変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第12話「辰巳様デスネ。今後トモ、ドウゾ宜シクオ願イ申シ上ゲマス」

エピソードの総文字数=5,173文字

 隣の家の門の前までやって来た、似鳥一家――
 改め、辰巳(タツミ)一家。
「じゃあいくぞ」
 父がインターホンを押す。
『はい?』
「こちらの隣に引っ越して参りました辰巳と申します。ご挨拶に伺いました」
『まぁ、それは……少々お待ちくださいね』
 インターホン越しにそんなやり取りがあり、ややあってドアが開く。
 家の中から出て来たのは、若い女性だった。
「――!?」
 見た目、二十代後半の綺麗な女性である。
 しかし篤志は、その女性を見て思わず息を呑んだ。
 彼女の両耳は異様に長く、先端がピンと尖っていたのだ。
(エ、エルフ!?)
 ゲームやラノベの中によく登場する種族の名が浮かぶ。
「お隣の方ですか。わざわざご挨拶にお越しくださってありがとうございます」
 エルフ女性は柔和に微笑むが……
 篤志も、篤志の両親も彼女の耳に視線が釘付けで言葉が継げない。
「今日からお隣に引っ越してきました。よろしくお願いします。わたしが辰巳愛で、こっちがお父さんとお母さん。それからこっちがお兄ちゃんです」
『あら、そうですか、よろしくお願いしますね』
 妹の咄嗟の言葉に、エルフ女性は微笑んでぺこりと頭を下げた。
 それを見て、篤志はハッと我に返ってお辞儀をする。
「よ、よろしくお願いします」
「辰巳と申します。こちらはほんの粗品ですが、どうかお納めください」
「まぁ、お気遣いありがとうございます」
 父が差し出した紙袋を受け取るエルフ女性。
 その後、さすがに篤志たちの奇異の目を察したのか、自身の耳にそっと触れてそのことに言及した。
「私、第一世界のエルフの里の出身なんですよ」
「ああ、エルフの……」
「ええ、主人は第三世界の人なんですけどね。ああ、うちは私と主人の二人暮らしでして」
「まぁ、そうなんですか……」
「…………」
(エ、エルフの里……)
(そんなモンがマジでこの世にあるのかよ……)
(つうか『第一世界』・『第三世界』ってなに???)
(そりゃ『第四世界』の異世界人がいるんだから、『第一世界』も『第三世界』もあるんだろうけど……)
「本日はご挨拶ということで……これからどうぞよろしくお願い致します」
「ええ、こちらこそ。ご丁寧にありがとうございました」
 あっさり会話を切り上げて、篤志たちはその場を立ち去った。
「…………」
(客観的に見たら……)
(そそくさと立ち去って、相当怪しい一家なんじゃないかな? オレたち……)
 エルフ耳のこともそうだ。
 思わず大きな反応をしてしまったが、この地においてはエルフ耳など誰も気に留めないような凡庸な特徴かもしれない。
「…………」
(駄目だな……)
(もっと堂々としてないと、逆に怪しまれる……)
 別に背乗りに積極的なわけでは全くないが、猜疑の目を向けられて良いことがあるとは思えない。
 将来的に、例えば警察などに背乗りのことを打ち明けることはやぶさかではないが……

 今はまだこの土地について知識が足りなすぎる。

「エルフか……やはりエルフは実在したんだな……」
「ええ、さすがは聖地ね……」
「ああ、やはり亡命という私たちの選択は正しかった……」
「羽音神様、大いなる羽音神様、感謝致します……」
 両親はエルフに興奮して、歓喜のあまり涙ぐんでいる。
(『亡命』じゃなくて、『密入国&不法滞在』だからな……)
 心の中で両親に突っ込みを入れた後、篤志は隣の妹をちらりと見やる。
「…………」
(つうか……)
(親もオレもエルフ耳に動揺してたけど、こいつだけは普通だったよな……)
 思えば、両親と自分が動転している時、このアホっぽい妹は『らしくない』利発さでエルフ女性に自己紹介をしていた。
「おまえ、ちょっと見直したわ」
「えっ?」
「おまえさ、エルフ耳見ても全然動揺してなかっただろ?」
「???」
「あんな非現実的なものを見て、あんだけ堂々と振舞えるなんてな。普通なら動揺するだろうにさ。すげーじゃん」
「――!?」
 妹はギョッとした顔をした後、少しだけ目を伏せて、「えーっと、えーっと……」と呟きながら視線を右へ左へと忙しなく走らせる。
 やがて、パッと顔を上げて言った。
「さ、さっきの人、エルフ耳だったんだ!? アイラ全ッ然気付かなかったよ!!」
「ハァッ!? あんだけ目立ってたのに気付かなかったのか!?」
「う、うん!」
「どこまでバカなんだよ、おまえ……」
 一瞬だけ上がった妹の評価が、元の位置より低いところに下がっていった。


