい光景すぎて、健全な男子高生たる俺ですら、素直に喜べん感じになってしまっていてだな。

「み、見ないでコッペくん!」

 つーか……、なんだこの状況。

「あー……。なんだ、その。なんかすまん。

 そういうプレイだったみたいだな。邪魔した」

 俺は目を逸らして、回れ右、居間から出て行こうとしたよ。

「待って、助けて、助けてください、コッペくん!」

「あぁ?」

 もう一度、居間の中の二人へ顔を向けた。

 したらだ。羽里は、もうすっかり上をスポーンってされちまっててだな。

「だ、ダメ、見ないでって言ってるじゃないですか!」

 なんつってこう、両腕で胸を隠して、後ろを向いちまったわけだ。

 いったいどうしろと……。

「お、おい、召愛。こりゃ、いったい、なんなんだ?」

「そろそろ風呂だと思って、一緒に行こうと誘ってただけだ」

「羽里は恥ずかしいんだろ。やめといてやれよ」

「そんなことない。中学のころまでは、よく一緒に入ってた」

「お前な、風呂に二人以上で入ると、警報鳴るって、さっき説明されたろうが」

「コッペは頭が硬い。体を洗うなら風呂場じゃなくてもいい」

「じゃあ、どこで洗おうってんだ」

 召愛、指さした。

 キッチンのシンクをだ。


「お湯がちゃんと出る」

 自信満々で曰う召愛さん。


 俺は頭を抱えた。

「二人で入るのは無理でも、彩だけでも洗ってやるかと思ってたんだ。

 ほら、彩なら丁度すっぽり収まりそうだろう?」

 それは、ペットですか?

 いいえ、それは、人間です。

 そりゃ、羽里は全力拒否するわけだな……。 

「やめてやっとけ召愛。人間の尊厳的にだ」

「そんな事より。

 君がこの場に居るということは、女子の入浴を覗こうとしている事になる。即刻出て行くべきだ」

「それ言うならお前な。キッチンにも防犯カメラあるんだぞ。

 警備員のお兄さんに見られる」

「ハッ、困った。どうしよう……」

「忘れてたのかよ……。良かったなあ、俺が飛び起きて」

「せっかくお泊まりしてるのに、一緒に風呂に入れないなんて!」

「なら、健康ランドにでも行ってきたらどうだ」

「名案だ。よし、彩、明日はそうしよう」

「わかった、わかったから、服返してよぉ!」

 召愛が頭の上に持ち上げていたトレーナーを、羽里は全力でジャンプしてやっと取り返した。

 そして、それをあっという間に着込んだ。

「じゃー、風呂は先にもらう」

 召愛は鼻歌交じりのスキップで、廊下を風呂へと行ってしまった。

「まったく、えらいはしゃぎようだな。召愛の奴は」

 俺はダイニングのテーブルに行って、そこに置かれてた夕飯を食い始めたよ。他の二人の分がないのを見るに、俺が寝てる間に食ってたんだろう。

「お前も大変だなあ、羽里」

「召愛の監督者になった時から、覚悟はしていました」

「そうは言うけど。召愛だから、監督者を引き受けたんだろ?」

「勘違いです。

 監督者として一番に登録したのが、わたしだったから、最初に申請してきた要被重監督者の担当になっただけです」

「でも、召愛以外なら、一緒に健康ランドに行ったりしないだろ?」

「プライベートな時間に、わたしが何をしようが、自由です」

「そういう事にしといてやる」

「……」

 羽里はまだ何か言いたそうに、俺が飯食ってるのを、じっと見てるよ。

 俺はそんな空気に、気づかない振りをして、ひたすら食ってた。


 なんとなく良くない予感がしてたからだ。


 例えばそれは、今さっきみたいな、召愛たちが他愛もないキャッキャうふふ的行為を繰り広げるという、平和で平和で仕方なく、永遠に続いて欲しい光景が――過ぎ去ってしまうような、そんな未来への扉が開かれてしまう予感がしていた。

「三十日後から――」

 と、羽里は、どうしても言わなければならない、というような口調で言った。

「三十日後から、生徒会長選挙の立候補受付が始まります」

「なんでそんな事を俺に言う?」

「生徒会は、例えるなら立法府、生徒会長は大統領、役員は国会議員のようなものです。校則の作成や改正、撤廃を行うことができる。

 これは、他の学校のようなお飾りじゃない。実際的に効力を発揮します」

 俺の中学校でもそうだったが、生徒会は校則を発議する権限が与えられてた。でも実際にその裁可を下すのは、教師たちだった。


 この学校では生徒会が直接、校則を変えることができる、ということなんだろう。

「随分と危ういシステムだな。生徒に校則を変える権限なんか与えたら、下手したら校風がガラッと変わる。

 それでいいのか?

