変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第7話「羽音神島は悪徳なる政府の手によって、その存在を隠された聖なる島だ」

エピソードの総文字数=5,932文字

 カルトの狂信者である両親に対し、ほとほと愛想の尽きていた似鳥篤志は、高校の卒業と同時に親との縁切りを考えていた。
(でも、あいつらの性格からして"喧嘩別れ"を成立させるのは難しそうだよな……)
 世間一般的な不和の親子のように、親の口から「おまえなんか出て行け!」の一言があったなら手っ取り早いのだが、それが全く期待出来ないのが厄介だ。
 向こうが変にお人好な分、悪辣な言葉で傷つけてバッサリ切り捨てるのはやはり良心が痛む。
(まぁ、縁切りの方法は喧嘩別れだけじゃないからな……)

(黙って家出すればいいんだ……)

(絶対に足がつかないような遠くに……)

 篤志には頼れる親戚がいない。
 だが、歌い手として活動していく中で、少しくらいなら力になってくれそうな人たちとの出会いがあった。
 具体的には、遠方に住む一人暮らしのメンヘラ社会人女たちである。
 生活基盤を整えるまでの間、少しだけ彼女たちの家を間借りさせてもらえばいいのだ。
「…………」
(これって完全にヒモだよな……)
(ハハッ、人のことは言えねーよ……)
(オレも結局、立派な『クズ』になっちまった……)
 自嘲しつつも、篤志は計画を推し進めていく。
(進路の問題……)
(進学か、就職か……)
 高校を通して話を進める限り、どちらの進路を選んだところで両親には筒抜けになる。
 それならば、どちらも選ばないのが正解だろう。
「オレさ、昔からブログで稼いでるだろ? 高校卒業してもそれを仕事として続けていこうと思ってるんだ」
「そうか、篤志はパソコンが得意だもんな」
「ええ、いいと思うわ」

 両親はIT関係に疎い。
 だが、篤志がアフィリエイトブログで稼いでいることは知っている。
 コンビニバイトを辞めてからの篤志の羽振りがいいのも、全てそのブログの収入だと思い込んでいた。


 元々、労働の観念に乏しい両親をこうして納得させ、篤志は着々と家出の準備を整えていった。

 メンヘラ女たちの中から比較的『まとも』そうな一人を選び、現状を話して同情を稼ぎ、卒業後の身の置き場を確保した。
 それからこっそりレンタル倉庫を借り、ミニマムライフに目覚めたふりをしながら、両親にバレない程度に少しずつ荷物を整理していった。

(よし、役所で転出届も出した……)

(あとは卒業式の前日に、レンタル倉庫の荷物を運送業者に引き渡すだけだ……)

 卒業式には両親が揃って出席することになっているが、それが両親との最後になるだろう。
 卒業式が終われば、篤志はそのまま学校で両親を撒いて最寄り駅に向かうつもりでいる。
 そこから京都駅まで出て、後は新幹線でメンヘラ女の棲む名古屋に直行する。
 なお、変に事件性を疑われて大事になっても困るので、自分の意思で家を出たことを明記した置手紙は残していくつもりだ。

(でも、ちゃんと置手紙を残しても……)

(あいつらのことだから、きっと必死になってオレを捜すんだろうな……)

 その姿を思い浮かべると、やはり心が痛む。
 両親に対する情はまだ完全には失われていない。
 それでも「あいつらとはもう関わりたくない」「これ以上足を引っ張られるのは嫌だ」という気持ちが今更揺らぐはずもない。

(まぁ、オレがこれまでに被った迷惑を考えれば……)

(この程度、どうってことないよな……)

 注意深く、綿密に計画を詰めていく。


 こうして高校の卒業式を二日後に迎えた日のことだった。


 篤志の身に一生を左右する大事件が起きたのは――……



……


…………

「…………」
「…………?」
 篤志が目を覚ますと、すぐ側に両親がいた。
「…………」
「…………」
 手狭なアパートではあったが、篤志の寝室と両親の寝室は別である。

 今まで、目覚めの瞬間に両親が揃って立ち会っていたことなどない。

「……何してんの?」
 不思議に思いつつも、そこまで不審には思わなかった。
 明日にはお別れするとはいえ、今はまだ一緒に暮らしている家族だからである。
「篤志、よく聞きなさい」
 寝ぼけ眼の篤志を、両親は神妙な顔で見つめていた。
 改まった態度と口調に嫌な予感がした。
(もしかして……家出のことがバレた!?)
 眠気が一気に吹っ飛んだ。
「…………」
 しかし、引っ掛かることもあった。
 こちらに向けられた両親の顔には、見切られることに対する悲壮の色がない。
 むしろ、その目の輝きはいつもにも増して強く、口角も上を向いていた。
「私たちの夢は、羽音神様への信仰に心身を捧げることだ」
「…………」

(げえっ、朝っぱらから羽音神の話かよ!)

