レイルモデラーズ

第7話 会津バラストS (200g)をお求めのお客様

エピソードの総文字数=9,387文字

「姫騎士さん、レイアウトとケーキと紅茶、ごちそうさまです」
 凝った装飾家具で飾られたマンションの部屋で礼を言うメイ。
 ここは代々木上原、姫騎士と呼ぶことにしてしまった天の川鉄道模型社の女性顧客のマンションである。
「うむ、斯様な会合も、なかなか楽しいモノであるのう。女子会とでも言うのか? 其方たちの呼び方では」
「そうです。ほんとすごいですね、姫騎士さんのレイアウト。拝見してその精緻さに驚きました。魔法エネルギーで駆動する要塞島がテーマなんですね。世界観がしっかり構成されてて、見事です」
「そうであるか。我が趣味を理解してくれて、余も欣快の極みである」
「そこでなんですが」
 メイは改めて話し始めた。
「マスターが最近、変なんです」
「うぬ? それは前からではないのか?」
「なんか、工作しているときに、突然、ぼうっとしたり。どっかと長電話していたり。電話の内容はわかりませんが」
「ふむう」
 姫騎士は考えていた。というかこの人がプライベートでもちゃんとファンタジーの衣装みたいなの着ているのに驚いているメイである。オーストリア・チロル地方の民族衣装の普段着らしい。彼女は実際現地にも行ったことがあるし、今は特別なツテで継続的に個人輸入もしているらしい。
「聞いただけでは、それは『恋』に似ておるのう」
「え、マスターの恋!? そういえばマスターの女性関係全く知りませんでした! マスターの周り、女性っけまったくないし!」
 ナチュラルにすっかり自分のことを計算に入れ忘れているメイである。
「だが、あのマスターがただの恋などするわけもなかろう」
「姫騎士さんはマスターのそういうこと、知っているんですか」
「大昔に行動を共にしたことがあるからの」
「15年前、ですか」
「うぬ、それについてはコメントはまだ差し控えるのだ」
「そうですか」

 マスターの恋、か。
 でも、マスターもそういや、40代後半といっても、健康な男性だもんなあ。
 そりゃ当然、あれとかこれとかそれとかの欲望は、あるはずだよなあ。
 それをどうやってそれ解決してるんだろう。
 というか、マスターが独身かどうかもよくわかってなかった。
 詮索しないほうがいいかなと思ってたけど。
 でもなあ……どうなんだろう。

  *

 そしてまた代々木上原・天の川鉄道模型社の営業日である。
「あ、メイ、いろいろ買い出しに行ってくるから、その間の店番頼むよ」
「え、買い出しって、模型資材の買い出しはしばらく足りますよね」
「いや。模型でなくて、食料品とかお酒とか」
「でも明日は水曜日ですよ。だ……」
 誰と食べるんですか、と聞きかけたメイは、そこで察した。
 マスター、このお店閉めたまま、ここで誰かと食べるんだ!
 そして、多分それは、……女性だ。
 そう推測したメイは、ちょっとうろたえた。
「あ、水曜日、水曜日、って、『水曜どうしましょう』って感じですね!」
「……何言ってるんだ、メイ」
「私はいいので、ごゆっくり!」
「??」
 マスターは怪訝な顔をしたが、「ま、いいか」と独り言を言った。
「じゃあ、ちょっと行ってくるな」
「行ってらっしゃいませ!」
「あ、その前に。あの姫騎士さんとお風呂入ったんだって?」
「はい?」
「戦乙女(ヴァルキリー)風呂入ると、ヴァルキリープロファイルって、似てるよね」
 店の中にひゅううう、っと風が吹いた。ネコのテツローもくしゃみするほどである。
「マスター」
「え、何」
「オヤジ臭い」
「えええ!」
「すこし自覚してください! このところオヤジギャグ増えてますよ! 危険ですよ!」
「そうかなあ」
「もう!」
 メイはあきれていた。

