超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

あなたのニーハイソックスを奪おうとする者には、縞々パンツも与えなさい。

エピソードの総文字数=5,869文字

 そして翌日。入学二日目の早朝。

 午前六時半の名座玲町駅前。


 俺は召愛と合流するために、大きな木の下のベンチで待機していた。


 遅刻対策に万全を期して、この時間だ。

 ラッシュには少し早いので、昨日のような混雑は見られない。

 おかげで駅前もゴミゴミした雰囲気はまだなく、爽やかな春の朝の街といったような、気分のいい――はずなのだが、すげえ眠い……。


 ほぼ徹夜で、校則全書を暗記しようとしたせいだ。

 一通りは覚えたつもりだが、所々、抜け落ちてないとは言い切れない。


「やあ、おはようコッペ……」

 元気のない挨拶が聞こえたと思えば、いつの間にか、召愛が目の前に立っていた。

 俺は相当ボケッとしてしまってたらしい。


 つーか、こいつ、酷い隈だ。

 昨晩は俺と同じで徹夜みたいな状況だったんだろう。

 そんなやつれた顔の印象とは裏腹に、今日の髪型は、爽やかなポニーテール。

 フリルなリボンで結わえてる――


 ――うん……わかってる。

 アイコン素材の関係で髪型の表示を変えられないから、色々無理があるなと思ってはいるがしょうがない。

 とりあえず、今日の召愛はポニーテイルと言うことにしておいてほしい。


「おはよう相棒。覚悟はいいか。

 今日から俺たちの戦いが始まる」

 俺たちは、硬い握手をした。

 まるで、マーケットガーデン作戦でオランダに空挺降下したイギリス第一空挺師団の兵士のように。

 あるいはそれを迎え撃ったドイツ第一降下猟兵軍のように。


「ああ。必ず二人揃って卒業式を向かえよう」

「そうだな。三年後にはきっとこれも笑い話になってるさ。


 よし、召愛二等兵、まずは出撃前に装備の点検を行う」

「は、装備で……ありますか、コッペ軍曹?」
 なかなか、ノリの良い奴だ。
「そうだ。直立不動でいたまえ」

 俺はポケットからメジャーを取り出して、召愛二等兵の真ん前でしゃがみ込んだ。


 そして、彼女のスカートの裾を、太ももにぴたりと貼り付けるように下ひっぱり、メジャーの先を膝にあてて、メモリが折れ曲がらないように指で押さえ、脚に這わせるようにした瞬間――。


