勇者の出立

最も危険な調理

エピソードの総文字数=1,904文字

 夜空を裂いて黒々とそびえ立つ魔王ラウプの居城は、山の上から不気味に街道を見下ろしていた。

 ラウプは魔物を率いてどこかの村の略奪にでかけたとかで留守だった。


 子分になった初仕事として、おれは魔物どもの夜食作りを命じられた。料理が得意だとおれが売り込んだためだ。

 おれは、調理場にあった正体不明の野菜や肉らしきものを刻み、次々と鍋に放り込んだ。
おかしな真似をしたら、一瞬で首をちょん切るからね!
 すぐ隣で、使い魔がおれをじっと睨んでいる。食事に毒を盛られないかどうか見張ってるんだろう。


 魔物のくせに毒がこわいのかよ、とツッコんでやりたいが。

 魔物も生き物だから、人間と同じ毒がたいていは効く。警戒するのは当然と言えば当然だ。


 あいにく手元に毒はない。おれは黙々と料理を続けた。


 おれをこの城へ連行したガイアビースト達と、それ以外の魔物達が隣の部屋で声高に談笑していた。

ラウプ様はすばらしいお方だ。冷酷かつ残忍、底知れぬ魔力……あれほどの力を持った魔族には会ったことがない。まさに魔王の名にふさわしい。
信じられるか? 世界各地に、ラウプ様に匹敵するほど強い魔王が何人もおり、さらにそれを束ねる超強力なお方がいるなんて……おい、この匂いはなんだ
知らないのか。これはデア・ハイセンフンガーといって、人間界では王侯しか口にできない高級料理なんだぞ。黙って待ってろ。
ふむ……あんまり美味そうじゃないが……。
今は二十年前とは違う。我々の現在の勢力を考えると、もはや勇者など敵ではないのにな。
ラウプ様は慎重なお方なんだ。それに勇者の息の根を止めることは▲◎※□様の意向でもある……。
 魔物が声をひそめたので、調理場で鍋をかき混ぜているおれには一部聞き取れなかった。
人間どもの最後の希望を打ち砕き、今度こそ確実に、地上を我々魔族のものとするために、伝説の勇者を血祭りに上げることが必要なんだ。……おい、めしはまだか?
ぐっ、ぐああああああああああっ!!!!!!!!
 料理を口にしたとたん、悶え苦しむ魔物たち。

 室内はたちまち地獄絵図と化す。



 自慢じゃないが、おれは料理が下手だ。

 おれの作ったものを食って腹をこわさないのは親父ぐらいのものだ。

 

 たぶん、料理しているうちに、おれの手からひとりでに漏れてる魔力のせいだろうと思うが。

 心を込めて作れば作るほど毒性が強くなる

このクソガキ! 毒を盛ったな!!!
おれは何もやってねーよ。おまえだってずっと見てただろ? おれはそのへんにある材料しか入れてない。毒なんか、どこにあるんだよ?
嘘をつけ!! これを……このすさまじい代物を、毒と呼ばずして何と呼ぶというのかあああっ!!
あー、やだやだ、魔物には高尚な料理の味はわかんねー、ってか? 作ってやり甲斐のない連中だぜ。
 動ける元気の残っている魔物どもが、怒りに燃えて、一斉におれに襲いかかってきた。


 意外としぶとい連中だな。おれの料理で全員倒せるんじゃないかと思っていたが。まだ動けるやつが半分ぐらいいる。


虚空に散りし紅き岩漿の末裔よ。我が招きに従い収斂し凝縮せよ。その狂いなき円弧の舞いによって。

焼き尽くせ、火環顕現(プラーメン・プルステン)!

 おれは、魔物どものど真ん中に火炎魔法を叩き込んだ。


 薄暗かった室内が、紅蓮の炎で一気に照らし上げられる。激しい業火は魔物どもを焼き尽くす。おぞましい悲鳴と肉の焦げる臭いが湧き起こる。



 ――さすがに、これだけの数の敵を魔法一発で全滅させることは無理だったようだ。


 頭上から激しい殺意の塊が降ってきた。



 ガキィィィィンッ!!!!!


 おれは手近なを盾代わりにして、上空からの攻撃を受け止めた。腕がじぃぃん、としびれた。

 くそっ。飛翔系のドラゴンが何体か、天井近くまで飛び上がって炎をかわしたらしい。


 こいつらと素手で渡り合うのはきつい。

 おれは、厨房のおたまを投げつけたが、鱗に覆われた固い皮膚はびくともしない。するわけがない。


 ドラゴンどもは太い前肢を振り回し、鋭い爪でおれを切り刻もうと襲ってくる。鍋でガードするにも限界がある。

打ち砕け、迅雷風烈(ドンナー・ゲトロッフェン)!
 敵の攻撃を必死でかわしながら、おれは悲鳴に似た声で呪文を叫んだ。

 余裕がないので略式詠唱しかできない。それでも、

 雷撃が、狭い室内で飛び回るドラゴンどもを撃ち落とした。


 ――出口までの道が、ようやく開けた。


 おれは扉に向かって全力で駆けた。


 焼き方が十分でなかったらしく、ふらふらと立ち上がろうとしている黒焦げの魔物の姿も見える。いちいち相手をしていたらキリがない。とっととこの魔物の巣窟を脱出するのだ。

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