【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第03話「ゲームの現実」

エピソードの総文字数=5,750文字

(俺……死んだのかな?)

 真っ暗な空間の中、一番最初に頭に浮かんだのはそんな言葉だった。

 体どころか指先一つ動かすことが出来ずに、英一はしばらく自分の呼吸音だけを聞いていた。


(いや、生きてるな……でも脳とか脊髄に大怪我して体が動かないって事もあるかな)

 体は動かないが、冷たい床に横たわっていると言う感覚は有る。

 ザラザラとした木の床は、彼の体温で少しずつ温まってきた。


(やだなぁ。そうじゃなくても低スペックなのに、これ以上ハンデ付けられたら現実生活無理ゲーだわ)

 床の温度、自分の呼吸する音、それだけだった世界に少しずつ明るさが加わり、そして、周りからうめき声が聞こえて来た。


(あれ? 人が居る? 病院にでも搬送されたか……あ、ヘッドセットしたままか? ギルドメンバーの声っぽい)


 やがてジワジワと手足に力が入るようになると、英一はゆっくりとまぶたを開き、体を起こした。

 体中違和感だらけだが、大きな怪我はしていないようだ。


(痛いところはない……か)


 床に座り直した英一は、そこが自分の部屋ではないことに気づく、毎日何時間もそこで過ごした見慣れた風景、だが実際に存在するはずのない[もえと不愉快な仲間たち]のギルドホールに、英一とギルドメンバーは転がっていた。


(え!? ちょ……ま)

 軽いめまいを感じ、額を抑えようと持ち上げた自分の手が目に入る。

 いつもの不器用に短い不健康そうな指ではない。透き通るように白い肌と芸術的なガラス細工のように繊細な指が見えた。


(なんだこれ……? あ、鏡!)

 ギルドホールと呼ぶのもはばかられる場末の酒場のようなここにも、メンバーが持ち寄った家具などの装飾アイテムはなかなかに充実している。

 スクラッチの「ハズレ」として手に入れたアイテムは、複数ある部屋ごとにもえが全面的に監修して配置されていた。

 その中に大きな姿見もあったことを思い出し、英一はぽつりぽつりと起き上がる人の目につかないようホールの端をそろそろと移動する。

 心臓の高鳴りを抑えられないまま、もえは鏡の前に立った。

……

 そう、()()が立っていた。


 そこには痩せすぎて顔色の悪い男ではなく、美しい人形のような少女が立っていたのだ。


 もえの体は小刻みに震え、目からは涙が流れだす。

(そんなバカな……異世界漂流もののラノベかよ……俺がGFOの世界に……ゲームの世界に入り込んだ……だと!?)

 体から力が抜けたようにガクガクと膝を折り、握りしめた両手を顔の前に持ち上げると、もえは


 全力でガッツポーズをした。

(っしゃあぁぁぁぁぁぁ! あの腐りきったリアルからGFO世界に来れるなんて! 俺はもってる! 俺大勝利!)

 ゴールを決めたサッカー選手のようにしばらくガッツポーズのまま固まっていたもえは、鏡の前で感動の余韻に浸りながら自分の体を調べ始める。


 もちろん一番最初に調べるのは胸だ。

(あ~これがもえの胸かぁ~。こんな事ならもっと大きく設定すればよかったぁ~……やわらけぇ……)

 彼女いない歴=年齢の英一に女性の胸を触った経験などない。彼は生まれて初めての経験に夢中になり、鼻息も荒く自分の胸を(まさぐ)った。

 1分以上もそうしていただろうか? 頬を上気させ、やっと満足のため息をもらしたもえは、手足や髪、服や装備の確認に入る。

(ふぅ……賢者タイム……じゃねぇ。よし、服もゲームデータそのままだな。てかこれ高そうな生地だなぁ)
 ゴスロリ風ではあるが丈の短いスカートの裾を摘んで、もえはレースをふんだんに使ったペチコートを覗く。
([レアリティ8]二丁拳銃アイアンメイデンもある、カッケーなぁ、これ使えるのかな? 実際にSE聴いてみたいなぁ)

 ショルダーホルスターに収納されている装飾過多の銃を手にしたもえは、何かに気づいたように動きを止めた。

 それでなくとも白い肌から一気に血の気が引いてゆく。

 挙動不審に周りを見回し、奥まった位置にあるこの鏡の前にはまだ誰も近づいて来ては居ないことを確認すると、もえは壁に向かって小さく声を出した。

……あ、あー。もえですよ

 聞こえてきたのは、聞き慣れた少女の声。

 胸の前で拳を握った彼女は、満面の笑顔でまた小さくガッツポーズをした。


(うおぉぉぉぉ! ボイスチェンジャーもキッチリ動作してるじゃん! 焦ったぁ~!)
 鏡によりかかりズルズルと座り込むと、緊張の抜けきった姿勢のまま、もえは現状を整理する。
(外見も声も全部ちゃんともえだ。装備はちゃんとある。アイテムはどこに有るかわからない。この分だと倉庫のアイテムもどうだかな。ゲーム内通貨のジェムも取り出せないだろうし。さて、どうすっかなー)
 本当のもえになれたと言う大きな興奮の中、英一にとってその他の事象は全て些細な事に思えた。
(まぁGFOの世界なら攻略法はだいたい覚えてるしなー。なんとかなるだろ)
 レースのガーターが飾る長い足をハの字に投げ出して座り、細く白い繊細な指をだらんと垂らしたまま、ぼーっと宙を見つめているもえに、通路のカドから声がかかったのはその時だった。
……あ! もえさん! ここに居たんすね! えっと……大丈夫っすか?

