変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第24話「オレに触っていいのは一流サロンのカリスマトリマーだけだ」

エピソードの総文字数=5,599文字

 食事を終えた友子は、食器を洗浄機に放り込んで食卓を拭く。

 その後、リビングに移動して由美子の隣に座った。


 三人掛けのソファ――
 由美子を真ん中にして、右手側がクロで左手側が友子という位置関係だ。

「まぁ、何にしても迷子猫を見つけてくれて助かったわ。何かお礼をしなきゃね」
『じゃあ、"もも肉"をよこせよ』
 クロの言う"もも肉"とは、竹沢家のペット(家畜)たる茶色のうさぎのことである。
 ベジタリアンを除く誰もがそうであるように、クロもまたあの魅惑のうさぎにご執心だった。
 特に脚部から放たれる神々しいまでのオーラに強く惹き付けられているクロは、アルタソのことを"もも肉"と呼んでいる。
「駄目よ、あれはうちの家畜なんだから。あげないわよ」
『おまえのバカ舌じゃ、あの肉の価値は測れねーよ。あの極上肉を食うに相応しい美食家はこのオレ以外にいないだろ?』
「なによ、バカ舌じゃないわよ!」
『まぁ、オレも鬼じゃねーからな。一番美味いもも肉はオレが食うけど、残りのむね肉とかはおまえにやるよ。嬉しいだろ?』
「えっ、マジで!? むね肉くれんの!?――じゃなくて、もも肉もやらんわ! 全部あたしの肉よ!」
 クロの言葉に一瞬喜んだ由美子だが、すぐにハッとして抗議した。
「ったく、ホントに腹立つわね、このクソ猫は!」
 由美子が右手の指先でクロの頭をウリウリする。
『クッ、何すんだよ!』
「お礼は猫缶よ。今度コンビニで買ってくるわ。マグロでいい?」
『ハァッ!? このオレがコンビニ売りの安っぽい猫缶なんか食うわけねーだろ!』
「いいじゃん。コンビニの猫缶だって結構高いし、きっと美味しいよ」
『ハァッ!?』
「だいたいクロは贅沢しすぎだよ。いつも私たちより良いもの食べてるし」
『このバカが、オレとおまえらでは格が違うんだから当然だろ? おまえ、オレを誰だと思ってんだ?』
「…………」
(誰って……)
(ただの猫じゃん……)
 確かに魔界猫なので、普通の猫とは違う部分もあるのだろう。
 しかし、友子にしてみれば大した違いではない。
 所詮、猫は猫でしかないと思っている。
(あーあ……)
(どうせうちに猫がいるんだったら、もっと可愛い猫がよかったなぁ……)
 クロは可愛くない。
 性格が悪くて、高飛車で、毒舌で、金儲け至上主義だ。
 猫らしい愛らしさは全くなく、例えば猫じゃらしを揺らしても全然反応しない。
 むしろ、友子がそんなものを手に取ろうものなら「おまえって本当に幼稚だよなw」などと言って馬鹿にしてくる。
(…………)
 だが、友子的に一番つまらないのは、クロが人に触れられるのを嫌がることだ。
 気位も美意識も高いクロは、人間に触れられて毛並みが乱れるのを極端に嫌う。
 クロ曰く『オレに触っていいのは一流サロンのカリスマトリマーだけだ』――つまり友子は家に猫がいるにも関わらず、猫を撫で回すことさえ出来ないのだ。

 猫が好きで、猫に癒されたい友子にしてみれば、クロほど"ハズレ"な家猫はいない。

(うーん……)
(でも、なぁ……)
 クロの頭をウリウリし終えた由美子。

 黒猫をヒョイと抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。
 クロは可愛げのない顔でぶすくれているが、拒絶する様子もなく成すがままになっている。

「なによ、猫缶の何がイヤなのよ? 好き嫌いしちゃダメでしょー?」
『……フン、別に好き嫌いじゃねーし』
 由美子の手が、膝上のクロの背をワサワサ撫でる。
 それはわりと雑というか――繊細さの感じられない撫で方なのだが、クロは不思議とおとなしく受け入れている。
「…………」
 そう、いつもそうなのだ。
 クロは人に身体を触られることをひどく嫌うが、由美子にだけはそれを許す。
 逆毛を立てるように撫でられて、美しい毛並みがモッサモッサになろうとも、何故か嫌がらない。
(うーん……)
 由美子に撫でられるクロを見つめる友子の心境は複雑である。
 単純に「由美子ばっかりずるい!」「なんで由美子だけ?」「私にも撫でさせてよ!」という気持ちは当然ある。
 だが、これと相対する「別に今更クロなんか撫でたってなぁ……」という気持ちもある。
 猫は好きだし、この美しい毛並みには触れてみたいと思うが、友子の中には、クロに意地悪を言われたり馬鹿にされたりの連続だった十六年の歳月が蓄積されている。
 今更、クロを撫でて「可愛い~♥」と愛しむことに何とも言えない違和感があった。

