【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

4-01 木曜日がきらい

エピソードの総文字数=4,731文字

(大間団地崩壊事故当時、俺は小学3年生だった……)

 団地の近くに新しい小学校が作られることが決まり、2年後――英司が5年生になる年に開校の予定になっていた。

 夏が終わる頃には校舎の建設が始まって、英司は毎朝学校へ行くバスの中からその建設現場を見るのを楽しみにしていた。

 英司の一家が入居していた大間団地1号棟は敷地の一番東側にあり、学校の建設現場から一番近い。新しい学校は家から5分とかからない距離になるのだ。そうなれば学校から家までバスに30分以上揺られて行き来する今の生活は一変するはずだった。

(大嫌いな木曜日にも、もっと早く家に帰れる。学校の建設現場を見ながら、俺はそんなことばかり考えていて……)
 そう、あの頃……英司は木曜日が嫌いだった。

(木曜日はいつも、学校になんか行きたくなかった)

(朝飯の味も、いつもと違ってて――)

(いつもと同じコーンフレークが木曜だけはぱさぱさで甘くなかった。毎日配達される牛乳も木曜だけは苦くて、臭くて――)

(学校へ行っても……木曜日は授業に集中できたことなんかなかった)
 あの当時から、原因ははっきり分かっていた。

 その年の始めごろ英司の母親は大病を患ってY市の病院に入院した。幸い手術は成功し、2ヶ月ほどで退院したのだが、そのときから英司の木曜日の憂鬱が始まった。

 退院後、母親は今も近所の病院に週に一度通う生活が続いていた。その検診日が、毎週木曜日だったからだ。

今のところ状態は安定していますが、もし少しでも変化があれば症状が再入院となる可能性もあります。まだ油断はできませんよ。家でも出来る限り安静にして、経過観察を――。
 医者はいつもそう繰り返しているのだという。そして家族にとってはそのことが、常に拭い去ることのできない不安になっていた。

来週から、お母さんは木曜の午後に検診を変更したんだ。病院へ行くのはおまえが学校から帰ってきてからだ。

英司、おまえももう3年生だ。お母さんの送り迎えができるな?


 ある日唐突に父親が英司にそう告げた。

 ……それまで、母親は木曜日の午前中に検診を受けに病院へ行っていた。母親にしてみればあまり時間を気にしなくて済む午前中に用事を済ませ、家で英司の帰宅を待っていてやりたかったのだろう。

 だがその生活が、父親の言葉で一変した。

 担任の教師から英司が精神的に不安定になっているのだという指摘を受けたことがその原因だったらしい。そして、英司に送り迎えをさせてはどうか――と提案をしたのは同じ1号棟に住む大間クリニックのの小児科医だったのだと聞いている。

お母さんは病院まで歩くだけで具合が悪くなることがあるかもしれない。

だからおまえが守るんだ。

 平素から英司が母親に甘えすぎていることを気にしていた父親は、その小児科医の提案にあまり乗り気ではなかったようだった。

 だからだろう。その変化が英司のためのものではなく、母親を守るためのものなのだということを何度も強調していた。

(親父は自分の息子がリーダーシップを取ることのできる強い男になることを望んでいたんだろうな。俺は理想のタイプじゃなかったし、いつも親父の期待を重荷に感じててもいた。親父との距離感を、もう埋められないものだと感じていて……)

(だから、親父のあの言葉は嬉しかった)

 父親の発した言葉は、英司にとってこれまで抱き続けてきた反発心を帳消しにするくらい誇らしいものだった。

 母親の病気は英司にとっても不安の種だったし、病院は得体の知れない場所で、どうしても好きにはなれなかった。待合室で母の診察を待つ間ずっと、あの虎の絵に睨まれているのはどうしようもなく居心地が悪かった。だが英司はその気持ちを隠して病院へ母を連れて行った。


 父からあんな風に一人前に扱われるなんて、初めてのことだったから……。

(そして、あのホールに……果歩がいたから)

