変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第31話「超嬉しいわ! 本物の若杉元十郎に会えるなんて!」

エピソードの総文字数=6,567文字

 元十郎と恭介は、桜町ふれあい公園に降り立った。
 園内の雰囲気は閑散としており、特に不審な気配は感じられない。
 だが、気配を殺すことに関しては向こうもプロなので、油断せずに探っていく。
「…………」
 ちらりと伺っただけだが、友介の傷の状態は相当酷い。
 あれを持ち直させるためには、やはりA級回復薬が必須だろう。
 一介の下忍に変化した恭介は、目撃者の少女の方に向かっていく。
 目撃者の少女に対しては会釈をするのみに留め、彼女の側にいた下忍に話を伺っている。
 元十郎はそちらの方へは行かず、集中して近辺の気配を探り続ける。
「…………」
 結果的として「特に問題がない」と判断すると、通信機で上空に待機している中忍に降りてくるように指示をした。
 そこからの処置は早かった。
 中忍二人はテキパキと操作魔術の魔法陣を敷き、友介の欠損した身体部位を拾い集めて、ホバリング中のヘリに移送した。
 医療班がA級回復薬を使用し、瀕死の状態だった友介の容態は即座に安定した。
「意識は戻りませんが、もう大丈夫とのことです」
「わかった、医療班の者たちには友介殿を里へ輸送させよ」
「はっ!」
 こうして、下忍に変化した里頭と元十郎、二人の中忍、そして元からここにいた下忍二人を残して、ヘリは里へと戻っていった。
「…………」
 特に妨害などなかったのが、意外だった。
 あの(・・)アサシンがみすみす危篤まで追い込んだ友介の回復を見逃すなど、普通なら考えられない。
(やはり、この近くにはいないのだろうか……)
 気配を探るのは中忍二人に任せ、源十郎は恭介のいる方へと目を向ける。
 木陰の下で三男の隊の下忍と目撃者の少女が話をしており、恭介はその側に立っていた。
 この位置からでは、少女の顔は髪に隠れてよく見えない。
「ねぇ、ヘリはすぐに来てくれたけど……あの子、本当に大丈夫なの?」
「えっ? ええ、まあ……」
「でも、あの子の目、ナイフ刺さってたわよね? 命を取り留めたって言っても、あれじゃやっぱり失明は免れられないわよね……」
「里頭の指示があり、里の秘蔵庫で保管していた特別な回復薬を使うことになりました。だから右目の機能も元通りです」
「えっ、マジ!? そんなすごい薬使わせてくれたんだ!? 雨の里の里頭って、天野恭介よね!? 案外いいヤツじゃん、天野恭介!」
(その天野恭介殿なら、あなたの側におりますぞ……)
 そんなことを思いながら、元十郎はそちらへと足を向ける。
 目撃者の少女のことは恭介に任せきりだったので、これまで特に気にして見てはいなかったのだが……
(そう言えば、私のファンなのだったな……)
 テレビが季戦を面白可笑しく中継するせいで、忍びを浮ついた目で見る市民も増えた。
 とりわけ天野家の人間であり、若くして里頭になった恭介は、容姿の麗しさもあって婦女子にキャーキャー言われている。
 だが、元十郎に声援を送ってくるのは男性ばかりである。
 若い女子に「ファンだ」などと言われたのは、これが初めてのことだ。
「…………」

(いやいや、彼女はサッキュバス……)

(決して魅了などされぬ……)

 と、思いつつも……
 彼女は、あの竹沢留美子の妹である。
 一体どれほどの美少女なのかと期待が膨らむのは仕方のないことだ。
 元十郎は三人に近付いて、彼女の顔を覗き込んだ。
「――ぬおおおおおぉぉぉぉっ!?!?」
 そこには、全く予想していなかった醜い顔があった。
 あまりの酷さに、歴戦の勇兵である元十郎でさえ思わず大きな悲鳴を上げてしまう。
「――!?」
「――!?」
「――!?」
「――!?」
「――!?」
 その悲鳴に反応した仲間たちが、警戒レベルをMAXに引き上げた。
 元十郎はハッとして、慌てて言い訳をする。
「すみません! 今のは何でもありません! ちょっとした個人的な事情です!」
 納得出来ずに首を傾げる仲間たちに申し訳なく思いつつも……