(でも、何にしても……)

(クロって本当に由美子のこと好きだよね……)

 これは、クロが由美子に鯛の刺身を譲っているのを見て、さっきも思ったことだ。
 というか、以前からずっと思っていたことだ。
 本人は否定するが、傍から見る限り、クロが由美子のことを好きなのはまず間違いない。
 というか、本人の否定にしたって、全力過ぎて逆にツンデレにしか見えない。
(クロにまで好かれるとか、由美子はさすがだな……)
 同じクラスに同じ部活――
 由美子と長い時間を過ごしてきた友子なので、由美子の人気者ぶりはよく知っている。
 由美子は「よくそいつと仲良くなれたな」といった感じの"アクの強い人間"と仲良くなるのがとにかく上手い。
 きっと由美子自身もアクが強いので、親和性が高いのだろう。
(羨ましくないと言えば嘘になるけど……)
 恐らく、友子だけでなく、誰だってそうだろう。
 "自然に振る舞っているだけでみんなに親しまれる"――由美子のようなキャラクターを「羨ましい」と思うのは――……
(でも、私自身がこんなふうになりたいのかと言えば……)
(それはやっぱり違う気もするし……)
 例えるなら、由美子は"少年漫画の主人公"だ。
 ふんわりした羨望があったとしても、友子のような普通の女の子が「私もこんなふうになりたい!」と実際的な目標にしたいキャラクター像ではない。
 友子が実際的な目標にしたいのはやはり"少女漫画の主人公"であり、その方向性で"自然に振る舞っているだけでみんなに親しまれる"人間になりたいのだ。
 なお、友子の知る限り、これは他の女の子たちも同じらしい。
 由美子はとにかく目立つので、クラスが変わるなりして新しい環境に移行すると、最初は気の強い女子たちから警戒される。
 だが、それは長く続いた試しがない。
 ドロドロした女社会で派閥闘争に明け暮れる女の子たちは、みんなすぐに由美子のことを「自分の脅威にはなり得ない別次元の存在」と見做し、むしろ由美子を自分の側につけようと考えるようになる。
(男子が『犬』で、女子が『猫』だとすると――)
(由美子は『ゴリラ』って感じなんだよね……)
 単体としては、間違いなく強い。
 だが、その強さは『犬社会』や『猫社会』において幅を利かせることの出来る強さではない。
 だから由美子が女同士の派閥闘争に巻き込まれることは滅多になく、それがより一層、由美子を自由にしているという面もある。
 因みに、マイペースな友子は、女同士の派閥闘争は大の苦手である。
「ほれほれ♪」
「ニャァァ……『や、やめろよ、バカ!』」
 喉をこちょこちょされて、クロがまるで猫のような声を上げている。
 由美子がいる時でないと見られない光景だ。
「クロって由美子のこと大好きだよねー」
「ニャッ!? 『ふざけんなよ、バカ! んなわけあるか! 殺すぞ!』」
 じゃらされた状態で凄まれても、全然怖くない。
「だって、由美子の頼み事は断らないし。むしろ頼み事されて嬉しそうだったよね?」
『ハァッ!? そんなもん単に断る理由がなかったから断らなかっただけだよ! オレには縄張り(シマ)の治安を護る責任があるし、たまたま利害が一致しただけだ!』
 クロはこの近辺の猫社会でボスを務めている。
 支配地は西区、中央区、北区に及び、次は南区と東区のどちらに勢力を伸ばそうか思案中らしい。
 そんなクロに、由美子が迷子猫の捜索を依頼するために訪ねてきたのが昨日のこと――
「クロ、あんたに頼みがあるのよ。探して欲しい猫がいるの」
『……フン、またオレを利用する気かよ?』
「しょうがないじゃん。猫のことはあんたに訊くのが一番なんだから。ほら、この画像よ。ちょっと見て」
『……知らねーよ、こんなヤツ』
「名前はクッキーちゃん。六ヶ月の女の子ですって。西区椛町に住んでて、飼い主は小学二年のミカちゃんよ」
『……あっそ』
 その場では散々興味なさそうに振る舞って、
『……まぁ、気が向いたらそのうち舎弟どもに訊いておいてやるよ』
 などと言っておきながら、クロは由美子が帰るや否や家を飛び出して迷子猫を捜しに行った。
(口では否定するけど、わかりやすいよねー)

(由美子のこと好きすぎでしょ、クロw)

