変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第27話「公園の中に、とんでもない変態がいる……」

エピソードの総文字数=5,133文字

 桜町商店街の一角にある、黒魔術専門店・黒猫堂――

 十時過ぎまでぺちゃくちゃ喋ったところで、客足が伸びてきた。

「じゃあ、あたしそろそろ帰ろうかな」
「うん」
「そんじゃ悪いけど、迷子猫のことよろしくね?」
「うん、任せて!」
 先程、友子の部屋に上がり込んで顔も見てきたが、迷子の子猫は元気そうだった。
 クロにヘンな教育を施されたらしく、
『ボスはこの世の頂点に君臨するに相応しい、とても偉大な(御方)ですニャ!』
『ウチも大人になったら、ボスのために命を懸けて鉄砲玉のように働きますニャ!』

 とか言っていたのがちょっと心配だったが、それ以外は概ねケガも病気もなさそうだった。

 友子によく懐いていたし、子猫自身の希望として、

『ここにいたらボスの覚えもよくて、将来の出世に繋がるはずニャ!』
 というのもあったので、子猫は飼い主が来るまでこのまま穂積家に預かってもらうことになった。
「次に会うのは新学期かしら」
「そうだね、今年も同じクラスで良かったよ」
「うん! 今年は修学旅行もあるし!」
「えへへ、楽しみだな~」
「中学の時は、修学旅行の年は別々のクラスだったもんね」
「そうそう、今年は一緒で良かったよ。クラス替えのない学校で良かった♪」
 そう言って、二人は「エヘヘ」「ゲヘヘ」と笑い合う。
「じゃあね、店番頑張って」
「うん、ありがとー」
「肉じゃがご馳走さまー」
 こうして、由美子は黒猫堂を後にした。


……


…………



「よーし、そんじゃそろそろ帰ろうかな!」
 多くの店舗がシャッターを下ろした夜のアーケード。
 行き交う人影はすっかり少なくなっていた。
 友子と長々くっちゃべって帰りがこの時間になるのは、由美子にとってはままあることだ。
(ぐふふ、そろそろ公園の様子も変わってる頃ね……)
 由美子はゲス顔になると、ニタリと笑う。
 桜町ふれあい公園は、この近辺の住民に愛されている憩いの場である。
 早朝には集まってきた老人たちがラジオ体操を行い、日中には子連れの主婦が多くやって来る。
 犬の散歩に訪れる者も多く、ランナーの姿もよく見られ、絵を描く者や楽器演奏の練習をする者もやって来る。
 また、デートスポットとして人気の場所なので、暮夜になると何組ものカップルが姿を見せる。
 そして……夜も十時を過ぎてカップルたちの逢瀬も落ち着いてきたところで、公園内には怪しい雰囲気が漂い始める。
 夜の桜町ふれあい公園には、"羽音神の町に暮らす変態たちの社交場"という顔もあるのだった。
(さーて、今日はどんな変態が来てるのかしら?)
 セーラー服を着た壮年女装子や、透け透けのレインコートのみを羽織った露出マニア。
 ボンテージルックで奴隷の散歩をする女王様(ミストレス)に、麻縄で木に吊るされるうら若き雌奴隷と老齢縛師の主従。
 夜の桜町ふれあい公園には、どんな変態をも受け入れる懐の深さがある。
(この前の"噴水での噴水プレイ"は、なかなか見ものだったわねー)
 ゲスい由美子は、他人の性行為や性情報を覗くのが大好きだ。
 暇さえあれば能力を使い、他人の秘密を覗き見ては「ぐへぐへ」笑って楽しんでいる。
(あとは"全裸バドミントン"が楽しそうだったなー)
(あたしもアレ、いつかやってみたいなー)
 かつて桜町ふれあい公園で行われた数々の変態行為を思い出して、由美子は「ぐへぐへ」笑いながら"性情報感知能力"の有効範囲をぐっと広げた。
 変態魔法の使い手である由美子には、自分の周りの性情報を感知する能力がある。


 性的なことに限り、範囲内で起きている"全て"――
 そこに存在する人間を含めた生物の性的状況、性的属性、性的経験、性的問題、性的思考、性的秘密……
 "エロに関するありとあらゆる情報全て"を、五感を通して完璧(・・)に把握し、検索することが出来るのだ。

 この能力の平時の有効範囲は、自分を中心にして半径100メートル。
 だが、魔力を消費することで、意図的に半径500メートルまで範囲を拡張することが出来る。

「~~♪」
 黒猫堂と桜町ふれあい公園の距離間は、約400メートル。
 公園自体も広さがあるので、いきなり公園全域の情報を把捉することは出来ない。
 でも、とりあえずは今"視える"公園西側の範囲だけで出歯亀を楽しんでいく。

