もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『背面世界論者①〜前世魔人の正体見たり』

エピソードの総文字数=3,143文字

神を信じる者は、現実を見ていない現実逃避者であるとツァラトゥストラは言う。

いわく、現実ではない背面世界を論ずる者、背面世界論者であると。

三人の少女はより深くツァラトゥストラの世界を読み進めていくのだった。

 かつてはツァラトゥストラも、すべての背面世界論者のようにその妄想(もうそう)を人間の彼岸(ひがん)()せた。

 そのとき、わたしは世界は、苦しみと悩みにさいなまれている一個の神の制作物と思えた。

「背面世界論? 地球空洞説みたいなやつですかー?」

「なぜここで地球空洞説がでるのか・・・。

 この世界の裏側にある世界のことだが、ツァラ殿的に彼岸、つまりあの世のことだな。それを『天国』とは言いたくなくて、背面世界という風に言っているのだろうな。背面世界論者とは、この世、つまり現実の背面(うら)がわにある別の世界を論ずる者たち、という意味だろう」

「神様が苦しんたり悩んだりして創造なさったのがこの世界といってるのでしょうか?」
(・・・。産みの苦しみかしらん?)
「そうツァラ殿は思った。と言っているね。

 この後、なぜそう思ったのかの説明が書かれているが、詳しく読んでいくと、言われてみればたしかに。と僕でも思えてくるよ」

 世界は、そのときわたしには、一個の神の夢であり詩であると思えた。不満な神的存在者の眼前にただよう多彩な煙と思えた。

<中略>

 創造者は自分というものから目をそらそうとした。ーーこうしてかれはこの世界を創造した。

「神の夢であり詩。美しいですわね。

 でも・・・、不満な神様なのですね」

「神的存在者。かっこいい!!」
「妙なところに関心しているな……。そうではなく、ここでいう神は創造者。つまりクリエイターだろうということだ」
「クリエイター? よくツァラさんクリエイター褒めてますよね」

「そう、いわゆる神に対しては『死んだ』とはっきり言っているが、クリエイトする者のことは称えているね。ある意味自画自賛なのかもしれないがな。

 まあ、いまはそれは置いておこう。

 ここでいうクリエイターはやはり神的存在のことだ。その存在がもっている悩みや苦悩は、普通のクリエイターたちと同じだろうという視点で語っているわけだな」

「神……。そんざいえっくす!!」

「またよくわからないことを……」

「クリエイター、つまり、アーティストですわね。」
「そうだな、画家や音楽家、詩人や作家もそうだが、何かを創り出そうとするとどうしても悩みにぶつかり、苦悩するだろう? そうした姿を神的存在に投影してみているわけだ。」
 苦悩する存在者にとっては、おのれの苦悩から目をそらし、自分を忘れることは、陶酔的な快楽である。陶酔的な快楽と忘我、それがこの世界だと、かつてわたしには思われた。
「あ、これすっごくわかります。お話書くのに集中してると我をわすれちゃうというか、周り見えなくなっちゃうんですよね」
「ひとみ君もアーティストであり創造者であるということかな。ならば、神の気持ちがわかるんじゃないか?」
「ええっ!? わたしって神的存在者。かっこいい!」
「いや、だからそうではなく……」
 この世界、永遠に不完全な世界、永遠につづく矛盾の写し絵、それも不完全な写し絵ーー不完全なその想像者にとっての陶酔的な歓楽ーーそれがこの世界だと、わたしには思われた。
「アートですわね。やっぱり、アーティストな神様が世界を苦悩してお創りになった。というイメージですわ」
「不完全なってのがひっかかりますけど、わかります。わたしも『こんなのでいいのかしら〜』って書いてて悩みますもん」
「ひとみ君の悩みが作品に昇華するわけだ。そういう意味では、この世界は神の悩みが昇華されてつくられた『作品』である。というふうに理解すると良いのだろうな」
「なるほどー、やっぱりわたしって神的存在者だったのですね! かっこいい!」
「作品にとって作者はたしかに神だが。

