超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

自分の義を見られるために人の前で行わないように注意しないと正妻がブチ切れる件 ①

エピソードの総文字数=6,500文字

 遠征当日の早朝。


 羽里学園の校庭には25機もの大型ヘリが駐機していた。


 集合した生徒と職員は400人あまり。

 これは規模的に言えば、ベトナム戦争でアメリカ軍がイア・ドラン渓谷へのヘリボーンを行わせた第7騎兵連隊第1大隊と、ほぼ同じということになる。


 それを前に、羽里は訓示を行った。

「短く簡潔に言います。

 今から行く場所は、多くの人が亡くなり、そして、家族を亡くした人々が、うち拉がれている現場です。


 わたしたちが寄るべき立場は、常に、もっとも困難に際している人々と同じ立ち位置にある。


 被災者の方々と同じ立場にたって、行動するよう、心がけてください。ただいまより、羽里学園ボランティア部、第一次遠征を行います。総員、搭乗を開始してください」

 ヘリへの分乗は、実にスムーズに進んだ。

 前日の演習のおかげだ。


 25機のスパーピューマ大型ヘリが、一斉にエンジン始動。

 凄まじい爆音とダウンウォッシュの突風の中、一機ずつが順番に飛び立ち、縦列を作って被災地へ進路を向けた。

 

 大編隊だ。


 日本でこれほどの数のヘリが飛んでいるのを見たことがある人は、あまり居ないだろう。

 俺はテンションがあがって、心の中でワルキューレの騎行が鳴り響いてしまったほどだ。





 そして。



 現地の上空に到着すると、被害の様相が嫌でも見えてきた。

 洪水はすでに引いてはいるが、道路の大半は泥で覆われたままで、民家にも流木やゴミなどが流れ込んでいるのがわかった。

「これは酷いな……。さぞかし、ここの人々は困っていることだろう」
「……」
「だからこそ、我々は、がんばらなければなりません」


 そして着陸したヘリから降り立って、炊き出し支援の現場へ向かう道すがらの風景を見ていて、思ったんだ。


 ニュースで何度も見た景色だったはずなのに、実際に自分の脚でこの場を歩いてみると、実感できる事が一つあると。


 それは人間の存在感の喪失とでも呼ぶしかないものだ。

 自分と同じように、この場を空気を吸い、この場で日常を送っていた人々が居た。そしてそれが失われてしまったのだ、という実感だ。












 俺が配属された仕事先は、避難場所として指定されてる女子高校の校庭だった。


 ここでの炊き出しを担当することになる。

 男子の8割は住宅街の方で、泥かきと民家の片付けの手伝い作業という、気の遠くなるような力仕事に回された事を考えれば、ラッキーかと思ったが、甘かった。


 炊き出し部隊に回された男子の仕事は、重量物の運搬であって、食材の段ボールを、延々と仮設キッチンへ運ばされたわけだ。


 たぶん古代エジプトのピラミッド労働者の方が、楽だったんじゃないだろうか? 


 だって、運ばされたものが――

「生クリーム三十キロ缶んー!」
とか。
「バニラエッセンス、二十リットルぅう!」
とか。
「アズキ、二十キロぉお!」

 ――そんな、とんでもなく重いのばっかだぞ……。

 

 にしても、甘そうな食材ばっかりである。

 そう、なんと、炊き出しの品というのが、スイーツなのだ。


 災害支援でスイーツというのも、一見、取り合わせが悪い気がするが、そもそも朝昼晩の三食に関しては、すでに自衛隊が提供してるわけで。

 民間の炊き出し支援に求められるのは、嗜好食品だ。


 甘味を馬鹿にしてはいけない。

 かつて太平洋戦争で、南洋戦線の米軍兵士たちから出された軍への要望で、多くを占めていたのが、装備品の改良と並んで――

「OH……イッツ、チョコレート……。液体ニ、ナッチマッテマース」

「超ハイパーウルトラ、楽しみに、シテータノニ、ベタベタ溶ケーテ、食ベレマセーン……」

「命掛ケテ、戦ッテルノニ、コレデハ、アンマリデース……」

 ――と赤道付近の熱帯では、チョコは溶けてしまい、まともに食べれなかったのだ。

 このせいで、チョコの改良が強く強く強く兵士たちから求められていた。


 そこでアメリカが必死に開発したのが、

『口では溶けるけど、手では溶けないチョコレート』というアレ。


 戦場という娯楽のない極限状況に置かれた兵士たちが、命を守る装備品と同等に見なしていたのが、せめてもの心の慰めになるチョコであったわけで、その希望へ国が総力を挙げて応えた。