(勘弁しろよ……)

 ゲンナリしたが、同時に少し安堵もした。
 この様子なら、もしかしたら家出のことがバレたわけではないのかもしれない。
「羽音神様に今以上の奉公をするため、私たちにはより羽音神様の御側に行く必要があった」
「…………」
「羽音神様の御膝元……つまり聖地だな」
「…………」
「聖地についてはわかるわね? 政府の陰謀によって隠された羽音神様の島のことよ」
「……あー」
 残念ながら、その夢物語は耳にタコが出来るほど聞かされているのでよく知っている。
 羽音神の棲む、日本海の孤島【羽音神島】――
 異世界に繋がっていて、魔法が使えるとかいうファンタジック・アイランドだ。
「私たちはこれまでずっと、私たちなりの精一杯で敬神してきた」
「…………」
「時には『この生き方は正しいのだろうか?』と迷うこともあったが、それでも『これもまた試練』と思い、ひた向きに険しい信仰の道を歩み続けてきた」
「…………」
(迷った結果、正しくない道を選んでしまったわけか……)
 篤志が心の中で突っ込んでいると、いきなり両親が笑顔になった。
「そしてこの度、そんな私たちの信仰の姿勢を教祖様が認めてくださった!」
「……?」
「そう、私たちはついに夢を叶えることが出来たのよ!」
「……はぁ?」

 笑ったと思えば、いきなり涙ぐむ両親。
 その珍妙な変化を見ているうちに、篤志はふと違和感を覚えた。


 ――どうして、この二人は"過去形"で話しているのだろう?

(…………)
 これが引き金となり、もう一つの違和感が急速に浮かび上がってきた。
「…………」
 篤志は恐る恐る口を開き、興奮する両親に問い掛ける。
「……なぁ、ここどこ?」
 そう、目覚めた時は、いつもの自分の部屋だと信じて疑いもしなかった『ここ』……
 薄暗さに慣れた目でよくよく見てみれば、全く見知らぬ部屋だった。
「ははは! ここはな、聖地だ! 羽音神様の御座す島・羽音神島だ!!」
「そうよ、ついに私たちはやって来たのよ! 羽音神様の御元に!!」
「…………」
「ついに! ついに来たんだ! ふははは、あははははははは!!」
「ふふふ……ぐすっ……うふふふふふ……ぐすっ……ふふ……」
「…………」
 感極まって泣き笑いを始めた両親。


 篤志には、感情的になった人間の前に立つと必要以上に心の温度が下がる癖がある。


 寝起きの気怠さも、家出がバレたかもしれないという不安も吹っ飛び――
 ただただ冷静に、二人を見やりながら思考を巡らせた。

(ここが……羽音神島?)
 親があまりに言うものだから、地図を広げて島の位置を確かめたことがある。
 しかし、どの地図を見ても『羽音神島』なる島を見つけることは出来なかった。
 そういうこともあって篤志はなお一層、両親の語る羽音神島なる地を「ただの妄想の産物」「実在しない場所」と考えていた。
 異世界に繋がっているとか魔法が使えるとかいう話はいかにも嘘くさいし、政府の陰謀によって地図に載っていないという話だって眉唾ものだ。
「…………」

(いや、この際、羽音神島かどうかはともかくとしても……)

(ここがオレの知らない場所であることは間違いないよな……)

 妙に広々とした見知らぬ部屋。
 シンプルでラグジュアリーな家具は、篤志の今までの生活とは無縁のものだ。
「…………」
 とりあえずマップで現在地を確認しようと、スマートフォンを探す。
 しかし、いつも置いていた枕元には見当たらない。
「オレのスマホは?」
「はい、ちゃんと持ってきたわよ。篤志はコンピューターが大好きだものね」
 スマートフォンのことを『コンピューター』と云われると微妙な気持ちになるが……

 ネットで色々やらかしている身としては、両親がITオンチだと何かと安心ではある。

 母親に差し出された自分のスマートフォンを受け取り、画面をオンにした。
 軽快な音楽と共に表示されたのは、寝しなに遊んでいた暇潰しのパズルゲームのメイン画面。
 それには構わず、画面上部の通知バーを確認する。
「…………」
(チッ、圏外かよ……)

 ならばWi-Fi接続の方はどうかと思い、設定画面を開いて接続可能なWi-Fi一覧を確認してみると、


≪UNE-City-FREESPOT≫


 という文字が目に飛び込んできた。

(UNE-City……?)


「…………」
 フリーだろうが何だろうが、こんなわけのわからないWi-Fiに接続してはいけない――

 そう考えた篤志は設定画面を消して、パズルゲームも消して、メイン画面を表示した。
 そして、そこに表示された本日の日付を見て目を見開いた。

「!?」
(し、四月四日……!?)
 卒業式は三月三日。
 篤志がパズルゲームで遊びながら寝オチしたのは三月一日の夜……いや、十二時を過ぎていたのでもう三月二日になっていたか。
 卒業式を翌日に控え、運送業者に荷物の引渡しをする予定になっていた日である。
「…………」

(四月!?)