 改めて彼女の顔をよく観察する元十郎。
 しかし、見れば見るほど酷い顔だ。

(なにがサッキュバスだ、なにが!)
(これではアンコウではないか!)
 アンコウ――

 見た目のグロテスクさとは裏腹に、美味であることで知られる深海魚である。

「わぁい! 本物の若杉元十郎だわ!! あたし、季戦でいつも応援してるのよ!」
 元十郎が納得出来ずに憤っていることもつゆ知らず、深海魚の顔をした少女は嬉々とした声で言う。
「そ、それはどうも……」
「超嬉しいわ! 本物の若杉元十郎に会えるなんて! ねえ、サインちょうだい! サイン!」
「は、はぁ……」
 無邪気にはしゃぐ彼女を見ながら、元十郎の心に罪悪感が広がっていく。
(むぅ……)
(ああ、この娘には悪いことをしてしまったか……)
 サッキュバスの女子高生だと聞いて、勝手に美少女であると思い込んでいた。
 しかし、どのような顔であったとしても、自分を応援してくれるありがたいファンであることには変わりない。
 元十郎は、容姿に惑わされて本質を見誤った自分の傲慢さを恥じる。
(この子とて、好きでこのような顔に生まれたわけではないだろうに……)
 彼女の顔をじいっと見つめる。
 むしろ、このような醜い顔であるなら、本人のコンプレックスも相当であろう。
 さぞかし辛い思いで、日々を暮らしているに違いない。
「…………」

 そんな彼女の気持ちを想うと……

 自分が先程、彼女の顔を見て恐怖と驚愕と嫌悪感に悲鳴を上げてしまったことを、本当に申し訳なく思う。

(失礼なことをしてしまった……)
(誠に申し訳ございません……)
 元十郎の心の内を知らない彼女に、口に出して謝罪するのは余計に失礼だ。
 心の中で謝るのみに留めた。
「あっ、でも! サインしてもらうにしても、あたし色紙とか持ってないわ!」
「手ぬぐいでよければ、未使用のものがありますが……」
「うっそ、マジ!? いいの!?」
「ええ、まあ……」
 元十郎が懐から手ぬぐいを出したところで――
 恭介がさり気なく側に寄ってきて、こちらにペンを差し出してきた。
 その際、ごくごく小さな声で元十郎に告げてくる。
「彼女は美しい。さすがにサッキュバスだというだけのことはあるな」
「――ハァッ!?」
 元十郎の口から素っ頓狂な声が飛び出した。
「おまえもさっきからずっと彼女の顔を見つめているが……くれぐれも魅了されないように気をつけろ」
「えっ!? えええ……」
(な、なにを言ってるんだ!? この人は……???)
 元十郎が彼女の顔をじっと見つめていたのは、珍奇に目を奪われていたのと、自責の念に駆られていたせいである。
 真顔でわけの分からないことを言った後、
「俺はあいつが誘惑の術を使わないように見張っている。話はおまえがしろ」
 そう言って、恭介はスッと後ろに下がっていった。
「ま、まぁ、それはよろしいが……」
 恭介が何を思って、あの深海魚顔を「美しい」と言ったのか謎だし、あの少女が誘惑の術を使ったとして引っ掛かる者がいるのかは甚だ疑問だが……
 まぁ、それはともかくとして、恭介に渡されたペンで手ぬぐいにサインを入れる。
「お名前は?」
「竹沢由美子よ!」
 名前は既に知っているのだが、一応尋ねておく。
 サインの上に「竹沢由美子殿」と書き入れた。
「わぁい、すごーい! めっちゃ達筆だわ、超カッコイイ!! ウッホ!! ありがとう!!」
 ゴリラのような声を上げて、サイン入り手ぬぐいを受け取る彼女。
 さて、元十郎は本格的に彼女――竹沢由美子から話を伺うことにした。
「では、あなたがここで何を見たのか、お聞かせ願えますか?」
「うん、いいけど――あの人たちは呼ばなくていいの?」
 彼女は、後方で警戒している中忍二人を指さす。
「ああ、構いません。あの者たちには周囲の気配を探らせておりますゆえ」
「そんなに気を張らなくても、この近くにはあたしたちしかいないわ」
「? 何故、おわかりに?」
 ヘリの中で、彼女が員数に関する能力持ちであるとは聞いたが……
 あくまでもこれは盗聴で知り得た情報なので、改めて彼女に確認してみる。
「あたし、能力でそういうのが判るのよ。まぁ、自分を中心に半径500mの範囲のことしかわかんないんだけどさ」
 この羽音神の町の住人には【特殊能力】を持つ者が多い。
 溢れた羽音神の力が作用し、特別な能力を芽生えさせるのだ。
 この【特殊能力】は、第一世界の住人が使う【魔術】とは全く別種の不思議な力である。
 なお、"自分の周辺にいる人の数を数える能力"は比較的メジャーなものだ。

