もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『もろびとこぞりて』

エピソードの総文字数=2,775文字

クリスマスイブのさらに前日。巷ではイブイブなどと呼ばれている。


敬聖学園では、クリスマスの一般のお客様を招いて行われるコンサートに向け、そこここに賛美歌の練習に励む女生徒たちが集い、鈴の様な美しい声を響かせていた。



年の瀬も押し迫って師は走りまわり、子供たちはもらえるだろうプレゼントにワクワクと期待をし、お父さんお母さんたちは品薄で適当にごまかしたプレゼントやサンタクロースの正体がバレやしないかとドキドキし、世の恋人たちはお互いを思いこれまた超ドキドキする、世界中の人々の心拍数がやたらとあがりつつある、そんな今日このごろ。


われらが菅原ひとみの心臓の回転数もレッドゾーンに飛び込んでいたのである。



とは言っても、べつに意中の人への告白イベントではない。彼女の眼前にデンと立ち、右手に持った指示棒を、まるで警官がもつ警棒のようにぺしぺしと左手に打ち付けているのは誰あろう、通称おハゲさんと呼ばれている、厳格を絵に描いたような教頭先生その人であった。

教頭先生(アイコンがないのでシルエットで御免):「このッ! 神聖なるッ! 学び舎においてッ! 君はいったいッ! ななな何を歌っていたのかねッ!?」

「あ、え?

 あ、ああ、歌ですか。なんだぁ〜」

「なんだぁとはなんだねッ!!」
「い、いえあのその……」

別の件で教頭室にしょっ引かれたのかと思って心配していたのが違って逆にびっくりしました。とは口が裂けても言えないひとみである。

クドクドと小言をいわれながらも安心し、心臓の回転数も落ち着きを取り戻す。

さてどうやって切り抜けようかと首を捻っていたところに、教頭室の扉がノックされた。

「なんだね、入り給え」
「失礼します」
と、分厚い扉をくぐってきたのは小早川栞理だった。
「小早川君ではないか。いったい何用だね? 」
優等生な栞理は教頭の覚えもめでたいようだ。
「お忙しいところ失礼いたします。もう一人の、いえ、主犯のほうをひったててまいりましたわ」
「うにゃー」
上背を掴まれたネコのように縮めて一緒に扉を入ってきたのは柏野ようこである。

「いったい、これは?

 どういうことだね?」

話は30分ほど前に遡る。


昼食を終えたひとみとようこ、同級生で仲良しの二人は午後の合唱練習の前に、講堂の隅でどちらともなくクリスマス・キャロルを歌い始めていた。

メロディはもう何回も歌っていて口に馴染んでいる。が、今回ようこが歌いだした歌はちょっと雰囲気が違っていた。

♪もーろびとー、こぞーりーてー しばーきまーくれ〜
「ぷっ、なにそれ!?」
「大阪のほうではこういうふうに歌うんだってヨー! ついっ○ーでいってたもん!」
「あはは、おもしろーい!♪」
♪捕虜(と〜りこ)をー かこーむとー しばーきまーせりー♪
♪しばきませり〜 しばきませり〜♪
声を合わせて楽しげに歌っていると、彼女らの背後の扉が突然開き、鬼の形相の教頭が立っていた。のである。
「ありゃ?」
と、ひとみが振り向き、もういちどようこのほうに顔を向けると、耳と逃げ足が異様に早いようこはすっかり姿を消してしまっていた。というわけだ。
「なるほど、では、こちらの柏野君に教わった歌を、君は意味もわからず歌っていた、ということかね」
「は、はい!」
こくこくと首を縦に振るひとみ。友情と身の安全を天秤にかけ、脆くも友情がくずれさる瞬間だった。
「そうそう、それからこちらの一年生を図書館の先生が探しておられましたわ。疑いが晴れたようでしたら連れて行ってかまいませんでしょうか?」
「ふむ、小早川君がそう言うならば良いだろう。つれていきたまえ」
「はい、おさわがせしました」
一礼してひとみをつれ、部屋を出て行く栞理。
一緒にこっそり出ようとするようこはまた首根っこを教頭に捕まれ、ぶ厚い扉の向こうへ連れ戻されてしまった。
「うきゃー><」

(ごめんね、こんどチーズ蒸しパンおごるからね!)

と手を合わせ目で伝えるが、通じたかどうか。
扉の向こうではついっ○ーとはッ! 何のことかねッ!」なんて声が聞こえる。学園内ではネットはもちろんSNSは禁止されているのだ。
「あーあー、かわいそう……」
「ま、自業自得だな」
「うにゃー。あ、でも、助けていただいたのですね、ありがとうございます!!」

「ははは、危機一髪だったな。

 へんなところで目をつけられて、例の件までほじくり出されたら我々もこまったことになるからな」

「そうですよ、もっと注意深く行動してくださいね」

そう言って姿を表したのは、栞理の親友であり理解者を自認する早乙女れいかである。

手に深い緑色の装丁本を持っている。


「はい、これはひとみちゃんの分」
と、ひとみに一冊の本を手渡した。背表紙には[BIBLE]と書かれている。

「聖書?」

「ひどく冒涜的な、な」
「???」

「なんとか間に合いましたわ。

冬コミに出す友人から譲ってもらいましたの。聖書ブックカバー」

「え? ブックカバー?」
「開けてごらんなさい。本物そっくりでしょ?」

ひとみが手渡された本をひらくと、それは彼女のえらんだご禁制の

『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳

版だった。


そう、この三人の少女こそは敬徳学園で禁じられた遊び、神を殺したニーチェのツァラトゥストラの読書会を行なっているイケナイ娘たちなのである。

「図書館の地下はちょっと心配になってきたんでね。

ほとぼりが冷めるまで読書会は他で行うことにしよう」

「ああ、それで…」
「うふふ、これなら学園内で持ち歩いていても不思議はないでしょう?」
「ほんと、本物そっくりですねこれ。

 でも、こんなこと私たち、してしまっていいのでしょうか。なんだかほんとに、めっちゃ不謹慎な気がします><」

「何をいまさら。だな」
「そうですわ。わたくしたちは一蓮托生、でしょう?

 それに、あんな歌を神聖な講堂でうたっていましたじゃないの」

「え? あれって大阪弁ではそういうんじゃなかったんです?」

「おいおい……」


(この娘は本気で・・・、いやナチュラルにボケていたのか!?)
「え、えっと……。

 そ、そうだわ、クリスマスですものね。私達の個室で今夜パーティいたしましょうか。その、ちょっと不謹慎な聖書をもって、二年の寮室に集合ってできまして?」

「わ、もちろん伺います!!」
寮の部屋は学年ごとに別の階になっている。ひとみたち一年は三階、れいかに栞理はその上の四階、わずか一階分の差でしかないが、めったなことでは上の階に行くことは許されていないため、新鮮な喜びにふるえるひとみであった。
「わーい! 先輩たちとクリスマス! やったー!」
(本気でクリスマスパーティをすると思っていないかこの子は・・・?)
もちろん、クリスマス・パーティではなく読書会を行うつもりな二人の先輩だったが、ちょっと通じていないような気もする栞理であった。
〈つづく〉

◆作者をワンクリックで応援!

11人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