……

…………


 その後、挨拶回りは思いのほか順調に進んだ。
 昼間の高級住宅地だけあって家人が少なく、玄関先にハウスキーパーが出てくる家も多かった。
 ハウスキーパーは新しい住民のことを根掘り葉掘り尋ねることはなく、挨拶も最低限のシンプルさでこなすことが出来た。
 なお、一軒目を除いてエルフ耳の持ち主はいなかった。


 ◆ ◆ ◆


 篤志的に突っ込みたかったのは、まず三軒目。
 いかにも金持ちの奥様然としたここの婦人は、自分たちのペットを呼んで篤志たちに紹介してくれた。
 それがなんと、頭が三つある"ケルベロス犬"だったのだ。
「この子はミニチュア・ケルベロスのショコラちゃんですの。可愛いでしょう? 三歳の女の子ですのよ」
「ガウォォォ! ガウゥッ! ガウゥッ!! ガウォォッ!」
「キューン♪ キューン♪」
「…………」
 大きさとしては『中型犬』と呼べるくらい。
 しかし、三つの顔はどれも『愛玩』という言葉が入り込む余地がないほどに獰猛な顔をしていた。
 三つの頭のうち一つは、ずっと狂ったように吼えていた。
 もう一つは、ずっと甘えるように鼻を鳴らしていた。
 最後の一つは、ずっと無言且つ無表情にじぃぃぃっと篤志の方を見つめていた。
(なんだろう……)
(吼えてる頭より、じぃぃぃっとこっちを見てる頭の方が怖い……)
「す、すごいっすね……」
(チョコレート色だからって『ショコラ』って名付けりゃいいってもんじゃねーだろ……)
 とりあえず無難な感じで褒めてやり過ごし、そそくさとその場を立ち去った。


 ◆ ◆ ◆


 そして五軒目。
 ここは、出迎えてくれたのがロボットだった。
「当家ノ主人ハ、現在外出シテオリマス。ゴ用件ハ、私ガ承リマス」
 ロボットの外観は、ごく一般的な『お掃除ロボット』そのものだった。
 背丈の低い円柱形で、円の直径は約三十センチといったところ。
 床の上を滑るようにして動いていた。
「えっと、この近くに引っ越して来まして、ご挨拶に……」
「ソレハ、ゴ丁寧ニアリガトウゴザイマス」
「その、これは粗品なんですけど……」
「オ気遣イ感謝致シマス。必ズ主人ニ渡シテオキマスノデ、オ名前ヲオ聞カセ願エマスカ?」
「あ、えっと……辰巳です」
「辰巳様デスネ。今後トモ、ドウゾ宜シクオ願イ申シ上ゲマス」
「あ、いや……こちらこそ……」
 粗品を受け取る際は、ロボットの天面からアームが伸びてきた。
 いかにもなロボットアームだったが、紙袋を受け取る仕草は極めて滑らかで、不自然さがまるでない。
(すっげぇ……)
(受け答えもちゃんと出来てるし、すっげーよ、このロボット……)
 生まれて初めてのロボットとの生会話に少々興奮しながら、その場を立ち去った。


 ◆ ◆ ◆


 その隣、六軒目。
 ここで出て来たのは、とんでもない美人だった。
「まぁ、あの空き家に引っ越して来られたのね」
 芸能人でもそうそういないレベルの美しさに、篤志は思わず言葉を失ってしまう。
(な、なんつう美人……!)
 どれぐらいの美人かというと、あの羽音神にしか興味のない篤志の父が赤面するレベルだ。
 はっきり言って、普通ではない。

 しかし、この後の会話で分かったのだが、この美女にはなんと篤志より年上の娘がいるという。
(!? ババアじゃねーか!)
 いかに美しかろうと、それではとてもそういう気にはなれそうにない。
 だが、彼女は妖艶に微笑み、篤志の目を熱っぽく覗き込んでくる。
「あなた……とってもいい声してるわね。しかも、すごくいい匂い。今度またうちに遊びにいらっしゃいな」
「……えっ?」
「うちの上の娘はもう結婚してるけど、下の娘はあなたと年も変わらないし、お似合いだと思うのよね」
「…………」
 彼女の目には、魔性の光があった。
(ババアなのかもしれないけど……)
(これだけ綺麗なら……)
 くらりとしかけたところで……妹が大声で言った。
「これ、粗品ですけど良かったらどうぞ!」
 それで正気を取り戻した篤志は「これからよろしくお願いします」と慌てて頭を下げた。
「……お兄ちゃん、ああいう美人が好きなんだ?」
 立ち去った後、妹がそう言って頬を膨らませたのが何となく鬱陶しくて、頭を<ベシン!>と叩いておいた。