 呆けていただけなのだが、ショックで放心しているように見えたのかもしれない。心底心配そうな表情で近づいて来たのは、親衛隊の戦闘隊長を自称する[Kenta02]ことケンタだった。

 上位クラス[侍]特有の身軽な鎧に身を包んだ180センチ以上もある巨漢は、その体躯には似合わない童顔を曇らせて、もえの前に片膝を付いた。

……うん、大丈夫です。ケンタさんもこっちの世界が本物に見えてるの?

 差し出された手に掴まって立ち上がり、おしりのホコリをポンポンと払い落として答え、逆に質問で返す。

 この世界が現実になったという状況が、自分だけの特殊な状況ではなく、ここに居る全員に起こっていることなのか、もえはそれを確認しておきたかった。

みんなそっすよ。いや、少なくともギルドに今いるメンバー17人はみんなそうっす。あと、シェルニーがみんな集めてこれからどうするか話し合おうって言ってるっす
そっか……うん、話し合い大事ですよね。シェルちゃんさすがギルマス

 もえがにっこり微笑みかけると、攻撃でも食らったかのようにケンタは半歩後ずさる。


(え、今ひいた? 俺何かネカマバレするようなことでも言ったか?)


……どうかしました?

 平静を装いながら小首を傾げた姿勢で頬に手のひらを当てたもえは、上目遣いにケンタを見つめる。

 仕草が可愛い声優のマネだが、英一の脳内では、もえがよくやる仕草だということになっていた。


……いや、リアルに実在するもえさんヤベーっす! その辺のアイドルとか目じゃないっすよ! シェルニーも外見は可愛いんすけど、あの人はホラ、声も中身も男っすから

 ケンタは腰に佩いた[レアリティ8]太刀ドウジギリヤスツナに目を落とし、そわそわと柄をさする。

 その様子を見て、もえはホッと胸をなでおろした。


ま、ポリゴンとテクスチャじゃないもえさんがマジカワってことっすよ! さぁ行くっす
ふふっ、へんなの。うん、行きましょう
(マジか……最高だこの世界……俺は本当に本物のもえになれたんだ……)

 もえはケンタの反応を見て、この世界はやっぱりGFOなのだと確信する。

 そして、この本当の世界で今まで通りにやっていけると心の底から溢れる歓喜に身をうち震わせた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


えー、もえちゃん入って18人。とりあえず全員……全員なのか? あー無事のようで何より

 ピンク色の髪の可愛らしい少女が、いかつい男の声で告げる。

 ギルド[もえと不愉快な仲間たち]のギルドマスター[シェルニー]だ。


現状わかっている事は殆どないが、一応情報を共有したい

 シェルニーはピンクの髪を揺らして俯くと深く深呼吸をする。

 下を向いたままで表情も見えないまま、シェルニーは語り始めた。


……とりあえず俺たちは、GFOの世界にいる

 ゴクリ……とつばを飲む音がする。

 いつもはワイワイと賑やかなギルドホールで、誰もそれ以上音を立てる者もなく、シェルニーの次の言葉を待った。


…………以上だ!

 ピンク色の髪を振り上げたシェルニーがラーメン屋の広告のように腕組みをし、ドヤ顔で告げた言葉はそれだけだった。


おーい!
それだけかよ!
知ってたわ!
マジっすか!
以上って!

 あちこちからツッコミの声が上がる。

 ギルドホールにいつも通りの賑やかさが戻り、笑い声で満ちた。


(なんだ? ……俺はともかく、異世界に飛ばされたってのに、こいつらなんでこんなにお気楽なんだ?)

 驚いたもえはメンバーを見回すが、その表情を見て納得する。

 大半のメンバーは話す言葉の軽さと表情の深刻さに差があった。

 笑い、軽口をたたき、お互いに肩を叩き合ってはいるものの、笑顔のはずのその目には恐怖に近いものが残っている。


 しかし、シェルニーは唇の端に薄笑いを乗せて言葉を続ける。

 虚勢だとしても、むやみに取り乱すこともなく、冗談に乗れる程度の余裕はあると確認出来たのだ。

……まぁ冗談はさておき、俺の記憶とそこの鳩時計が正しければ、例の避難警告からもう4時間経ってる。今は深夜0時だ

 ゲーム内の時間は現実の6倍の早さで過ぎるのだが、この家具アイテム[鳩時計]のような時計やカレンダーは現実時間を表示する。

 もちろんアイテムの設定を変えればゲーム内時間を表示するようにも出来るが、ギルドの鳩時計は現実時間を表示するように設定してあった。

 そして今は設定ウィンドウの開き方が誰も分からない。ならばそれは現実時間を表示し続けているはずだった。

と言うことはだ、ゲーム内時間ではまる1日経っている事になるんだが、さっきから時計を見ているとどうもゲーム内時間とリアル時間が同期してるようだ

 確かに、ゲーム内に居るはずの自分たちの感覚でも、10分毎に1時間が経過しているようには思えない。それについては皆納得しているようだが「だから?」と言うような表情でシェルニーを見ていた。


