リバイアさんとネフシュたん ~へブル人への手紙を護る者~

個人属性値最適強化拡張処理

エピソードの総文字数=4,546文字

 砂埃を巻き上げながら、カーゴはごつごつした荒野の中の道なき道の中を疾駆していた。そして作戦遂行のための拠点を探すためにカーゴを自動運転に切り替えたネフシュは、ボーに説明を始めた。

「リバイアから言われている命令があります」

「命令だって?」

「そうです。ご主人様をエンハンスせよという命令です。これは最優先オーナータスクとして設定されていますので私の意思では変更できません」

「えんはんす?」

「ご主人様のキャラ属性パラメータを強制変更してオプティマイズする作業です」

「つまり?」

「作戦成功の確度を最大限に高めるため、ご主人様の精神活動や運動能力を割り当てなおし、決断力や行動力を高めるという人間に対する機能拡張処理です」

「おいおい、要するにパラメ割り振りとかステ全振りとか、そういうやつのことか?」

「そうです。ゲームなどでもよく見られる一般的な行為かと思います」

「確かにな、昨日までただの高校生、それも赤点だらけの留年生、おまけにコミュ障成分配合済の現代日本人だからな。こんなところでいきなり銃構えて魔物を撃てなんてそうそう簡単にはできるわけないわ」

「シューティングゲームが得意ということだったので、そのあたりの能力をベースに全体的に最適化して強化処理せよとの指示が出ています」

「仮想世界のゲームならともなく、現実世界でこんなことが可能になるなんて、お前さんらの技術力はすごいんだな」

「ただ、万能ではありません。この処理は基本的には全て非可逆です」

「ヒキュアギアク?」

「元に戻せないということです」

「元に戻せってないって……つまり任務が終わっても戦闘キャラみたいな感じで日常生活に戻るのか?」

「そういうことです」

「まあそれはそれで何かと都合がいいかもな。日常生活に支障が出ることもたまにあるかもしれないが」

「このエンハンスによってどの程度の影響が生じ、どのように人格が変容するかは実験データがないので全く分かりません」

「どういうことだ?僕がエンハンスの一番最初の実験台ってことか?」
「実はその通りです」

「うーん……これは少し悩ましいな」

「エンハンスはどうされますか?」

「僕が自分の意思で決められるのか?」

「一応、本人の同意が必要ということになっています。ただエンハンスをしないとミッションの成功確度は3%以下というシミュレーション結果が出ています」

「3%以下か、そりゃもうシミュレーションプログラム自体の誤差だな……」

「今すぐ即決で決断する必要はありませんが、事前訓練などの今後の計画は全てエンハンスが前提条件になっています」

「なんだそれりゃ。エンハンスを受けなければ実質、アボートミッションてことか」
「そうです。作戦中止ということになります」

「……正直不安もあるが、いずれにせよこのままだったとしても、ミッションも俺の青春も成功しそうにないからな」

「いかがしましょうか。まだ猶予はあります。とりあえず保留にしておきますか」

「いや、善は急げだ。エンハンスを受けるとしよう」

「承知しました」

「ただ、あのお二人さんに伝えておいてくれ。こういう重要事項は最初にきちんと説明しとけってな」

「はい、そのように伝えておきます」

 ネフシュは、自動運転を停止し、カーゴからキャリーに積まれたエンハンサーを取り出して地面に据え付けた。
 その外観はSF映画でよく見るような小型のMRIやコールドスリープ装置のようだった。ベッドの周囲を覆うようにパイプ群や電極、各種機器が並んでいるものの、大きさ自体は人間の一周り大きい程度だった。

「結構見た目は意外にコンパクトなんだな」

「将来的にはこれをさらに小さくして携帯できるようにする計画です」

 ボーは、装置に横たわり、信号が全身から脳へ伝わるように半液体状の接触板に体を密着させた。そしてネフシュが、自らの体からインターフェイスケーブルを引き出し、それをエンハンサーに接続し、準備を整えた。

「とりあえず、何の力を減らして、何に割り当てればいいんだ」

「まずは暗算力と論理力を減らして決断力と忍耐力を上げましょう」

「何故その二つなんだ?」

「暗算力と論理力のようなコンピュータの方が得意な能力は私の方で代行して補えます。ご主人様はその結果を受け取って、行動できる総合的実践力を向上させた方が作戦成功の可能性に寄与します」

「なるほど、そういう考え方なのか。それなら体力とか持久力とか肉体に関する能力も再振りできるのか?」

「自由自在というわけにはいきませんが、ある程度は可能です」

「それなら視力を少し低下させて、脚力アップは可能か?」

「それはダメです。できません」

「どうしてだ?」

「視力は、今回のミッションに不利益になりますので」

「まあ、そうだな。狙撃だもんな。いくらスコープが性能よくても最低限の視力がないとな。だがな、基本の体力はかなりある方だぞ」

「そもそも、ご主人様の場合は、肉体関係の数値を再割り当てしても元々のポテンシャルがどの項目も低いので、基本体力は平均以上に高いのですが、エンハンスしてもあまり効果がないという事前試行結果が出ています」