 お前のこの〝楽園〟が壊されちまうかも知れないんだぞ?」

「わたしは信じてる。

 わたしの作ったこの学校を、皆が愛してくれると。

 だから、わたしも生徒会長候補として立候補するつもりです」

 いささか理想主義的すぎる。

 こいつは優等生だから、わからないんだろう。


〝俺ら〟がどんだけ馬鹿で、どうしようもない生物なのか。


 ホワイトデーで嫉妬してイジメる。

 パンツ履かずに登校するし、授業中に首を紐で繋ぐ。

 そして、親友をペットのようにシンクで洗おうとする。

「どうせコッペくんは、こんな事を考えてるんでしょうね。

 雲の上で育ったお嬢様には、世間なんて何もわかってない、と」

「よくわかったな?」

「わたしは、人間の救いがたさの全てを、この身で味わって来た。

 だから、この学校を作った」

 そいつはもっともだ。羽里は、歴戦のイジメられっ子だった。

 俺の方がたぶん、ずっと絶望を知らないのだろう。

「で、俺にこんな話しを、なぜするんだ。

 夕食時の会話としてはヘヴィ過ぎる。


 健全な男子高生の一意見としては、女子高生が乳繰り合ってるのを眺めながら、美味い飯を食いたい」

「また冗談ですね?」

「ただの本音だよ。お前たちが、校則なんてどうでも良い物で、ぶつかり合うのは見たくない。明日からも、明後日からも、卒業するまで、卒業してからも、ずっとだ。


 九十歳のしわくちゃな婆さんになったお前たちが、老人ホームで乳繰り合って、羽里が召愛にババシャツを脱がされるのを、俺は番茶をすすりながら眺める。

 これが俺のささやかな人生設計なんだ。わかるか?」

「はぁ……」

 羽里はちょっとうんざりしたみたいに、肩を竦めたよ。

「でもコッペくん。

 わたしたちの利害はやはり一致してる。

 単刀直入に言います。

 召愛が、生徒会長に立候補しようとしたら、止めて欲しい……。


 わたしは召愛とこれ以上、対立したくない。ずっと友だちでいたい」

「あいつは、やるべきだと思ったことは、相手がトランプだろうが、プーチンだろうが、習近平だろうが、金正恩だろうが、やるぞ」

「わかっています」

「羽里、お前が相手でもだ」

「わかって……います」

 その上で、俺にこう頼むしかない、そう言いたいんだろう。

「わかったよ。やるだけやってみる。

 期待はしないでくれ。それでいいか?」

「は、はい!」

 羽里は真っ直ぐな目で、こっくり頷いた。

「じゃ、俺はコンビニ行ってくる。

 歯ブラシとか買ってこないとな。

 羽里も必要なもんあるなら、お使い頼まれてやるぞ?」

「そういった物は空輸させるので大丈夫です」

(便利だなおい……。

 俺にも使わせてくれ、そのヘリ。

 それでちょっとコンビニ行ってくるから)

 で、居間から玄関へ行こうとしたときだ。

「召愛は――」

 と、羽里が俺の立ち去ろうとする背中へ言ったよ。

「――召愛は、さっきわたしと二人きりの間、校則の話しは一言もしなかった」

 あいつも衝突は望んでないってことだ。

 ただ、その意味は、たぶん、『今くらいは、再会を喜び合いたい』そう考えているからだろう。

「だから……」

 とだけ、羽里は言って黙ってしまった。


 だから?


 召愛も衝突は望んでいない、〝だから〟立候補をしないかも知れない。

 そう最後まで言葉を続けられなかったのは、きっと、羽里も予感しているからなのだろう。

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