天の国の猛騎兵(ハッカペル)

裂かれたキリストの体

エピソードの総文字数=5,703文字

 わたしがこう言うのは、あなたがたをはずかしめるためである。いったい、あなたがたの中には、兄弟の間の争いを仲裁することができるほどの知者は、ひとりもいないのか。しかるに、兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか。

(新約聖書『コリント人への第一の手紙』6章5節~6節)

 終業のチャイムが鳴り、それぞれのクラスはホームルームを済ませる。簡単な連絡の後、帰りの挨拶を済ませ、生徒達はそれぞれ部活へ、遊びへ、または家へと向かう。
(はー、1日終わったー。いや、授業は終わったけど、”放課後”があるな。しかも審判の役押し付けられて、めちゃくちゃめんどくさいぞ。)
水野君!いつもの場所行こう!
いつもっていうか、まだ2日目か3日目くらいじゃない?
そうだっけ?まあいいや!

 ”いつもの場所”へ向かう2人。

 途中で幸音に出会う。

白附さん!放課後はもう1人来るよー。ちょっと変な子だけど。
(サイッコラさんの方がずっと変だよ!)
え、そうなんだ……。

踊り場に到着する3人。

聡美は仁王立ちで手を組んで待ち構えていた。

フン、来たわね。サイッコラさん。今日は”奇跡”起こしたらしいけど、どんなトリックを使ったのかしら?
手品なんて使ってないけど?そんなに聖霊様の働きを認めたくないのかしら?
そんなオカルトありえません!!
あ、え……。
 突然の険悪ムードに、幸音はうろたえる。
あれ?あなたは?
ええと……白附幸音です……。サイッコラさんに、いろいろ聞きたいことがあって……。
ふーん。サイッコラさんちょっと変な奴だから気をつけてね。いや、相当変な奴だわ。
(いいぞもっとやれ。友岡さんもちょっとクセはあるけど、サイッコラさんと比べたらまだまだ常識ある方っぽいし。)
 陽太から見て今の聡美の発言は、自分の心中を代弁してくれているように思え、聡美を応援したい気持ちになった。しかし、挑戦的な聡美の態度は、愛花の闘志に油を注ぐ。
へー?変ってどこが?正統教義曲げてる方がよっぽど変じゃなくて?
 『正統教義を曲げている』と突然言われた聡美も感情的になる。後はお互いが感情的になり、"言葉のドッジボール"が繰り広げられるだけである。
いやー、いやいやー。アンタいとも簡単に正統教義って言うけどさあ?その正統教義とやらを形成するために、何回会議開いて、その度にどれだけの人が異端として排除されて来たか知った上で言ってんの?それとも排除する側の余裕の態度って感じ?
聖霊様に導かれて聖書を読むなら、異端的な考えからは守られるはずでしょ?細かい慣習とかは、ある程度多様性は出るかもしれないけど、イエス様が神の子って、ブレようがないじゃない。寧ろ自由主義神学<リベラル>が何でも許容しすぎなのよ!
(あー、またこの子らマニアックな会話を……。前の取り決めはどこに行ったのやら。バーサーカー対バーサーカーって感じだ。)
 昨日は、『陽太を納得させたら勝ち』という取り決めになっていたが、そんなことは2人とも忘れ、宗教論争という名の貶し合いに興じている。それも、陽太と幸音を放置して。
で?そうやって原理主義<ファンダメンタル>は自分の正しさ主張して、カトリックは正統な教会じゃないとか、自分たち以外のプロテスタントは堕落してるとか、好き勝手言いだすのよねー。
は?私はカトリック否定派じゃないけど?カトリックにも聖霊刷新運動はあるし、一概に別の教派がどうとかは思ってないよ。教派に関係なく自由主義神学<リベラル>が嫌いなだけ!あなたたちすぐ神様の言葉をフィクション扱いするもん。
…………。
(白附さん引いちゃってるよー。サイッコラさんに聞きたいことがあったのに、宗教戦争見せつけられてるんだもんなー。しかも、2人ともマニアックすぎて何言ってるのかわからないし。)
え、ええと……。
 幸音はどうすればいいのかわからず、困り果てる。神の愛について愛花に聞くために来たのに、当の愛花が別の生徒と宗教戦争を始めたのである。幸音の困惑は当然のものであろう。

 硬直する幸音を見て、審判の役目を放棄していた陽太が口を開く。

友岡さん、サイッコラさん、昨日の話思い出して。
あっ。
うっ。
僕を審判にして、2人が論戦するっていう形式だったよね。僕は専門的なこと分からないから、分かりやすく話してくれると嬉しいかな。
2人で何かの勝負してるの?
最初は、サイッコラさんと友岡さんが、キリスト教についての考えで口論になったんだけど、2人の言ってることが難しいって言ったら、僕が審判になるっていうことになっちゃって……。
そうなんだ……水野君大変だね……。
でしょ?