 軽自動車のバンにマグネットで「天の川鉄道模型社」とつけた車をマスターは持っている。都会では実用本位のこういう車が便利である。
「え、ビールケースごと買ってきたんですか!」
 受け入れに勝手口を開けたメイは思わず言う。
「酎ハイやワインとかも揃えた。でもジュースよりビールの方が安いってのは、いつもながら納得いかないよなあ。税金のせいなのかな」
「それに冷凍食品の餃子やパスタ、チルドのピザに、オードブルセットまで買ってきたんですね。かなり本格的なパーティの様子ですね。これだとここの冷蔵庫に入りきらないじゃないですか」
「まあ、足りないと悲しいからね。氷どっさり入れた保冷ケースあるから明日まで持つと思う」
「でもポテチにさきイカとかチーズ鱈とかも揃ってますね」
「お酒のつまみに乾き物は良いからな」
「あ、これ! 新幹線の中で売ってるサクサクチーズ!」
「うん。これ売ってる店、ようやく見つけたんだ」
「なかなか売ってないですよね、一般には」
 ……でも、女性相手にしてはどこか男臭くない? このラインナップ。
 これ、まさか、マスター、恋愛対象が、女性じゃない?
 ひいいい!!
「どうした、メイ」
 ひいいい!!
 それ! 激しく萌えポインツですっ!!
 ↑↑↑(著者:ええええっ、メイちゃんその趣味あったの!? てか、メイちゃん腐女子だったの!? それ、全然想定してなかったよ!!)
 その人とマスター、どっちが攻めで受けなんだろう? というか、今思うとマスター、シブイからこういうカップリングすごく決まるのに、私ったらなんでそれにこれまで気付かなかったの?
 全くノーマークだったなんて。おかしいわ、私ったら。をほほほほほ!
「メイ、なにをニヤニヤしてるんだ」
「い、いえ、な、なんでもございませんわ。をほほほほほ」
「何だその口調も。変じゃないか」
「いえいえ、大丈夫です」
 マスターは怪訝な顔をした。
「ま、いいか」
 そういいながら、マスターは冷蔵庫に収めていく。
「あ、ビールジョッキも冷やすんですね。冷蔵庫で」
「冷やしておくと旨さが違うからね」

 そして次の日、水曜日。天の川鉄道模型社の定休日である。
 メイは我関せずみたいな感じを装っていたのに、こっそり天の川鉄道模型社の近くで、刑事のように張り込んでいた。
 相手の男性、どんな男性なんだろう? それはこの目で確かめないと。
 もう、昨日から夜通し、ずっと妄想がはかどってしかたなかったわ! をほほほほ!
 そう思って店の前を通る人を見張るのだが、
 この通り、人通りがなかなかないなあ。
 これ、もはや商店の立地としてどうかと思えるレベルだなあ。
 だって周りは商店街じゃなくて、完全に住宅街だし。
 それでもこれまで、お客さん来てくれてたんだなあ。
 それもマスターのことを知って、わざわざ捜してきてくれてるんだろうなあ。
 ……そう思うと、ありがたいなあ。
 そのとき、ロードバイクが風を切って走ってきた。ロードバイクとは軽量のオンロード用の自転車である。
「え、あの人?」
 メイはそのしっかりとしたヘルメットにデニムのスラックスでキメた筋肉質のサイクリストにおどろいた。
 ……かっこいい!
 でも、まさかマスターの相手?
 見ていると、その彼が、店のシャッターをこんこんと軽くノックしている。
 やっぱり!! 彼だー!!
 メイはすっかり目がハートになっている。
 なんて素晴らしく美味しいカップリングなんでしょう!
 これから店でどんな展開になっちゃうのかしら!
 男同士の壁ドンとか、もう興奮しちゃって大変! をほほほほ!
 あの筋肉質の腕で、ショーケースにどん、ってやって。『お前は俺の他を見るな』とか!
 きゃー!
 もうすでに、ほんと、大変ごちそうさまですわ!!
 ええ、大変美味しゅうございます!!
「メイ、隠れて何やってんの?」
 え!!
 メイが振り向くと、マスターが後ろにいた。
 妄想から突然引き戻されて、ぎょっとするメイである。
「なに、めっちゃ嬉しそうにしてるんだ?」
「え、なんでマスター、店の中にいないんですか?」
「ウインナーをおつまみに出そうと思ってたのに、粒マスタード切らしてるのに気付いたんで、急いでコンビニ行って来たんだ」
 そんな!
「おー!」
 彼もこっちを見つけた。
「久しぶり! お、この子が店の子か。マスターが電話でいつも言ってた。へえ、かなり可愛いじゃないか」
「そうだよ。メイ、ここでもなんだから店入ろう。これから一緒に3人で宴会だ。って、あ、そか、メイはまだ未成年だったな」
「ゑっ、は、はいっ!」
 メイはすっかり変な声になってしまった。

