変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第2話「揚げ油と喋れるヤツなんかどこにでもいるっつーの」

エピソードの総文字数=4,388文字

 由美子がシチューの鶏肉をもぐもぐやっていると、キッチンの片付けを終えた姉がダイニングにやって来た。

 エプロンを外し、バンスクリップを使って後ろに纏めていた長い黒髪を解き、由美子の斜め向かいの席に腰を下ろして「ふぅ」と息をつく。

 そんな何気ない仕草でさえ絵になっているのが、竹沢家の長女・竹沢留美子。

 かつて市のミスコンで前代未聞の六連覇を成し遂げ、男性市民を軒並み魅了した伝説の美貌には今日も一切隙が無い。


 しかし由美子にとってみれば、所詮は毎日見ている家族の顔。

 今更見惚れることも憧れることもなく、鶏肉を飲み込むと、さっきの一件を未だ引きずりながら憮然と言った。

「ねぇ、おねーちゃん」
「ん? なあに?」
「あのうさぎ、とっとと丸焼きにして食いましょう!」
「えっ!? う、うーん……? それはちょっと、ねぇ……」
「あいつはもう食うしかないわ! あンのクソうさぎ!!」

 夕食を害された恨みはそう簡単に消えやしない。

 あのω《もきゅ》とした口が脳裏をチラつくたびに「クキィーッ!」と叫びたくなる。

「うーん……由美子ちゃんの気持ちは解るわよ? でも、アルくんは家族だしね?」
「違う! あいつは家畜なの! 肉なのよ! 肉っ!!」
「まぁ、確かにアルくんは美味しそうだけど……」

 うさぎのアルタソ。

 竹沢家のペット。

 または家畜。


 母親はアメリカンラビットのミニレッキスという品種だが、父親はかつて魔界に生息していた【魔界兎】らしい。

 そのため、十年そこそこで生涯を閉じる一般的な飼いうさぎに比べて寿命が長い。

 生まれたてのアルタソがこの竹沢家にやってきたのはもう十五年も前のことだが、まだまだ若々しく毛並みも艶やかだ。

 成長速度が人間とは違うので正確なところはわからないが、人間年齢に換算すると由美子と同じかそれより少し上くらいになるらしい。

 実に良い感じにでっぷりしている上、まるで焼きたてパンのような毛色をしているため、肉を食す習慣がある者なら誰でも、このうさぎを眺めているだけで涎が出てきてしまう。


 ペットとしては下の下。

 だが、食肉としては上の上を感じさせる風格を醸し出しているのがアルタソなのである。

「焼きましょ、オーブンで! 絶対に美味しいから!」
「うーん……」
「丸焼きよ、丸焼き!」
「そうねぇ……オリーブオイル、にんにく、ローズマリー、メトラセルブ、クレイプェッタ……」
 その後も更にいくつかハーブや調味料の名前を並べて、姉はにっこりと微笑む。
「ふふっ、あとは塩胡椒かしら?」
「いや、『アルくんは家族だしね?』とか言った端からその具体性はどうなの?」
 ナチュラルな笑顔の姉にジト目で突っ込んだ後、由美子はふぅ~~と息をついた。
(なんだかなぁ~)

(おねーちゃんと話してると、なーんか気が抜けちゃうのよね~……)

 のほほ~んとした姉に毒気を抜かれる。

 そう、それはいつものことだった。

「…………」

(あーあ、なんかもういいや!)

(アルタソのことなんかどーでも!)