「変態か君はー!」

 ――物凄い剣幕が頭の上から聞こえてきたと思えば。

 ごちーん! ってね。グーで殴られたよ。頭のてっぺんをグーで。

「ふぐっ……」

「痛ってーな、なにすんだ!」

「それはこっちの台詞だ。

 君はいったい朝っぱらの公共の場で、何をするつもりだった」

「決まってんだろ。服飾規定のチェックだよ。

 校則全書の後半部分は、服飾の規定が書かれてた。

 つまり服装チェックは俺の担当ってことだろ。


 スカートの規定もあるから、計ろうとしただけだ。

 お前いったいな、何されると思ったんだよ」

「そ、それはー……」

「わかったらじっとしてろ」

 さっさと計り直そうとしたよ。

「だ、だから、それは止めてくれ。自分でやる、自分で」

 俺からメジャーをひったくって、召愛は自分で計ったね。

 膝上11センチだった。

「1センチオーバーしちゃってんぞ、これ……!」
「な、なにっ。

 わかった。トイレで折りまくってる部分を降ろしてくる」

 急いで駅のトイレに走っていったと思えば、数分もせずに出てきた。
「いやあ、危なかった。命の恩人だな」
「まだ安心するのは早いぞ。

 お前、なんでニーハイソックスなんか、履いてきちまったんだ」

 紺のニーハイ、まあ制服に合わせるファションなら有り触れたものだ。
「む、これは禁止されているのか?」

「禁止はないんだが、面倒くさい感じなんだ。

           ちょっと待ってくれ――」

 俺は校則全書を開いて、該当する条項を読み上げた。
「ええとだな、


『派生条項698条。ニーハイソックスを着用する場合は、太ももの表面積に対して、それを覆わない部分(絶対領域等と俗称される)が

 52.6%以上、86.78%以下でなければならない。


 これは、覆われる面積が小さすぎれば高露出度で下品な印象になり、狭すぎればチラリズムにより、劣情を促してしまうためである』以上」

 つーか、改めて読んでみると、すげえなこれ。

 校則にチラリズムとか単語が書いてあるのってマジかよ。


 しかも、数字も細かすぎでマニアックな拘りありすぎだろ。

 この校則全書って、たぶん、羽里だけが作ったもんじゃなくて、脂ぎったおっさん教師とかも参加してんだろうな。

「その……表面積というのは、どうやって計算すればいいんだろう」
「そりゃお前。

 スカートの裾からニーハイの裾までの距離を測って、次に、脚の太さを測って、それらを掛け算すれば答えがでるんじゃないか。

 

 要は円筒形の物体の表面積を求めればいい」

「おお、君は頭がいいな」

 そして、召愛は自分のそれらの長さを、メジャーでサクっと測ったのだが。
「ど、どうしようコッペ……」
「今度はどうした」
「実際に測ってみると、太ももの上の方と、下の方で太さが違うし、裾の間の距離も、前と後ろ、左右でも違うんだ」

(んぐ……。

 つまり、単純な円筒形じゃないってことか。

 すんげえ当たり前のことに今更気づくとは……。)

「こういう場合は、どうやって計算すればいいんだ?」

「そりゃ、まあ、たぶん、あれじゃないか、円周率とか、三角関数?

 とか、なんかそういう感じ、なんとか公式的なのを使って、あれを、そうするみたいな……」

 とりあえず適当な事を言ってみた。

 ちなみに羽里学園の偏差値は、良くもなけばれ、悪くもないレベルである。

「コッペ……。

 打ち明けるが、私は中学三年間の数学の成績は、全部1だった」

「よっしゃ、勝ったぜ。俺は2だ!」

 俺はガッツポーズした。

 それから。

 二人そろって、


  orz な挫折のポーズで蹲った。

「やっぱ。勉強は真面目にしないと、ダメってことだな……」
「うん。

 数学など人生でなんの役に立つのか、疑問だったが今日わかった。

 絶対領域の面積を計算するためにあるんだ」

 なんかすごく間違ってるが、俺たちにとっては、まさに真理だった。

「まあ、なんだ。召愛、とりあえず、今日はそれは脱いどけ」

「そ、そうする」

 ベンチに座って、召愛はニーハイソックスを脱ぎだした。

 