 そして、この羽音神市内において、特殊能力によって弾き出された帰結に対する信頼性は非常に高い。
 例えば、羽音神市の市長は"市民の人口数がわかる能力"を持っているのだが……
 もしも、市役所の戸籍住民課が管理しているデータによる人口数と、市長が能力によって知り得た人口数に食い違いがあった場合、「データの方が間違っている」と考えられて戸籍住民課がデータの見直しに右往左往することになる。
「その能力は確実(・・)ですか?」
 だが、そんな特殊能力にも様々な制約があったりする。
 よくあるケースで言えば、能力者の体調に左右されてカウント結果に誤差が出たりなど。
 そこを考慮して、元十郎は一応確認してみた。
「うーん……確実かと聞かれたら微妙ね。あたしの今の検索条件が『今朝から一度でもおしっこした人』でさ、その条件に一致した人だけがわかるの」
『今朝から一度でもおしっこした人』?」
 変わった能力である。
 だが、変わった能力を持つ者も多いので、気にしても仕方ないかと思い直す。
「そうよ、もうこの時間だからさ、大抵の人は今朝から一回くらいおしっこしてると思うのよね。でも、もし一度もおしっこしてない人がいるとしたら、私の検索からは外れちゃうわ」
「……ふむ、なるほど」
 確かに、今朝から一度も用を足していない者はそうはいないだろう。
 アサシンならば、排泄のような生理的欲求を抑制する術を持っているはずだが……
 それにしたって意味もなく抑制するのは体に毒であるし、平時にその術を使うこともないはずだ。
「今、この公園の中に『今朝から一度でもおしっこした人』はここにいる七人だけ――あっ! 今、公園の南口から誰か二人入って来たわ!」
「!? なんですと!?」
 アサシンかもしれないと、忍びたちの間に緊張が走る。
「あれは――ああ、緊縛プレイが大好きな芝里(しばり)さんと、青姦マニアの外月(そとずき)さんね! あの人たち、いつもこのくらいの時間にここに来るのよ」
「……なんだ、変態か」
 この公園が夜になると変態たちの社交場になることは、治安維持に務める忍軍なら誰でも知っている。
 元十郎はふぅと息を吐いて、下忍たちに命じた。
「園内放送で一般人に退去を求めろ。また、各ゲートに立ち入り禁止の掲示を出せ」
「はっ!」
「はっ!」
 醤油顔の下忍と、塩顔の下忍が承知して駆け去っていく。
「可哀想ねぇ、二人とも。今夜は新しいアイテムのお披露目だったのに……」
「えっ?」
「今日はね、芝里さんが新しい乳首クリップ、外月さんが新しい尻尾を持って来てるのよ。なのに、公園(ここ)で遊べないなんて……」
「…………」
(変態両名と知り合いのようだが……)
(この若さで、この少女もこの公園の常連なのだろうか……)
 自分のファンが変態だと思うと、何となく微妙な気持ちになる元十郎だった。
 そこで、公園内のスピーカーから醤油顔の下忍の声が聞こえてくる。
『こちらは羽音神忍軍・雨の里です。桜町ふれあい公園内にいる市民の皆さんは、即刻退去してください。繰り返します。こちらは羽音神忍軍・雨の里――』
「あっ、芝里さんと外月さんが公園の外に出て行ったわ! 可哀想だけど……でも、あんな事件があった後だもの、仕方ないわよね」
 竹沢由美子は同情しつつも納得して、うんうん頷いている。
「それにしても、今夜は集まりが悪いわね。この時間帯なら、いつもはもっと人がいるんだけど……」
「ふむ……人払いが行われたのでしょうな」
 そう言って、元十郎は恭介の方に目を向ける。
 恭介は無言で小さく頷いた。
「恐らくは結界が張られたはずだ。何か痕跡が残っているやもしれん。探して来い」
「はっ!」
「はっ!」
 元十郎の指示で、中忍二人が走り去っていく。
「すみません、お話の続きをよろしいでしょうか?」
「ああ、うん。えっとね、あたしは友達の家からうちに帰る途中だったんだけど、そこですごい変態がこの子を襲ってることに気付いたの」
「すごい、変態???」
「ええ、すごい変態だったわ。白い服を着て、白い仮面を着けた変態よ!」
 元十郎は懐からスマートフォンを取り出し、画面にアサシンの画像を表示させた。
 アサシンは第一世界・ウネニア王国では指名手配されているのだが、その手配書に載せられている写真である。
 白装束に白い仮面という連中の正装が写っている。
「そやつは、こういった姿でしたか?」
「!! ああ、そう! そうよ、こんな感じだったわ!」
 写真を見て、竹沢由美子は何度も大きく頷く。
「そうですか……」
 これで敵がアサシンであると確定した。
 十中八九アサシンだと考えてはいたが、いざそうだと判ると気が重い。
 元十郎は溜め息を吐いて、スマートフォンを懐に仕舞い込んだ。
「その白い変態がね、さっきのあの子を滅茶苦茶に甚振って殺そうとしてたの。で、あたしはそれが分かったから、慌ててここに走って来たのよ」
「――えっ?」
 彼女のその言い方では、彼女は現場に現れる前にアサシンに気付いていたことになる。
(いや、でも待て……)
(この娘は、半径500m圏内にいる人間が判るんだったか……)
 それならば、現場から離れた場所でもアサシンの存在を察知出来るかもしれない。
(いや、しかし……)
(この娘の能力の検索条件は『今朝から一度でもおしっこした人』では……?)
 元十郎が色々考えているうちに、彼女は次々話していく。
「そんでね、あたしは二人の間に割って入ったの。『これ以上はダメよ! この子に手を出さないで!』って」
「!? 間に入ったのですか!?」
「そうよ」
「おお、なんと危険な……」
 アサシンが一般人を殺すことはあまりない。
 彼らが重んじるのは"強者を殺して自分の力を示すこと"であり、"殺せて当然"の弱い一般人を殺すことには何の価値も見出していない。
 だが、一般人を人質として使う分には一切の躊躇いがなく、どのみち危険であることに変わりなかった。
「大丈夫よ! あたしはね、変態には滅法強いんだから! さっきの変態だって撃退したわ!」
「撃退?」
「ええ、逃げて行ったの」
「…………」
 この少女の蛮勇に少々呆れつつも、運の良さに安堵する。

