ままならぬ日々

素晴らしいアイデア

エピソードの総文字数=1,245文字

(とうとう素晴らしいアイデアを思いついた)

 アイデアは本来、思いつこうと思っても思いつけるものではないので、この一週間、私は大変苦しい思いをしてきた。しかしアイデアを、それも素晴らしいアイデアを思いついたことで、名状しがたい苦しみに終止符が打たれた。

 アイデアをメモしようと、ジーンズのポケットからペンを取り出した。だがメモ用紙がどこにもない。

(家に忘れてきたのね)
 自分の体に書くという手もあったが、ペンのインキが薄く、帰宅するまでに消えてしまいそうなので、できれば避けたい。
(薄いインキでもしっかりと書き残せるもの――白いもの――便器)

 どうやら私は、またしても素晴らしいアイデアを思いついたらしい。


 公衆トイレを探し出し、女子トイレに入る。一個しかない個室のドアを開けると、
……
 洋式便器の上で河童が胡座をかいていた。
(なぜ公衆トイレに河童が……)
 驚いたが、空咳をして気を取り直し、便器の縁にペンでメモしようとすると、
書くな!
 河童が怒鳴った。見かけほど恐ろしい声ではなかったが、そんなことよりも問題なのは、言うまでもなく、アイデアをメモすることが許されなかったことだ。なにがなんでもメモしておきたい私は、食い下がった。
河童さん、公衆トイレはみんなのものよ。つまり、便器もみんなのもの。だから、別にメモしても構わないでしょう
みんなのものということは、わたしのものでもあるはずだ。所有者のわたしが書くなと言っているんだから、書いてはならない。違うか?
(……言っていることが支離滅裂だ。忘れないうちにさっさとメモして、さっさと出て行こう)
 敵意を剥き出しにして睨んでくる河童を無視して便器に書こうとすると、
書くんじゃない、この女郎!
 いきなり掴みかかってきた。力はかなり強い。
(このままだと、打ち負かされるどころか、殺されてしまう)
 私は河童の頭の皿を思い切り殴りつけた。破砕音が響き、嘴から悲鳴が迸る。河童はくずおれ、便器の内側に顔を突っ込んだ。
(分かりやすい弱点を持つ相手で助かった)
 呼吸を落ち着かせ、今度こそメモしようとした、次の瞬間、予想だにしなかった事態が起きた。河童の嘴から緑色の液体が放水され始めたかと思うと、あっという間に便器の内側を満たし、溢れ出し、床の上に広がり始めたのだ。

 驚きのあまりペンを取り落とした。緑色の液体に触れた瞬間、ペンは肉が焼けるような音を立てて溶け始めた。

(腐食液だ)

 脇目も振らずにトイレを飛び出した。


 一連の騒動のせいで、すっかりアイデアを失念してしまった。道をとぼとぼと歩いていると、突然、進路に少年が立ち塞がった。目鼻立ちもスタイルも十人並み以上の美少年だ。

 少年は私に微笑みかけると、おもむろに服を脱ぎ始めた。

(……ああ。これは私のアイデアだ。素晴らしいアイデアを失った私が苦し紛れに捻出した、低俗なアイデア……)
 情けない気持ちで胸がいっぱいになった。全裸になった低俗なアイデアは、私に歩み寄り、私の臀部をジーンズ越しに撫で始めた。

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