(やっと分かってくれる人がでてきた!!共感してもらえるって、こんなに嬉しいんだ……!!)

 ちょっとした共感の言葉であったが、陽太にとっては砂漠のオアシスであった。入学して以来クラスに馴染めず、唯一の話相手は陽太にとって"名状しがたい狂信者"である。それに対し、"通常の会話"が通じる上に優しく気遣ってくれる幸音は、陽太にとって最早女神である。尊さしかない。

 陽太の頭を脳内物質が駆け巡り、”審判”の役目を頑張ってみようという気を起こさせる。

水野君は、私たちがどの切り口から話したらわかりやすいかな?
えーっと、サイッコラさんが、聖書は"神の言葉"って主張してるの、どういうことなのかなって。聖書科の竹田先生は、今はそうは信じられてないって言い方してたし。
まあ、聖書は人が書いたから一字一句正しいわけじゃないし、書かれた時代の制限もあるから、慎重な解釈が必要ってのは、現代のキリスト教じゃ常識なんだけどね。
はー!?聖書は聖霊様に導かれて書かれたんだから、そのまんま神様の言葉じゃない。
同じキリスト教徒同士で、どこで考えが食い違ってるのか聞きたいな。えっと、2人がどんな考えなのか大まかに教えてほしい。まずは宗派とかの違いから。

(なんで僕がファシリテーターやらなきゃいけないんだろう。でもほっといたらガチで宗教戦争始めそうだから、ほっとけないんだよな。あと白附さんが僕の苦労を分かってくれるから、良いとこみせたいし頑張る。)

 陽太は心の中でいろいろ言っているが、要するに幸音にいいとこ見せたいだけである。
私が籍を置いているのは、プロテスタントの会衆派の教会。組合派とも呼ばれているわ。私は、聖書については、貴重な教えが記されているけど、人が書いたものだから、批判的な視点で読むことも必要だと思っているわ。うちの教会でも、聖書を伝統や慣習に縛られず、自由に解釈して行こうとする傾向が強いし。
取っ組み合いの組合派!
今何つった!?
はいはいステステイ。なるほど、既存の教義にとらわれず、自分の頭で考えながら信仰していくって感じかな。じゃあ、サイッコラさん。
私が通っているのは、ペンテコステ派の教会。聖書については、聖霊様の導きを通して書かれたものだから、読むうえでも聖霊様の導きを求めることが大事だと思ってる。うちの教会は、聖霊様の働きを重んじてて、聖霊様に満たされることで、癒しの奇跡や異言が現代でも与えられると信じている。
変テコステ派!
何ですって!?
はいはい静粛にー。プロテスタントにもいろいろあるんだね。僕はカトリックとプロテスタントしかないって思ってた。

ええと、聖霊って何だろう。この前三位一体の話聞いたけど。

聖霊様っていうのは、三位一体のうち、霊としてクリスチャンの内に住んでくださる方。信仰は聖霊様が与えてくださるし、神様をお父様と呼べるのも、聖霊様が私たちにそう呼ばせてくださるからなの。
なんだろう、人間を近くで見守ってくれる守護霊、みたいな?
分かりやすく例えるとそうなるかもしれないね。守護霊とはちょっと違うけど。聖霊様自体も神様なの。
三位一体の話だね。難しいけど。
父なる神は神。イエスは神。聖霊は神。でもそれぞれ別々の人格を持っているから、父なる神はイエスじゃないし、イエスは聖霊じゃないし、聖霊は父なる神じゃないっていう考え方なのよ。このへんの教義はややこしいけどね。
うーん、そこは代入が効く方程式とは違うんだね。
神様の真理って、この世の論理が通用しないことが多いからね。
で、その聖霊が聖書を書かせたと、サイッコラさんは信じている、と。
そういうこと!
でも友岡さんには違う考えがあるんだね。
聖書は真理の書ではあるけど、事実を記した書ではないと思うし、神に導かれて書かれたから間違いなんてないっていう考えは論外ね。丁寧に読んでいけば矛盾点なんていくらでも見つかるし。それに差別的な記述もある。聖書を書いた記者の差別感情が反映されているっていうとこも含めて、人間の現実を描いた真理の書だと思うの。聖書を書いたのは、紛れもなく人間。だから人間の限界も記されている。重要なのは、人間の生きる現実と、正しい生き方が示されているという点よ。
聖書は、人間を愛して止まない神様が、人間を救いたくてたまらなくて、聖霊様を遣わして人間に書かせた書よ?友岡さんは、仮に大切な人から手紙を受け取ったとして、その手紙のどこからどこまでが事実とか、いちいち分析して詮索するの?っていうことは、結局友岡さんは神様を信じて生きるっていうより、自分の知性を頼りにして生きてるんじゃない?そんなの信仰って言えるの?自己崇拝じゃない!
原理主義<ファンダメンタル>はそうやって、不信仰のレッテルを貼りたがる……。聖書は神の言葉だって信念に固執して、それ以外の信仰を認めないことこそ、律法主義的だし、結局『正しく信仰してる自分』が好きなだけなんじゃないの?
(あー、どうして宗教信者はこうも仲良くできないのか……。)
 頑張ってみたが、結局2人が喧嘩を始めるので、陽太はやる気をなくした。1分おきに幸音が『がんばれ♪』と応援してくれれば、陽太は2時間でも3時間でもフル回転したかも知れない。しかし、現実はそんなに陽太に対して甘くない。
あ、あの……水野君……。
(お、しばらく黙っていた白附さんがついに口を開いた!さぞかし居心地悪いだろうなあ。)
幸音は小声で陽太に話しかける。
私、実は教会に通ってた時があって、いろいろあって行けなくなったんだけど、やっぱり信仰絡むとクリスチャン同士の対立って激しいよね。
そうだね。人間は正しさを巡って争うんだね。