 ◆ ◆ ◆


 次は八軒目。
 ここは半分が店舗、半分が住居となった建物だった。
(ここって、もしかして……パン屋か?)
 そう、先程食べたパン――それらの入っていた紙袋に記されていた名と同じ名がここの看板に記されている。
 あのパンの熱いほどの温かさからして、すぐ近くで購入したものではないかと思ったが……まさかこんな近くで買ったものだとは。
「ああ、さっきの……」
 とりあえず店舗の方に入ってみると、店主らしき男性が妹の方に目を向ける。
 妹は自撮り棒?をくるくる回しながら、店主の方にニコッと笑いかけた。
「こんにちは、初めまして」
「? ああ、初めまして」
「この近くに引っ越して参りました辰巳と申します」
「ああ、これはどうも!」
 ここでの挨拶も、特に問題なく終えることが出来た。


 ◆ ◆ ◆


 最後は、ラスト一つ手前の十軒目。
 ここは奥さんが出て来て、挨拶もつつがなく終了したのだが……
「……?」
(なんだ、あれ……?)
 立ち去る時、庭先にあるオブジェが目についた。
 十字架をモチーフにした白くて美しい、そこそこ大きなオブジェだった。
「…………」
 少し気になったので、篤志は両親が立ち去り、奥さんが家の中に引っ込もうとしたところで、奥さんをこっそり呼び止めた。
「あの、すみません」
「? なにか?」
「いや、その、あの庭のオブジェなんですが……」
「ああ、あれですか? うふふ、私たち一家はウネニス教徒なんですよ。あのオブジェは半年前に建てたものなんです」
「……そうですか。いや、なんか綺麗な像だなと思いまして」
「あら、うふふ、ありがとうございます」
 奥さんに会釈をして立ち去り、次の家に向かう途中に考える。
(ウネニス教……)
(羽音神教とは違う宗教だよな……)
 何となく、違うと思ったのだ。
 不本意ながら、幼少の頃から篤志の周りは羽音神教の意匠に溢れており、篤志は羽音神教の意匠についてはそこそこ詳しい。
 しかし、あの庭先のオブジェはこれまでに一度も見たことのない意匠が刻まれていた。
(『聖地』って話だったけど……)
(やっぱ他の宗教の信者もいるんだよな……)
 やはり、羽音神教のインチキ護符を粗品に混ぜ込まなかったのは正解だった。
 そう考えながら、篤志は次の家の門前に立った。


……

…………


 結局、挨拶回りは一時間もしないうちに終了した。
 帰宅してすぐに両親が「そろそろ祈祷の時間だ」と言い出したので、関わり合いになりたくない篤志はさっさと自室に引っ込むことにした。
「…………」
(あー……)
(疲れた、すげー疲れた……)
 ボロを出さないように、ずっと気を張りっぱなしだった。
 疲れが出るのも当然のことだ。
「…………」
 ベッドに横たわり、篤志は考える。
 今回の挨拶回りで得られた情報について、だ。
(なんだろうな……)
(みんな『いい人』っぽかったよな……)
 十一軒も回れば一軒くらい感じの悪い応対がありそうなものだが、そういうことはなかった。
 みんなニコニコして、新しい住民を受け入れてくれた。
(悪い人たちじゃないんだろうな……)
 むしろ、戸籍を乗っ取り、名を偽ってここで暮らそうとする自分たちの方が悪者だ。
 そう考えると胸が重くなり……
 篤志は大きな溜め息を吐いて、思考を切り替えることにした。
(とりあえず、外はそれほど危険な場所じゃなさそうだ……)
(あれなら出歩いても問題ないよな……)
 何より、日本語が通じる。
 エルフやケルベロス犬がいるようなファンタジック・アイランドなのに、何故か日本語が通じるのだ。
(ここで使われてる言語が日本語なのか?)
(それとも、よくある異世界転移もののラノベみたいに"謎の翻訳パワー"が働いてたりするのか???)
 よくわからないが、言葉が通じるのは助かる。
 しかし、いくら現地人と言語コミュニケーションが交わせようとも、フィールドワークの前にもうちょっと下調べをしておいた方が良い気もする。
「…………」
 ベッドに横たわったまま、篤志は壁側に設置された大きなモニターに視線を向けた。
 あれがテレビとして使えることは、ここに来てすぐに実証済だ。

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