 忘れることにしよう。

 煩わしいことは忘れるのが一番だ。

 気持ちを切り替えて、由美子はテレビの方に視線を向けた。

『本日ご紹介するのはこちら! 話題沸騰中のドーナツショップです!』

 付けっぱなしのテレビに映っているのは【羽音神テレビ】の夕方の情報番組。

 どうやら市内の飲食店を紹介するコーナーらしい。

『こちらのお店はですね、いっつもすっごい行列が出来てるんですよー!』
『ホンマですねー! 見てください皆さん、ほら! 長蛇の列、列、列!』

 この時間帯のテレビ番組に馴染みの薄い由美子だが、ハイテンションに中継しているコンビ芸人のことは知っている。

 というか「一回くらいは舞台観に行ってみたいなー」と思う程度には好きな芸人だったりする。

「あら、ドーナツ屋さんですって」
「ふぅん、南区槍町の店みたいね。おねーちゃん行ったことある?」
「ううん、ないわ」
『一番の人気商品はこちら! レアチーズドーナツです!』
「へぇ~美味しそうじゃん!」
「そうね、ソースが綺麗な色してるわ」
『とぉっっても美味しそうですが! 店長、こちらは一体どういったものなんでしょうか!?』
『これはですねぇ、カラッと揚げたドーナツの中に本土・北海道産のチーズを贅沢に使ったクリームをたっぷり詰めています。耐熱魔法をかけてから揚げているので、外側がこんがりしていても中のクリームはレアなんですよ』
『おおっ、耐熱魔法で!?』
『はい。昔は揚げた後でクリームを注入したりもしていたんですが、色々と研究を重ねた結果、耐熱魔法を使ったやり方の方がクリームの馴染みが良かったんです。以来、ずっとこのやり方です』
『なるほど~――って! いやいや、でも! それって企業秘密ちゃいますのん!? 言っちゃってよかったんですか!?』
『あはは、企業秘密は中のチーズクリームの作り方とこのトッピングソースの作り方です。特にこのトッピングソースについては【第一世界】のルルリンベリーを使っていることしか教えられません』

 そこでドーナツが大映しになった。

 左から右へぐるっと舐め回すように視点が動き、じっくりとドーナツを映し出す。

 中のチーズクリームを見せるため、ぽってり丸いドーナツにナイフで縦の切れ目が入れられる。

 その瞬間、そこから上品な白色のクリームがとろりと溢れ出した。

 由美子はたまらず声をあげる。

「わっ、なにこれ! すっごいエロい!」
「あら、本当ね」
「まるで×××された後の××××ね!」
「ええ、濃厚な××がとろりと……ああ、素敵だわ♥」
「ぐひひひひ……」
「うふふふふ……」

 変態一家の姉妹は下ネタが大好きだ。

 ただし下ネタを楽しむ時、姉妹の顔には全く方向性の違う変化がある。

 姉の留美子はより一層色気の増した濃艶な表情になり、妹の由美子は目を背けたくなるような助平丸出しのゲス顔になる。

「てか、美味しそう! こんなドーナツ絶対美味しいに決まってんじゃん!」
「トッピングソースはルルリンベリーなのね。道理でブルーベリーにしては青味が強いと思ったわ」
「ルルリンベリーもいいけど、あたしはやっぱ異世界のフルーツの中じゃファビュラスバナナンが一番好きかな。普通のバナナより太くて長くて、反り返り方が武骨でいいわよね!」
「ええ、ファビュラスバナナンの逞しさは見てるだけで胸がドキドキするわ♥ でもお姉ちゃんは白雪ぶどうが一番好きよ」
「ああ、白雪ぶどうもひんやりして美味しいわね!」

 この羽音神島は二つの異世界と繋がっている。


 1639年・江戸幕府が南蛮船の入港を禁止した年、羽音神島ではゲートの開通によって異世界との行き来が可能になった。

 当初、羽音神島の住民はその異世界のことをそのまま『異世界』と呼んでいたが、その異世界には既に『魔界』と呼ばれる別の世界と交流があった。

 そこで当時の羽音神島を治めていた【羽音神幕府】が異世界人と話し合い、異世界を【第一世界】、魔界を【第二世界】、羽音神島のあるこの世界を【第三世界】と呼称すると決めた。