『おい友子! おまえ何かバカな勘違いしてるだろ?』
「えー?」
『あのなぁ、万一オレの縄張り(シマ)の猫が南区や東区に迷い込んでヤラれたりでもしたら、そのまま抗争になるんだよ。別に戦いになって負ける気はねーけど、こっちには東区と南区の権力者の間に確執を持たせる仕込みをしたりだとか色んな構想があってだな――』
「そんな必死になって言い訳しなくても」
『言い訳ってなんだよ、ちげーよ、バカが!』
 怒るクロをガシガシ撫でながら、由美子が笑う。
「何でもいいわよ、ありがとうね、クロ」
『だ、だから! そうじゃなくて……ちゃんと聞けよ! オレは別におまえの頼みだから聞いたってわけじゃなくて――』
「でもさ、無事に見つかって本当に良かったね」
「そうね、これでミカちゃん喜ぶわ」
「早く連絡してあげなきゃ」
『おい! 聞けって!』
「そっちはアルタソがやってくれてるわ。今頃ミカちゃんにメール送ってくれてるはずよ。書類作るのも含めて、そういうのは全部アルタソの担当なの」
「へぇー」
『…………』
「アルタソのヤツさ、あたしに『書類を書くな』って言うのよ。あたしの書く報告書はアホ丸出しだから恥ずかしいんだって」
「あはは……」
 ソフトボール部時代に由美子が書いていた個性的な部誌の記述を思い出し、何となくアルタソの気持ちを察しつつも……友子は曖昧に笑う。
 現在、由美子とアルタソは【竹沢探偵事務所】という探偵事務所を営んでいる。
 この事務所は元々、今は亡き由美子の兄が立ち上げたもので、彼の死後はずっと閉鎖されていたらしい。
 当時、彼の助手を務めていたアルタソを所長として、新生・竹沢探偵事務所が立ち上がったのが去年のこと。
 以来、由美子はアルタソの指示のもと、毎日探偵業に精を出している。
 それなりに希少ながらも"動物と話せる能力"が一般的なこの羽音神市では、動物が職に就くことはそう珍しいことではない。
 動物園やアニマルカフェでサービス業に就く動物、宣伝物のモデルとなったり映画に出演したりする動物、病人や老人の介護をする動物に、第一世界のダンジョン探索に参加する傭兵紛いの動物もいる。
 だが、多くの動物は人間に雇用されており、クロやアルタソのように事業主を務める動物はさすがに少ない。
 それに加えて同じ"魔界動物"同士ということもあって、普段は『美味そう』としかコメントしないながらも、クロがアルタソを強く意識していることを友子はよく知っている。
(探偵事務所……)
(初めて由美子から話を聞いた時はびっくりしたなぁ……) 
 高校に進学してすぐのことである。
 当時の友子は、由美子は高校でもソフトボールを続けると信じていた。
 その上で、由美子にどうやって「黒錬金術の修行をしなきゃいけないから、私はもう高校ではソフトボールは出来そうにない」と打ち明けようかと悩んでいた。
 そんな時、いきなり由美子が、
「あたし、これからは探偵事務所をやるわ!」
 と、言ってきて面食らった。
 まぁ、おかげで自分の話がしやすくなって良かったのだが。
(由美子が探偵――)
(なかなかピンと来なかったなぁ……)
 前に由美子の家で、由美子と一緒に二時間のサスペンスドラマを見たことがある。
 その時の由美子の()探偵っぷりはすごかった。
「容疑者はABCDの四人……そうね、Aが一番犯人っぽい顔してるわ。きっとAが犯人よ!」
「被害者は焼死体で発見された? じゃあ犯人は火炎属性の魔術師・容疑者Bね!」
「容疑者Cはその時間帯のアリバイがある? この手のドラマではアリバイがあるヤツは高確率で犯人だから、犯人は容疑者Cよ!」
「犯行現場から判断するに、犯行は被害者と親しい者の仕業? だったら、犯人は被害者の妻である容疑者Dだわ!」
「えっ、Aと被害者は実は昔同じ職場に勤めていた!? それは怪しいわね……犯人はAで決まりよ!」
「ええっ、第二の犯行!? Aが殺された!? じゃあ犯人は……BかC? いや、ここは意外性でDに違いないわ!」
 ストーリーが進むごとに、由美子の推理(当てずっぽう)は二転三転し、犯人当ての最終予想も結局外れた。
「くぅぅっ! やっぱりBが犯人だったのね! あたしもそいつが怪しいと思ってたのよ!」
 そう言って悔しがる由美子に、探偵の素養は全く感じられなかった。
 しかし、探偵の素養はなくとも、由美子には特殊な能力がある。
 由美子たち竹沢家の人間が【変態魔法】と呼んでいる、いかがわしい能力の数々だ。 
 これらの能力を使って行われる浮気調査の仕事は非常に高い成功率を誇っており、アルタソの手腕もあって、新生・竹沢探偵事務所の運営はとても順調らしい。
(由美子、頑張ってるなぁ……)
 後に「どうして探偵事務所を始めたのか」――その理由を由美子から聞かされた友子は、由美子の活動を応援している。
 また、その奮闘ぶりを見ていると「私も頑張らなくちゃ!」と昂揚を覚えるのだが……
(でも、毒薬作りはなぁ……)
 目下やらねばならない家業の黒錬金術が、やっぱり好きになれなくて……
(ああ、イヤだなぁ……)
 やりきれない気持ちになる友子だった。

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