 俺はその間に、ベンチの後ろへ回り、彼女の髪型をチェックだ。

「あー、これもダメだな」

「ふえっ?」

 まさかポニーテールにまで、ダメだしを食らうとは思ってなくて、不意打ちだったんだろう。

 召愛は変な声で振り向いた。


 俺はまた校則全書を読み上げたよ。


「女子の髪型についてだけどな。


『派生条項965条。

 女生徒を後方から観測した時に、うなじが見える角度の総和が、

 115.3度の範囲を超えてはならない。

 これはうなじが見えることによる、劣情の促進を抑止するためである』


 以上」

 この校則考えた奴、さっきの絶対領域の条項の奴と同じだろ絶対……。

 おい、羽里。お前の事だから、たぶん教師の質も選りすぐって雇ってるんだろうけど、なんか怪しい奴も紛れ込んでるからな、これ。

「つまりは、どういうことなんだろう?」

「数学1の奴に説明するなら、こうだ。

 ポニーテール禁止。きちきちの三つ編みもダメ。

 となると、おさげ系の髪型にしたいなら、選択肢は、ツインテールくらいだ。ふわっとした感じの」

「そっちの方が、うなじが見えやすい気がするのだが?」

「ポイントは、うなじが見える角度の総和、ってとこだ。

 二つに結べば、一つに結ぶだけよりも、角度の総和はかなり少なくなる。


 良かったな召愛、この条項書いたおっさんが、ツインテ萌えじゃなく、そこに劣情を感じない人で。おかげで、お前を含め、多くの女子高生に選択肢が残された」

「でも高校生にもなって、ツインテールは、ちょっとな……。

 ああいうのが許されるのは、せいぜい中学生までだ」

 ほんの数週間前まで俺ら中学生だったわけだし、あんま変わらんような気がするが……。


 まあ、確かに子供向けの髪型っていうイメージはあるから、それを拒否るのは、大人ぶりたい成り立て高校生の心理って奴か。

「なら、どうすんだ?」

「こうするだけだ」

 召愛は無造作にリボンをほどいたよ。

 ごく当たり前のストレートヘアになった。

 そして彼女は立ち上がり、鞄を持って、歩き出そうとした。

「よーし、大分、目も醒めてきた。行こうかコッペ」
「ちょっと待った」
「なんだ?」
「お前、今日のブラとパンツの色、なんだ?」
「……………………………


 ……………………………………

 

 ……………………………………………!」

やっぱり君は変態かー!
 こうね。

 召愛がね、鞄をね、両手でね、フルスイングでね。

 スコーン! ってね。俺の脳天にね、直撃でね。

ぐほーっ!」

 余裕で頭部の防御力を、召愛の攻撃力は上回ってた。

 HPが30%くらいごっそり削られたぜ……。

「痛ってーな、なにしやがる!」
「女子に向かって下着の色を訊ねるなど、正気の人間がすることか!」
「お前はアホか、さっきから服装チェックをしてるだろうが。

 下着の色も、きっちり決まってんだよ。このバーカ。

 だいたいな、この際だから言っておくが、俺は、お前に、女としての興味は一切ないからな!

「な……なんだと!」

 まあ、今のはちょっと言い過ぎた感はなくもない。

 こいつだって、一応は、スカートの丈を短めにして、フリルのリボンでお洒落しちゃうような、年頃の女子。

 プライドを必要以上に傷付けてしまったかも知れない


 が、さっき言った台詞の一から十まで、俺の本音であるのも、間違いない。

 だって、昨日まで、ペットボトルでの間接キスを、ちょっくら意識しちゃってた俺が、今日はなんの躊躇もせずに、太ももタッチなんてことすらやって、挙げ句の果てに下着の色までナチュラルに訊いちまったってわけだ。


 もしこいつの事を、ほんの僅かでも〝意識〟してたら、んなことできるわけがない。


「ま、まあでも、その、なんだ……。


 お前は、恩人だし、これから一緒に戦う戦友だ。

 そういう意味では、大切には、思ってる。

 言い過ぎた。悪かったよ」


「……」

 召愛は釈然としなさそうに、いじけたみたいな表情で俺を見てたが、一つだけ特大の溜息を吐いて、それで気を取り直したみたいだった。


「はぁ……。


 でも、コッペ。本当にそんな校則、あるのか?」

 もっともな疑問だ。

 俺は校則全書のページを召愛にも見えるように開いた。

「ほら、ここだ。


『派生条項1012条。

 女子の下着の色は白のみとする。

 これは、それ以外の下着を女子生徒が身につけている可能性があると、他者に想像させることによって、劣情を促すことを抑止するためである。特に水色の縞々模様は厳禁とする』


 以上」

――!
 これ書いた奴も、ポニーテールの奴と同一人物だろうな。

 こいつ普段どんだけ劣情を促されてんだよ。

 ちょっと溜まりすぎだろ、大変だな、おい。


 あと、縞々パンツがよっぽど大好きなんだなあ、この脂ぎってるであろうおっさん

「はははっ。まったく、変な校則だよな。

 高校生にもなって水色の縞々パンツなんて、履く奴いるのか?