 元十郎は顎に手をやって考えた。

(一般人に姿を見られたから、逃げたのか……?)
 とどめを刺す一歩手前での逃亡は連中の行動として不審であると――
 ここに来る途中のヘリの中で、恭介と話をしたばかりである。
「ねえ、何なら見てみる?」
「?」
「あたし、その時の状況を映し出せるの。見た方が早いと思うのよね。見る?」
「? 映し出せる???」
「うーん、そうねぇ……ああ、あそこの園内マップの立て看板がいいわ! あの裏側の白い部分に映し出しましょうか」
 そう言って、彼女はいきなりスタスタと歩き出した。
「…………」
 彼女が何を言っているのか解らないが、とりあえずはその後に続くことにする。
 その途中、さり気なく恭介の側に寄って、小声で意見を伺った。
「どうでしょうか? やはり一般人に姿を見られたから慌てて逃亡したのでしょうか?」
「いや、違うだろう」
 恭介はきっぱりと言い切る。
「? では、なぜ逃亡したのでしょう?」
「恐らく、彼女が懇願したからだ」
「えっ?」
「彼女が『やめて』と懇願したから、アサシンはそれに応じて、友介に手出しするのをやめたのだろう」
「??? 何故、彼女が懇願するとアサシンは手出しをやめるのですか?」
「決まっているだろう。彼女はサッキュバスだぞ? アサシンは彼女の美貌と色香にやられたんだ」
「――ハァッ!?」
 元十郎の発した大声に反応し、竹沢由美子が不思議そうな顔で振り返る。
「???」
 改めて見ても、彼女の顔は見事なまでに深海魚だった。

◆作者をワンクリックで応援!

2人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