(サイッコラさんと友岡さんは結局論争に夢中になってるし、こっちはこっちで話しちゃおう。)

 聡美と愛花の"審判"をしなくても、幸音の注意を引けるのではないかと感じた陽太は、早々に"審判"を放棄した。別の手段でより大きな報酬――今の陽太にとっては、幸音の共感や承認を得ることが最大の報酬である――が得られると感じれば、そちらの手段をとるのが人間である。よって陽太は幸音と話すことにした。

 ただし、幸音と陽太の言葉は、愛花と聡美の耳に届いていた。

うっ……。
あぅ……。
(あ、ダメージ入った。)
 自分達の行動が『キリスト教徒は好戦的である』というメッセージを発していたことに気づいた聡美と愛花は、一瞬呻いて冷静さを取り戻した。お互い感情的に論争していた自覚があったのである。

 一方幸音は、自分の発言が聡美と愛花に不快な思いをさせたのだと感じ、必死に謝る。

え、ご、ごめんなさい!別に文句言うつもりじゃなくて……。
白附さんが謝る必要ないよ。
 好感度を上げようと、フォローに回る陽太。つい先ほど、自分が『人は正しさを巡って争うんだね』と言い、愛花と聡美に追い打ちをかけていたことなど、既に忘却の彼方である。
いやいや、白附さんは悪くないよ……。リバイバル起こそうと思ってたのに、カッとなってクリスチャン同士の論争見せつけるなんて……。これじゃかえって躓かせちゃうわね。
私も、つい熱くなっちゃって、見苦しいとこ見せたわね……。それに、白附さんと水野君には嫌な思いさせちゃったかも。
(お?2人とも、キリスト教を悪く見られたくないってとこでは、一致するんでは?なんか面白いこと思いついた気がするぞ。あとポジティブな方に話題を逸らせば、白附さんが気に病まなくて済むな。やってみるか。)
あのさあ。2人で論争するよりは、信じてる宗教は同じなんだし『これがキリスト教のエッセンスだ!』みたいなの2人で教えてくれたら、僕らとしては面白いかも。どっちが正しいかみたいなの聞かれても、僕にはわからないし、違いより共通点を探してみない?
それ、私も聞いてみたい気がします。サイッコラさんに話聞こうとしてたのも、前行ってた教会とサイッコラさんの話す"神様"が違うからだったんです。キリスト教が何か、もう一回知りたいんです。
(よし、決まった。)
 幸音が同意してくれたので、陽太は嬉しくなった。人に褒められたことや受け容れられたことが少なかった陽太にとって、共感や承認は蜜より甘い。

 一方愛花らは、幸音の発言を受け、醜い論争を幸音に見せてしまった自分を恥じる。

そうだったんだ……本当にごめんなさい!
私も、悪いことしたわね……。
(すげえ……。あれだけ自分の正しさを主張して譲らなかった2人が、間違いを認めて謝っている。明日は槍でも降るのかな?)
こ、こちらこそごめんなさい。急に変なこと言っちゃって。
いや、白附さんは悪くないの。
こっちに問題があるよね。
とりあえず、今日はこれで解散にして、明日また気を取り直して仕切り直さない?これから2人がどんな話してくれるか、楽しみだし。
 陽太はガンガン場を仕切りだす。調子に乗っているのである。
うん、また明日から、ね?
そうだね……。
そうしましょうか……。
まあ、今日はこの辺で……。
今日は、帰ろっか。
うん……。
私はしばらく残って1人で祈るね……。
アンタそういうとこ忠実なのね……。
それじゃ、また明日ということでー。
3人は校舎から出る。歩いている間は、誰も喋ろうとしなかった。
あ、私は近所だから。また明日。
バイバイ。
また明日。
白附さんは駅まで?
うん。
 残された2人は共に駅まで歩き始めた。幸音と2人きりで帰れるので、すっかりテンションハイになっている陽太であった。

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