プリンセスプラスティック コンフュージョンコントラクト

BLOCK04:マーケットダウン

エピソードの総文字数=10,931文字

「フェデレーションとそれに与する勢力の摘発のための国際的な協調体制が必要です」
 外務省宇津井課長はそう強く訴えた。
「とはいってもフェデレーションの正体すら不明です。しかも貴国の通貨介入作戦については我々G20各国への根回しも不十分でしたが」
 居並ぶ各国の外務担当者から異論が浴びせられる。
「それは承知しております。しかしフェデレーションの脅威は目前に迫っています。すでに連合艦隊の偵察ではアメイジンの空中物流ステーション〈ブルー・スカイ〉と〈トワイライト・レッド〉が追跡を振り切って所在不明です」
 会議場のスクリーンに表示が映る。
「空中を移動可能な大規模多層構造物でなおかつ高速ドローンを搭載・整備可能なこの2つの空中物流ステーションは、一般的な兵器としての空中空母とほぼ同義です。しかも最近、防御火器を追加搭載したとの情報もあります」
「防御火器! そんなものまで」
「速射レーザー砲、近接防御ミサイル。ドローンも通常の物流ドローンではなくUAVを多数配備しています」
「しかしその情報の確度はどれほど」
 宇津井課長は冷静に言った。
「その確度を云々しているうちに、事態は不可逆に進行します。彼らには通常兵力を使った浸透侵攻作戦、大規模都市ゲリラ作戦も現時点ですでに可能ですし、目下行方不明の対消滅弾頭が彼らの手に渡った場合はもっと恐るべき惨禍が待ち構えています。それ以上の事態すら想定すべきでしょう。それが民間企業という皮をかぶって浸透したフェデレーションという新たなる脅威の意味です。その場合、この席で懐疑的に振る舞い続け、フェデレーションを泳がせておいた明白な愚策の責任を、誰が、どのようにお取りいただくのか」
「宇津井さん、それは言い過ぎでは」
「私がこう言わざるを得なくなるほど、事態は悪化しているのです。事実彼らの〈ブルー・スカイ〉と〈トライライト・レッド〉は現在行方不明なのです。連合艦隊が全力で行方を追っているのにもかかわらず。これが一民間企業が行うことでしょうか。何故身を隠す? その示す意味は一つ、我々既存国際社会への対抗意思の表明としか考えられません」
 国際会議場、大きな天井には四聖獣が宝玉をつかんだ意匠がほどこされ、その宝玉には対応に苦慮している各国外交官の表情がゆらりと映っている。

 会議場で吠え続けた宇津井課長は、休憩の控えの間で水を飲んだ。
「まったく、なんで今更」
 彼女はそのままワンピース姿にくまさんのポーチを下げて、国際会議場のロビーに出た。そして外務省の随員を連れて足早に他国代表の姿を求めて歩き回る。休憩中でも休憩しないのだ。それでも彼女の顔には疲労の色は見えない。外務省課長としての貫禄とは対極、まるで子供の姿だが、事実そうなのだから仕方がない。彼女は大幅な飛び級で外務省に入庁したキャリアなのだ。
「なんとか国際協調で包囲網を作れないと、これはとんでもないことになる」
 彼女はそう口にした。
「このままだと、世界的危機を回避できない」



