【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第14話「いいひと」

エピソードの総文字数=5,990文字

 その放送が流れたのは6日目の朝、7時からのGFO放送局定時リピート放送だった。 
現在、外部プログラムとして実行可能な『GFOログアウトプログラム』を開発中です。PC版は3日後、PS-WII(ピーエス・ダブリューツー)版は5日後の完成を目指しています。完成後は順次ネット及び店頭で無償配布致します

 ギルドホールに歓声が上がる。

 おそらく他の[蒸気ラジオ]のあるギルドでも歓声が上がっている事だろう。

 キッチンでカグツチたちの分の朝食を取り分けていたもえは、複雑な気持ちでラジオを聴いていた。

(あと3日か……早かったな。俺の意識が飛んでないって事は、たぶん俺も入院してるんだろう。あ、カグツチにPS-WIIは2日遅れるって言って笑ってやらないとな)

 もえはパチッとバスケットの蓋を閉める。

 心は決めていたとは言え、それでもこの夢の世界があと3日で終わってしまうという情報は、彼女にとって簡単に納得できるものではなかった。

 それでも、もえは顔を上げる。

カグツチくんとクマちゃんたちに朝ごはん持って行きますね

 すでに宴会が始まっているギルドの仲間たちに明るくそう告げて、彼女はギルドホールを出た。

 ゆっくりと、自分の進む道を一歩一歩確かめるように。

 そしてだんだんと速度を上げ、もえは前だけを見て一心に走った。


  ◇  ◇  ◇


 あつもり、ケンタ、ヘンリエッタの3人に朝食を届け、ラジオの情報を伝えると、やはりここでも歓声が上がる。

 喜ぶ皆の姿を見て、もえはやはりこの情報はいい情報なのだと、自分の心を納得させた。

マジすか! やったっす!
やぁったねー

 しかし、素直に喜んでいるヘンリエッタを見ると、もえはまた複雑な気持ちになる。

 ヘンリエッタにはログアウトする端末も、現実に戻る肉体ももう存在していないのだ。

 一瞬、現実で死亡したヘンリエッタを含む少数のプレイヤーたちと、この世界に残る自分を想像したが、もえは少し微笑み、首を振ってその考えを振り払った。

……あ、じゃあせっかく[アーティファクト・ボスガキタ]の事思い出したのに無駄だったクマ
なんですか? その『ボスが来た』って?

 少しの間(ほう)けたように固まっていたあつもりが、小さな機械音を発してターレットレンズを回しながらシチューを頬張り始める。

 カグツチの分の朝食を届けようと立ち上がったもえは、何気なく聞き返した。

仕事中ゲーマー垂涎の新実装ジョークアイテムだクマ。以前プログラムを解析した時に、今回実装分のデータとして用意されてたのを思い出したクマ。古代技術の粋が集められた手のひら大の機械で、そのスイッチを押すと一瞬でログアウトしてメモ画面が開くようになってるクマ
それスゴいじゃないっすか! それがあればすぐログアウトできるんすよね! あ、じゃあエロツチも皆と一緒にログアウトできるっすよ!

 興奮するケンタは口からシチューの雫を飛ばす。

 もえも驚きを隠せず、その場に立ち尽くした。

まぁ待つクマ。ボクが『新実装アイテム』って言ったのを聞いてなかったクマ? 新実装アイテムは、当然新実装エリア[古代遺跡サナト・クマラ]にあるクマ。地表部にあるとは言え、新実装エリアのモンスターレベルは50から55だクマ

