超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

なぜパンツのことで心配するのですか。野の百合がどうして育つのか、わきまえなさい。

エピソードの総文字数=4,392文字

 ベンチの前で一人、たたずみ。街ゆく人々を眺めていた。

 俺が男子トイレから出たときには、召愛はまだ女子トイレから戻ってきていなかったのだ。


 街には様々な顔の人が居て、様々な服装の人がいた。

 みんなそれぞれに、違った人生を背負い、これまで生きてきたのだろうし、これからも生きてゆくのだろうと思った。

 世の中は、昨日と変わりなく、平和に回り続けているみたいだった。


 そして、俺のズボンの中はスースーしていた。


 俺は思った。

 この世に生きている人々の中で、いったい何人が、履いているべきものを履かずに登校するという行為をしたことがあるのだろう。

 そう考えてしまうと、なぜか虚しくて、俺は透き通るような四月の空を見上げてしまうのだった。


 そうして、しばらくしてからだ。

 召愛がやっとトイレから出てきた。

「……」
 召愛は、こちらへ歩いてくる。

 その表情は、大切なものを失ってしまった悲しげな風にも見えたし。

 悟りの境地に至ってしまったようにも見えた。


 俺もたぶん、同じような顔をしてると思う。

「……」
「行くか……戦友」
「そうしようか、戦友」
 こうして、俺たちは、羽里学園という〝戦場〟へ向かって、街を歩き出したのだ。
「その……。スースー、するものだな」
「かなりな……スースーする」
「なあ召愛。俺はズボンだから、ともかく、お前は絶対に、すっころんだり、するなよ」
「わかってる。わかってるがコッペ……。

 もし大衆の面前でそうなってしまって、お嫁に行けなくなってしまったらと思うと――」

「大丈夫だ……大丈夫。俺とお前は戦友だ。何があっても見捨てない。それでいいな?」

「……?」
 召愛は一瞬、何を言われたのかよく分かっていない顔をしてたが、

 少ししてから、ちょっと戸惑いながらも、頷いたのだった

「あ、そうだ、コッペ」

「なんだ?」

「トランプと習近平とプーチンと、金正恩にはアポを取ってくれたか?」

 ズコー! ってなりそうだった。

 俺の方が余裕ですっころぶわ、こんなん。

 なぜ、このタイミングでそれを言い出すのか!

「つーか、お前、その件まだ覚えてたのな……」

「私の使命だからな。

 あ、ちょっと待っててくれ」

「今度はなんだよ」

 何をするのかと思えば、召愛は知らないお婆さんへと早足で近づいて行ったよ。

 お婆さんは、駅前大通りの長い横断歩道を渡ろうとしていたんだ。

 召愛は笑顔で声をかけた。

「私が横断を、お手伝いしましょう」
「ああ、ありがとうねえ」

 と、召愛はおばあさんの手を取り、渡るのを手伝ってあげたよ。

 周りにいる通行人も、感心してるみたいな目で召愛を見てた。

 そういやあ、校則に書いてあったんだったな。


『基本条項610条。

 助け合いの義務。弱者には、手を差し伸べること。

 また、けが人や急病人を見かけたら、可能な限りの協力をすること。

 十分な余裕があるにも関わらず、これを怠った場合、退学とする』だったか。


 危うくあの婆さんを見過ごして、退学になっちまうとこだったかもな……。


 召愛が戻って来た。

 俺は親指を立てて見せた。

「ナイスセーブだ」

「なんのことだろう?」 


 「婆さん助けてやったろ。

 お前、実は校則全書の後半も、ちゃんと読んでたんだな?」

「ううん、読んでないが?」

 なんだよ。じゃあこいつ、天然でやってたのか……。


 まあ、そりゃ、そうか。昨日の商店街を思い出すまでもない。

 召愛なら、普通に、ありえる。

 人格だけは文句なしの良い奴だからな。


 でもだ。

 まさか、あの婆さんも、手を引いてくれた娘が〝穿いてない〟とは想像だにしなかったろう。


 もし、あの横断歩道の真ん中あたりで、召愛がずっこけりして、その秘密がバレてしまったら、人々はなおも、召愛に感心や賞賛の感情を持ち続けただろうか?


 いや、おそらくは、ただ〝穿いてない〟という理由だけで、偏見の感情を向けるに決まってる。

 とんでもないド変態娘であるとだ。


 だが、召愛の実態は、ただ穿いてないだけの、良い奴なのだ。

 そう。俺は人生で、大切なことを見失っていたのかも知れない。

 人間にとって、穿いてるかどうかは、大した問題じゃなかった。


 ここで断言しよう。

 パンツの事など気にするな。

 