 店のシャッターをまた下ろし、彼とマスターはカフェテーブルとビールケースにベニヤ板を置いたのをテーブルがわりにし、その上に手際よくビールとお酒、ジュースを揃えていく。
「食べるの足りるかな」
「すぐ近くにコンビニあるなら、不足したらそこが兵站になるよ」
「そうだな。あ、彼女未成年なんだ。ノンアルコールあるから、それで」
「そうだね。せっかくだから彼女さんとも乾杯しよう」
 ええっ、彼女さん、って、誰のこと?
「君のことだよ」
 そういった彼のキリリとしたたたずまいに。メイはさらに興奮してしまう。
「そういう関係じゃないんだけどな」
「いや、誰が見たってそうだって」
 まてまてまて! ええと、あなたとマスターもそう見えますよ! とメイはまだ言いたかった。
「そうかなあ。メイちゃん、まあ座って」
「は、はい」
「あ、オレ、お土産に、これ持ってきた。これは外れっこないと思って」
 彼は背中の自転車用リュックから何かを取り出した。
「あ、駅弁!」
「いろいろ買ってきたよ。東京駅のグランスタに寄ってきたから。『吉田屋よくばり弁当』と『南洋軒のよくばり弁当』、それと『どまん中百選』。あ、これは『牛肉どまんなか』と『海鮮どまん中』のセットになってるな」
「ありがとう。いいね!」
「ほんと、美味しそうですね!」
「メイはこういうの好き?」
「はい! 私の大好物でございます!」
 というか、弁当だけじゃなくて、あなたたちのカップリングもですけどね!!
(↑↑↑著者:メイちゃん、ゲスいよ、ヒドくゲスいよ……。ひいい!)
「じゃあ、乾杯しようぜ」
「ああ」
「じゃあ、グラスとジョッキもって」
「はい!」
「じゃあ、天の川鉄道模型社のますますの繁栄に期待して、カンパーイ」

 (尺の都合により食事のシーンは一部省略いたします)

