エピソードの総文字数=2,775文字
クリスマスイブのさらに前日。巷ではイブイブなどと呼ばれている。
敬聖学園では、クリスマスの一般のお客様を招いて行われるコンサートに向け、そこここに賛美歌の練習に励む女生徒たちが集い、鈴の様な美しい声を響かせていた。
年の瀬も押し迫って師は走りまわり、子供たちはもらえるだろうプレゼントにワクワクと期待をし、お父さんお母さんたちは品薄で適当にごまかしたプレゼントやサンタクロースの正体がバレやしないかとドキドキし、世の恋人たちはお互いを思いこれまた超ドキドキする、世界中の人々の心拍数がやたらとあがりつつある、そんな今日このごろ。
われらが菅原ひとみの心臓の回転数もレッドゾーンに飛び込んでいたのである。
とは言っても、べつに意中の人への告白イベントではない。彼女の眼前にデンと立ち、右手に持った指示棒を、まるで警官がもつ警棒のようにぺしぺしと左手に打ち付けているのは誰あろう、通称おハゲさんと呼ばれている、厳格を絵に描いたような教頭先生その人であった。
教頭先生(アイコンがないのでシルエットで御免):「このッ! 神聖なるッ! 学び舎においてッ! 君はいったいッ! ななな何を歌っていたのかねッ!?」
あ、ああ、歌ですか。なんだぁ〜」
別の件で教頭室にしょっ引かれたのかと思って心配していたのが違って逆にびっくりしました。とは口が裂けても言えないひとみである。
クドクドと小言をいわれながらも安心し、心臓の回転数も落ち着きを取り戻す。
さてどうやって切り抜けようかと首を捻っていたところに、教頭室の扉がノックされた。
「いったい、これは?
どういうことだね?」
話は30分ほど前に遡る。
昼食を終えたひとみとようこ、同級生で仲良しの二人は午後の合唱練習の前に、講堂の隅でどちらともなくクリスマス・キャロルを歌い始めていた。
メロディはもう何回も歌っていて口に馴染んでいる。が、今回ようこが歌いだした歌はちょっと雰囲気が違っていた。
(ごめんね、こんどチーズ蒸しパンおごるからね!)
「ははは、危機一髪だったな。
へんなところで目をつけられて、例の件までほじくり出されたら我々もこまったことになるからな」
そう言って姿を表したのは、栞理の親友であり理解者を自認する早乙女れいかである。
手に深い緑色の装丁本を持っている。
「聖書?」
「なんとか間に合いましたわ。
冬コミに出す友人から譲ってもらいましたの。聖書ブックカバー」
ひとみが手渡された本をひらくと、それは彼女のえらんだご禁制の
『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳
版だった。
そう、この三人の少女こそは敬徳学園で禁じられた遊び、神を殺したニーチェのツァラトゥストラの読書会を行なっているイケナイ娘たちなのである。
「図書館の地下はちょっと心配になってきたんでね。
ほとぼりが冷めるまで読書会は他で行うことにしよう」
でも、こんなこと私たち、してしまっていいのでしょうか。なんだかほんとに、めっちゃ不謹慎な気がします><」
それに、あんな歌を神聖な講堂でうたっていましたじゃないの」
「おいおい……」
そ、そうだわ、クリスマスですものね。私達の個室で今夜パーティいたしましょうか。その、ちょっと不謹慎な聖書をもって、二年の寮室に集合ってできまして?」
アップロード可能なファイルは5MまでのPNG、JPEGです。
縦幅は、画像の縦横比率を保持して自動調整されます。
スマホでの表示は、大・中・小のどれを選択しても、一律で320pxに設定されます。
セリフに表示
11人が応援しました。
ページトップへ