(そんなバカな……)

 可能性として、スマホの時計が狂っているということも有り得る。
 だが、もしこの表示が正しいなら……篤志が眠っている間に一ヶ月が経過したということになる。
「……なぁ、今日、何日?」
「今日は、四月四日だ」
「篤志はね、一ヶ月以上も眠っていたのよ」
「!? 眠って……?」
 顔を険しくしてその意味を考える篤志に、母親が一本の筒を差し出してくる。
「? なに?」
「篤志の代わりに貰ってきたわ。卒業証書よ。卒業おめでとう」
「おめでとう、篤志」
「…………」
 もしも今日が本当に四月四日だというのなら、卒業室は一月も前に終わっていることになる。
 篤志は困惑しながらも……

 一月の経過が事実であることを示す、証書入れの黒い筒を受け取った。

「…………」
(意味わかんね……)
「なんでオレ……一ヶ月も寝てたの?」
「ああ、それは色々事情があってな。でも私と母さんもおまえより数日短いくらいで、ほぼ同じくらいコールドスリープしてたんだぞ」
「ええ、私たちが目覚めたのもほんの一時間ほど前のことなの」
「…………」
(コールドスリープ……???)

 どうしてここで、そんなSFワードが当たり前のように出てくるのかわからない。


 でも、これまでの経験からわかることもある。
 恐らく両親は、篤志の知りたいことを教えてくれないだろうということだ。

 篤志は『まとも』で、両親は『異常』……


 両者の間には補いようのない大きなズレがあり、正常に相互理解が働かない。
 理解しようと求めても実りはなく、ただ徒に疲れるだけ。

 だから篤志は、なるべく両親とは議論を交わさない。
 極力、真面目に話し合うことを避けようとする。


 しかしこれまでずっとそうであったとしても、今だけは追求せずにいられなかった。

「事情があった? なんの事情だよ?」
「……事情は、事情だ」
「オレが目を覚ましてたら何か都合が悪かったのか?」
「…………」
「…………」
「篤志、それはね……」
「なんだよ?」
「…………」
「…………」
「…………」
 感情の熱を持たない目で、篤志は両親を見据える。
 両親はさっきまでの狂喜乱舞っぷりが嘘のように、気まずそうに目を伏せた。
「…………」
「…………」
 しかし父親はすぐに顔を上げ、腹を括った目を篤志に向けてきた。
「勝手に決めて悪かったとは思う。だが、人権の守られない日本での暮らしを捨てて羽音神島に亡命し、信仰に身を捧げるのは私たちの長年の夢だった」
「…………」

 『亡命』――

 国際ニュースでしか耳にしないような言葉に、頭の中が真っ白になった。

「羽音神島は悪徳なる政府の手によって、その存在を隠された聖なる島だ。羽音神島に渡れば、もう二度と日本の土を踏むことは出来ない」
「…………」
「最初は、母さんと二人だけで羽音神島に渡ろうかとも考えたが……その場合、もう二度とおまえと会えなくなってしまう」
「…………」
「私たちはそれが嫌だった。だから、おまえをここに連れてくることにした。起きていたら反対するかもしれないから、薬で眠らせてな」
「…………」
 篤志には、感情的になるべき場面に立つと必要以上に心の温度が下がる癖がある。
「本当にごめんなさい、篤志……でもね? お母さんも篤志ともう二度と会えないなんて嫌だったのよ……」
「…………」
「それにね、ここに来ることは篤志のためにもいいと思ったの。なんと言ってもこの羽音神島は羽音神様に守られた聖地ですもの」
「…………」
「ここに住めば羽音神様の御加護を受けられるし、必ず幸せになれるわ。もう辛いことなんて何も起こらないのよ。だから、ね?」
「…………」
 申し訳なさそうな顔で一緒懸命に篤志に許しを請おうとする、頭のおかしい母を見ながら……篤志は静かにメタ思考する。
(すっげー皮肉だな……)
(こっちが切ろうとしたところでそうくるのかよ……)

 親を切り捨てようとした息子。
 息子を切り捨てることを拒んだ親。


 篤志は神など信じない。
 でも、もし『これ』が結末だというのなら、因果応報という摂理は確かに存在するのかもしれないと思った。

「…………」

 深く息を吐いて……
 『亡命』という言葉の重さを量りながら、心許なさから手元の布団をぐっと引き寄せる。
 すると、布団の端がサイドテーブルにぶつかり、そこに置いてあった平べったい何かが床に落ちた。

 それはテレビのリモコンだったらしい。
 落下の拍子に電源ボタンが押されてしまったようで、壁脇に設置された大きなモニターがフッと明るくなる。

 重苦しい雰囲気の部屋に、凛とした音声が響いた。
『十一時五十五分のニュースをお伝えします。本日午前九時過ぎ、西区桜町の民家で火炎魔術の暴発事故が発生しました。駆けつけた救急隊の水波魔術によって火災は間もなく鎮火しましたが、住人は肉体魔術による治癒を受けてなお病院に搬送されるほどの重症を負いました』
「…………」
『消防の発表によれば、暴発事故の原因は魔法陣の劣化による魔道具の動作不良とのことです。現在、市議会では、保護処理のなされていない魔法陣を組み込んだ魔道具の規制強化を検討しており、今回の事故によってより一層議論が深まる見通しです』
「…………」

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