「メイちゃん、肉食系だね-」
「ええっ、そうですか?」
「肉丼食べるのすごくがっついてて」
「なんか食欲進んじゃって」
「美味しいもんね、駅弁」
 いや、美味しいのは(以下略)。
 一通りその駅弁と飲み物に3人で舌鼓を打った後。
「で、君の新作、ネットのエントリで見てたけど」
「そうそう。これ見て欲しかったんだ。なかなか難物だったから」
 彼はリュックから車両ケースを取り出した。
「メイちゃん、彼の家のレイアウト、なかなかいいんだよ。動画撮影用に割り切ってるけど、その割り切りがまたいいんだ。YouTubeにそれで撮った動画がいっぱいアップされてる。なんといってもHOゲージの機関車と貨車つかったレールカメラにはびっくりしたよ。あれは効果的だよなあ」
「そこでマスター、うちに来たときに操作したんだ。操作うまかったんだよなあ」
「レールカメラって、大昔の映画みたいですね。こうなると模型動画から特撮映画の領域ですね」
「あの操作はゲームみたいで楽しかったな。でも最近新作がご無沙汰だけど、どうしたの?」
「なかなか時間が取れなくて。でも家に帰ってレイアウトルームで飲むビールが格別で。最近はそのまま疲れて寝ちゃう。歳だね。オレたちも」
「わかるよなあ、それ」
「嫁さんには悪いけど、でもそういう時間は至福だよ」
 え、彼、奥さんいるの?
「お嫁さんいらっしゃるんですか」
「そう。医療関係。オレはトラックドライバーだから、なかなかすれ違いも多くて」
「メイ、おどろいた?」
「いえ、素敵だな、って」
 もう! なんてさらに萌えるシチュエーションなんでしょう!
 もうすっかり『よくばりどまんなか』って感じです! うふふ、をほほほほほ!
「メイ、今日の君、なんか、めちゃめちゃ嬉しそうだな」
「いいじゃないか。喜んでる女子みると、男子って基本、シアワセになるからなあ」
 そう言いながら彼がブックケースから取り出したのは。
「自由形Nゲージですか? これ」
「これの種車、わかる? メイちゃん」
「あれ、これ、……もしかすると、251系『SVO(スーパービュー踊り子)』?」
「そう。ご名答。さすがだね」
「でも、すぐにそう見えないほどのオリジナリティ! すごい!」
「SVOはどういじってもSVOにしかならないから。なかなか思い切った改造しないといけないんだけど、それをするにはKATOの模型の構造がまた、ね。やってて何度泣きそうになったか」
「そう。塗り分け線で上下分割、シャーシはバスタブ型だから、すごくいじりにくい。だからよくやったよなあ、って」
「ほんとそうですよね。前頭部のスラントをやめたのが印象変えてて効果的ですね!」
 メイはその模型に目を丸くしている。
「でも、やっと水曜日に休み取れてここに来れて、うれしいよ」
「今、ドライバー不足だっていうもんな」
「そう。トラックで荷物積んで東海道流してると、これなんでトラックなんだ? って思えてくる。大昔の東海道の荷物列車(荷レ)と同じコースに同じダイヤなんだもの。モーダルシフトって国交省言ってたのに、やる気ないんだろうな」
「この国に交通政策ってのが本当にあるのか、って気になるよな」
「お陰でドライバー不足が深刻で。なかなかキツい」
「そうか。大変だな」
「まあ、どの仕事もそれなりに大変なんだと思うよ」
「でもこの改造車、ほんとうにいいな! 名前はなんてつける?」
 マスターが喜んでいる。
「その名前を相談しようと思ってきたんだ」
「そうか。メイちゃんもなんかアイディアない?」
 メイはうっとりと彼とマスターを見ているところに言われて、ドキッとする。
「ええと、それは、どこら辺の線区をどういう運用で運転するかですよね」
 そう提案する。
「ああ。まずそこらへんから設定していくのが正しいな」
 マスターは納得している。
「個人的には中央線から長野地区を走らせる感じにしたいんだ」
 彼がそう言う。
「その上で大糸線乗り入れとか?」
「いいね! そうそう、そういうイメージだよ」
「あの日本アルプスの山々にこのデザイン。なかなか似合いそうでいいね」
「そういう貸しレ(レンタルレイアウト)があれば、動画撮りたいよなあ」
「YouTube映えしそうだね。楽しみだ」
「だね。でも列車名がないとタイトルが決まらない。そのネーミングが欲しい」
 メイは考えこんだ。
「思ったんですけど、自転車がお好きなんですよね。それなら自転車レースで有名なコースの名前なんていかがでしょう?」
「そうか。ちょっと調べてみよう」
「あ、それと先頭車の造形で手一杯で中間車の内装とかコンセプトはまだなんだよ」
「アイディア出ししよう。それも」
「そうですね!」
 そこでみんなでググってアイディア出し大会となった。
「『モールズワース』はどうだろう。ニュージーランドのサイクリングロードだ」
「いいですね! ベルギーのブルージュとか、フランスのブルゴーニュ・ア・ヴェロ、ボリビアのデスロード、瀬戸内のしまなみ海道も有名らしいですけど」
「『ブルージュ』もいいな。でも『しまなみ』だと近鉄の『しまかぜ』みたいだなあ」
「それで、せっかくなんで、サイクリスト向けの編成にして、自転車を積み込める車両を中間に連結するとか」
「それいいね! でもただの荷物車をつなげると、シルエットがガタついて、ただの珍ドコ編成になるなあ」
「そこは車体断面(車体コンタ)が似ているカニ38を電装化してつなぐってどうでしょう?」
「あの側面総シャッターの荷物車か! いいね! 編成に一体感も出るし、見てて機能がわかりやすい」
「でもカニ38、入手困難だよな」
「KATOの特別企画品の『安芸(1967)7両セット』にしか入ってないよな」
「そうですね……。特別企画品はASSYパーツも手に入りませんし」
「うーん、でもオークションにでてないかな」
「ちょっと見てみよう」
「うーん、なかなか出物がないなあ」
「まあ、でも時々でてるみたいだから、ノンビリ待っても良いかも」
「デザイン図描きたいな」
「そういうときは『かけやま写真館』さんの写真をもとに図面におこして、カラーリング考えよう」
「あの爽やかな長野色のカラーリングで、最近引退したジョイフルトレイン『彩』の後継車って感じで運用とか」
「あの『フリーザ様』の後を継ぐのか。それはそれで、またいいよね」
 二人はそうやって模型を作る話に夢中だ。
 そして、メイもどんどんそれにも夢中になっていった。