「重空母〈かつらぎ〉〈あまぎ〉打撃グループ、太平洋とインド洋に展開中です。大西洋は現在英艦隊〈クイーン・エリザベス2〉打撃グループが展開、戦闘空中哨戒を実施中。米宇宙軍も宇宙からの監視体制を強化しています」
「これが俺たち制服組のできる限界だな」
 新淡路指揮所では各打撃グループの捜索状況がデータリンクで届き、表示されている。それぞれ1隻で1太洋を完全に支配し得る重空母なのだが、それでも身を隠したアメイジンの実質的な空母である物流ステーションの行方がわからない。レーダーであぶり出せば良い様に思えて、レーダーは万能ではなく、むしろレーダーは探知可能距離よりもはるか遠くにレーダを使用している発信源の位置をしられてしまう大きな弱点を持っている。それゆえに各空母は搭載した戦闘機からUAV(無人航空機)をさらに進出させ、その画像センサーを使っての捜索を行っている。画像センサーは逆探知されようがないのだ。
「しかし通貨作戦以降、政治のほうは通常の法律に基づいた摘発活動すら及び腰になってる」
「羮に懲りて膾を吹く、ってやつか。まったく、連中は通貨作戦、どこまで本気でやろうと思ったんだろうな」
「いずれメディアや野党がそこら辺つつき回るだろうよ」
「そうだな。そしてあることないこと混ぜ込んで真実はまた闇の中だ。もうこんなのうんざりだ」
「そうだが、それより予想される脅威の要点警戒を警察とともに強化する必要がある。この状態で狙われるのは間違いなくソフトターゲットだ」
「民間施設を狙うなんて、大昔には考えられなかった陰惨な戦争だよな」
「まあ、そこを言うなら通貨作戦も十分陰惨なやり方だったんだけどな」
「それにあの通販大手アメイジンが敵に回るなんて、想像も付かなかった。出来の悪いSF小説読んでるようで、心底いやな気持ちになる」
「現実は待ってくれないさ。悪い夢であってほしいと今でも心底思ってる。アメイジン・ジャパンは疑惑について関係性を否定しているが」
「そりゃ否定するだろ。『弊社は日本政府を初めとする既存通貨各国に対し通貨作戦の報復を行うことにしました』なんてプレス発表するわけがない。でもインタビューでは『通貨とはもともとそういうものではないはずです』という見解は示している」
「やっぱりメチャメチャ不愉快には思っているわけだ」
「不愉快じゃすまないだろ。仕事を失い家を追われる側から見れば」
「そうだな……。いくらアメイジンが税金逃れのために本拠を何度も変えているとは言え、それでなければもう経営が立ち行かないのかも知れない。大量の富がどこかに消えてしまっているかのように誰もが追い立てられ安息のないまま働いている。おかしすぎる」
「それはそうだが、それを今言っても仕方ないだろう」
 溜息が漏れる。
「でもアメイジンのサービスを受けられないと多くの人々が困るぞ。今更自家用車で週末に買い出しに行けるような時代じゃない。水も食料もアメイジンに発注して家で受け取るのが普通だ。重い生活物資抱えて買い物なんて、生活弱者には酷すぎる」
「いつの世も、こういうときは弱いところから犠牲になるのさ」
「それにしてもまだ我々人類が22世紀でも通貨統合してないってのは意外かもな」
「円、ドル、元、ルピー、ユーロ、ルーブルをはじめバラバラで為替市場も存在している。ただそこで動いているのはディーラーではなく、かつてのエキスパートシステムを進化させたアルゴロイドたちだが」
「為替政策をやってるのも実際は中央銀行に作られたアルゴロイドたちだ。もう市場には直接取引する人間なんておらんだろう。アルゴロイドに方針を伝えることはあっても」
「そうだな。……でもそれで世の中回ってるんだよな」
「いまやアルゴロイドはあらゆる分野に進出している。鉄道バスからシェアカーにいたるまでの公共交通の運転や運用配車システム、企業の事務処理から契約管理まで。家電製品の連携操作までもアルゴロイドがやる。特に最近はそういうアルゴロイドはスマート・コントラクトの仕組みを使い、アルゴロイド同士の分散認証でセキュリティを保っている」
「大昔のビットコインにも使われてたやつだな」
「ビットコイン自身は早すぎて投機の対象にされすぎてしまったが、あれからあと、企業の発行するポイントシステムが共通運用されるようになった。その経済圏は国境をたやすく越え、国際通貨まであと一歩だ」
「そういえばアメイジンもアメイジンポイントってのがあったな」
「ああ、あれは今度『ファイン』って暗号通貨システムに変わるらしいぞ。名前だけで、以前から運用は暗号通貨と同じ手法を使っていたらしいが」



「市場外取引で円の国際為替市場に異常な値動きを察知しました 円の推定発行総額規模が急激に拡大しています!」
 金融庁オペレーションルーム。
「ばかな! 日銀が勝手に資金供給政策を開始したのか?」
「いえ、その規模ではありません! マクロ経済、インフレ率に影響するレベルです!」
「通貨介入作戦か!」
「日銀オペルームに連絡! 円の通貨暗号システムの健全性確認急げ!」
「間に合いません! 円、インフレ率上昇中! 長期債券市場に大混乱が発生しています」
「ドルもインフレ率上昇しています!」
「ユーロ、ルピーにも波及!」
「なんてこった、世界同時インフレか!」
 オペレーションルームの羽左間は考え込んだ。
「どの通貨も、今は国際取引の高速化のためにかつての暗号通貨と同じブロックチェーン技術を改良したものを使っている。それを攻撃し得るとしたら、やはり……超高速論理コア?」
「おそらくそうでしょう」
 羽左間は決断した。
「連合艦隊に連絡! シファとミスフィの論理コアを使って認証の主導権を奪回する」
「現在シファとミスフィからリソース提供の申し出が」
「早い! さすが。すぐに依頼します」
 シファとミスフィが頷き、直後に二人の演算コアのタスク状況表示が一気に普段の使用率1%台から50%へ急上昇した。
「シファ、ミスフィ、頼んだ。このままだと世界史的に残る通貨危機になる!」