 会ったのは初めてではなかった。

 同じ1号棟の住人だったし、果歩の父親が大間クリニックの小児科医だったこともあり、平素から家族ぐるみでつきあいがあった。

 ……いや、そうでなくても団地は狭い世界だった。

 名前を知らなくても個人的なつきあいがなくても、たいていの住人が顔見知りだったのだ。英司たち小学校の男の子たちの遊び場となっていた芝生広場に、中学生くらいの女の人が果歩を連れて散歩しているのもよく見かける光景だった。

(あのホールで会うまで、俺は果歩には全然関心がなかったけど……)
 そう苦く思い出す。

 それまでは果歩に対して、満足に話し相手にも遊び相手にもならない赤ん坊だという印象があっただけだ。可愛いと思ったこともあったが、その辺でよく見かける猫や犬に対して抱く思いと大差はない。

英ちゃん、お母さんが診察を受けているあいだ、果歩ちゃんと遊んであげなさい。

 母親がそう言わなければ、あの時だって別に果歩に関心を向けることはなかったかもしれなかった。

 こんな小さな子供とどう遊んでやっていいのか見当もつかなかったが、それでも紙飛行機を作ってやったり、絵本を読んでやったりして30分くらいのあいだ果歩をかまってやっただろうか……。

 最初のうちは気が進んだわけではなかった。

 クリニックの待合室には待っている子供たちを飽きさせないためにオモチャや本がいつも用意され、ホールの中心にはテレビが置かれていつでもアニメのビデオを流していたし、たいてい同じ年頃の子供の姿もあった。言葉も満足に話せない赤ん坊の相手なんかしているより、有意義な時間のつぶし方がいくらでもあった。

 当時団地では、果歩ぐらいの年齢の子供は珍しい存在ではなかった。母親とちょっと離れただけでめそめそ泣き出したり、いたずらざかりであっちこっち動き回っては危ないものに手を出す……そんな光景を英司も見なれていて、小さな子供は面倒くさい存在だと感じていたのだ。

 でも果歩はそんな英司の印象とは少し違っていた。

 抱っこが好きで、本を読んでやっている時にもずっと英司にしがみついて離れない。

 果歩はいつも床に座りこんでぼんやりと壁の一点を見つめていた。

 そして果歩が見つめている壁を振りかえると英司はいつも、あの頃〈別の世界の人たち〉と呼んでいた妖怪の気配や視線を感じた。

(衣砂って、あの緑の目の女を見たときもそうだった……)

 あのとき英司は、怯えて泣き出した果歩の小さな手を握ってやった。

 その手応えが……心地よかった。

 父親に一人前に認められたと思えたあの時とよく似た心地――。

(あれからだ。果歩が、ソファの下に潜り込むようになったのは……)

 当時は原因が衣砂なのだとは考えていなかった。

 妖怪の姿は英司には珍しいものではなかったし、衣砂はただお伽話を語っていただけで、こわがるようなことは何もしなかったからだ。

(果歩は虎の絵をこわがっているんだろうと思った。だから俺は一緒にソファの下に入り込んで、『大丈夫だ』って何度も繰り返して……)
 ソファの下では絵本を開くことはできなかった。

 だからいつも英司がお話を考えてやったのだ。

ここはね、ジャングルのほらあななんだ。

虎はジャングルの王様だけど、このほらあなには入って来れないんだよ。

だからここに隠れていれば安全なんだ。

もうじき、虎をつかまえに誰かが来るよ。それまで一緒に待っていよう。そうすれば、逃げられるから……。

 英司が『ジャングルのほらあな』と名づけたソファの下は、果歩と英司だけの占有スペースではなかった。他にもたいてい誰かが一緒に潜りこんでいて、英司の話を聞いていた。

 果歩くらいの小さな子供の時もあったし、英司と一緒にバスに乗って学校に通う年齢の子供もいただろう。

 木曜日の午後に待合室にいる子供はだいたい決まりきった顔ぶれで、ジャングルのほらあなという呼び方もすぐに定着した。やがてそこに潜りこむのが決まりごとのようになっていった。