 甘味は人の心を慰めるのだ。

 

 これほど災害現場に相応しい支援もないだろう。 

 今回はその質と量についても折り紙付きだ。


 調理を行うのは、羽里商事グループの、外食部門から選抜された精鋭パティシエと熟練板長たち。


 食中毒対策で加熱調理する物しか出せないものの、三つ星レストランや料亭で出されてる一皿うん千円な品物が、ただで食べ放題だ。


 つまみ食いさせて貰ったが、俺が被災者だったら、自衛隊のカレーを食わずに、朝昼晩の三食、これを食うだろうってくらいに美味かった。


『炊き出しのレベルを超越したグルメイベント的なものがやってきた』


 地元の人々の間で、こんな風に伝わってしまったのは言うまでもない。

 瞬く間に大盛況。


 混雑を見越して、整理券を配ったが、リピーター率100%なせいで、人がはけるということがなく、仮設キッチンテントの前には、スイーツを受け取るための行列が出来てしまっていた。 


 

 俺の方はと言えば、昼過ぎあたりになって、ようやく食材運びが一段落して、空のシロップ缶に腰掛けて休憩を入れていた。


(もし、これがバイトだったら、

 時給2000円でもやらねえわ……。

 きつすぎるぜ……。)

 んな風に、俺がまったりしてたらだ。


 俺と同じ班で作業してた男子どもが、キッチンテントの中で、何やらコソコソやり始めてるのが見えたんだよ。


 ちなみに、うちのクラスのキッチンで調理を担当してくれてたフランス人のパティシエさんは、休憩で席を外してて、中にはクラスの女子たちだけだ。


 で、男子どもは作り置きの、マドレーヌとかシュークリームとかを、ごっそりと持ち出そうとしてたね。んで、それを女子たちに見とがめられて。

「ちょっと男子、勝手にそれどうすんのよ!」

「無駄にするわけじゃないから良いだろ」

 とか言って、さっさと持ち出しちゃったんだ。


 どうするつもりだ? 

 そいつらが何しに行くのか、俺は距離を取って、こっそり後を付けたよ。


 そしたら、まあ、あれだ。あれだよ。


 この現場は、女子校であり、両手で抱えきれないくらいの女の子たちが居る。

 そして、彼女らも放課後には、ボランティアに参加する子も多数いる。


 で、今は丁度、放課後になったとこだ。

 そしたら、うちの男子どもが、やろうとする事は一つ。


 奴らは女子校の女の子たちが、体育館の裏で、救援物資の仕分け作業をしてるとこに辿り着いてだな。

 高級洋菓子店の紙袋に入ったお菓子をだな。プレゼントしちゃったわけだよ。


 女の子たちはそれを一口食べてだな。

「うわ、美味しー!」
「私にもください」
「こっちもお願いします!」
 ――なんて群がられてるわけだ。


 まったく、俺抜きで楽しそうな事しやがって。

 すっかりハブられちまってる悲しさだぜ。


 しかし、お前らな、うちの学校の女子も居るんだから、まずはそっちから攻略を目指したらどうだ、なんて野暮な事を言ってはいけない。


 女子校の女の子というのは、男子にとって、特別な意味があるのだ。

 けして自分たちは立ち入れぬ禁断の花園、そこに暮らす天使たちと触れ合う機会はそうそうない。


 んなもんイメージばっかり先行したファンタジーみたいなもんだろ、天使とか余裕で草生えんですけど、などと言ってもいけない。


 人はファンタジーに惹かれるものだし、ましてや生命力みなぎる16歳の男性たちに、そのような理性を求めるのは、ハムスターが回し車でグルグル回ってるのに対して、無駄だから止めろと怒鳴るのに等しい不毛な行為だ。


 本能、そう、本能なのだ。

 これについてクレームがあるなら、人間という生物を創造した製造責任者へ電凸なりしていただきたい。


 けどだな、整理券を持ってない人へ品物を配るのは、不平不満や混乱の元になるから厳禁になってる。


 俺は義憤に駆られて、男子たちへ詰めより、こう言った。

「おい、それはルール違反だろ!」

 ――なんてことはなかった。


 んなこと言わなかったし、そもそも義憤に駆られてもなかった。

 だから↑の台詞はあくまでイメージ映像的な何かだ。


 俺が実際に駆られてた感情はこうだ。

(畜生、羨ましい!)

