変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第30話「彼女はサッキュバスだ。サッキュバスは強い男を好み、魅了する」

エピソードの総文字数=5,647文字

 西区・桜町ふれあい公園へと向かうヘリコプター。

 搭乗しているのは、雨の里の忍び八名である。


 この場にいる誰もが『白い服に白い仮面』という特徴、または『天野友介を瀕死に追い込むほどの強さ』から、「敵は間違いなくアサシンである」と考えていた。

 しかし同時に「本当にアサシンなのか?」と疑ってもいた。

 忍軍と暗殺者ギルドの敵対は、第一世界と第三世界の界交が始まって百年ほどが経った頃からのもの。

 その当時ならばアサシンが羽音神島にやって来て乱暴狼藉に及ぶこともあったが……

 第三世界と第四世界の界交が始まって市制が敷かれ、市役所主導で入界管理が行われるようになってからはめっきりそういうこともなくなった。

 市役所が取り入れた第四世界式の入国審査制度は、アサシンのような危険人物を確実に跳ね除けるからだ。

 前回、アサシンが羽音神島内に現れたのは、もはや百五十年以上前のこと――

 もし、友介と戦った相手が本当にアサシンだというのなら、市の安全対策を根幹から揺るがす一大事である。

「それにしても、そこまでの傷を負いながら、よく救難要請を出せたものだな」
「救難要請の笛を吹いたのは、目撃者の少女だそうです。友介殿に頼まれて吹いたそうで」
「そう言えば、目撃者がいると言っていたな。何者だ?」
「まだ『少女』としか報告は受けておりません」
「敵をアサシンだと仮定すると――その目撃者の少女が友介と交戦したアサシンの変装である可能性は高い」
「そうですな、連中がよく使う手ですからな」
 アサシンは『強い者』との戦いに強く拘っている。
 だからこそ、連中はいつも真っ先に『弱い者』を狙う。
 『弱い者』を略取して半死半生で嬲れば、やがて『強い者』が『弱い者』を助けるために準備万端でやって来るからだ。

 今回の場合なら『弱い者』が友介。
 そして、『強い者』がこうして現場にヘリで向かっている元十郎や恭介となる。
(うーん……)
(だが、それにしても……)
 友介は不真面目だが、腐っても天野家の血筋を引いているだけあって戦闘能力が高い。
 それに関してのみなら、既に中忍試験に合格出来るレベルである。
 そんな友介が『弱い者』の役割を負わされたとなれば、相手のレベルの高さは相当なものだろう。
(私と若、そして中忍二人……)
(はたして、これだけの戦力で何とかなるだろうか……?)
 素直に認めたくはないが、アサシンは強い。
 彼らの内での"中堅どころ"が、忍軍における上忍に匹敵すると言っていい。
「…………」
「…………」
 同乗している中忍二人も不安を覚えているのか、さっきからずっと表情が硬い。
「…………」
 元十郎の脳裏に、家族の顔が次々と浮かぶ。