 しかし――……
「…………」
(――あれ? おっかしいなー?)
(今日は随分と集まりが悪いわねー???)
 公園内で『今、いやらしいことをしている人』は一人もいない。
(いつもこの時間なら、いちゃついて火のついたカップルが一組くらい陰でパコってるんだけどなー?)
(みんな東側にいるのかな?)
(いや、それにしたって、ここまで何も"視えない"なんてヘンよねぇ???)
 不思議に思いつつ、情報の優先検索条件を変えてみる。
 『今、いやらしいことをしている人』から『今朝から一度でもおしっこした人』に変更した。
 今はもう夜の十時なので、滅多なことがない限り、全ての人がこの検索条件に引っ掛かるはずだ。
 なのに、一人も引っ掛からない。
(……うーん?)
(どうやら誰も公園にいないみたいねー……)
 弾き出されたその結論に、由美子はガッカリする。
 エロを楽しむ人々を見て楽しみたいという、由美子のゲス欲求が行き場を失ってしまった。
(…………)
(いやいや! まだわからないわ!)
(今日はみんな公園の東側でプレイしてるのかも!)
 そう考え直し、由美子は歩みを速めて公園との距離をずんずん詰めていく。
 しかし公園の中には相変わらず『今朝から一度でもおしっこした人』の反応が一つもない。
「うーん……?」
 怪しみながら、アーケードを抜けた。
 そこで、ついに『今朝から一度でもおしっこした人』の反応を見つけた。
「あ、いた!」
 そして、次の瞬間――
 由美子はギクリとして、思わず足を止めてしまった。
「――…………」
(なにこれ……)
(公園の中に、とんでもない変態がいる……)
 ぞわりと全身の毛が逆立つのを感じた。
 紫色に光る目を鋭く細め、対象の位置情報を突き詰める。
(……行かなきゃ!)
 そう思い立つや否や、由美子は夜道を全速力で駆け出した。


* * *


 桜町ふれあい公園――
 早朝から深夜まで、人足の途絶えることのないこの市民の憩いの場に、現在、市民の姿はない。

 公園全体を包み込む強固な結界によって、ここを目指した一般市民は「あれ、オレたちここに何にしに来たんだっけ?」と、園内に踏み込もうとしたところで回れ右する。
 結界に対して多少の心得があり、忘却の幻術に惑わされない者でも、結界の見えない殻によって物理的に阻まれ、結界内外の出入りは叶わない。

 今、公園の中にいるのは二人だけ……
 二人が遭遇して、経過した時間はたったの一分足らず。
 既に、状況は一方的なものになっていた。
「っ、ぐあああぁぁっ!」
 黒装束を身に纏った若い男が叫びを上げる。
 受け身も取れずに、宙に浮いた体躯が左前頭部から地に落ちた。
 満身創痍の身体が人形のように地面を転がり、派手に土煙が舞い上がる。
(っ、しくった……)
 彼は、つい十日ほど前に十八になったばかり。
 もし高校に通っていたなら、先月が卒業式だっただろう。
 だが、彼はそういう"普通の人生"を歩んではいない。

 忍びの里に生まれ、忍びとして生きてきた――
 そして、そんな忍びとしての人生に終わりの時が迫っていた。
(ああ、駄目だ……殺られる……)
 墜落した自分の方にゆっくり近付いてくるのは、白い仮面をつけた白装束の男。
 歌劇に出てくる怪人が着けていそうな、目と口の位置に弧が彫り込まれているだけのシンプルな仮面……
 だが、頬の位置には鮮やかな色の意匠が印されている。
 その意匠が何であるのか、彼はよく知っていた。
「ククク……」
 仮面の奥からくぐもった――しかし、心底楽しそうな笑い声が漏れてくる。
「…………」
(ホントに……)
(聞いた通りの奴らなんだな……)
 羽音神忍軍の忌敵たる、第一世界の【暗殺者ギルド】という組織。
 両者は元々、同じ斥候職に就く者同士、仕事の上でぶつかり合うことが多かった。
 そういう因縁が長い時を経て、こじれにこじれてしまった結果、今の両者の間には明確な敵対関係がある。
 暗殺者ギルド内では虐殺した忍軍の数を競い合う風潮があり、忍軍では暗殺者ギルドの討伐隊を第一世界に派遣している。
(…………)
 彼の母と兄は、暗殺者ギルドの構成員――【アサシン】によって散々に嬲られて殺された。
 また、父もアサシンとの戦いで両脚を失い、親戚たちに"負け犬"として扱われるようにようになった。

