変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第37話「そうよ、広告はスキップ出来ないの。でも、五分程度で終わるわ」

エピソードの総文字数=5,702文字

 軽快に駆けて元十郎達の側までやって来た竹沢由美子が、恭介にニコッと笑い掛ける。
「田中さん!」
「な、何の用だ……?」
 恭介は警戒レベルMAXで、また一歩後ずさった。
 由美子はそんな恭介の態度を不審に思う様子もなく、ニコニコ明るく言った。
「田中さんってさぁ、すっごい便秘体質じゃん? 三日出ないのは当たり前で、一週間くらい出ない時もあるでしょ?」
「……ぐ……」
 しつこく続く排泄絡みの話題に、恭介はまた一歩後ずさる。
「あたしの変態魔法はね"便秘の改善"も出来るのよ。あんたの便秘、ちょっとだけマシにしてあげるわ!」
「!? よ、余計なお世話だ!」
「でも、やっぱ便秘って体に良くないと思うのよね。長く続くと口からウンコの臭いの息も出てくるしさー」
「……ぐ……」
 遠回しに「おまえの息はウンコの臭いがする」と言われ、恭介はたじろぐ。
「ほらほら、ちょっとおなか触らせて! 全然痛くないし、すぐ済むわ!」
 その隙に、竹沢由美子は遠慮なく手を伸ばし、恭介の腹部に触れてこようとした。
「さ、触るな!」
 由美子の動きなど、忍びの恭介にとっては緩慢そのもの。
 いとも容易く避けようとして――
 何故か、まるで"回避行動などなかった"かのように由美子の手が恭介の腹部に触れた。
「――!?!?」
「――!?!?」
(――なっ!?)
(若は、間違いなく避けたはずなのに!)
 典型的な、特殊能力の"道理超え"である。
 例えば、"ゴミを投げれば必ずゴミ箱に入る能力"を持つ者が、ゴミ箱のない部屋でゴミを投げれば、ゴミは壁をすり抜けて隣の部屋のゴミ箱に入る。
 それと同じようなことが起きた。
「何よ、そんなにビビらなくていいじゃん。痛くないって言ってるでしょうが」
 そう言いながら、由美子は恭介の腹部を軽くさする。
「…………」

 恭介は目を見開いて、由美子の手の動きを見つめている。

 しかし、三秒も経たないうちに、彼女はサッと手を引いた。

「はい、オッケー! これで一ヵ月くらいは、毎朝プリッと出てくるはずよ!」
「…………」
「…………」

 便秘の改善とやらを終え、彼女は手にした渦巻きソフトアイスをペロリと舐める。

 チョコレート味らしい。

「てかさ、あたしそろそろ帰ろうと思うんだけど」
「えっ?」
「捜査には協力したいんだけどさ、さっき見せたあの映像、あれがあたしの知ってる全部なのよね。後はもう話せることがないっていうか」
「…………」
 元十郎は改めて、この『事情聴取』の成果を振り返る。
(やはり、あの映像の存在は大きい……)
 あれのおかげで、期待以上の情報を得ることが出来た。
(目撃者のあやふやな証言に踊らされて、捜査が難航することも多いからな……)
 元十郎は深く頭を下げ、感謝の意を表す。
「あの映像は大変参考になりました。感謝致しますぞ」
「ううん、いいのよ、気にしないで。――あ、そうだ! ねぇ、元十郎、スマホ持ってる?」
「? スマホですか?」
「ええ、SDカードとか――USBメモリーでもいいんだけど」
「? 何に使うのですか?」
「さっきの映像をデータ化して保存しておいてあげる。そしたら、後から何度も確認出来て便利でしょ?」
「!? それはまあ……しかし、そんなことも出来るのですか?」
「ええ、出来るわよ。でも、あたし、変態魔法使いとしてまだ未熟でさ、その保存データはちょっと見辛くなると思うわ。ごめんなさいね」
「見辛くなる? 画質が落ちるということですか?」
「それもあるけど……たぶん一番大変なのは"広告"ね」
「広告?」
「ええ、本編の動画を一分再生する度に、あたしの"おすすめエロ動画"が広告として五分間カットインするの」
「???」
「広告は飛ばせないから、終わるまで全部見るしかないわ。広告を見終えると本編の続きが見れるようになるの」
「?????」
「広告はもちろんだけど、シークバーが使えない仕様だから本編の早送りも出来ないのよね。気を付けて」
 由美子の言うことはよく理解出来なかったが……
 とりあえず、元十郎は懐からスマートフォンを取り出した。
 元十郎の手のひらの上、画面が暗いままのスマートフォンに由美子が触れる。
「はい、出来たわ。本体じゃなくてSDカードに保存してあるからね」
「は、はあ……ありがとうございます」
(本当に保存出来ているのか?)
(画面はずっと暗いままだったが……)
 半信半疑で確認してみると、確かにSDカードの中に『変態白仮面』という新しい動画データがある。
 再生してみると、先程立看板の背面に映し出されたものと同じだ。
「! ほ、保存されています、ちゃんと!」
「ふふふ、そうでしょ? あたしの変態魔法はすごいんだから!」
 由美子がドヤ顔になる。
『資料としての価値が高い。叔父上に転送しよう』
『そうですな……』
 里では今頃、緊急里頭会議が行われているはずだ。
 その場で検証が行われれば、この映像はアサシン捜索の有効な手掛かりとして活用されるだろう。