「ミスフィは現在時空潮汐機関保安院の監査のために主機の運転を停止しています。ウイングナイトシステムの稼働率の上限は50%」
「あのシステム、フル稼働させると結構大食らいなのよね。最悪のタイミングを狙われたわね。シファは」
「稼働率80%まで上昇しました。現在空中哨戒任務中です!」
「すぐに呼び戻して。この〈ちよだ〉の主整備室なら有線接続にしてスループットが活用できる」
「はい!」
「しかし、またしても押し込まれてる……」



「帰還するの?」
 高高度を征くシファは舵を切った。高度5万フィート、一般の航空機には許されない、高速航空機のみの高度域をシファは悠々と翼を広げている。
「世界同時インフレなんて……いったいどうなってるの」
「私が聞きたいわよ」
 普段冷静な戸那実3佐も苛立っている。
 そのときだった。
 ――正面にアンノウン(不明機)多数!
 ZIOTが画像センサーで機影を察知した。
「なんですって! こっちには兆候がないわ! 『ドーム』早期警戒システムにも反応ない!」
 戸那実が驚く。
「この忙しいときに!」
 シファは剣を構え、誘導弾の射撃体勢を取るが、それより先に向けられてくるレーザー光線を探知する。
「照準レーザー! ってことはUAV!?」
 シファは急加速して突破を試みる。
 ――-中央に指揮機らしき機影あり!
「待って! 随分小さいと思ったら、向こうも女性型女性サイズ艦艇なの!?」
 シファの鎧にセットされたセンサーがズームで目標をとらえる。
「小さすぎる!」
 ズームしてもまだ姿が見えない。広大な空の中でそれはまだただの点にしか見えない。
 ――SIF応答無し。ズーム最大でも機影不明瞭。その不明機にトラックナンバー7789を割り当てます。
 ――多数のUAV接近中! アタックレーザーの本射を受けます!
「回避!」
 ――回避成功!
 シファはますます加速しながら旋回していく。
 ――このままではUAV群に突入します!
「やれるもんならやってもらうわよ!」
 シファは口を引き結ぶ。
「533ミリ、対空効力射、対空MIRV弾頭、連続速射モード射撃、射撃はじめ!」
 けたたましいベルの音とともにシファの周りから猛烈な勢いで533ミリ収束空対空誘導弾が発射される。
 ――バーズアウェイ!
 それはUAVに向かって飛ぶと途中で分離、6発の小型ミサイルとなってUAVを追跡していく。しかもその小型ミサイルの推進モーターは薄い灰色の煙しか引かない。誘導システムも画像追跡センサーで目標を狙うので、逆探知のしようがない。
 ――マーク・インターセプト!
 ――UAVにMIRV、次々と着弾中!
 シファのMIRVの弾頭は菱形に翼の生えたような姿のUAVに追いつくと、その勢いのまま炸裂して破片と衝撃波を浴びせてたたき落とす。 
 その着弾を追うようにシファはなおも加速していく。
 ――敵指揮機、変針、本艦との近接進路に入りました。
「こんな時に!」
 シファは剣を振るって構える。
 ――トラックナンバー7789、なおも接近中。
 ――UAV、編隊を組み直しています!
 ――十字砲火を受けます!
「上下左右全部UAVだらけじゃない!」
 そのUAVの大群が次々とシファに向けてレーザーを撃とうとする。だがシファの急加速に照準が追いつかない。
 そして指揮機にシファが飛び込んでいく。
「指揮機が回避しない……私に1対1を挑むつもり!?」
 UAVがシファに追いすがる。だがシファの自衛機銃の猛烈な弾幕が次々とそのUAVをたたき落としていく。
 ――敵指揮機、レーザー射程内!
