勇者の出立

さらわれた姫を助けたら結婚

エピソードの総文字数=2,493文字

 翌日おれたちはケレス王国に入り、夕刻には都・エルメインに着いた。バウヘン侯爵領を出てから一月近く森の中を旅してきたから、にぎやかな都会を見るのはずいぶん久しぶりだ。


 歩いて行くおれたちを、周囲の人たちが驚いたように目を丸くして振り返る。しきりと囁き交わしながらこちらを凝視してる。


 いつものことながら居心地悪い。親父が真紅の鎧を着てるもんで、いやでも人目をひいてしまうんだ。


 もっともこれはすべて計算づくだ――伝説の勇者がやって来たことが城下町で噂になれば、そのうち城に招待してもらえるだろう、という親父流のセコい計算なのである。


 もしそれでも城からお呼びがかからなければ、『国内の魔物の動向について話を伺いたい』というもっともらしい勇者名義の便りを王に送ることになる。はびこる一方の魔物にはどの国も頭を痛めてるから、そこまでやって城に招んでもらえなかったことはまずない。


 今回もあっさり成功した。翌日の夜さっそく勇者をもてなす宴が開かれ、おれたちは城の宴会場の特別席に座っていた。


 贅の限りを尽くした華やかな室内。楽団の奏でる甘美な音楽。

 向こう端が見えないほど長いテーブルに数々の美味・珍味が並べられ、国中の貴族が着飾って談笑している。

 国王は神経質そうな初老のおっさんで、やけに落ち着きなくきょろきょろ動く、こすっからい目つきをしてる。君主というよりどっちかと言うと商人の目だ、しかもかなりいかがわしい方の。


 王妃は王に比べるとだいぶ若い。化粧塗り過ぎ、宝石つけ過ぎ、お色気出し過ぎ。芝居がかった甲高い声を震わせて、

勇者様、あの恐ろしいデアルゴを倒した時の話をお聞かせくださいませ。ああ、でも、とても耐えられそうにありませんわ! 恐怖でこの胸が張り裂けそう

なんてやっている。――あんまり威厳のあるご夫妻とは言えないな。


 馬耳東風をきめこんで、おれはひたすら御馳走をほおばり続けた。この一月まともな物を食ってないから、腹が減ってるんだ。

 何人かの若い姫君がさかんにこっちに秋波を送ってきてるけど、無視無視! 贅沢育ちの貴族のお嬢さんなんかに興味はない。

 親父は伝説の真紅の鎧に身を包み、ぴんと背筋を伸ばして座っている。身だしなみを整え、穏やかな笑みを浮かべると、それなりに勇者らしく見える。いい男にすら見えてしまうから恐ろしい。


 酒が進むにつれて、だんだん座はざっくばらんに乱れてきた。いつの間にか親父はちゃっかり王妃の隣に腰かけ、肩に手まで回している。


 いいのか親父? 王の顔がひきつってるぞ?

これが、名剣ブラウヒェン…デアルゴを斬った剣ですのね。触ってもよろしくて?
 王妃がおそるおそる親父の剣に手を伸ばす。親父は鷹揚にうなずいた。
レーツェル神殿の秘法により雷の力を授けられた剣です。ご覧のように、今は鞘から抜けないのです。デアルゴを倒した時から……。役目を終えて、この剣が自らの強大な力を封印したんでしょうな。

 なに言ってやがる、とおれは内心せせら笑った。「真に強い者は剣など抜かぬものだ」とカッコつけて何年も鞘から抜かないうちに、錆びついて本当に抜けなくなっただけじゃないか。


 舌先三寸の親父を軽蔑しつつ、ふと、おれはその親父のおこぼれにあずかってるだけの人間じゃないのか、という思いが浮かぶ。いわば同類だ。最低の寄生虫野郎であることに変わりはない。

 自己嫌悪なんて、ガラじゃないけど、つい……。



 不意に我に返った。

 近い所で、ぎょっとするほど禍々しい『気』を感じる。


 気配の元を探して室内に目を走らせると、銀の盆を持ったメイドのひとりに行き着いた。

……………
 おれが気づいたのを察したのか、メイドは急に歩く方向を変えて、開けっ放しのバルコニーへ姿を消した。
《感じたか、今の『気』……?》
 親父の反応を見ようと振り返ると、
うはははははは!

 なんと王妃に膝枕してもらってデレデレしてる。危機を察知した様子はない。


 ダメだ、こりゃあ。

 おれは目を覆った。



 突然、王が咳払いした。

ときに、カーマイン殿……。

 親父はあわてて王妃の膝から起き上がった。王妃も服装の乱れを直してる。


な、なんです!?
勇者殿の腕を見込んで、ひとつお願いしたい事がある。今わが国は重大な脅威にさらされているのだ。こんな時期に勇者殿においで頂けたのは、まさに天佑というべきか……。

 そう前置きして王が語り始めたところによれば、近ごろ強大な魔力を持つラウプなる魔物が、好き放題に領地を荒らしているという。


 ラウプは魔王を名乗り、エルメイン近郊の山の上に巨大な城まで建ててしまった。そしてあろうことか、第五王女カティアを誘拐し、身代金として王国領地の一部を要求してきている。

どうかラウプを倒して、カティアを救い出してはくれまいか。あの娘はわしの命なのだ。助けてくれれば、褒美は思いのままだ……カティアとの結婚を許してもよい。そうなれば王族の一員として重く取り立て、領地も与えよう。
――――――!

 おれは親父の顔を見た。欲と保身のあいだで親父がぐらぐら揺れているのが見てとれた。


 王妃が甲高い声でとどめを刺した。

ああ、可哀相なカティア……!! わたくしに似て美しいばっかりに、さらわれたのですわ。まだ十七歳なのに……!
 おれがやめろと言う暇もなかった。十七歳の美人と聞いたとたん親父は力強くうなずき、
お引受けいたしましょう。魔物に苦しめられている人を見過ごすわけには参りませんからな。(キリッ
おお! やってくれるか!

 王と親父は手をとり合った。


 親父が具体的な褒美の条件について交渉している間、おれはそっと席を立ち、例のバルコニーに向かった。おれは一度も目を離さなかった、あのメイドはまだそこにいるはずだ。


 しかし不思議なことに、行ってみるとバルコニーに女の姿はなかった。


 どこへ消えたのだろう。逃げ場はないはずなのに。

 おれは手すり越しに見下ろしてみた。はるか眼下に見える城壁と暗い堀……。ここは城の六階だ。飛び下りられる高さではない。人間であれば


 不意に一陣の冷たい夜風が吹き抜け、おれは身震いした。

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