 そして英司はジャングルの話をし続けたのだ。

いろんな人が虎を捕まえようとするけど、誰も虎には勝てない。

逆にやられて食べられちゃうんだ。

頭からばりばり音を立てて、どんな強いやつだって食べちゃうんだよ。全部食べると、虎は眠くなって昼寝をする。

そうしたら逃げられるよ。だからそれまで待っていよう。虎が寝たら家へ帰れるから……。

 衣砂という女が語ったお伽話の長い長い続きは……そんな風に始まった。

 すべてが英司の創作だったわけではない。

 やがて語るべき光景が、あのソファの下に潜り込むと見えるようになっていった。

果歩以外に誰がいたのかは、ほとんど覚えていない。
 ジャングルのほらあなはみんなの気に入りの場所だったが、虎の話をこわがる子もいたし、途中で飽きてソファの下から落ちつきなく出たり入ったりを繰り返す子もいた。

 いつも一緒だったのは、多分ひとりだけだろう。

 英司より1つ年上の男の子。

 名前はもう覚えていない。だが……。

(あれが……篤志さんだったんだ)

 芝生広場で野球をやる時はいつもその子がリーダー格だったのを覚えている。

 小さな子の面倒をよく見るという評判だった。

 学校でもクラスで一番体育が得意だという話を聞いたこともある。

 運動会ではそいつはクラス対抗リレーでアンカーをつとめた。閉会式に優勝旗を持って行進する姿を、英司は悔しい思いで見つめていた。

(『お父さんが欲しかったのは、ああいうこどもだ』。……あのころから、俺はそれを知っていた)

(俺は小さな子供の面倒を見るのは苦手だった)

(野球をやってもいつも球拾いばかりで、その球拾いさえ満足にできず、買ってもらったボールをなくしてばかりだった。暗くなるまでボールが見つからなくて、芝生広場の脇の溝やススキだらけのフェンスの下を探す時も……いつもそいつは最後まで一緒にいてくれたけど、本当はそいつのことがきらいだった。ボールはたいてい見つからなかったし、見つかるとしてもいつも手柄は俺じゃなくそいつのもので……)

(そいつが優勝旗を持って行進していたときだってそうだ。俺はひとりだけクラスの列から離れて、先生たちのいるテントの中のパイプ椅子に座って、すりむいた膝小僧が痛いってべそをかいてて……)

 閉会式のあとで、テントに英司を迎えに来てくれたのもそいつだった。

 英司の手を引っ張って、帰りの会が始まってるクラスへ連れて行ってもらった記憶が、苦々しく蘇ってくる。

おまえ、頑張ったな。えらかったぞ。転んでも最後まで走ったもんな。
 あのころの顔は思い出せず、蘇ってきた言葉に、現在の篤志の顔が重なった。
(畜生、余計なことばっかり……どんどん思い出すな)
(本当は果歩も、俺よりそいつのほうが好きなんだって……思ってた)

 母親の診察が終わって帰るとき、英司がソファの下から這い出しても果歩は絶対に追いかけては来なかった。果歩はジャングルのほらあなの中で、さっきまで英司にしていたようにそいつの腕にしがみついていたのだ。

 いつもそうだった。

 丸っこい目がじっと英司を見送っていた。

 お伽話の虎に怯えたままの目で……英司を見ていた。

(あの光景を見るのが、俺はきらいだった)

 いつも父を苛立たせる弱虫で臆病で甘ったれの自分が、その果歩の視線の先に存在している。

 英司にはそう思えていた。

 母を守っているのは自分だ。

 果歩を守っているのは自分だ。

 そういう誇らしさが、果歩のあのまなざしですべて否定されたように感じていた。

(そいつと俺を比べるなよ。そいつには勝てないことを認めろっていうのか……!)
 本当は果歩に、そう言いたかったのかもしれない。


 木曜日がいつまでも好きになれなかったのは……そのせいだ。

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