 あんまり図に乗って舞い上がっていると落っこちてもしらないぞ」

「えー」
 それゆえ、わたしもわたしの妄想を人間の彼岸に馳せた、すべての背面世界論者のように。だが、人間の彼岸に思いを馳せて、真理にはいることができたであろうか。
「むっつかしい・・・。説明おねがいします!」

「まったくもう。

 つまり、アーティストな神が世界を創造したと、ツァラ殿も思っていた。だが、人間が人間の彼岸、つまりあの世だな。想像上のあの世などを妄想していて、ほんものの真理を知ることはできるのか? と言ってるのだな。

 あの世の本当の姿を知っている人は居るわけがない。結局それは想像なのだから。ということだ」

「えーっと、丹波T郎さんとか……?」
「もう故人じゃないか。霊界からもどってきたとは聞いていないぞ?」
「O川R法総裁にたのめばきっと……」
「もうそれ以上はやめておきたまえ、この作品ごと危険があぶない」
「むー」
 ああ、兄弟たちよ、わたしのつくったこの神は、人間の制作品、人間の妄念(もうねん)であったのだ。あらゆる神々がそうであるのとおなじように。
「んーっと……、やっぱ神様ディスってますよね、ツァラさん……。」
「そうだな。ここでは自分の妄想で造った神という概念が、他の、人間が造ったであろう神々と同じようなものだと言っている」
「ほかの、例えばキリスト教の神もそうだっていいたいのでしょうね」

「おそらくはそうだな」

「むー」
 その神は人間であったのだ。しかも人間とその「我」のあわれなひとかけらにすぎなかったのだ。わたし自身の灰と炭火の中からこの妖怪(ようかい)は、やってきた。そしてまことに! それは彼岸から来たのではなかったのだ。
「神さま、妖怪扱いされてます!!」


 (やっぱり存在えっくす!?)

「ツァラ殿にとってはそういうこと、なのだな」

「彼岸から来たのではない。ということは、あの世から来たのではないということですわね」


「そう、人知を超えた存在が別の世界に居て、そこからこの世にやってきた。という世界観はツァラ殿的に受け入れられない。ということだな。あらためて当時の環境で冷静にこうした考えにたどり着けたニーチェはすごいと思うよ」
 それから何が起こっただろうか、兄弟たちよ。わたしは、悩んでいる自分自身に打ち()った。わたしはわたし自身の灰を山上に運んだ。より光の強い炎をわたしは燃え立たせた。すると見よ、その妖怪はわたしから退散したのだ。
「妖怪さん、退散させられちゃいました」
「もともとはツァラ殿、つまりニーチェもこうした神を信じようとしたのだが、冷静に光にあてて考えて見た結果、妖怪はその姿をあらわして退散してしまった、ということらしい」

「ばーれーたーかー。って感じですね〜。

 外道照身霊破光線! 汝の正体みたり! 前世魔人そんざいえっくす!」

「……。

 今日のひとみ君はいつにもましてよくわからないな、妖怪に取り憑かれているんじゃないか?」

外道照身霊破光線はいうまでもなく昭和の特撮ヒーロー「ダイヤモンド・アイ」の必殺技である。著者ですら伝聞でしか知らない高度な技をひとみがなぜ知っていたのかは定かではない。
「ぇー、神さまは居たほうがいいですけど、取り憑かれてるってのは嫌ですー」
「やっぱり、この本、この学校では禁書で仕方ない気がしますわね……」

「それだけ刺激的な内容だな。

 ひとみ君、だいじょうぶかい?」

「うぅ〜、と、とりあえず、特撮ヒーローの話だと思ってついていきます〜」

神は人の作りし妄想の産物。つまりはファンタジーだと、ツァラトゥストラは言っているのだ。


このファンタジーを信じる背面世界論者についてはまだまだ多くの頁を割いて語られている。次回以降はこの背面世界を詳しく見ていくことにしよう。

<つづく>

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