 その後、1853年・本土に黒船が来航した年、また新たに別の異世界とのゲートが開き、その世界は【第四世界】と呼ばれることになった。


 現在、この羽音神島(第三世界)は、第一世界と第四世界――二つの異世界と非常に良い関係を保っている。

 さて、テレビの中では、芸人たちの手に例のドーナツが載った皿が渡された。
『では、早速いただきたいと思います! あ~ん……んむ、んむ……ん~~っ!? あぁ、美味しいっ!!』
「ちょっ、あたしも食べたくなってきたんだけど!」
「そうね。お姉ちゃんも食べたくなってきたわ」
『いやっ、もうこれっ、店長!! 美味しいですッ! ホンマに美味しいですッッ!!』
『あはは、ありがとうございます!』
『クリームもソースももちろん素晴らしいんですが、揚げ具合が最高でした!』
『そうですか、ありがとうございます! 実はですねぇ、私には"揚げ油と話せる能力"があるんですよ』
『えぇ~っ!? "揚げ油と話せる能力"!? 店長は話せるんですか!? 揚げ油と!?』
『はい、そうなんです!』

 そこで芸人たちのびっくり仰天フェイスが大映りになる。

 食後の顔芸は見事だったが、このリアクションはちょっとわざとらしすぎだ。

 由美子は「揚げ油と喋れるヤツなんかどこにでもいるっつーの」と突っ込みつつも、芸人たちの変顔の可笑しさにゲラゲラ笑う。

 姉も上品にくすくす笑った後、ほぅっと息を吐いた。

「いいわねぇ。揚げ油さんとお話出来ると、タネを投入するタイミングとか揚がったものを引き上げるタイミングとか、揚げ油さんが教えてくれるんでしょう?」
「らしいわね。【桜町商店街】の肉屋の店長も揚げ油と喋れるみたいなんだけど、そんなこと言ってたわ」
「まぁ、道理で。あのお肉屋さんのコロッケとっても美味しいものね」
「あと、学校の近くのうどん屋にも揚げ油と喋れる店員がいてさ、そこのカレーうどんはカツを入れなきゃ始まらないの!」
「まぁ……」
「それから、そのうどん屋の斜め前のバーガーショップにもいるわ。その店員がシフトに入ってる日はフライドポテトの出来が全然違っててさ、他にも――……」
 "色気より食い気"を地でいく妹のグルメ情報通っぷりに感心した後、留美子は再度ほぅっと息を吐いた。
「ああ、いいわねぇ。私も揚げ油さんとお話出来たら、揚げ物が上手く作れるようになるかしら?」
「お姉ちゃんの揚げ物は今でも十分美味しいって。今度アルタソの唐揚げでも作ってちょうだい」
「アルくんの唐揚げね、いいわよ任せて」
 姉は「お姉ちゃん、頑張るわね」とにっこり笑う。
「いやいや! 『アルくんは家族だしね?』はマジでどこ行ったのよ!?」
 姉に突っ込みつつ、由美子は空になった茶碗をスッと差し出す。
「あら、おかわりね。ちょっと待ってて」

 由美子の突っ込みをスルーして、姉は空茶碗を受け取り席を立った。

 姉のスルースキルの高さが、ツッコミ気質の由美子にはちょっとだけ羨ましい。

「…………」

 テレビでは芸人たちがドーナツ屋の常連客にインタビューをしているが、もはや二人の関心はそこにはない。

 炊飯器からごはんをよそいながら、姉が切り出す。

「あのね、由美子ちゃん」
「んー?」
「お姉ちゃん、明日は休日出勤なの」
「あ、そうなの?」

 本日・四月五日は金曜日で、明日は土曜日。

 なお、由美子の通う学校では月曜日から新学期が始まるので、今日を除けば春休みも残すところあと二日である。

「ええ。接待があってね」
「ほう、接待とな」
「ええ、接待♥」

 姉は現在、市内最大企業の本社で働いている。


 所属は、営業部。

 役職は、第二課課長。

 売上も利益もぶっちぎりの部内トップ。


 その営業成績を支えているのが、熱心な枕営業だ。

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