変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第3話「あの子も、昔はあんなんじゃなかったんだけどね……」

エピソードの総文字数=5,469文字

「うふふ、営業のお仕事って本当に楽しいわ♥」
 明日の『接待』のことを想って頬を染め、艶やかに笑う留美子。
 実際、由美子から見ても営業部に移ってからの姉は生き生きしている。
 これほど毎日楽しそうな姉は、"大人の秘密パーティー"三昧だった大学時代以来じゃないだろうか。

 そう、姉の言う『接待』は、その実『枕営業』である。
 なお且つ、その『枕営業』でさえも建前に過ぎない。
 彼女は別に、仕事を取りたくてセックスしているわけでないのだ。
 むしろセックスさえ出来たら仕事とかわりとどうでもいいのだが、セックスをしたら仕事がオマケで転がり込んでくる。
「天職ってヤツね。お姉ちゃんには合ってると思うわ」
「そうね。やりがいがあって楽しいわ」
「なるほど、ヤリがいね」
 由美子は深く頷く。

 ヤリたいだけなら風俗で働けばいいのだろうが、そうした場合、類稀な美貌が仇となるだろう。
 その美しさゆえに、娼婦・留美子の売値は否応なしに跳ね上がり、顧客は一部の金持ちばかりになってしまうに違いない。
 相手の貴賤を問わず誰とでもパコりたい彼女としては、そういった状況は御免被るのだ。

 まさに、この羽音神の町に蔓延るビッチ女たちの頂点。

 "ザ・クイーン・オブ・ビッチーズ"――

 それが竹沢家の長女・竹沢留美子という女である。

 少女時代から貪欲に行きずりの男性市民を食いまくってきた留美子の経験人数は、既に通しで五万人を軽く超えている。
 因みに、誰彼構わずヤリまくっても、それが発覚することはない。
 交尾の後、彼女は必ず相手に記憶消去の魔法をかける。
 市民の中には諸々の事情で魔法の効かない者もいるが、そういう者は端から相手に選ばない。
「休日出勤のこと、コージーには?」
「小次郎さんにはまだ話してないのよ。今夜話すわ」
 竹沢小次郎(こじろう)――
 二年前に竹沢家の婿養子となった、留美子の夫である。
 やたらと影が薄く、取柄らしい取柄のないパッとしない男だが、パシらせる分にはちょうどいいので、由美子はこの義兄を『コージー』と呼んで、自分の家来のように扱っている。