 それは、人生にとって、どうでもいいことなのだ。

 人間にはパンツよりも大切なことが、いっぱいあるのだ。

「――コッペ、どうしたんだ。

 ぼーっとして。おーい、コッペ?」


「あ、すまん」

「大丈夫か?」


「ちょっと崇高な哲学的迷路に迷い込んでいただけだ。問題ない」

俺たちは再び歩き出したよ。
「それで、さっきの話しだけど、やはり、弱者に手を差し伸べましょう、という校則もあるのだろうか?」

「そのまんまあるぞ」


「やはりそうか。校則の後半もそうなっているならば――

 うん、私はよく分かった」

 召愛は何かを理解したというような、思わせぶりな笑顔だった。


「何がよく分かったんだ」

「私と彩が小学生の頃に、好きな遊びがあったんだ。

 それは、誰もいじめられたり、苦しんだりすることのない、理想の学校を空想して、その校則を二人で作るというものだった」

「そりゃ、あれか、『わたしのかんがえた、さいきょうのがっこう』みたいなもんだよな?」

「そうだ。ノートに、一つずつ校則を書いていったんだ。二人で――」

 ――と召愛が語りだした羽里との思い出話はこんな感じだった。


 二人は羽里の家に集まって、机に並んで座り、校則を作った。

 発案するのは、もっぱら召愛の方だったそうで、羽里は書記としてノートに書く役目をやったそうだ。


 なぜかと言えば、単純、羽里は召愛を大好きだったからだ。

 召愛が自分を大切に思って校則を考えてくれると、全面的に信頼してたわけだ。


 そんな校則とは例えば、

『他人の悪口を言ってはいけない』とか。

『いじめっ子は厳しく処罰する』というようなシンプルなものから。


『給食では、海で取れる食材は、魚以外の物を出してはいけない』という、

 要するにタコとか貝が嫌いな小学生召愛の好き嫌いが反映された、お茶目なものまで多種多様だった。


 そうして、出来あがったのが、後に羽里学園校則の基本条項となる613個の条文だった、というわけらしい。


「てことは、召愛、お前がこの校則の原作者だったんじゃねえか!」

「そうなる。

 ただし、基本条項の613個だけだ。

 校則全書によれば、この基本条項を原則、土台として、その他の派生条項は作られているらしいのだが……」

「なんにせよ、心強いじゃないか。

 派生条項も基本条項を元にして作られてるなら、原作者ならだぞ。余裕で引っかかる事はない。

 アニメ化されたの漫画の原作者なら、アニメになった自分の作品の設定とか展開とか、全部、把握してるようなもんだろ?


 お前と一緒なら、この無理ゲーもクリアできそうだな――」

 と、自分で言ってから、気づいてしまった。


 待てよ。

 じゃあ、俺たち、なんでノーパンで登校なんかしてんだよ、と。

「私が、服装に関して作った条項は四つだ。


『制服でも私服でも良い』

『校章や、それをあしらったボタンなどを四カ所に付け』

『粗末にせず』

『清潔を心がけること』


 これだけだ。絶対領域や、下着の決まりなど作った覚えはない。

 ましてや縞々パンツを禁止するなど、するわけがない」

(そりゃそうだよな。

 お前きっと、それお気に入りなんだもんな……。)

「てことは、服装の派生条項に関しては、脂ぎったおっさん教師が、自分の趣味まるだしで基本条項を解釈して、勝手に変なブラック校則を作ったってことなんだろうな?」

「だと思う。アニメで言えば、原作レイプというやつだ。

 原作者の意図に反した罰則や、決まりまで作られてる」

「だから……。

 召愛でも、違反しかねないってことか……」

「うん。しかし、少なくとも613の基本条項だけなら、全部覚えなくても、簡単にクリアできる方法がある」

「なんだよ、裏技でもあるのか?」

「違う。校則のタネみたいなものだ。

 そのタネが育って、大きな校則になった。だから、そのタネさえ知れば、基本条項の全てを理解したことにもなる」

「なら、教えておいてくれ」


「君が人からして欲しいと思うことを、人にすればいい」

 それだけ、短く、召愛は言い切った。

 俺はもっと言葉が続くのかと思ったが、本当にそれだけみたいだった。


「それだけか……?」

「うん。これだけだ。

 本当は校則を作る時も、この一言だけで終わらせようとした。

 

 だけど、彩が

『それだと、何をするべきで、何をしてはいけないのか、明文化できず、法務に支障をきたすから』

 と言うので、613個にもなってしまったんだ」

 自分が他人からして欲しいことを、他人にしろ、か。

 なんか小学生相手の幼稚な説教みたいだな、とも思ったが――。


 昨日の商店街じゃ、このシンプル極まる原理に基づいて、他の誰もやらない行動をした召愛という奴に、俺は助けられたわけか……?

「でもな、召愛。俺、タコとか貝とか、めっちゃ好きだぞ。

 これ食えないのは拷問だ」

「あんな、ウネウネ、グニャグニャしたものは、食べ物じゃない。

 給食に出るから、みんな仕方なく食べてる、と小学生の私は思ってたんだ。食べ残すと居残りさせられるから、みんなを救おうとした」

「そりゃ、大した思いやりだな……」

 しかしだ。


 羽里学園の骨格たる基本条項の原作者が召愛で、羽里がそれを実現させようとしたってことは、本来は召愛と羽里は、同じ物を目指してたってことだよな。


 なのに、なぜ今の二人は顔を合わせる度に、意見を対立させてしまうのだろう?

「なんにせよ。さっきの私の言葉通りにすれば、613個に関しては暗記せずに済む。かなりの助けになるんじゃないか?」

 自分が他人にされたいことを、他人にしろ、っていう言葉だけを意識してれば、さっきの召愛が婆さんを助けたみたいなことを、俺も自然にできるかって言われたら、絶対無理だ。


 召愛にとっては簡単なことかも知れんが、俺にはえらく難しい。

 いや、俺だけじゃないはずだ。さっき婆さんを助けたのも、こいつだけだった。

「ま、人間全員が召愛みたいな奴だったら、そもそも校則どころか、国の法律なんかも要らなかったのかもな?」
「でも、校則も法律も要らない世の中になど、絶対ならないのは、私も良く知っている」

 ちょっぴり切なそうに召愛は言ったよ。

 俺はそれを聞いて、もしかしたら羽里はこう考えているのでは、と思いついてしまったんだ。

「だから、羽里はこんなにも多くの、派生条項を作らなきゃと思ったんだろうな。

 そうすれば、せめて学園という中だけなら、誰もが、自分のしてもらいたい事を、他人にして上げられるような、楽園を作れるかも知れない、と考えてだ」

「そうかも知れない。

 だとしたら、私も彩の思いは、とても良く理解できる。

 本当に、とてもとても……理解できるんだ」

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