 3人の宴はひたすら模型話で進んでいく。
 というか、メイも、アルコールはいってないのに、とても楽しくて仕方がない。
 そして、マスターも彼も、実はあまりアルコールを入れていない。
 でも、3人の話は一向に尽きないのだ。
「そもそも、マスターとはどういう縁で知り合ったんですか?」
「まあ、今時らしく、ネットでね」
「そう。YouTubeが縁だったんだ。それから今までけっこう続いたなあ」
「そうなんですかー」
 で、どういう仲まで進んでるんですか、とついつい聞きそうになるのをメイは内心で抑える。
「でも、なかなかここに来れなくて。あ、マスター、工房見ていい?」
「いいよ」
 彼はカウンターの内側をのぞき込む。
「しかし、ほんとうにいい工房だよなあ。全モデラーの憧れだよなあ。このスプレーブース、うちではどうやっても作りようがないからなあ。あ、こっちはメイちゃんの席か。こっちにも工作机あって、充実してる。すごいな」
 そして、彼は工房を見学した後、陳列什器を見た。
「あ、こんなときに何だけど、この会津バラスト、買っていいかい? この前切らしちゃってて」
 バラストとは線路に敷く砂利のことである。会津バラストはその品質から多くの鉄道模型モデラーが定番として使っているものだ。
「いいよ。メイちゃん、お会計出来る?」
「できますよー」
「じゃあ、4つ買うかな。うちの動画撮影用の分割式レイアウト、さらにシーン作りたいからユニット増やす予定なんだ」
「でも、NゲージのレイアウトなのにバラストSでいいんですか? 粒子細かすぎません?」
 メイが聞く。
「いや、これのほうがいいんだよ」
 その彼の言葉にマスターは頷く。
「彼のバラストまきはすごく綺麗だからね。メイもそのうち見せて貰うといい」
「その分、作業の時間がかかるけどね」
 彼は照れた。
「それで、車両、うちのレイアウトで走らせていかないか?」
 マスターが誘う。
「あ、そうか。でも飲酒運転になっちゃうけど」
「模型は大丈夫だよ」
「まあ、いいか」
「そうそう。メイちゃん、お会計したら、彼の車両をレールに載せるの手伝って」
「はい! ちょっと待ってくださいね。レジやってから」
「いいよ。慌てることないし」