 だから実際に、俺が言ったのはこう――。

「おい、俺も混ぜろ!」

「なに言ってんだコッペ」

 男子の一人が嫌な顔して言いやがったよ。

「お前には、すでに超変人の嫁がいるだろ。あっち行け」

「俺はそのような風評被害に断固抗議するぞ。

 良いじゃないか、こんなにいっぱい天使たちがいるんだ。

 分かち合うべきだ」

「あの、皆さん、羽里学園の方たちですよね?」

 俺と男子が掴み合ってゴニョゴニョ言い合ってる横から、

 天使たちの一人、リーダーっぽい子が質問してきたよ。


 俺たちは掴み合ってた手を一瞬で離して、背筋を伸ばし、校章が見えやすいように胸を張って、答えた。

「ええ、自分たちは羽里学生ですが、何か?」

「ええ、自分たちは羽里学生ですが、何か?」

 畜生、声が揃っちまった。しかも、気持ち悪いくらいスカした声でだ。

「何か揉めてらっしゃったんですか?」

「いいえ、良くある男同士の挨拶みたいなもんです。な、コッペ?」

「ああ、そうですとも、こういうの男同士じゃ普通ですから」

 なんていかにも爽やか青年風に、俺たちは歯を見せて笑って、肩を組んじゃったりしたよ。


 ああ、本能が悲しいぜ。

「羽里学園のこと、私たちも良くテレビで見てます。

 皆さん、こういう事、真面目にやってるのって凄いなって。


 だって、こういうのって、やろうとすると良い子ぶってるとか、思われそうで、尻込みしちゃいますよね……? 

 でも、そういうの気にせずって、勇気あるなって、なんか普通に、格好いいなって……」

 禁断の花園の天使に、初見で憧れっぽい眼差しを向けられてしまっている!

 これが羽里学補正というものか!


 ボランティア部どもは、今までこんな美味しい目に遭ってきたなんて。

 畜生め、俺も早く入部しとくんだった……!

「だから、私たちも、今日は絶対、ボランティアに参加しようって、みんなで相談して」

「そりゃいいですね。一緒にがんばりましょう」

 俺はさりげなく、握手を求めたよ。

 合法的に女の子へ触れられる手段、それが握手だ。


 そして、天使は俺の手を握ってくれた。

 天にも昇る心地とはこのことだ。

(こいつ、美味しいとこ持って行きやがって……)
――みたいな目で見られてるがな。


 お前らがグズグズしてるのが悪い。早い者勝ちだ。

「あの、それで、もし良かったらですが、私たちと記念撮影、お願いしてもいいですか」

「あ、もちろんですよ。こっちからもお願います」

 そして、男子どもと一緒に、天使たちと並んでね。

 俺とリーダーっぽい子が、たまたま隣合ったんだ。


 たまたまだよ。

 ほんと、たまたま。

 マジでたまたま。

 別にその立ち位置を狙ったわけじゃない、いやほんと。


 で、カメラのフレームに収まるために、密集するじゃん。

 したらね、こう、その子と肩と肩が、ちょん、と触れ合っちゃった。

「あっ……」
「んっ……」

 俺とその子は、思わず互いの顔を見るんだけど、肩と肩が触れ合う距離だから、めっちゃ至近距離、そこで目がばっちり合っちゃった。

「――!」

 その子は、ちょっと照れたみたいにして、目を逸らして前を向き直したわけだ。

 そのはにかむ横顔は、まさにホーリーエンジェルだった。

(これだよ。俺が求めてたノーマルな青春。

 すげえ遠回りして、ノーマルシナリオに入った気がする!

 もしこれがギャルゲーだったら、俺は迷わずここでセーブするね)

「はい、チーズ」

 と、カメラ担当の天使が言って、シャッターが落ちようとした。

 その瞬間、だった。

「君たち、それはルール違反だろう?」

 突然、召愛の声がして、俺の耳が掴まれたよ。


 ギュムッと力いっぱい、千切れそうなほどに、真横から、こう、耳を引っ張られるわけだ!

