超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

【二日目】聖書を1ページも読んだ事がない自称キリストの生まれ代わりの作り方。

エピソードの総文字数=6,150文字

 夕焼けの横浜の港湾地帯――


 船の汽笛が届いてくるそこを、俺と【議員】のリーダーは、自転車に二人乗りして走っていた。

 昼間なら大型トレーラーが行き交う広い道路は、ガラガラで通行人もいない。俺たちの言い合う声だけが、やかましく響いている。

「ええい、なんで、私がこんな!」
 奴は自転車を全力で漕ぎながら、吠えたぜ。
「チャリが、俺の一台しかなくて、おめーが、じゃんけんで負けたからだろうが。おら、もっと気合い入れて漕いどけ」
 俺は荷台に座って夏の夕方の風を満喫してた。

 この季節の、この時間の空気が好きだ。

 暑くもなく、寒くもない。開放的な気分になれる。

「だからって、そんなにひっつくな、気持ち悪い!」
「しょうがねえだろ。俺だって、おめーなんざに、掴まりたくねえから、安心しろ」

「汗臭いんだよ、まったく……。

 けど、二人乗り、本当に、大丈夫なんだろうな……。

 もし、警察とか学校関係者に見つかったら、私は停学だぞ」

「殴り合って、さんざん校則違反したあとで、その心配か?」
「それについてだがな……。

 怪我は、自転車で転倒した事にせんか?

 貴様だって、警察沙汰は嫌だろう?」

「お、話しが分かるじゃねえか。

 そういや今さらだがお前、名前なんていうんだ」

「そんな事すら調べずに、今まで?」
「いやあ、名簿とかで見た覚えはあるんだが、正直覚えてなかった」
「波虚だ。波虚 栄(はうろ はえる)」
「なら波虚。

 この辺のこの時間はな、マジで誰もいないし、国道に出るまでなら問題ない。つーか、『ついてこい』って、どこ行くんだ?」

「名座玲の〝実家〟だよ」
「おいおい、そりゃ、俺は、召愛が育った環境に興味があるとは言ったぞ? けど個人宅を見に行くって、普通に不審者になっちまうだろ?」
「心配するな。公共の施設だ。近くまで行ったところで、問題はない」








 辿り着いた場所は、その通り公共の施設。

 県立の児童養護施設、だった。

 昔は孤児院などと呼ばれてたような、親が居なかったりする子供たちが生活している場所だ――。

 一見、小さな学校にも見えるそこは、無愛想な鉄筋コンクリートの建物。

 俺と波虚(はうろ)が少し離れた路上に立っている間にも、俺たちと同年代くらいの者たちが、そこへと帰宅してきていた。

「召愛も寮で暮らし出す前は、ここから学校に通っていたわけか」
「そうだな。

 そして、今からする話しは、名座玲と同時期に入所した者から、聞き出したものだ――

___________________________________


 召愛がなぜ、このような施設で暮らしていたのか――?