 ――と、そこで園内で結界の痕跡を探していた中忍二人が戻ってきた。
「元十郎様、このような呪符を見つけました」
「こちらのメモには、公園各所の残留魔力の数値を記録しております」
 中忍が差し出してきた三枚の呪符は、第一世界のものだ。
 ただし、一般にはまず出回ることのない品で、高度な術式が描かれている。
「奴らが、ここぞという時によく使うものだな……」
「…………」
 アサシンはこれを使って公園全域から一般人を追い払い、戦いの場を作った。
「暗示の札……」
 これの効力により、この公園に用があって近付いた一般人たちは、自分が公園に用があったことを忘れて引き返していっただろう。
「対物理攻撃の札……」

 この札は結界の殻をひたすら硬くする。

 通常、結界の殻は透明で目には見えないものだが、この札の効果によって、その"見えない壁"は物理攻撃に対して無類の強度を誇るようになる。

「そして、対魔術攻撃の札……」
 こちらは、魔術攻撃に対する耐性を高めるものだ。
 剣を振り回しても、魔術をぶつけてもビクともしない、実に厄介な結界――
 それが、アサシンの出現中、公園の内と公園の外を隔絶させていたらしい。
(これが貼られていた場所は……)
 中忍に差し出されたメモを見て確認する。
(ああ、なるほど……)
(映像の最初に奴が立っていた場所のすぐ近くだな……)
 となれば、呪符を使って結界を発動したのもあのアサシン本人だろう。
(単独行動の可能性が増したか……?)
 捜索をする上で気掛かりなのは、敵が何人いるかである。
 映像に出てきたアサシンは一体だが、他に仲間がいるとなれば非常に厄介だ。
(…………)
 元十郎が色々考えていると――
「あぁ~ん♥」
 唐突に、艶っぽい女性の声が響き渡った。
 ハッとして見ると、手にしたスマートフォンの画面にポルノムービーが映っている。
「な……!?」
 こんなものを再生した覚えはない。
 元十郎が再生していたのは、アサシンと友介の――
「あ、これよ、これ! これが"広告"よ。これが終わるまで本編の続きは見れないのよね」
「こ、これが……」
「そうよ、広告はスキップ出来ないの。でも、五分程度で終わるわ」
「…………」
「因みに、ここでこの広告に興奮すればするほど、次に再生される本編の画質が良くなるの!」
「…………」
 何とコメントすべきか分からず……
 元十郎はひとまず、スマートフォンの電源を落とすことにする。
 だが、電源をオフにしてもポルノムービーは止まらない。
「残念だけど、停止は出来ないわ」
「…………」
(な、なんということだ……)
(これはもはやウイルスなのでは……)
「うーん……不便よね? ごめんなさい」
「い、いえ……」
 素直に謝られると、何も言えなくなる。
 ポルノムービーの女優があんあん煩い中、元十郎は恭介と今後のことについて話し合う。
『では、私は涼介殿にこの映像を転送し、事情聴取の成果を報告します』
『ああ、頼んだぞ』
『はい。若は由美子殿が帰らないように、今しばらく引き留めておいてください』
『!? いや、待て! 叔父上への報告は俺がする! このバカはおまえが何とかしろ!』
 よほど由美子と関わり合いたくないらしく、恭介が必死になって言ってくる。
 もはや、暗殺機械(マシーン)|の風体は完全に失われていた。
『いや、しかし、動画は私のスマホに保存されていますし……』
『俺のスマホにもデータを保存するように頼めばいいだけのことだ』
『ふむ、それもそうですな。複数の端末に保存すれば、テータ喪失のリスクも減りますし』
『ああ、そうだ』
『…………』
『…………』
 恭介は動かない。
 元十郎は首を傾げた。
『? 頼まないのですか、若?』
『おまえが言え』
『…………』
 仕方がないので、元十郎は恭介の代わりに由美子に頼んでやることにした。
「由美子殿、田中のスマホにも同じデータを保存してもらえませんか?」
「ええ、いいわよ!」
 快く応じて、由美子は恭介に向かって手を差し出す。
 恭介は<ビクッ!>と小さく身を震わせた後、彼女の手を無視して、ポケットから取り出したスマートフォンを元十郎に渡してきた。
「…………」
 仕方がないので、元十郎は中継役を引き受ける。
 恭介のスマホを受け取って、由美子に渡してやった。
(うーむ……)
(そこまで由美子殿が苦手ですか、そこまで……)
 データ保存後は、また元十郎が中継役を務める。
 手元にスマートフォンが戻ってくると、恭介は何も言わずに少し離れたところに行ってしまった。
「ありがとうございます」
「ううん、気にしないで。五家の捜査に協力するのは市民の義務よ」