痛でっ。痛でで

 俺は引きずられるようにして、記念撮影現場から強制退場な勢いの所存!

「あの、これはいったい……?」

「大丈夫、大丈夫、あれ夫妻だから。浮気見つかっただけだから、

 我々は気にせず楽しくやりましょう」

 男子ども、んな事言って、俺を笑ってやがる。いい気味だ、とばかりにだ。

 不本意、先ほどの不規則発言は非常に不本意であるゆえ、遺憾の意を表明した上で、撤回を求める!


 俺はそっちのノーマルルートがいいんだ。

 こっちのアブノーマルシナリに戻りたくない!

「離せ召愛。超痛いっ。千切れる千切れるからー!」

「では君の耳が千切れる前に、はっきりと言っておこう」

 召愛さん、容赦なく俺の耳を掴みながら、テクテク歩いてですね。

 長い脚でね。大股でね。

 これ下手すると鼓膜が破けるから、良い子の皆さんは絶対に真似しないでください的な!

「彼女たちは整理券を持っていなかったのではないか。

 そこへ菓子を渡すのは厳禁と知っているだろう?」

「だって、ほら、現地ボランティアの人にも整理券配ばるんだろ。

 彼女らも持ってたんじゃないかな。たぶん、持ってた。

 俺は無実だ。疑わしきは罰せず、今すぐ離せ!」

「そんなわけがない。

 なぜなら、私がこの学校の生徒に整理券を配る係だからだ。彼女たちの整理券は、君の耳を掴む三秒前に、私がその場に置いたばかりだ」

 いきなり詰んだぁ……!

「で、でもだな。

 あんくらい良いだろ。誰の迷惑にもなってない。

 男子の士気も上がった。天使たちも喜んでくれた」

「天使? なんだそれは」

「いや……それは置いておいてだ。

 とにかく、悪い事は一つとして発生しなかった」

「たまたま周りに被災者が居なかったから良かったものの、もし、あんな下心丸出しの現場を、人々が腹を空かして行列を作っている時間帯に見ていたら、どうなってた。

 たちまち不満が爆発し、混乱が生じてた」

「だから、周りに被災者は居なかったから、いいだろうが」

「君がそこまで本当に考えて、ああしていたなら、文句は無い。

 だが、本当にそうなのか?」

 耳が離された。

 召愛は俺の目を真っ直ぐに覗き込んできたよ。


 こいつに、こういう目で見られるとだな……。

「悪かったよ。

 俺は周りなんて一つも見ずに、禁断の花園に突撃した。

 認める。下心100%、いや150%でだ。


 だが、なんで俺だけなんだ?

 おかげでチャンスを逃しちまった」

「男子がああいう行動に走ってしまうのは、理解してるつもりだ。

 そこを口うるさく注意なんかしたくはない。

 でも、でも――コッペ。君は、私の……」

 と、召愛は言いかけて、そこで、次に言うべき言葉を、必死に選んでいるように見えた。

「――私の、弟子だ。大切な、弟子だ。

 私と同じ道を、共に歩んで欲しいと願うのは、君にとっては……迷惑なのだろうか」

迷惑だ」
「……!」

「俺はお前みたいなリアル聖人じゃない。

 清濁併せ持った人間、いや、濁が98%の人間だ。


 お前と同じ道なんて、行けるわけないだろう。

 だから、他のオス猿どもと同じように、生暖かい目で見逃してくれれば良った」

 ――俺は深呼吸して、さらに続けた。

「言っておくぞ。俺はお前の弟子なんかじゃない。

 勝手にお前の価値基準に当てはめて、耳を引っ張るような事は、二度としないでくれ。大迷惑だ」

「……」

 俺の言葉を黙って聞いていた召愛の目に、涙が溜まっているのに気づいてしまった。

 そして、召愛はきびすを返して、背を向け、歩き出した。早足で。


 しかも、なんてこった。雨までポツポツと降りだした。

 俺は、言い過ぎてしまったんだろうと思った。


 でも、謝るつもりもない。

 俺がもし、あと10歳か20歳、歳をとっていて、もっと大人だったら、もっと別の言い方が出来たかも知れない。


 でも俺は生憎、ただの16歳の少年であって、ガンジーでも、キング牧師でもない。

 あれが限界だし、あれが自分の心、そのままの姿でしかない。

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