 だから、彼は思った。
 復讐? そんなものは馬鹿馬鹿しい。
 家族に対する情や、暗殺者ギルドに対する怨嗟がどれほどあっても、世の中には心意気だけではどうにもならないことがある。
 今後、忍軍として生きていくにしても、絶対にアサシンとは関わることなく静かに生きていこう、と――……

 以来、彼は修行に手抜きをするようになった。
 一族に伝わる秘術と元々の素養があったので、修行不足の身でも父と同じ雨の里に入ることは出来た。
 後は決して前に出ず、一族の威光を借りて安全な末職に身を置き、なあなあに仕事をこなしつつ……のんびり暮らすだけだった。
「…………」
(なんで、こんなことになったんだろう……)
 西区での仕事を終え、里に戻る途中のことだった。
 里の内で使われている救援要請の笛の音を聞きつけて、彼はこの公園にやって来た。
 しかし、公園の中には、仲間どころか市民の一人もいなかった。
 ただ、白装束の男が一人きりで自分を待っていた。
 一目で相手と自分の力量差を理解した彼は、すぐさま逃亡を図ったが……あえなく失敗した。
「…………」
 どれだけ心で反発しても、もう状況は覆らない。
 彼は素直に、これからやって来るものが『運命』であると理解して受け入れ、前向きに『次』のことを考えた。
(よし、自害しよう……)
 アサシンは、忍軍の者を決して楽には殺さない。
 忍軍学校で聞かされた残酷無残な実話を、彼は今もはっきり覚えている。
 また、母と兄の死に様は詳細には知らないが、これも噂に聞くだけでも相当酷いものだったらしい。
 同じ死ぬにしても、苦痛と屈辱に喘ぎながら長い時間を掛けて殺されるのはまっぴら御免だ。
「…………」
 地面に俯せた状態で右手に握った短刀は、雨の里入りした祝いに父から貰ったもので、全くの新品である。
 これで自害するなど、これ以上ない親孝行に違いない。
 父とてもう、自分の家族がアサシンに嬲り殺されるのは金輪際見たくないだろうから――……
(…………)
 迷いを断ち切り……短刀を引き寄せる。
 だが、肘を引いても短刀は彼の喉元へはやってこなかった。
 代わりに、生ぬるい噴射が彼の顔面を打ち付ける。
 生臭い血は、彼自身のものだった。
「…………」
 彼の意図に気付いた仮面の男が、その手に握る小さなナイフで彼の手首を掻っ切ったのだ。
 次いで、瞬く間に左の手首も落とされた。
「っ、うぁ、っ……?」
 両手を切り落とされても、彼は痛みを感じなかった。
 一族に伝わる秘術によって、彼は痛覚の遮断を行うことが出来る。
 だが、たとえ痛みを伴わなくとも、唐突な、体液の激しい噴出には動揺が走る。
「…………」

 その動揺を突かれ、首元を掴まれて上にぐっと持ち上げられた。

 血に濡れた目元を拭われ、黒い瞳を覗き込まれる。

「――!?」
 自分の奥深いところから――<パチン>と小さな音がした。
 その瞬間、両腕の先端から猛烈な痛みが溢れてきた。
「っ、ぐぅああぁあぁぁあぁぁっ!!」
 彼の負った深傷は、両の手だけではない。
 逃亡を図った際、右足の腱を断たれてしまった。
 腱の切れた足を庇いながらも一か八かに跳躍したところで、投げられたのは鍔のないナイフ。
 そのナイフは、彼の腹を綺麗に貫通し、風穴を開けた。
 彼が空中でバランスを崩すと、飛び上がった仮面の男は脇腹を強かに殴りつけてきた。

 これによって、肋骨は折れ、内臓にも損傷を受けた。

 また、地に落ちた時に強く打った頭にも、大きな傷がある。

「うぐぅああぁぁあああぁぁああぁぁっ!!」
 秘術を強制的に解除され、全身の激痛にのたうち回る彼を見て、
「ふふっ、蛙、かぁ……」
 仮面の男が嬉しそうにぽつりと呟き、悶絶する彼の左側に立った。
 そして、すっと腰を降ろし、黒装束の左腕をナイフで割く。
 わざと肉を断つように刃を動かしたらしく、彼の腕にまた新たなる痛みが走った。
「ぎぃああぁあぁぁっ!」
 鮮烈なそれも、他の部位からやってくる深刻な痛みにあっさり埋もれていった。


 彼は、完全に自害のタイミングを失った。

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