天の国の猛騎兵(ハッカペル)

不穏

エピソードの総文字数=3,827文字

 弟子たちは出て行って、イエスがお命じになったとおりにし、ろばと子ろばとを引いてきた。そしてその上に自分たちの上着をかけると、イエスはそれにお乗りになった。群衆のうち多くの者は自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの者たちは木の枝を切ってきて道に敷いた。そして群衆は、前に行く者も、あとに従う者も、共に叫びつづけた、「ダビデの子に、ホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」

(新約聖書『マタイによる福音書』21章6節~9節)

 以前は単なる嘲笑の的であった愛花であったが、”奇跡”の噂が生徒らの間で広がり、一部では超能力者か神の子かとまで噂されるようになった。

 そんなある日の聖書科の授業。テーマは旧約聖書の出エジプト記。

 出エジプト記は、古代イスラエル人が神に導かれ、エジプトから脱出する物語が記されている。その中では、エジプトに大規模な災いが起きたり、海が割れたりと、派手な奇跡がいくつも起こる。それらの奇跡についての記述をいくつか抜き出した後、竹田は生徒達に問いを投げかけた。

こんなこと本当に起きる思いますか?
 竹田は教室内を見回すと、話を続ける。
起きるとは思えませんよね。もちろん、これらの出来事が本当に起きたわけではありませんが、神がイスラエルの民を導いてくださる、神が共にいてくださるんだということを示しているのです。
愛花ちゃんやれるんじゃね?
 小林がにやけながら、出し抜けに言い放った。所々でクスクス笑いが起こる。
へ?
 虚を突かれ、間の抜けた返事をする竹田。
竹ちゃん知らないの?愛花ちゃん病気とか怪我治せるんだぜ!
それはどういう……。
 竹田は眉間に皺を寄せて聞き返す。全く訳が分からないという様子である。そこに愛花がドヤ顔で割り込む。
そのまんまです!祈るとイエスさまが癒してくれるんです!

 数秒の沈黙。愛花は渾身のドヤ顔で竹田を見つめる。竹田は冷めた目で愛花を見ている。

 沈黙を破るのは小林の声。

竹ちゃん牧師なのに何でポカーンとしてるの!

 生徒が数人、笑い出す。今度は竹田が笑われる側。

 笑い声に交じって、『サイッコラさんの方が信仰あるんじゃね?』『サイッコラさんは牧師を超えた』という声も聞こえる。

 生徒らの反応を受けて、小林はさらに勢いづく。

愛花ちゃんはな、聖書が神の言葉だって証明するために、奇跡を起こしてるんだぜ!
サイッコラさんあれ以来大人しいなと思ったら、そんな活動を?
 困惑した様子で尋ねる竹田。
(いや、サイッコラさんは全然大人しくないですセンセイ。)
もちろん私は大人しくなんてしませんよ!聖霊様が導いてくださる所ならどこへでも行きます。そりゃもう小さなロバのように!
(君の場合は小さなロバどころか、じゃじゃ馬の類でしょうよ……。または荒くれ馬に乗った狂戦士<バーサーカー>。)

 竹田の表情が渋くなる。以前議論した時は、突っかかって来る子どもを広い心で受け止めているような余裕が見られた。しかし今回は、脅威を見る目つきになっている。学校内で1人の生徒が、宗教的信条に基づいて”奇跡”を起こし、それを別の生徒が証言しているのである。常識的な感覚を持った教員であれば、警戒感を抱くのが当然であろう。

 竹田の反応を受けて、さらに大きな笑い声が教室内に溢れる。不安げな顔で辺りを見回す陽太。愛花はクラス全体を味方につけた気になって満足げな表情を浮かべているが、陽太には笑っている生徒たちが愛花の考えに同意しているようには思えなかった。ただ、お祭り気分で楽しんでいるだけに見える。

 そんな中、冷静な表情をしている男子生徒が1人。高橋である。視線を落とし、考え込んでいる様子であった。

 そして数秒後に一言。

先生、質問があります。
うん、何かな?
自分もサイッコラさんに祈ってもらって、怪我の痛みが引いたことがありました。その後聖書を読んでみたんですけど、古代のキリスト教徒もそういうことやってたって書いてあったんです。そういうのって、今でもやってるんですか?

 高橋の目つきは真剣そのものであった。小林に流されて笑っていた生徒らも、一旦は落ち着きを取り戻す。

 軽く咳払いをして、質問に答え始める竹田。

いや、普通の教会ではやりませn。カリスマ派とかの、一部の熱狂的な教会では、『癒しの奉仕<ミニストリー>』とか言って、祈りによって病気が治るって宣伝することがあるけど……。
今もやってるのは一部だけなんですね。イエス・キリストや古代のキリスト教徒がやっていた治療について、先生はどう考えてますか?
当時の治療は祈祷が中心だったそうです。実際にそれで治ったこともあったと思います。ただし、ユダヤ教では、聖職者が奇跡を起こしたという伝承は数多くあり、キリスト教固有のものではありません。イエスや初期教会の信徒が起こした奇跡についても、一部は実際に祈りで治ったかもしれないけど、聖書記者による脚色も多く含まれていると、私は考えています。
おいおい竹ちゃん、そんなこと言っちゃって、本当に牧師なの~?