 と、<ガチャッ>と音がして、ダイニングルームのドアが開いた。
「ただいまー」
「あ、お母さんだ! おかえりー」
「お帰りなさい、お母さん。お疲れさま」
 帰宅したのは、変態姉妹の母・芙美子(ふみこ)――
 中央区城下町の一等地で【竹沢レディースクリニック】を経営している有名な女医である。
 なお、とある業界では"S級調教師(ミストレス)"としてその名を轟かせていたりもする。
「あぁ、疲れた! なんだって金曜日に五時まで働かなきゃならないんだい!」
 部屋に入ってくるなり、母はキレて愚痴り始めた。
「しかも分娩とか手術とかならまだしも、事務仕事で五時までだよ!? どんだけブラックなんだ、あの病院!」
 この羽音神市では完全週休二日制が一般的で、市内の多くの事業所が土日を休業日としている。
 また、第一週と第三週の水曜日も休業日で、金曜日は半日で終業するのが普通である。
 なお、年間三十日以上の有給休暇を取ることが推奨されており、有給消化率は九十パーセントを超えている。
「いやいや、ブラックってお母さんの病院だから!」
 由美子の突っ込みを無視し、母はダイニングを通り過ぎてリビングの方まで行き、ハンドバッグを床に放り出すと、そのままぐでんとソファに仰向けになってしまった。
「留美子、酒!」
「今夜はホワイトシチューを作ったの。お酒ならワインが合うと思うんだけど、ワインでいい?」
「ああ、いいねぇ、ワイン」
「赤にする? 白にする? ロゼもあるけど」
「んー……そんじゃ赤!」
「銘柄は?」
「そうだねぇ、あんたがテキトーに選んでおくれ」
「わかったわ、ちょっと待っててね」
「…………」
「……ん? つうか『作った』って留美子が? チセは?」
 母は姉の先の言葉に引っ掛かりを覚えたようだが、姉は既に地下のワインセラーに向かおうとしている。
 由美子は食事を進めつつも、姉の代わりに母の疑問に答えることにした。
「ちーちゃんなら、お父さんと一緒に北区のデパートに行ったわよ」
 綾野知世(アヤノ・チセ)――
 竹沢家の住み込み家政婦だ。
 由美子はいつも『ちーちゃん』と呼んでいる。
「デパート?」
「ほら、ドレスよ、ドレス。今度の【魔族祭】のためのドレス。仕上がったって連絡あったみたいでさ」
「ああ、あれか。ふぅん、思ったより早かったね」
 "伝説の勇者"の手によって魔界(第二世界)が滅びたのは十年前のこと。
 魔界(第二世界)に群居していた【魔族】はその際に全て滅びたと云われているが、それ以前に第一世界や第三世界に移った魔族やその血統者は今も第一世界・第三世界で暮らしている。
 羽音神市の主催で年に一度行われる【魔族祭】は、そういった魔族縁者のためのお祭りだ。
 竹沢母娘は【夜魔族】という区分の上級魔族【サッキュバス】の血を継いでおり、第一回魔族祭が行われた八年前から毎年欠かさず魔族祭の招待を受けている。
「今年の魔族祭はどんな料理が出るのかしら? 去年の魔界豚の丸焼きはめっちゃ美味しかったわよね! 今年もアレだといいなぁ~」
 見た目から豪華絢爛だった黄金色の魔界豚の丸焼き。
 柔らかさと程よい噛みごたえが奇跡的な両立を果たし、噛むたびにじゅわじゅわと重厚な肉汁が溢れ出てきた。
 そんじょそこらの豚とは一線を画した、あの神々しい味わいを思い出して由美子がジュルリと涎を啜る。
「あんたはホント『色気より食い気』だねぇ」
「なによ、お母さんだってめっちゃ食いついてたじゃん」
「あたしは美食家なだけだよ。腐った残飯でも喜んでがっつくあんたと一緒にしないでおくれ」
「ええっ!? いやいや、腐った残飯なんか食べないし! つうか、なんでお母さんあたしがそんなもん喜んで食うと思ってんの!?」
「イメージだよ、イメージ。あんたにはそういうイメージがある」
「ハァッ!? なんでよ!?」
 突っ掛かる由美子を無視して、母はさらりと話題を変える。
「しっかし、なんだってわざわざデパートまでドレスを取りに行ったんだい? グリフォン便で送ってもらえばよかっただろうに」
「ああ、それならなんか、ちーちゃんもそのつもりだったみたいなんだけど、お父さんがデパートで新作の化粧品見たかったみたいで、強引にちーちゃんを連れて行っちゃったのよ」
「ふぅん、化粧品ねぇー」
 芙美子の夫であり、変態姉妹の父である和雅(かずまさ)の趣味は女装である。
 サッキュバスの血を引く竹沢家の女たちは、放っておいても美を保つことが出来るので、美容に関してはズボラなところがある。
 しかし常に容姿の劣化と戦っている和雅は、美しさを保つための努力を欠かさないのだ。
「ごちそうさま、あぁ、美味しかった!」
 おかわりも綺麗に食べ終えて、由美子は空食器を手に席を立つ。
 なお、クリームシチューの時は一杯目を普通に、二杯目をごはんにぶっ掛けてかき込むのが由美子のジャスティスだ。
「お母さんもシチュー食べるっしょ?」
「ああ、面倒だからこっちに持って来とくれ」
「オッケー」
 キッチンに入り、第四世界製の食器洗浄機に空食器を放り込んだ後、由美子は食器棚から深皿を出して母の分のシチューを用意する。
「肉は多めにね!」
「うん、わかってる!」
 地下から戻ってきた姉が、母と由美子のやり取りを見て笑う。
「お母さんと由美子ちゃんってそっくりね」
「ハァッ? 由美子と似てる? あたしが? おいおい、やめとくれよ。あたしとこんなアホが似てるわけないだろ」
「ちょっ、お母さんひどいんだけど!」
 由美子の抗議を無視して、母はのそりと上体を起こしてソファの上で胡坐をかいた。
「ワインはこれでいいかしら?」
「ああ、いいよ。あんたのチョイスなら間違いないだろうさ」
 姉の見せたワインのラベルを確認して満足そうに頷く母の前に、由美子は深皿を置いた。
「へい、シチューお待ち!」
「ふぅん、美味そうだねぇ」
「すっごく美味しかったわよ!」
「ありがとう、由美子ちゃん。後のことはお姉ちゃんがやるからもういいわよ」
 姉の言葉に、由美子は再度「ごちそうさま!」と告げ、リビングを後にする。
 食後とは思えないほど軽快に階段を上り、三階の自室に引っ込んで行った。