わかんねぇかな。救助が来るまでリアルの6倍待たなくて良いって事だ。警察とか政府とかが1周間で救出してくれたら、俺らは1周間で元の世界に帰れる。向こうが1ヶ月で救出してくれたとしてもゲーム内では半年経ってたなんて事は()ぇって事だ
(救出だって?! 冗談じゃない! せっかく理想の世界に来たんだ! 帰ってたまるかよ!)

 なるほど、と沸くメンバーとは裏腹に、もえは表情を固くする。

 そんなもえを無視するように、シェルニーは言葉を続けた。


さっき確認したら、アイテムバッグ内のものはメニューが表示できないから取り出せねぇが、ギルド倉庫のものは倉庫内に直接入れば取り出すことが出来た
樽のエールもワインも飲めるっすよ

 バーカウンターの奥から顔を出したケンタが酒瓶をカウンターに並べながら言葉をつなぎ、最後をゲップで締めた。


……おいケンタ! お前未成年だろうが! 倉庫には遠征用の携行食料やアイテムクラフト用素材の肉、野菜、薬草なんかがたんまり有る。キッチンの火も点く、水も出る、昔冗談で設置した蒸気機関式水洗トイレやバブルジェットバスも使えた。救助が来るまで仲良く……のんびり暮らそうぜ!

 シェルニーの演説が終わると皆一様に少しホッとしたような表情になり、いつものゲーム内と変わらないような雰囲気で雑談を始めた。

 早速干肉とエールで一杯やるものも現れたが、大半のメンバーは自分の鎧や武器を珍しそうに眺めたり見せ合ったりしている。

 ギルドには人数分とまではいかないが、10室ほどの個室も有るので、リアルの女性には一部屋ずつあてがわれ、休むものは部屋でへ入ることになった。

 当然のようにもえも「今日は疲れちゃいました」と3階の部屋に引き上げることになったが、実際は特に眠気も疲れも感じていなかった。

(ゲーム内だからか? それとも気分がアガってるからか? まぁどっちでもいいや)

 部屋の鍵を閉め、天蓋付きのベッドに腰を下ろすと、彼女は[もえ倉庫]から取り出してきたアイテムをサイドテーブルに並べ始める。


 まずアイテム所持数拡張バッグ。

 これは同時に持ち歩けるアイテムインベントリを増やす課金アイテムだが、こうして見る限りただの革製のバックパックのように見える、緊急持ち出し用の荷物を入れる本来のバッグとして使用する分には十分だろう。

 乾パンのようなものが蝋紙で密封された携行食料1周間パック。

 革製の水袋。

 フック付きロープ。

 着替えとして某ファミレスとのコラボアイテム[ファミレスの制服]とシェルニーに貰ったばかりの[ハイスクールブレザー]。

 HP回復ポーション(小)5個。

 役に立つのかどうかは分からないが、即時復活アイテム[復活のロザリオ]10個。

 そして、緊急避難用の[双子の水晶]を2組。


 [双子の水晶]はあらかじめ[カストルの水晶]を設置しておき、緊急時に[ポルックスの水晶]を割ることで、設定された場所まで瞬間移動出来るアイテムだ。


(ちゃんと使えるといいけどな)


 [カストルの水晶]を一つベッドの中に設置し、他のものをバッグに詰め込むと、もえはそっと窓を開けた。

 水分を含んだ夜気が部屋に流れ込む。

 深夜でもこの街には、蒸気機関の振動音が鳴り続けていた。


(あ、そう言えばBGMは無いんだな)


 そんなことを考えながら周りを見回す。

 このギルドホールは街の中心から離れているので、周りに人気はなかった。

 シェルニーの判断で、ギルド員以外出入りすることの出来ないギルドホールからは出ない方が良いと言う事になったのだが、他のギルドも多くはそのような判断を下したのかもしれない。

(……さて、うちのギルドは案外いい雰囲気だけど、他のプレイヤーが暴走してないとも限らない、慎重に行かないとな)

 窓枠にフックを掛けロープを垂らす。


(救出が来ないのが一番いいんだけど、またあのクソみたいな世界に連れ戻されるなんて絶対イヤだ。俺はこの世界で生きて行く。)
 もう一度荷物を確認して大きく深呼吸すると、もえは窓枠を越え、夜の闇へと消えて行った。

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