 小林が野次を飛ばし、笑い声が起こる。高橋は教室内の状況を歯牙にもかけず、聖書をめくり始めた。

 突然立ち上がる愛花。

私は聖書の奇跡については、全部事実だし今も起きるって信じてます!
ほら、愛花ちゃんもこう言ってるじゃん!
 ざわつく教室。愛花は周囲を見渡し、満足げに着席する。生徒らにとって愛花は、テレビの特別番組に出てくる”超能力少女”のような存在となっていた。一方、竹田は”超常現象を頑なに否定する学者”のポジションといったところか。愛花の思想に心の底から賛同する者はおらず、ただ繰り広げられるやり取りを、”エンターテイメント”として楽しんでいるだけである。さすがに竹田も困惑も深まる。
(サイッコラさんの奇行が学内を浸食している……。胃が痛いよう。)

 キリキリ痛み始める腹を抑える陽太。

 チラリと愛花に視線を向ける。愛花と目が合う。渾身のドヤ顔ピース。

……。
(つらい。)

 竹田の教師人生の中で、かつて無い展開であった。今までは『聖書の出来事を全部信じる必要はない』と伝えると、生徒は安心してくれた。今回は違う。聖書の史実性を否定すると『それでも牧師か』と野次を飛ばされるのである。原因は一人の女子生徒であった。サイッコラ愛花である。彼女が『聖書は誤りなき神の言である』と宣言した時、彼女はただの笑いものであった。しかし、生徒の目の前で『奇跡』を起こしたことで、彼女に対する周囲の評価は大きく変わった。そして愛花は、小林という、社交的な生徒を味方につけた。小林は愛花の『奇跡』を高らかに吹聴した。小林は愛花の思想に興味を持たず、ただ愛花が『面白いこと』をすることを望んでいただけであった。竹田をからかったのも、単に愛花と竹田の対決を楽しみたかったのである。

 しかし、今回の出来事は、教室内の生徒達に対し『ベテランの牧師は奇跡を否定するが、愛花は奇跡を起こした』という認識を持たせた。そうした雰囲気の中で、愛花の”奇跡”にそれほど関心を持っていなかった生徒まで、影響を受け始めていた。さらに愛花の”奇跡”を根拠に竹田を笑う小林の態度は、『どうやらサイッコラ愛花は超越的な存在らしい』という認識を他の生徒達にも植え付けたのであった。

 異様な空気を感じ取った陽太。胸の中に重苦しい暗い物体がつっかえるような感覚。

(あれ?この流れってヤバくないか?)
 今回愛花は教室を味方につけている。しかし、それは愛花が語るキリスト教の教えに惹かれたというわけではなさそうだ。何だか閉塞感を打ち砕いてくれるヒーロー的な存在を求めているように思われる。退屈な高校生活をブチ壊してくれる刺激を……。そして”閉塞感を打ち砕いてくれるヒーロー的な存在”を熱狂的に祭り上げる時、大抵は破滅的な結末を迎えるのである。そんな不安が陽太の脳内で膨らんでいく。

 授業が終わった。竹田は授業の最後に、主流派<メインライン>の教会では、聖書に記されている奇跡は歴史的事実としては見られていないのだと強調した。しかし、それは逆効果であった。『キリスト教徒の多数派が奇跡を否定するが、愛花は奇跡を起こしたのだ』という認識を生徒らに植え付ける結果となった。

 疲れ果てた様子で教室から出ていく竹田を、愛花が引き留めた。

先生、やりました!やっぱりイエス様の愛は現実<リアル>なんです!この調子でリバイバル起こします!
 意気揚々と語る愛花に対し、竹田の表情は暗い。
サイッコラさんが癒しの祈りをやりだすのは予想外だったな……。しかも、実際に癒された人がいるって話だし。まあ、個人の信仰について口出しはできないけど、今後の振る舞いには気を付けた方が良いよ……。
へ?
今日騒いでた人たちは、君の『奇跡』を面白がってるだけで、キリスト教になんか興味ないかもしれないってことさ。
だとしたら、これから福音の話していきます!
う~ん。皆が理解してくれたらいいんだけどね……。
(あー……サイッコラさん調子乗ってるな……。これからどうなるんだろう。変なカルト宗教できそうで怖い。)
 陽太は2人の会話を、自分の席から眺めていた。溜め息をつき、聖書を机の中にしまう。
 この日以降、愛花の”奇跡”を見てみたいと、多くの生徒が愛花のもとに来るようになった。そして次第に、愛花が陽太らと行動を共にする機会も減っていったのであった。

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