「…………」
(むぅ……『五家』か……)
 一市民としての由美子の気持ちは、素直にありがたい。
 しかしそれと同時に、心のどこかで苦々しさも覚えてしまった。
 同じ"町の平和を護る者"同士ではあるものの、なかなかうまく連携が取れない相手がいるせいだ。
(…………)
 まぁ、何にしても、この娘には全く関係ないことだ。
 胸の奥にそっと沈めておく。
「しっかし、あの変態はどこに行っちゃったのかしらね?」
「最後の消え方は転移魔術のようでしたな」
「えっ、転移魔術? だったら、あんまり遠くには行ってないのかしら?」
 第一世界式であろうと、第四世界式であろうと――
 転移魔術とは、移動の距離が長くなるほど精度が落ちるものである。
(転移魔術の誤差は、移動距離の十分の一……)
 10cmの転移で1cm、100mの転移で10m、10kmの転移で1km……
 この誤差は前後左右のみならず、上下にも発生する。
 この上下の誤差、そして「転移したら石の中」という現象が非常に厄介なため、長距離の転移魔術は実用的でないとされている。
 第一世界式は術者のレベル、第四世界式は魔石の質によって、ある程度の誤差修正が可能らしいが……
 どちらにしても、転移魔術とは、事前に周辺状況を丁寧に検分してから発動するものである。
(こんな雑多な住宅地で長距離の転移魔術を発動する――)
(それはもはや、自殺行為に等しい……)
 恐らく、あのアサシンは100~200メートル程度の短距離の転移魔術を使って彼女と一旦距離を取った後、態勢を整えてから遠くに逃げたのだろう。
「そういや、あの変態が消えた後、あたしすぐにあいつの居場所を探ったの。でも、500メートル圏内にはいなかったわ」
「――!!」
 彼女はサラッと言ったが、かなり重要な証言である。
 早速、恭介の方に視線を向けると、
「…………」
 スマホで通話中の恭介はこちらを見て、小さく頷いた。
(転移魔術についての考察は、若にお任せしよう……)
 恭介は雨の里の里頭であると同時に、【羽音神市中央大学】の【第四世界工学部】に籍を置く学生でもある。
 時空操作は第四世界の工学における基幹テクノロジーなので、まだ学生の身ながら、恭介には既にこの分野についての専門的な知識がある。
「ねぇ、ところでさ、今更だけど、あの変態って何なの? 雨の里の子が殺されそうになったってことは【月の里】の忍者?」
「――!?」
 現在の羽音神忍軍では、市長派の【雨の里】と、幕府派の【月の里】が二大派閥となっている。
 季戦の度にマスコミが二派の対立を面白おかしく盛り立てるため、市民の中には「雨の里と月の里は日常的に殺し合いをしている」くらいの認識を持っている者もいるのだが……
(つ、月の里の忍びだと思っていたのか……)
 まさに、この少女がその口らしい。
(これが市民の認識なのだな、恐ろしい……)
 雨の里と月の里の仲が悪いのは事実だが、その不仲はあくまでも平和ボケに陥らないための表層的な対立。
 有事となれば協力し合える程度の信頼関係はあるし、訓練でもない限り武力衝突することはない。
「…………」
「…………」
 自分たちと市民の意識ギャップを思い知らされ、下忍二人もポカーンとしていた。
「いえいえ、あれは忍軍の者ではありません! 忍軍にはあんな狂人はおりませんから!」
「え、そうなの? 忍軍の人じゃないの? じゃあ誰?」
「あれは、第一世界の暗殺者ギルドに所属するアサシンです」
「えっ、アサシン!? マジで!?」
「ええ、そうです」
「前にテレビで見たことあるわ! アサシンって忍軍の天敵で、頭のおかしい人の集団なのよね?」
「ええ、その通りです。奴らの殲滅が我ら忍軍の悲願です」
 由美子は「ふはーっ!」と感嘆の息を吐く。
「すごいわね! まさかあいつがアサシンだったなんて! あたし、アサシンなんて初めて見たわ!」
「当然です。前回、アサシンが市内に現れたのは百年以上も前のことですから」
「すっごーい! 超レアじゃん! 百年に一度しか見られないとか、なんちゃら流星群みたい!」
「…………」
(天体ショーに喩えられても……)
 一般人少女の平和ボケっぷりに気圧されていると、涼介に報告を終えたらしく恭介が戻ってきた。
「…………」
 恭介はさり気なく、由美子の死角に入り込む。
 尚且つ、距離は最大限に離れているという徹底した避けっぷりだ。
「…………」
(ううむ……)
(とことん苦手なようですなぁ……)

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