 捨て子、だったそうだ。


 寒い冬の日、生まれたばかりの召愛は、開業医の前に、置かれていたという。

『召愛』という名札と共にだ。

 その後、すぐにこの児童擁護施設へ収容された。


 小さな頃から変わった子で、生意気を言って大人を煙りに巻こうとするような奴だったそうだ。

 例えば、遠足で野毛山動物園に行った時のことだ。

「うわーい。ウサギさんもいっぱい居るー!」



                     *召愛 幼少期*

「あんまりフラフラしたらダメよ」
 などと、施設の職員が注意していたそうで。
「あなたは、すーぐ、迷子になっちゃうんだから。

 みんなにちゃんと付いてくるのよ?」

「はーい!」

 良いお返事はしたらしい。

 が。

 帰りに召愛が一人だけ居なくなってることに職員たちは気づいた。


 職員たちが血眼になって、ようやく召愛を見つけた場所は――

 野毛山動物園の中の『ふれあい広場』

 ウサギやハムスターと、ふれあえる人気スポットだ。


 閉園後に、ウサギ小屋の中で召愛が寝ていた所を、動物園のスタッフに発見され、連絡が来たのだ。


 迎えに行った擁護施設の職員が叱った。

「どうして、みんなに付いて来ないの。心配して探したんだからね」

 すると召愛は、ウサギ小屋の中で、ウサギに囲まれて、ウサギを抱っこして、グリグリ頬ずりしながら、答えたそうだ。

「なぜ、私を心配して探す必要があったの。

 こんなにフワフワで愛らしい生き物がいるのに、どうして私が迷子になったわけではなく、ウサギさんを愛でているだけいるだけだと、わからないの?」

 などと、迷子になった事を誤魔化したらしい。ドヤ顔でだ。
「はぁ……」
 いつもの事だったらしく、職員は諦め気味に溜息を吐いたそうで。

 この頃から、召愛の方向音痴スキルS+と、それを、無意味に否定する癖は遺憾なく発揮されていたらしかった。

「ほ、本当に迷子になったわけではなくて、ウサギさんを愛でていただけだからね! おうちに帰れなそうだから、ここで一生、ウサギさんたちと暮らしていく決意なんか、してなかったからね!!」

 どうやら、遭難した召愛ちゃんは、ウサギさんと一生暮らしていくしかないという、悲壮な決意の元、ウサギ小屋の中で眠っていたらしかった。

「そういう嘘を吐いてると、

 〝人形劇のおじさん〟に怒られちゃうわよ?」

「え…………。おじさんに怒られ、ちゃうの?」
「ええ。ちゃんと反省しないとダメよ?」
「反省したら、おじさん、褒めてくれる……?」
「きっといっぱい褒めてくれるわ」
「じゃあ、反省する!」

 そう。この頃の召愛ちゃんには、毎週とても楽しみにしている事があった。

 日曜日に施設にやってくる。『人形劇のおじさん』と呼ばれていた人だった。

 子供たちのために、ボランティアで人形劇をする、お人好しが居たらしい。

「今日は、ピーターパンの冒険をやるぞー。みんなおいでー!」

 なんていう風にだ。

 愛らしい人形がわんさか登場するわけで、これが召愛は大好きで、おじさん本人へも、まるで父親のように懐いていたという。


 実はそのおじさんというのは、キリスト教会の神父だか牧師だったそうなのだが。

 子供たちにとっては、楽しい人形劇をやってくれて、お菓子を配ってくれる、ただのおじさん、でしかなかった。


 公立の施設ゆえに、宗教の布教などを行う事は厳禁なので、宗教団体のボランティアも、そのようにしなければ、ならなかったのだ。

 人形劇の内容も、宗教劇ではなく、普通の童話である。


 要するに、そのおじさんは、自分の宗教のために奉仕活動をしていたというよりは、本当にただのお人好しだったわけだ。


 人形劇が終わるといつも――

「うわー、ピーパータン楽しかったー!

 ねえ、おじさん、おじさん、あと10個くらい人形劇やって!」

「ははは、それはちょっと時間が足りなそうだな。

 おじさんは、もう帰らないといけないからね」

「えー、なら、私もおじさんと一緒に帰る!」
「おやおや、困ったな」
「私がおじさんの家に行くと、困っちゃうの? 嫌なの?」
「いやいや……そういうわけじゃなくて」
「良かった。私ね。おじさん大好き!

 おじさんは、私のこと好き?」

「ああ、もちろんだ」
「じゃー、私もおじさんと一緒に帰っていいよね?