* * *



 由美子のいなくなったリビングで、母はワインの入ったグラスを傾ける。
 長女の作ったホワイトシチューは控えめに言って最高で、ワインとの相性もバッチリだ。
 それでも、口からは重い溜め息が漏れてくる。
「ふぅ、魔族祭か……」
 そう呟いて疲れた顔をする母を見て、長女は形のいい眉を顰める。
 二人が思い出すのは、昨年の魔族祭のこと……
 あの、不愉快な出来事だ。
「もう一年経つのね」
「ああ、早いもんだよ」
 この羽音神市には、二門のサッキュバス血統者がいる。
 一門がこの【竹沢家】で、もう一門が北区に住む【姫宮家】である。
 サッキュバスは基本的に氏族間の仲が非常に悪く、竹沢家の女たちと姫宮家の女たちは犬猿の仲だ。
「姫宮さん、今年も嫌味を言ってくるかしら?」
「そりゃあもう、あの性悪どもだからね。嬉しそうに全力で言ってくるだろうよ」
 奇しくも、現在の竹沢家と姫宮家は構成が似ている。
 竹沢の妻・芙美子と姫宮の妻は同学年で、それぞれ娘が二人いる。
 長女の留美子と姫宮家の長女は年が二つしか離れておらず、次女の由美子と姫宮家の次女は同学年。
 ある意味、ライバルとして反目しやすい体制が整っているのである。
「…………」
 母は、昔からいけ好かない姫宮の妻の言葉を思い出す。
「あーら、芙美子さん。貴女まだ病院勤めなんてしているの?」――
「ねぇ、ご存知? 普通はね、サッキュバスは労働なんて賤しいことはしないのよ。お金なんて男に稼がせればいいんだから」――
「それなのに、芙美子さんときたら人間女みたいにあくせく働いて……きっと貴女の旦那様は貴女が働かなければならないほど収入が少ないのね。ホホホ、お可哀想にw」――
「…………」
 長女・留美子は、昔から何かとあればつっかかってくる姫宮家長女の言葉を思い出す。
「あーら、留美子さん。このたびはご結婚おめでとうございます」――
「でも、ぴっくりしたわ。『あの』留美子さんが結婚するっていうから、相手はどんなに素敵な男性かと思っていたのに、まさかあんなカス男なんてw」――
「留美子さんは美しいけれど、"上質な男を嗅ぎ分ける力"――サッキュバスの本能の方は随分と退化していらっしゃるのねw」―― 
「…………」
「…………」
 仇敵の嫌味を思い出し、少しだけ気分が悪くなった二人だが……
 実際のところ、これら自分たちに向けられる嫌味はせいぜい不愉快な気持ちになる程度で、ダメージを受けるには至らない。
 芙美子が病院勤めをしているのも、留美子が今の伴侶を選んだのも、それぞれの考えで決めたこと。
 価値観の違いが大きすぎて姫宮家の女たちには理解出来ないようだが、芙美子も留美子も自分の選択が正しかったと思っている。
 後悔なんて全くないし、それ故にバカにされても心に響かない。
「…………」
「…………」
 それでも依然として二人の表情が暗いままなのは、別の頭痛の種があるせいだ。
「ねぇ、お母さん」
「なんだい?」
「今年の魔族祭、由美子ちゃんにはお留守番してもらった方がいいんじゃないかしら?」
「…………」
「参加したら、きっとまた色々言われて嫌な思いをすることになるわ。それならいっそのこと……」
「フン、あのアホがそんな繊細なタマかね。この世のサッキュバス全員からくそみそにバカにされても、次の瞬間にはケロッとした顔で肉の塊にがっついてるさ」
「確かに、由美子ちゃんはメンタルが強いけど……」
 母の言葉に納得しながらも、留美子は悲しげに長い睫毛を伏せる。
「でも、可哀想で……私は見ていて辛いわ」
 自分の気持ちを素直に吐き出す留美子に、母は頭を振って大きな溜め息を吐いた。
「あたしらは家族だからね、由美子がいい子だってことはよく知ってる。けどね? 傍から見たら、あの子があんなふうにバカにされるのも仕方ないことさ」
「…………」
「なんたって、十六にもなったサッキュバスの娘が未だに処女なんだからね。これでバカにするなって方が無茶だろう?」
「…………」
「人間の娘たちだって十六にもなれば、隙あらばパコろうとコンドームを隠し持って機会を窺ってるってのにさ」
「…………」
「あの子ときたら初潮からもう五年も経つってのに、未だに男の一匹も捕まえられずに無傷のみっともない処女膜をくっつけてる」
「…………」
「こんなの前代未聞だよ。可哀想だけど、そりゃバカにされて当然だね」
「ねぇ、芙美子さん。おたくの下の娘さんって本当に貴女の娘なの? 本当は橋の下で拾ってきたただの人間なんじゃないの?w」――
「そうね、十六にもなってまだ処女だなんて、とてもサッキュバスとは思えないわ。ねぇ、留美子さん。実際のところどうなの?w」――
「…………」
 散々に侮蔑される妹を思い……
 憐れみに胸を痛め、顔を暗くする留美子を見て、母はふっと肩を竦める。
「まぁ、何にせよ、本人は大して気にしてないさ。だから、あんたがそこまで気に病むことはないよ」
「ええ、そうね……」
 母の言葉に頷きつつも、留美子の顔は晴れない。
 グラスのワインをぐっと呷り、母はふぅと息を吐く。
 そして、ぼそりと呟いた。
「昔はあんなんじゃなかったんだけどねぇ、あの子も……」

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