変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第11話「ああ、うん、何でもないんだけど……お兄ちゃんっていい声してるなって」

エピソードの総文字数=5,091文字

「ふぅ、食った食った!」
 美味いパンを食べ終えて篤志が満足していると、母が声を掛けてきた。
「そろそろ時間ね。篤志、ちょっと準備を手伝ってくれない?」
(ああ、そういや挨拶に行くんだっけ……)
「準備ってなに?」
「粗品を纏めて紙袋に入れるのよ。ご挨拶で渡す分の」
「ああ、なるほど。――いや、でも、なんでオレに言うんだよ? 雑用の手伝いなら、もっと下っ端がいるだろ?」
 篤志は妹の方に視線を向ける。
「下っ端!?」
 妹は心外だとでもいうような顔をしているが、兄弟姉妹とは縦の関係だ。
 ここで自分が『下』だという認識が薄いことからも、あの妹の傲慢さが読み取れる。
「ああ、それもそうね。そういえば、私には息子だけじゃなくて娘もいたんだったわね」
「なんだよ、もうボケてんのかよ。しっかりしろよ」
「そうね、認知症になったりしないように、ちゃんと羽音神様にお祈りしなきゃ」
「…………」
(駄目だこれ……)
(いっそのこと、認知症になってくれた方が諦めがつくかもしれない……)
「まぁいいわ、それじゃあアイラ、手伝ってちょうだい」
「……うん」
「大丈夫、頭の弱いアイラでも出来るような簡単な作業よ」
「――!?」
「向こうの部屋に用意してあるお蕎麦と洗顔用品の詰め合わせギフト、それから挨拶状と、羽音神様のありがたい護符――これを全部セットにして紙袋に入れておくの」
「――!?」
(羽音神の護符!?)
(ヤバイ! こいつら思いっきり布教する気だ!)
 神戸から舞鶴に引っ越した時のことを思い出す。
 両親が引っ越しの挨拶の粗品に添えてカルト宗教の不気味なアイテムを配ったせいで、引っ越し早々近所から白い目で見られることになった。
(ここは『聖地』らしいけど……)
(さすがに引っ越し早々、宗教色を出すのは良くないだろ……)
「あのさ、その準備はオレとこいつの二人でやっとくよ。母さんは疲れてるだろうし、ちょっと休んでろよ」
「えっ? いいの?」
「うん、オッケーオッケー」
(よし、護符はこっそり捨てよう……)
(あんなゴミは、絶対に配らない方が良い……)
「ああ、なんてことなの? まさか篤志が私にこんな優しい言葉を掛けてくれるなんて……」
「…………」
「これも『聖地』に来たおかげね! 羽音神様のあまねく愛に感化されて、篤志の心に優しさが芽生えたんだわ。ああ、感謝致します、羽音神様……」
「…………」
(ま、まぁいいや……)
 母のことは放っておくことにして、篤志は妹に「ほら行くぞ」と声を掛ける。

 妹は見るからに無能っぽいので、きっと作業の役には立たないだろう。
 だが、母が手伝いを頼んできたということから、母は「一人でやるには作業量が多い」と考えている可能性がある。
 一応、カモフラージュ用の頭数要員として連れていくことにした。


……

…………

 妹と一緒に隣の部屋に行くと、ダンボール箱が置いてあった。
 実はさっきの探検の際にも少しだけ確認したのだが、中身が洗顔用品の詰め合わせギフトだったので、何となく用途も察したし、興味も引かれなかったのだ。
(つうか、引っ越しの挨拶に蕎麦は定番だけど……)

(羽音神島(ここ)で配ってヘンに思われたりしねーのかな……?)

 とりあえず、蕎麦を見てそんな感想を抱いた後――目当てのブツを探し始める。
(インチキ護符は――)
(ああ、あった、これだな……)
 効用など何もないわりには、やけに物々しい桐の箱に入っている。
(でも、捨てるにしたって、どうやって捨てればいいんだ?)
 日本では決まった日にゴミの収集があったが、ここではどうなのだろうか。
「…………」
(まぁいいや……)
(とりあえず今はどこかに隠しておいて、捨てるのは追い追いってことで……)
 そこで、篤志は妹がじっと自分の方を見ていることに気付いた。
「? なんだよ?」
「えっ? ああ、うん、何でもないんだけど……お兄ちゃんっていい声してるなって」
 「いい声をしている」――
 篤志は初対面の相手にこう褒められることが多い。
 これが、歌い手活動をしようと思ったきっかけでもある。
 要するに、"イケボ"だと褒められて調子に乗ってしまったのだ。
「? なんだよ、今更???」
 初対面ではよく言われるが、目の前にいるのは妹だ。
 同じ家に住む家族なのだから、篤志の声などもう聞き飽きて良しも悪しもどうでもよくなっているはずだ。
「そんなことより、作業するからおまえも手伝えよ。まずは――」
 不意に、篤志の言葉が止まる。
「…………」
(そう言えば……)
(連れてきたはいいけど、こいつは"どっち"なんだ……?)
 そこに思い至って……篤志はゾッとした。
 これは、紛れもなく自分の妹だ。