 せいぜい、小学生までだろ?」

う……

 なんだ?

 召愛さんってば。

 さっきから、なんか、すんげえ気の毒なほど狼狽えた顔してるんすが……。

 こう、腰の辺りを両手で隠すようにスカートの上から押さえてるんすが……。


 なんだ、これ、お、おい、お前……まさか。

「一応、もう一度、訊くからな、殴るなよ。

 お前、今日の色、なんなんだよ」

そ、そんなこと、君に答える必要ないだろう!
「……ごもっともだが」

 でもだな。

 この反応、つまり、少なくとも、白以外って事だろ。


 どころか、この狼狽えっぷり的に、一番ダメな、

 縞々のそれを、履いてきちまってんじゃないのか……これ?


「でだ。お前、ど、どどど、どうするんだ……?」

 まさか、予備の下着を持って来てるわけないよな。

 今から家に戻るか? いや、遅刻する恐れが。


 なら、どっかで買うか? 無理だ。

 この時間じゃ、下着を売ってるような店は開いてない。


「コッペ、それについてだが。

 何も言わずに、私の質問にだけ、答えて欲しい」

 まるで太平洋戦争開戦前夜、

 海軍の司令官である山本五十六提督へ、アメリカ相手の勝算を質問する、近衛文麿みたいなシリアスな顔で召愛は言った。

「校則では、下着を着用しない場合についての罰則は、設けられているのか、否か?」
「お、お前それは!」
 俺の声もすげえシリアスだった。

 アメリカとの開戦回避を訴える、山本五十六提督ばりだ。

「是が非でも考え直せ、召愛。

 一、二時間くらいなら、ともかく、学校は半日以上もあるんだぞ。

 どうなるかわかったもんじゃない」

「それ以上、何も言わないでくれ!」
 召愛の魂の絶叫だった。
「コッペ、頼む。下着未着用は禁止か、否か。これだけ答えてくれ」
 俺は歯を食いしばり、拳を握りしめ、それから、やっと、次の一言を言えたのだ。
「否だ」

 そりゃそうだろう。

 パンツ履かずに登校するなんてのは、アホみたいなブラック校則を作った脂ぎってるであろうおっさんですら、想定していない、上級者向けコースだろうしな。


 すごいぞ召愛。

 お前は勝ったんだ。

 脂ぎってるであろうおっさんの想像力を、お前は超えた。

 他の誰も褒めてくれないだろうけど、俺はそのガッツに心の金メダルを送ってやる。


「わかった」

 召愛はまるで、そう。

 これから真珠湾攻撃を行うために、空母赤城から発艦しようとする、第一航空戦隊のゼロ戦パイロットのような、決意に満ちた表情をして――トイレへ向かった。


 しかし、だった。


 彼女はトイレの入り口の前で立ち止まってしまった。

 どうしても、それ以上、前へ進めないようだった。

 悔しさに震える、その小さな背中が、俺にはどうしても見ていられなかった。


 俺がこれからしようとしている行動の理由を、もし他人から聞かれたら、こう答える。

(戦友が強大な敵を前にして釘付けにされてしまったら、やるべきことは一つ。俺も戦友の隣へ行き、できる限りの援護射撃をする)

 俺は、召愛の隣まで行ったよ。

 そして、彼女の肩に手を置いた。

「コッペ……?」

「お前にだけ、やらせはしねえ――」
 と、俺は男子トイレの入り口へ顔を向けて言った。
「――俺もお前と同じ土俵に立って、戦わせてもらう」
 俺は男子トイレへ進んだよ。
「待て、コッペ。君まで……? 

 やめろ、君まで犠牲になる必要はない!」

 後ろから叫ぶ召愛へ、俺は振り向かず、右腕を伸ばし、親指をグッと上げて見せ、言った。
「靖国神社で会おう」
「コッペー!」

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