 そして、夜まで続いた宴は終わった。
 時間が過ぎるのが驚くほど早く、気がつけばすっかり暗くなっていた。
「これからどうやって帰るんですか? お酒飲んで自転車はダメですよね」
「ああ、これからマスターの家に泊めて貰うんだ」
 きゃー!! ここでまた再びそんな!!
 ここはマスター×彼、なのか、彼×マスターなのか、そういうところにもたいへん興味がわいてしまって妄想がはかどって仕方ありませんわ、をほほ!
「メイくんって言ったね、君」
「へ?」
 妄想にまた耽ってしまっていたメイはびっくりする。
「頼みがある」
 彼の真剣な顔に、メイは驚いた。
「なんでしょう」
 彼の口から、絞り出すような願いが、こぼれた。
「マスターを、守って欲しい」
 ええっ?
「どういうことでしょう」
 戸惑っているメイに、彼は、少し言葉を選んだ。
「マスターから聞いていないのか? マスターのライバル」
 あ! あのテツローが不機嫌になった彼だ!
 メイがそう思い当たったのを、彼は察した。
「奴は、マスターをまた暗黒面の世界にひきずりこもうとしている」
「なんかスターウォーズみたいですね」
「ああ。似ているよ。マスターの15年前の真実。15年前の地獄。マスターはそこから脱出して、こうやってこの店をできるまで、15年かかった」
「そんな……」
「マスターは決して弱くはない。ただ、奴はそこにつけこんでくる。悪魔のように。だから」
 彼は言った。
「マスターには、絶対に君が必要だ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。頼んだ」
 メイは、考え込んだ。
 15年前に何があったのか。
 そんな恐ろしいことが、鉄道模型であり得るのか。
 メイはそれを思うと、さっきまで受け攻めのカップリングを考えていたような余裕が一気になくなった。
 楽しいはずの模型が、なぜそんなに人を傷つけてしまうだろう。
 そんなことが、あり得るんだろうか。
 メイはドンドン考え込んでいくが、答えが出ない。
 でも、思った。
 最近、マスターが時折、ふっと儚げな表情をすることに気付いた。
 人を傷つけてしまった後悔に苦しんでいるような表情。
 なんだろう、と思っていたけど、聞けなかった。
 でも、とてもほうっておける姿ではなかった。
「私、マスターを守れますか」
「できるよ。きっと」
 彼は笑った。
「君なら出来る。というか、君にしか出来ないんだ」
 メイはまた考え込んだ。
「頼んだ。マスターにオレも救われたんだ。でも、オレはマスターの側にいられない。だから、その時」
 メイはそのとき、ハッとした。
「そういえば、SDカードをその人に託されたんです」
「ええっ」
 彼は驚いた。
「それは……むずかしいな」
「そうですよね」
「でも、今はそれを封じて置いたほうがいいだろう。でも、君がそれを代わりに預かったのは、ほんとうによかった。多分、それを受け取っていたら、マスターは暗黒面に引きずり込まれるしかなかったかも」
 彼はそういうと、また言った。
「マスターを、頼む」
 メイは、正直に言うことにした。
「わからないことだらけでどうしたらいいかわかりませんけれど」
 言葉を句切った。
「マスターを、きっと守ります」
 彼は、頷いた。
「頼んだ」
 そのとき、SECOMのロックをかけてきたマスターがきた。
「どうしたんだ、二人とも」
「いや、なんでもないさ」
「ええ」
「??」
 マスターはいぶかっていたが、「まあ、いいか」といつものように軽く受け止めた。

 3人の上、代々木上原の狭い夜空は、その日も無慈悲に藍色に輝いていた。
〈続く〉

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