 GFOの世界にもえたちが転移される前のゲーム中の最高レベルは50だった。

 もえのレベルは47レベル。最高レベルまで達しているプレイヤーでも50レベルまでしか居ない。

 本来ならば数日から数週間の時間をかけて、最高レベルのプレイヤーたちが攻略して辿り着く場所である。

 不意打ちや痛みなど、以前より厳しくなっている現在のGFOで、それを取りに行くのは自殺行為に等しく思えた。

新実装エリアって[レムリア山脈]の麓ですよね。たぶん馬でも片道1日くらいかかっちゃうし、今回はおとなしくしてたほうが無難ですね
まぁ時間的にはレムリア山脈行きの蒸気特急に乗れば30分かからないクマ。でも確かにあえて今それに掛ける意味はないクマ
なんすか。じゃあ結局いらない情報じゃないっすか~
ラジオ情報の前の情報だクマ。情報というのは鮮度で価値が変わるクマ。ボクが思い出した時にはものすごい価値があったクマ。ドアホウにはわからないクマ

 がっかりしたように座り直し、ケンタはまたシチューを食べ始める。

 あつもりも落ち着いた声でケンタをたしなめながら、皿に残っていたシチューをぺろりと平らげた。

しょうがないっす。俺ドアホウっすから

 全然めげないケンタの頭を「いいこいいこ」と撫でると、もえはあつもりへの礼と挨拶を済ませ、バスケットを手にカグツチのギルドへ向かった。


  ◇  ◇  ◇


 もえがギルドの呼び鈴を鳴らすと、相手の顔も確かめずにカグツチが飛び出してきた。

 危険を避けるためにここに居るのに、それでは隠れている意味が無いと叱るもえに、カグツチは涙目ですがりついた。

 カグツチはギルドでの一人暮らしに半日でめげていたのだ。

もえさん、俺もうあつもりさんのとこ帰りたい

 泣きそうな顔でギルドの前にしゃがみ込む少年を一生懸命励ますが、なかなか納得してくれない。

 ラジオの情報を伝えて元気を出させようとしたが「俺だけ5日かぁ……」と、更に落ち込ませる結果となった。

もう、どうしたら頑張ってくれるんですか?
 もえが両手を腰に当てため息をつくと、カグツチは何かを思いついたのか、急に笑顔を見せた。
もえさんが、ここにチュッてしてくれたら俺頑張るよ!

 満面の笑顔で「ココに! ココんとこに!」と自分の頬を指さしながら、もえの顔の高さまでかがむ。

 もえはカグツチとのキスを思い出し、青い顔で吐き気をこらえた。

(こいつだけは……もえはビッチじゃねぇんだ! キスの安売りなんかしねぇんだよ!)

 とは言え、何か対策を講じなければカグツチは納得しないだろう。

 もえは大きくため息をついた。

もう、しょうがないですね

 カグツチの両頬にそっと手を添えると、カグツチは目をつぶってニヤけた顔になり、鼻息荒くもえのキスを待つ。

 少しの間そのまま頬を押さえて、もえは目を閉じた。

やっぱりそんなことしません!

 もえはくわっと目を見開く。

 もえの頭のなかで、カグツチに優しくしてあげる天使のもえと、純血を守る天使のもえが戦い、後者が勝利したのだ。

 頬に当てていた手で、そのままギュッと両頬をつまみ上げる。

明るい間だけはあつもりさんの所に行ってて良いですから、夜ご飯までにはギルドに入ってください! いいですね?!
ぁ、ふぁひ(あ、はい)
……せっかく元の世界に戻れるのに、ここで死んでしまったらもえは悲しいですよ。もうちょっとだけ頑張って

 つねっていた手で赤くなった頬を撫でられながら、カグツチはいつもの様に「あ、はい」と返事を返す。

 こんな些細な出来事でも、もえと一緒に過ごせる時間がもらえるなら、何日だって一人でギルドホールに座っていられるとカグツチは思った。


 早速あつもりの部屋へ走って行くカグツチと別れ[もえと不愉快な仲間たち]のギルドホールへともえは向かった。


  ◇  ◇  ◇


 ギルドに近づいたもえは、ホールの入口に10人ほどの人だかりを見つけて立ち止まる。

 ギルドホール前ではシェルニーが他のプレイヤーと、何やら揉めている様子だった。

とにかく受け付けた情報は次の定時連絡に載せる。ここに居られてもそれ以外に俺たちは何も出来ねぇ。返信に何か記載があれば使いの者を出すが、それだっていつ来るかわからん。俺達だってあんたらと同じGFO昏睡者なんだ、ただ連絡の中継が出来るだけだって分かってくれ