 おじさんのおうちの子供になりたい!」

「こらこら、召愛ちゃん、あんまり困らせたらダメよ。


 ――あの、ちょっとお時間よろしいでしょうか」

「はい。例の件……でしょうか?」
「そうです。ご検討いただけましたでしょうか」
「ええ……」
「このように、召愛ちゃんも懐いておりますし。社会的信用も、とてもある方ですので、当施設といたしましても、ぜひ、前向きにお話しを進めて頂けたらと」
「私としても、それが可能ならば希望はします。しかし、お断りするしかありません。事情は、折を見てお話ししたいと思います」

 そう、実は、養子縁組の話しも持ち上がったのだ。

 聖職者がこのような形で養子を取ることは珍しくないそうだが、おじさんは断ったらしい


 そして。

 ある日から、突然、おじさんは、施設に来なくなってしまったのだが――

「ねーねー先生、今日もおじさん来てくれなかったね。

 どうしたのかな?」

「召愛ちゃん……」
「?」
「病気に……なっちゃったのよ。入院してるから、来られないの」
「え、病気? お腹痛いとか、そういうの?」
「え、ええ、そうね」
「じゃあ、治ったら、また来てくれる?」
「ええ、そうね……。きっと、ううん、絶対、来てくれるわ」
「良かった! じゃあ、私、待ってる。

 あのね、先生、私、いつも思ってるんだ」

「なにを、思ってるの?」
「おじさんが、私のお父さんだったら、良いのに、って」
「…………」
「……………」
 そこで、施設の職員は召愛から急に顔を背け、涙を流していたそうだ。


 

 おじさんの病気は――癌だった。

 ステージ4、つまり、末期だ。


 かなり以前から、患っていたらしく、おじさんは、立てなくなるまで人形劇を続けていたことになる。

 召愛を養子にしなかった理由はこれだ。余命が長くない事を、分かっていたのだ。



 それから、しばらくの後。

 危篤――その知らせが来たのだ。

 召愛は病院へ行くことになった。おじさんが最後に面会を望んだそうだ。 

 召愛が病室に到着したとき、すでにおじさんは、満足に喋れないほど衰弱した状態だった。

 人形劇に来ていた時とは、あまりに変わり果てた姿。やせ細り、腕は骨と皮しかなかった。召愛はその姿に素直にショックを受けてしまい。


 素直に、素直に、こう訊いてしまった。

「おじさん……死んじゃうの?」

 まだ召愛は人の死というものを、テレビや物語の中でしか知らなかった。

「…………」

 おじさんは、微笑みながらも。どう答えていいか、迷ったかも知れない。

 キリスト教の聖職者であれば、天国や復活などの概念を使って、別れの悲しみを和らげようとすることも出来ただろう。


 だが、彼はこれまで召愛の前でずっとそうだったように、

 宗教家ではなく、〝ただの人形劇のおじさん〟である事を選んだ。

「そうだね。でも。僕はね、今思ってるんだ。

 これからも、召愛とずっと一緒に居られるかも知れない」

 ただ呼吸するだけですら苦しいはずなのに、おじさんは、気丈に答えた。

 しかし、声は弱々しく、今にも消え入りそうだった。

「でも、おじさん、死んじゃうんでしょ。一緒に居られないじゃん!」

「じゃあ、それを話そう――実はね。召愛。

 僕はずっと、ある人の真似ッ子をして生きてきたんだ」

「真似ッ子? 誰の、真似ッ子?」

「二千年前くらいに生きていた〝土木作業員のおじさん〟だ」
「どうして、その人の真似ッ子をしてたの?」
「その〝土木作業員のおじさん〟を大好きだからだ」
「えっ、じゃあ、おじさんってホモなの!?」
「……………………」
 壮絶に空気が死んだらしい。

 場が凍り付いたらしい。

 召愛はこんなちっちゃい頃から、大事な場面で斜め上に大暴投し、空気を殺し、場を凍り付かせる名人だったということだ。

「もしかして、その〝土方のおじさん〟と

 土手でサカリあったりしたかったの!?