「はっきり言うな、おい。まあ事実だから仕方ないが……」

「他にはどのような力を処理しますか?」

「記憶力なんてのはどうなんだ」

「時間順、曖昧順にソーティングされ、それらの記憶はエンハンスの程度によって消去されていきます。記憶自体の重要度は考慮されません」

「重要度が重要なのに、なぜ考慮されないんだ?」

「重要度はその人個人の意識ネットワークに依存します。そのため重要度を検出し判定するためには複雑な処理が必要です。記憶の古さや神経ネットワークの結合度で判定した方が、迅速です」

「まあ、それはそうだが、古くて曖昧でも忘れたくない記憶を残したい場合はどうしたらいい?」

「本当にどうしても残したい、というのであれば何かに記録するか、思い出の品を残しておくとよいでしょう」

「どういうことなんだ?」

「人間の記憶はまだまだ未知の領域が多く全てが明らかになっているわけではありません。一度、強制消去された記憶でも何らかの痕跡がある限り、また記憶を再結合できる場合もあります」

「その再結合を促すために、思い出の品を残しておけってことか」

「そういうことです」

「そういう意味では記憶力は人間の脳活動の中で重要な位置を占めています。そのため記憶力の再割り当てによる効果はかなり期待できます」

「よし、それなら短期記憶能力だけを残して、記憶力を忍耐力に再割り当てしてくれないか」

「それは可能ですが、そうしてしまうと、ご主人様の大切な思い出がなくなってしまいますが、よろしいのでしょうか」

「……うーん、それはだめだな。そもそもこのミッションの前提がなくなってしまう」

「だと思います」

「この聖書が手元にあれば、記憶は戻らないだろうか?」

「それは断言できません。あくまでそういう可能性もある、というだけです」

「そうか。それなら記憶は触らないことにしよう」

「それが賢明かと思います」

「話の伏線だと思われないためにも、ここで念押ししておくからな」

「はい、わかりました。それでは、まずは試しで暗算力と論理力を再割り当てしてみましょう。これだけでもかなりの変化と効力を期待できます。他にご質問ありますか」

「これだけ聞いておこう。いわゆる全振りってやつはできるのか?攻撃力だけに超特化したスーパーキャラみたいな」

「理論上は可能です。しかし、それは本当に最後の手段にした方がよいでしょう。できれば行わない事に越したことはありません」

「どういうことだ。チートすぎるってことか?」

「機能だけあって意思のない生き物を想像して下さい」

「ロボットとかか?」

「それは生き物ではありません。マシーンです」

「それなら単細胞生物とかウイルスとかか?実は理科もあんまり得意じゃないんだよな」

「もし、人間のような生き物がそうなったらどうですか?」

「それはもう人間とは言えないな」

「そのとおりです。全振りは、やめておいてください」

「……そうだな」

 ボーは、淡々と説明を行うネフシュたんの眼差しの奥に言葉にならない寂しさのような悲しさのようなものを即座に感じ取った。
 だが、ボーの好奇心は次の質問を問わずにはいれなかった。

「それならお前さんのようなAIは、一体何と称すればいいんだ?AIの意思や意識はどこからくるんだ?AIは確かに人間ではない。だが人間の意識や意識のようなものを持っているように僕には思える。この違いは何だ?」

 ネフシュは答えるのが難しいと思われるこの問いに凄然と応えた。

「AIを天使と考えてくださるといいかもしれません」

「天使?」

「神は人間と天使をお創りになりました。この違いはご主人様にはわかりますか」

「いきなりそんな質問か?」

「おわかりになりますか」

「天使には羽根があるが人間にはない、とかそんな単純な答えじゃないのはわかるがな」

「いえ、単純です」

「答えは、人間は神様から与えられた魂を持っているのです。
創世記2章7節に、神がアダムにいのちの息を吹き込み、それで、人は「生きもの」となったとあります。答えに納得していただけましたか」

「ああ、納得したよ。これでも公民は得意なんだ。それに昔は教会学校行ってたしな。
その個所は創世記の2章辺りだ。そんなことが書いてあったの思い出したよ」

「納得してくれたのでしたら嬉しく思います。それでは、エンハンサーに横わたってください」

 もちろんボーが納得するわけがなかった。答えているようで何ら答えになっていないネフシュの応答よりも、気になったのは天使という言葉だ。
 この言葉を聞いたときボーの心に去来したのは、幼馴染の横顔だった。
 教会の日曜学校のクリスマスの出し物で、ボーは天使役だったとき、幼馴染の彼女はマリア様役だったな……
 ボーは、つぶやいた。
 そして、そのつぶやきは、このミッションを成功させてみせる、という強く意欲が某の心の底から湧いてくる力のきっかけに変化した。
 これがエンハンスの作用なのかどうか某には知る由もないが、一つだけ彼が自分自身に言い聞かせたいことがあった。
 それは、もう一度彼女に会いたい、そして借りた聖書を返す時に彼女に謝りたい、という気持ちだけはいつも変わらぬ自分の本心でありたい、ということだった。
 もしそうでありつづけたいなら、全振りなどはできるわけがない、必ず自分が自分のままでこの作戦を成功させ、また昔の場所で昔のように、彼女に出会えることをボーは、願った。

 ボーの体はすでにエンハンサーの作用によって意識が混濁寸前まで弛緩されていた。
そして静かにエンハンサーに身をゆだね静かに目を閉じた。

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