 何度目かの同じ説明なのだろう、うんざりした様子のシェルニーがメモの紙をヒラヒラさせながらギルドの入り口に仁王立ちになって囲まれていた。

 囲んでいる人たちは噂を聞いてやってきた者たちなのだろう。

 藁にもすがる思いで、噂を頼りにここへ足を運んだ人たちは、シェルニーの説明だけでは納得してくれない様子だった。


 「友達が気を失ったまま目覚めないんだ! 頼むよ! 助けてくれ!」とすがりつく者も居れば「何だその態度は! いつ連絡が来てどういう対応を取るのか、ちゃんと説明しろ!」と難癖をつけるものも居る。

頼まれても文句言われても俺たちには運営から来たメールに返信する以外何も出来ねぇ! いい加減にしてくれ! 俺たちは運営じゃねぇんだ!

 ピリピリとした空気が流れ、何人かの男たちが武器に手をかける。

 シェルニーもその空気に反応し、背中の[レアリティ8]黒曜の剣マクアフィテルに手をかけたのを見て、もえは思わずシェルニーの前へと飛び出した。

すみません、私もこのギルドのものです! 本当に私たちも運営から来るメールを待って、その場で返信する以外の通信手段はないんです

 急な少女の登場に一瞬収まりかけた場の雰囲気も、直ぐに元の喧騒にもどる。

 中身はどうあれ、与しやすそうな少女が2人だけなのだ、周囲を囲む10人ほどのプレイヤーには、群集心理が働いていた。

皆さんの気持ちは分かります。私たちの仲間も気を失って死の寸前でした。でも……運営は連絡の後すぐに行動してくれたんです。おかげでその仲間は今も元気にしています

 シェルニーの手から意識を失った者達のリストを受け取ると、もえは声に出して一人一人読み上げる。

 その記述をよく読み、名前に反応した人に、更に詳しい状況を聞いて回った。

私たちはこのリストの中の……いえ、今GFOに居るすべての人達が、仲良く元気に元の世界へ戻れることを願っています。私たちに出来る事は全力を尽くしますから、皆さんもどうか落ち着いて、出来る事をしてください

 その後、毒気を抜かれた男たち一人ひとりに、もう一度意識を失った人の個人情報と連絡先を確認して「一緒に頑張りましょう」「連絡が来たらすぐに走っていきますね」などと声をかけると、あれほど大騒ぎしていた人々は「頼むよ」「ありがとう」と希望を持った表情で戻っていった。

 最後の一人を見送って、もえは震える手でギルドホールのドアを開けた。

 後ろ手でギルドのドアを閉めると、もえはそのままドアに寄りかかる。

(ヘンリエッタの事については……ちょっとズルかったかな。今も元気にしてはいるが、命が助かった訳じゃない。……まぁ嘘はついてない。俺はもう自分自身の事以外嘘は言わないと決めたんだ)
 もえの前をよろよろと歩いたシェルニーは「あ゛~~!」と声を上げると、手近にあったロッキングチェアに体を投げ出した。
全く何だってんだ! これが2~3日続くってのかよ!