 家督を継がせる予定の長男の総一郎には、里に残った涼介のサポートを指示してきた。
 次男の総次郎は、三年前に第四世界の宇宙戦争への援軍で亡くなっている。
 三男の総三郎は現在、市役所にて市長の警護に就いているが、今回の一件について既に把握している。
 長女であり末の子でもある娘は、昨年に結婚し、今は妊娠しているため忍びの仕事から離れている。
(…………)
 元十郎には一妻二妾がおり、先の優秀な四人は魔術の名門家から迎え入れた正妻との子である。
 遺伝とはつくづく真誠なもので、血筋に拘って選んだわけでない妾腹の子ら五人は忍びとして凡庸だ。
 恐らく彼らは、どれだけ出世したとしても中忍止まりだろう。
 とはいえ、元十郎にとってはどの子も等しく大切であり、忍びとしての定めの中にあって、せめて最大限に幸せになって欲しいと願っている。
(万一、アサシンと戦闘になって私が死んだとしても……)
(今の総一郎になら、後のことを任せられる……)
 そう考えて、覚悟を決めたところで、恭介がぽつりと言った。
「それにしても、引っ掛かるな……」
「? 引っ掛かる? 何がでしょう?」
「囮に使うにしては、友介の傷が深すぎる」
「ふむ、言われてみれば……」
 アサシンは忍軍の者を時間を掛けて甚振るのが好きだ。
 故に、連中は回復薬を使用して深傷を適宜回復することで、嗜虐行為をより長く楽しもうとする。
「回復薬を使う直前だった? それとも端から殺す気だった? ――どちらにしても、随分と中途半端な状態で逃走に至っている」
「ふむ、確かに。とどめを刺す一歩手前で逃げるなど、奴ららしからぬ行動です」
「…………」
「…………」
「今、友介の側には総三郎の隊の者が二名いるんだったな? 彼らにマイクを繋げるように指示してくれ」
「はっ!」
 すぐに現場に到着するが、向こうが罠を張って待ち構えているかもしれない中、今は少しでも情報が欲しい。
 元十郎は端末を操作し、現場にいる三男の隊の下忍に暗号で指示を送る。
 間もなく、各自の装着しているヘッドフォンに音声が届いた。
『ねぇ! ヘリ、あとどれくらいで着くの!?』
『もうすぐです。手持ちの回復剤も少しは効いているようですから大丈夫ですよ』
『ホントに!? それならいいんだけど……』
 「ふぅ」と、大きな音がした。
 恐らく、例の目撃者の少女の溜め息だろう。
 マイクの感度は良好である。
『ところで今更で恐縮ですが、我々は雨の里の者です』
『えっ、マジ!? 雨の里の人だったんだ!? じゃあ、この子はきっと助かるわね!』
『えっ?』
『だって、雨の里って、忍軍の里の中でも一番優秀なんでしょ?』
『えっ? ああ、まぁ……そうですね!』
 何とも誇らしげな声で、三男の部下の下忍が相槌を打っている。
『あたし、季戦ではいつも雨の里の応援してるのよ』
『ほう、そうですか! ありがとうございます!』
『ああっ! あれ! あそこ! あの光ってるのってヘリよね!?』
『ああ、そうですな』
 どうやら目撃者の少女がこちらに気付いたらしい。
『良かった! っていうか、超速いわね、あのヘリ!』
『そうですね、今、市内にある【白魔石】を動力とするヘリの中では最速でしょう』
『ねぇねぇ、あのヘリにさ、もしかして若杉元十郎って乗ってたりする?』
『!? えっ、何故判ったのですか!?』
『!? うえぇっ!? マジで!?』
『――えっ?』
『いや、別に判ったから言ったわけじゃないのよ? あたし、若杉元十郎のファンなの! だから「来たらいいな」って思って言っただけ!』
『ええっ!? 元十郎様のファン!?』
『そうよ!』
『おお、あの元十郎様に女性のファンだなんて、なんと珍しい……』
 ヘリの上、元十郎は苦い顔でぼそりと呟く。
「……あの下忍は減給ですな」
 そのコメントに、中忍二人の表情が少し柔らかくなる。
「いやいや、これで、あの少女がアサシンのなりすましであることがはっきりしましたな」
「いかにも。本物の一般女子高生なら、元十郎様のファンということはありますまい」
「!? 貴様らも減給だ!!」
「――!?」
「――!?」
 医療班の三人とパイロットは、とばっちりを食らわない程度に小さく笑っていた。
 恭介だけが表情を変えずにヘッドフォンから聞こえてくる会話に集中している。
『ところで、あなたのお名前を聞かせてもらえますか?』
『竹沢由美子よ。家は中央区西町の三丁目。桜町高校に通ってるわ。明々後日から二年生なの』
 少女の名乗りを受けて、恭介がぽつりと呟く。
「『竹沢由美子』……聞いたことがある名前だな」
「ええ、私もどこかで……」
 ここにいる全員が、同じ気持ちで首を傾げる。
 一体どこで聞いた名だったのかと――元十郎も考え込む。
「…………」
 恭介は端末を取り出し、名前をキーワードに住民検索を行う。
 結果は、ものの五秒も経たないうちに出た。
「そうか、中央区に住むサッキュバス一族の娘だな」
「――と、いうことは、まさかあの(・・)竹沢留美子の妹ですか!?」
「ああ、恐らくそうだろう」
 誰の口からともなく「おお……」と歓声が漏れる。
 竹沢留美子といえば、"市内で最も美しい"と云われている有名な美女だ。
(『竹沢留美子』と『竹沢由美子』か――)
(ふむ、確かに名前がよく似ている……)
 ついでに、"市内名医十選"として名高い美人女医であり、二人の母親でもある女性の名前は『竹沢芙美子』――
 こちらもよく似た名前である。
「ううむ……それにしても、竹沢留美子ですか……」
 竹沢留美子にまつわる過去の暴動事件二件を思い出して、元十郎はゲンナリする。
 一件目は、もう六年ほど前になるだろうか。
 竹沢留美子はその前年に行われた市のミスコンで、圧倒的な美貌を見せつけてクイーンに選ばれた。
 そのため、その年のミスコンには出場することが出来なかった。
 前年度クイーンには、今年度クイーンに王冠を渡す役目があるため、連続出場が許されないという大会ルールがあったのだ。
 これに対して、"留美子ファン"の男性市民たちは「どうして留美子さんが他の女に王冠を譲らなければならないんだ!」というわけのわからない理由で暴動紛いの抗議デモを起こした。
 過激派が火炎魔術や風雷魔術を展開する中、市長から騒ぎの鎮圧を言いつけられたのが雨の里である。
(まぁ、あの時の暴動は半日程度で治まったのだが……)
 本当に大変だったのは、留美子が結婚した二年前である。
 その時は、前回の十倍以上――三万人を超える男性市民たちが、市役所前に押し寄せ「市は竹沢留美子の婚姻届を受理するな!」と猛抗議して暴れ回った。
(あの任務は、酷かった……)
 前回の騒ぎを遥かに超える、参加者たちの熱意と執念。
 飛び交う怒号に暴力、そして攻撃性の強力な魔術。
 集まる野次馬に、巻き添えを喰らって相次ぐ負傷者。
 「あまり手荒なことはしないように」という市長の面倒な御達し。
 更に、忍軍内に潜んでいた"留美子ファン"による「この抗議は正当である!」という信念からの裏切り――……