「主レーザー、対空効力射用意! スパイク!」
 強烈なレーザーが敵の女性型女性サイズの小さな標的をかすめる。
 ――突発警報!
 同時にレーザーが返ってくる!
「回避!」
 ――NFB(ノンフューズブレーカー)作動!
 ――誘導エネルギーの影響回避のため左舷武装、自動切放実施!
 ――左舷武装、動作復旧まで10秒!
 ――ナンバー7789、機銃射程内!
「機銃で対処する! 25ミリ、3.31ミリ斉射用意!」
 ――7789、急加速で接近中!
 ――機銃射程の内側に入り込まれます!
「剣で対処する!」
 ――7789、加速しながら銃剣を構えています!
「かまわないわ!」
 ヘッドオン、正面衝突での度胸勝負になった。
 ――最接近まで3、2、1!
 シファが剣を構えたまま突入し、突き出された銃剣を払った。
 その超高熱のプラズマの刀身が銃剣をたたき落とす。
 そしてそのままシファは7789の脇を駆け抜け、UAVの群を引き離して一気に母艦〈ちよだ〉のほうへ駆け抜けた。
 速度はすでに音速の4倍に達し、追いつくUAVは一機もなかった。
 再び高高度の静寂が戻ってきた。
 ――前方に母艦〈ちよだ〉の帰投支援装置(TACAN)の反応あり。
 ――帰投シーケンスに入ります。
「でも、あの7789、なんだったんだろう。おかしすぎる。出力は私に及ばないまでも強力なレーザーを装備し、多くのUAVをコントロールしていた……どこかの国のBN-Xが敵対側に回ったみたいなかなんじ」
 ――米・欧・露の6隻の既存BN-Xの所在は確認済みです。
「じゃあ、あらたにBN-Xをどっかが作っちゃったの?」
 ――それも現在調査中です。
「それに世界的な通貨介入、これ、全然復旧の目処が立たないわ。私が演算リソース提供しても世界的な既存通貨ネットワークのほうが押し負けている。フェデレーション側にそんな莫大な演算リソースが存在するの?」
「その疑問は私たちも追跡中よ」
 通信で戸那実からの声が入った。
「それと……あっ!」
「どうしたの!」
「〈かつらぎ〉搭載の4空の戦闘哨戒機が消息を絶った!」
「事故!?」
「まさか。戦闘哨戒機は単独で低軌道と大気圏内を往還できるのよ。こんな消息の絶ち方は想定できない……やっぱり! ブラッキー07、ショットダウン!」
「撃墜されたの!?」
「現在救難隊が当該海域へ救難作戦に向かってる!」
「でも戦闘哨戒機の長い足でいけるところまで、救難隊は簡単には行けないわね」
「現在消息を絶った海域に絞って集中捜索を開始してるわ」
「これじゃ大昔の空母機動群同士の海戦になっちゃうじゃない」
「私たちは今それに直面してるのよ。それにしてもミスフィの時空潮汐機関の検査、まだ終わらないの?」
 イラッとした声を上げる戸那実に呼応して画像が変わる。
「時空潮汐機関保安院の安全審査が手間取ってる。もうしばらく時間がかかる。今一生懸命急かしてるけど」
「こんなときに!」
「戸那実さん、まあ、落ち着こう。彼らも彼らの仕事だから」
 整備副長の沖島がそうとりなす。
「……そうね。余裕なくなってた」
 そのとき、シファが通信した。
「〈ちよだ〉へ、着艦を要請する」
「着艦を許可する。着艦スポット3番を使用せよ。本艦対気速度、艦首方向52ノット」
「52ノット了解」
「着艦し次第、リソースの提供急いで」
 〈ちよだ〉の識別信号が近づいてきた。あたりはすでに暗くなっていて、〈ちよだ〉もシファも明かりをつけず、蛍光反射マークだけで互いを認識している。大昔、第二次世界大戦の空母対空母の戦い以上に灯火管制が厳密なのだ。