 ものすごい勢いで足を振り上げ、ロッキングチェアを揺らしながら「誰かー! エールとってくれー!」と子供のように叫ぶ。

 メンバーが持ってきてくれたエールをロッキングチェアから飛び降りて受け取ると、喉をゴクッゴクッと鳴らしながら一気に飲み干した。

っかぁ~! ふぅ……もえちゃん、ありがとな
なんですか急に。ただ一緒に説得しただけじゃないですか
 もえに礼を言いながら、空になったジョッキを持っておかわりを注ぎに向かったシェルニーは顔をこちらに向けないまま言葉を続ける。
いや、さっきの事ももちろんだけどさ、カグツチの事だって俺は考えつかなかった。さっきの場所にカグツチが居たらって考えると……ヤバかったと俺ぁ思うな。最悪、もえちゃんの時みたいに拉致って事まで考えられる。どうも俺は考えが浅くていけねぇ

 シェルニーの言葉を聞きながら、シェルニーが揺らしたロッキングチェアにもえは近づく。

 まだ揺れているロッキングチェアをそっと手で抑えながら、もえは頭を巡らせた。

(ありがとう……か。俺はただ自分が傷つきたくないだけだ。訳も分からずに悪意の的にされる事なんかいくらでもあったし、むしろ人は悪意で動くと思ってたさ。そうじゃないってあんたらに気付かされるまではな)
シェルちゃんがそれを思いつかなかったのはいい人だからです。人が善意で行動しているのに……全力で事態をいい方に向かわせようと努力しているのに、それに敵意を向けるなんてこと考えつかないほうが良いんです。皆がシェルちゃんみたいに良い人なのが一番なんですよ
はっ、『良い人』か。惚れてる女の子に言われるにはちょっと微妙な言葉だな
 カウンターの後ろに立ったまま2杯目を飲み始めたシェルニーは苦笑いではあるものの、もえへ笑顔を返した。
でもな、もえちゃん。本当に良い人ってのは、悪人の気持ちまで全て考えて、その上で気を使ってあげることが出来る、もえちゃんみたいな人のことを言うんだぜ
 カウンターにジョッキを置き、シェルニーはもえの方に向き直る。
もう一度言う。ありがとな、もえちゃん
……じゅ……10時の定時連絡まで、ちょっと部屋で休んできます!

 頭を下げるシェルニーとそれに頷く仲間たちに耳まで真っ赤になったもえは3階にある自分の部屋へと逃げていった。

 短いスカートをヒラヒラさせながら階段を駆け上がるもえの後ろ姿に、メンバーたちは一斉に階段の下へ移動し、彼女を見上げるのだった。


  ◇  ◇  ◇


 午前の定時連絡で10名程の対象者をメールすると、その後は訳が分からなくなるほどの忙しさとなった。

 噂を聞いて次々とやってくる『意識を失う人たち』に関する情報提供者。

 メールした情報で確認が取れなかった人の、個人情報の再収集。

 無事確保された人の報告メール。

 その各々のメールに返信する形で送られる、新たな対象者の情報。


 結局50名以上の連絡通達が終わり、一段落した頃には日付が変わっていた。

もう今日は終わりだろ! 運営からメールが来なきゃ明日の10時まで連絡は出来ねぇんだし、夜中に受付する奴2人くらい残して順次休め。最初の当直は俺がやる
 乱雑に積まれたメモの山につっぷしたまま、シェルニーが皆を休ませようとしたその時、壊れそうな勢いでドアを開け、ギルドホールに駆け込んできたのはケンタだった。
大変っす! あっ……あつっ……あつもっ! べふっ!

 ドアを開けたあとも勢いを殺すこと無く部屋を横断し、テーブルに激突する。

 変な声を出したままうずくまるケンタに駆け寄って、もえはやさしくお腹をさすった。

ケンタさん大丈夫? ところで……『あつも』って? ……あ、クマちゃんがどうかしたんですか?!
 無理矢理に体を起こし、息を整えたケンタはやっとの思いで続きの言葉を口に出す。
あつもりさんが! ……意識を……失ったっす!

 ケンタの言葉が告げたその残酷な現実に、ギルドホールに居たものは皆、言葉をなくした。

 もえは立ち上がり、呆然としているシェルニーの元へと向かう。

 シェルニーの手を握ったもえは、「行きましょう」と彼女へ告げると、たった今ケンタが入ってきたばかりのドアから飛び出した。

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