 なのに、この妹が羽音神教の信者か否か――
 両親側なのか、自分側なのか――
 『異常』なのか『まとも』なのか――……それがわからない。
(…………)
(なんでだ……?)
(それって、一番大事なことだろ……???)
 動揺しつつも……
 猜疑の鋭い目を妹に向けて、篤志は静かに問う。
「おまえ、羽音神のことをどう思う?」
 妹は、可愛らしく――いや、あざとく小首を傾げてみせた。
「羽音神様のこと?」
(――っ!? 『様』!!)
 その瞬間、篤志の中で答えが出た。
「よし、おまえはとっとと向こうに行け。シッシッ!」
 小汚い犬を追い払うようなジェスチャーを、篤志は妹に向ける。
「――!? な、なんで!?」
「うっせぇ! キチガイは向こうに行け! シッシッ!」
 いきなりの酷い仕打ちに不思議そうにしていた妹だが……
「……??? ――あっ!」
 ふと何かに気付いたらしく、小さく声を上げた。
「ち、違うよ!? 今、『羽音神様』って言っちゃったのはね、お父さんとお母さんがいつもそう言ってるから、ちょっと伝染(うつ)っちゃっただけなの! アイラ、信者じゃないもん!」
「……本当か?」
「ホントだよ! アイラ、教団大嫌い! 羽音神とかわけわかんないし、キモいよね、あいつら!」
「…………」
 篤志は、必死で訴えてくる妹をしばらく無言で見つめる。
 しかし、最後には妹の言葉を信じることにした。
「……よし、わかった」
「…………」
 妹がホッと息を吐く。
(まぁ、それもそうだよな……)
(こいつが信者なわけねーか……)
 何せ、篤志の中にはこれまで妹を可愛がっていた記憶があるのだ。
 もし妹が信者だったなら、絶対に可愛がることなどなかっただろう。
(信者じゃないなら『味方』だな……)
(オレの唯一の味方だ……)
 薄氷を踏むような今のこの状況で、たった一人といえども味方がいるというのは心強い。
(頼りになる感じは全くしないけど……)
(こんなんでも、いないよりはマシか……)
 むしろ、両親の『羽音神様』呼びが簡単に伝染(うつ)ってしまうようなパープー脳の妹だ。
 どちらかと言えば、足を引っ張られる局面の方が多くなるだろう。
(まぁ、どれだけ迷惑を掛けられても、こいつが信者でない限り、オレはこいつを切ったりはしないけどな……)
(妹の面倒を見るのは、兄の役目だ……)
 決意して、篤志は小さく頷く。
 そして早速、唯一の味方に指示を出した。
「よし、このインチキ護符をおまえの部屋に持っていけ」
「ええっ!? アイラ、そんなのいらないよ!?」
「うるせぇ、オレもいらねーんだよ。いずれタイミングを見て捨てるから、それまではおまえの部屋に隠しておけ」
「えっ、お兄ちゃんの部屋じゃダメなの!?」
「ハァッ? 駄目に決まってんだろ。そんなキモいもん、オレの部屋に置けるかよ」
「…………」
 結局、妹は涙目になって、押し付けられたインチキ護符入りの桐の箱を持って去っていった。
「ちんたらせずにすぐ戻ってこいよ。作業があるんだからな」
「……ぐすん」