 あの鎮圧任務の過酷さは、今も雨の里の内では語り草になっている。
「……そろそろ良さそうだな」
 ついに、ヘリは公園の真上まで来た。
 ヘリはホバリングの状態を保ち、各自が窓から下を見る。
 倒れている黒装束の人影と、その側で状況を見守っている仲間が一人。
 少し離れた所では、仲間の一人が小柄な少女と立ち話をしている。
 距離間から見て、現場にいる下忍たちも、彼女がアサシンの変装であるという可能性を考慮して警戒しているらしい。
『あ、ヘリ止まった! ここに着陸するのよね?』
『いや、着陸はしないでしょう。少々手狭ですし、放水もしていないので粉塵が舞います』
『えっ!? じゃあどうやってこの子をヘリに乗せるの!?』
『操作魔法を使います』
『ああ、なるほどね!』
 ここから見る限りでは、あの少女は何の変哲もない一般市民に見える。
「どうですか? あの少女は」
「……いや、あれはアサシンじゃない」
 しばらく少女の方をじっと見つめていた恭介だが……
 元十郎が尋ねると、きっぱりそう断言した。


 天野家に伝わる秘術と、暗殺者ギルドに伝わる秘術には似通った部分がある。
 そのため、天野家の人間には秘術を修めたアサシンを見分けることが出来るのである。

「ほう、なりすましではないと?」
「ああ、恐らく本当にただの一般市民だろう」
「ええっ!? じゃあ、あの少女は本当に元十郎様のファン!?」
「まさか、そんなバカな……」
「!? 貴様らは今月無給だ!!」
 馬鹿なことを言う中忍二人を怒鳴った後、元十郎は恭介の方に視線を向ける。
「しかし、あの少女が一般市民であるなら、誰かが彼女の護衛に就くべきでしょうな」
 ここからでは窺えないが、今もアサシンが近くに潜んでいるかもしれない。
 『弱い者』を率先して狙うのが連中のやり口である。
 一般市民である彼女の略取が、考えられる限り最悪の結末だ。
「では、俺が護衛に就こう。彼女はおまえのファンらしいからな」
「? 私のファンだと、何故若が護衛に?」
「彼女はサッキュバスだ。サッキュバスは強い男を好み、魅了する。おまえが魅了されたら面倒だ」
「ふふ、甘く見られたものですな。この私がそのような魅了に掛かるわけがございません」
「おまえこそ、サッキュバスを甘く見るな。竹沢留美子を思い出せ。連中の使う誘惑の術は、うちのくノ一たちの使う淫術とは次元が違う」
「…………」
「あの娘が、アサシンと繋がっている可能性もある。万が一にも、おまえが魅了されるのは避けたい」
「……解りました。若にお任せします」
 天野家の人間は、睡眠欲・食欲・性欲という三大欲求を完璧に抑制する術を秘伝している。
 抑制することにメリットのない睡眠欲と食欲はともかく、恭介は常に性欲を抑制しており、里頭の妾になりたがっているくノ一たちから受けが悪い。
(そう言えば、結婚する前、娘もよく愚痴っていたな……)
(若に色仕掛けが全く効かないと……)
「サッキュバスには特別な嗅覚があるというから無意味かもしれないが、媚び寄られたら面倒だ。念のため、俺は素性を隠す」
 そう言って、恭介が変化の術を発動する。
 里のくノ一たちから「観賞用」と云われている美男子が、一瞬でどこにでもいそうな男の姿に変わった。
「おまえの部下ということにしよう」
「承知しました。それでは、まずは私と若で降りましょう」
 そこで、ヘッドフォンからこんな会話が聞こえてきた。
『にしても、結構大人数で来たのねー』
『えっ?』
『あのヘリ、八人も乗ってるわ』
 少女の言葉に、ヘリの中の八人がぴたりと動きを止める。
「……何故、判ったのでしょう?」
「…………」
 現場の下忍も驚きの声を上げた。
『!? どうして判ったのですか!?』
『それはまぁ、あたしの能力っていうか――近くにいる人の数とか数えたり出来るのよ』
「…………」
「…………」
「どうやら能力者のようですな。なかなか便利そうな能力を持っているようで」
「そうだな」
「では、若、私が先行しましょう」
「いや、俺が行く」
 そう言って、恭介はとっとと飛び降りてしまった。
 元十郎は中忍二人に「おまえたちはしばし待て」と言い置き、その後を追った。

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