            『やったぜ』とか言って?」

 女の子というのは、ませているもので、いったいどっから、そんなネタを仕入れてくるのか……たいして意味も分からずに、覚え立ての知識の話しをしたがるものだ。
「……………………………………」
「いや……そうじゃないんだ。

 僕が言ってる好きというのは、尊敬とか、親しみという意味だ。

 もっと簡単に言えば――お父さん、みたいな感じだよ」

「あ、それならわかる。私も、おじさん大好き。

 お父さんだったら、良いのに、っていつも思ってるもん!」

「うん、それと、まったく同じだ」
「その、〝土木作業員のおじさん〟って、どんな人なの?」
「いっぱいの事を言っていた人なのだけど、一言でまとめる事もできる。『愛こそ全て』これを人々に教えて、自分でも実践する人だった。僕もね、その〝お父さん〟みたいに成りたいと思ったんだ」
「だから、いっぱい真似ッ子したの?」
「とてもいっぱいだ。それでね――

 その〝お父さん〟みたいに成るために努力していると、だんだんと、その人がいつも近くで見守ってくれてるような気分になって来たんだ。


 当然かも知れないね。だって、その人に成るということは、その人といつも一緒に居るのと同じことになる」

「じゃあ、おじさんは、いつもその〝お父さん〟と一緒なの?」
「ああ、僕はその気分だよ。

 今も、すぐ隣で見守っていると思っている。わかるかい。二千年前に死んでしまった人でも、側に居ることはできるんだ」

「なら、おじさんも、死んじゃっても、私と一緒に居てくれるの?」
「約束するよ」
「なら! なら! 

 私もおじさんの事、大好きだから、おじさんの真似ッ子する!

 そうすれば、いっぱい、ずっと、一緒に居られるんだよね?」

「あ、ああ、そうだね。けど、そんな事をしなくても、僕はいつも一緒に居てあげるから、大丈夫だよ?」
「ダメ、私は〝人形劇のおじさん〟に成る!」
「ははは……」
「ねえ、どうやったら、〝人形劇のおじさん〟に成れるの?」

「自分がしてもらったら、嬉しいことを、他の人にしてあげなさい」

「他には?」

「それだけだよ」

「それだけで、いいの……?」

「それだけだ。けど、実際に、するのは、とても難しいんだ。

 全部の人を愛して、全部の人を深く理解しなきゃいけないからね」

「嫌いな人も、好きならなきゃいけないの……?

 分からない人のことも、分かるようにならないと、いけないの?」

「難しそうだろう?」

「うん……。私……できるかな?」

「そうするためには、どうすれば良いかを、ずっと考え続けなければいけない。考えついても出来ないこともいっぱいある。実はね、本当にこれをやりきれた人間は、まだ一人もいない」

「えっ。じゃあ、おじさんも?」
「ああ。だからね。自分が他の人のためになる事をやっているんだ、これが、絶対に正しいことなんだ、などと、威張ってはいけないし、人に押しつけてもいけない。いつも自分が間違った事をしているかも知れないと、考えないとダメだよ」

「自分がいつも間違ってると思わないと、ダメ……?」
「もう一度言うよ。

 これまで人間は一人も、やりきる事が出来なかったんだ。


 だから、遠回りなようだけど、自分がいつも間違っているかも知れない、と思う事が、『自分がしてもらったら、嬉しいことを、他の人にしてあげる』コツだ」

「うん。わかった!」
「完璧にやりきれないとしても、努力を止めてはいけない。そうして……少しずつ前へ向かって……歩いて……行けば、いつか召愛は、〝人形劇のおじさん〟に成る……ことが……」
 言葉が、途切れた。
「お、おじさん……?」
「おいで、召愛――」
 召愛はそう言われて、彼の胸元にしがみついた。

 力を入れてはいけないのだろうと分かっていても、強く、彼を抱きしめようとしてしまった。

 

 彼の震える腕が、召愛の頭を撫でた。

 そして、きつく抱き寄せようとしたが――そこで、心電図の血圧が0に変わってしまった。心臓が止まったのだ。彼の手は、しばらくだけ召愛の頭に置かれていたが、やがて、力なくベッドの淵に垂れた。


 召愛はそれにはまったく気づかず、ひたすらに彼の胸元に顔を埋めていたらしい。

 そうして何分ほどかの後――

 召愛が何を思って、その言葉を口にしたのかは、想像するしかない――

「……お父さん、ありがとう」
 それは――召愛が、〝お父さん〟と交わした最後の言葉となった。

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