……

…………

 粗品の準備が出来たのは、予定時間の十分前だった。
 ダイニングで両親と打ち合わせをする。

 最初はこの挨拶回りに気乗りしていなかった篤志だが、自分の行動の最優先事項に『情報収集』を据えたことで、心境が変化していた。
(挨拶回りは絶対に行った方が良い……)
(この土地のことを直に見て、情報を集めるチャンスだ……)
「とりあえず、この家と同じ区画にある十一軒のお宅にご挨拶に伺おうと思う」
 十一軒は、別に多くも少なくもない軒数だ。
 特に言うべきこともないので、篤志は静かに頷く。
「基本的には、軽く自己紹介をして、粗品を渡すだけの挨拶だが、さっきも言ったように、私たちは『第四世界』からやって来た異世界人『タツミ一家』ということになっている」
「…………」
(ああ、やっぱ背乗りするんだな……)
(嫌だなぁ……)
「篤志は『タツミ・ユウ』、そしてアイラは『タツミ・アイ』と名乗るんだ。いいな?」
「良かった、アイラ名前が似てる♪」
 バカな妹は呑気に喜んでいる。
「つうかさ、オレらは『異世界人』って設定になってるんだろ? でも、異世界人とか見たことないから、どう振る舞っていいかわかんねーんだけど」
「それなら大丈夫だ。『第四世界』の者はこの地で暮らす際、通り名を使うことで自分の出自を隠し、この地の人間に成りすますのが定例らしい」
「――!?」
(なんだそれ、ヤベェ!)
(もしかしてそいつら「国に帰れ、この寄生虫ども!」って言われてる系の民族?じゃねーだろうな!?)
「だから、私たちは一応『異世界人』ということになっているけど、あまりそれらしい振る舞いを意識する必要はないらしいわ」
「ああ、自分たちが『第四世界』の人間であることを明かすことはない」
「あ、ああ、そう……」
(なんだろう……)
(なんか不安要素が増した気がする……)
(教団、本当にオレたちに何をさせる気なんだろう???)
「この家があるのは『北区の銅町』らしいが、もし訊かれることがあれば、私たちは『中央区の西町』から来たと言うからそのつもりでな」
「…………」
「もし年齢を尋ねられたら、自分の今の年齢を答えなさい。学校を訊かれたら、篤志は『中央大学の異世界交流学部所属』、アイラは『桜町高校』と答えるんだ」
「はーい」
「はは、中央大学、ね……」
(まさかの大学生か……)
(『異世界交流学部』ってなんだろう???)
 もはや乾いた笑いしか出てこない。
 その後は「ボロが出ないようにあまり長話はしないこと」という基本方針を確認し合い、いよいよ外に出ることになった。
 なお、玄関に行くと、篤志が名古屋に履いていくつもりで家に残していたお気に入りのMIKEのスニーカーがあった。
(やった! オレの靴!)
(これがあって良かった! マジで良かった! やったあぁぁっ!!)
 篤志はスニーカーヘッズである。
 篤志のテンションが少しだけ上がった。


……

…………


(うわ、どれもこれもすっげー……)
 家を出て、門を抜けて道路に出る。
 自分たちの出てきた家、目の前の家、隣の家――
 どれもこれもが今までの生活では全くの無縁だった豪邸だ。
(ここ、いわゆる『高級住宅街』なんじゃ……)
 先程、窓から外を見た時、遠くに普通の住宅の群れが見えた。
 あれに比べると、この近辺のラグジュアリー感は半端ない。
「じゃあ、まずは隣の家から行くぞ」

 一軒一軒が大きいので、隣といっても地味に遠い。

 整備された道をゆっくり踏みしめて歩みながら、篤志は心を決める。

(本当は、外になんか出たくない……)
(こんな未知の土地で、何があるかもわからないし……)
(でも『虎穴に入らざれば虎子を得ず』という言葉もある……)
(今のこの状況を打破するためには、どうしても情報収集が必要だ……)
「あっ、あのちょうちょ可愛い~♥」
 篤志の憂患などよそに、妹は花壇の上を飛んでいる蝶を見て呑気な声を上げている。
(こいつ、今のこの状況解ってんのかよ……)
 イラッとした篤志は妹の頭に<ガスッ!>とチョップを入れた。
「っ、いったぁい!」
「ちょっとは緊張感を持てよ、このバカが!」
 篤志に怒鳴られて涙目になった妹が、自撮り棒?を取り出す。
「お兄ちゃんは昔、アイラに手を上げてアイラにケガをさせたことがあるでしょ!? それがトラウマになって、それ以来アイラに暴力が振るえなくなったはず!」
「…………」
 篤志は自分の中の記憶を辿る。
 確かに妹の言う通り、昔そんなことがあった。
「……そうだな。そういやそんなこともあったよな。今更だけど、あの時は悪かった」
「ううん、もういいんだよ。アイラ全然気にしてないから」
 にっこり笑う妹に、篤志は言った。
「今度からはケガをさせないように、手加減してしばくからな。安心していいぞ」
「――!?」
 そんなことを話しているうちに、隣家の門の前まで来た。

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