ままならぬ日々

食べられる乾電池

エピソードの総文字数=1,174文字

「食べられる乾電池」と銘打たれた商品が近所のスーパーマーケットで売られていた。
(へぇ)
 この商品に、私は興味を惹かれた。
(乾電池なんて、別に好んで食べたくないけど、珍しいし、一つ買ってみよう)
「食べられる乾電池」を買い物籠に入れ、レジに並んだ。

 するとレジ係の店員が、突如として阿波踊りを踊り始めた。

 県外客なのだろう、私の前に並ぶ壮年女性は、感心したように踊り狂う店員を眺めているが、阿波踊りを見慣れている私は不愉快だった。踊りの稚拙さが鼻につくのだ。

(なんて雑な男踊りなの。男踊りは闇雲に手を振り、出鱈目にステップを刻めばいいものではないのに)
 別の列に移動しようかとも考えたが、後ろに並んでいる客がいるので、それもしづらい。
(私の後ろに並んでいる男性……。県外客ではないみたいだけど、一体なにに期待して、店員が阿波踊りを踊っているレジに並び続けているのだろう。暇人にもほどがあるわ)
 心中で嘲った直後、気がつく。
(後ろに客が並んでいるという理由だけで、列から離れられない私も、男性と同類なのかもしれない)

 それ以上、後ろの男性を馬鹿にする気にはなれなかった。


 結局、レジ業務は半時間後に再開された。


 店を出た直後、食べられる乾電池以外の商品を買っていないことに気がつき、唖然としてしまった。

(……どうしよう。食材を調達するためにスーパーへ行ったのに、買ったのが「食べられる乾電池」だけなんて)
梨はいかがですか。今朝収穫したばかりの新鮮な梨です。わけありですが、味は保証します
 曲がり角を折れると、セールスマン風の男性が梨の路上販売をしていた。
(梨、買おうかな)
 心を動かされたが、食材を調達するという目的を果たしていないことに気がついた直後に出現したというのが、いかにも怪しい。
(そもそも、わけありなのに新鮮で、味も美味しいって、どういうことなの。それは最早、わけありではないのでは?)
梨はいかがですか。新鮮で美味しい、わけありの梨はいかがですか
……梨じゃなくて、林檎だったら買ったんだけど

 聞こえよがしに呟き、男性の前を通り過ぎた。

 (今度は林檎を売っていたりして)

 次の曲がり角を曲がる直前、そう予想したが、そんなことはなかった。


 帰宅すると、二階から唸り声が聞こえてくる。母親が目を覚ましているのだ。

 (眠っていてくれれば、すぐに調理に取りかかれたのだけど)

 買い物袋を手に、二階へ。


 寝室のドアを開けると、天井を仰いでいた無表情がこちらを向いた。乱れた髪。青白い顔。余命僅か、終日寝たきりの母親。

お母さん。食材を買ってきたから、今から作るね。ちょっとだけ待ってて
 子供のように微笑み、一転、無表情に戻って再び天井を仰ぐ。私は部屋を出てドアを閉める。
(……「食べられる乾電池」と銘打たれているけど、多分、実際は食べられないんでしょうね)

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