「時空潮汐機関保安院、まだ返事来ないの?」
「なにか手間取ってるらしい。シファ、ベッドで有線接続して稼働率97%までがんばってくれ」
 シファは着艦したあと、すぐに主整備室のベッドに乗り、ケーブルを受け取ると身体に接続した。量子通信のワイヤレスでほとんどの能力を発揮できるシファ級だが、今回ばかりはその量子通信でのわずかな信号劣化も惜しいのだ。
「わかったわ。それでもプルーフオブワークシステムの承認競争の勝率はそんな上がらないと思う。今のところ対抗してくるムチャクチャ演算の速いコアが2つ見つかってるわ。その所在はわからないけど……でも」
「でも?」
「これ、似た感じがする」
 シファはつぶやいた。
「なにに? 思い当たる物があるの?」
「さっきのUAVの指揮機と電子戦したときに感じたこの感覚に」
「まさか! BN-Xがフェデレーション側で建造されたかも知れないの? そんな!」
「ただ、金融庁の調べでシャドウコインの流れをみると、べらぼうな額のつじつまの合わない出費があるらしいし」
「それにしてもBN-Xが民間で建造できちゃうなんて、そんなことあり得ないわよ」
「でも、事実、私は感じちゃったんだもの。この件、私も追いかけるわ」
「それよりまず、シファ、既存通貨圏を救って! このままだと全世界の市場が取引を停止することになる!」
「グランドモラトリアムね。そうはさせたくないわ。ただ」
 シファはベッドで唇をゆがめた。
「現在私のプロセッサ使用率98パーセント。それでも押し込まれてる」
「なんてこと! ミスフィの復帰はまだなの!」
「時空潮汐力保安院がまだ手間取ってる!」
 シファ機付長の沖島が叫ぶ。
「そんな! それどころじゃないわ!」
「でも保安院の監査通らないと、事故ってミスフィを今復帰させても最悪、結果的に失うことになる!」
「なんとかならないの!」
 戸奈美が叫ぶ。
「なんともならない!」
 沖島も叫ぶ。
「こういうときに規程を誤魔化していいことはない! ああだからこうだからと理由さえあれば破って良い整備規程なんてない!」
「でもこんなときよ!」
「整備規程を破ることは絶対にダメだ!」
 沖島は頑固に答える。
 そのとき、主整備室のモニタリングシステムのチャイムが鳴った。
「シファ、プロセッサ使用率99パーセント。なおもジョブ増加中。昏睡に入ります!」
「シファ、自分の演算能力を全部つかいきろうとしてるの!」
「このままじゃシファは自分の生命維持すら出来なくなる!」
 悲鳴のように整備員が言う。
「シファ、聞こえるか?」
 沖島が聞く。
 しかしシファは目を閉じ横たわったまま、応答しない。
「シファ!」
 戸奈美も叫ぶ。
「シファ、聞こえるか」
 沖島はもう一度聞く。
 シファは答えない。
「シファ!」
 沖島は少し考えていたが、突然席を立つと、シファの方へ歩みよる。
 そして、その彼女の胸元でジワジワと冷たい緑色に輝いているクリスタルに手を当てる。
 クリスタルに少し波紋が浮かぶ。
 すると、沖島はそれを一気に押し込んだ。
「!!」
 声にならない悲鳴があちこちからわいた。
 直後、クリスタルの光が真っ赤に変わった。
「沖島さん! 何を!」
 沖島は答えない。
「誰か! 時間を取って!」
 整備の一人が気づいた。
「16時32分!」
「まさか!」
 クリスタルの光が、そのあと、ふっと消えた。

 シファは目覚めない。
「沖島、まさか!」
 戸奈美がそれまでいた仮想空間の戦術指揮センターから駆け出し、主整備室に飛び込んだ。そこには専用のベッドに横たわって監査終了を待っているミスフィと、沖島に見られながら同じようにベッドに冷たく横たわっているシファがならんでいた。
「シファ!」
 彼女の元に駆け寄る戸奈美。
「沖島、シファに何をしたの!」
 沖島は答えない。
「シファ! シファを返して!」
 取り乱す戸奈美に、沖島はなおも答えない。
 シファのクリスタルは光を失ったままだ。それがなんとももの悲しい空気を作っていた。
「まさか、シファが、沈んだ?」
 モニタで見ていた矢竹がつい口にする。
「どういうこと?! こんなの私、説明されてないわ!」
 戸奈美はなおも取り乱している。
 それなのに沖島は黙り込んでいる。
「何か言ってよ! シファになにをしたの!」
 沖島はまだ答えない。
「シファをまさか、沈めたの? 自沈させたの?」
 沖島は答えない。
「まさか、そういう……こと?」
 まだ沖島は黙っている。
「そうなのね」
「黙ってくれ」
 沖島のその言葉に、戸奈美はついに爆発した。
 そして、沖島を平手打ちした。
 その叩いた音が、主整備室に響く。
「黙ってられるわけ無いわ!」
 整備科のみんなが動揺するが、沖島はなおも答えない。
「こんなの……ありえない……認められない!!」
 沖島の頬が赤く腫れている。
 だが、彼は少しも動かず、シファの顔を見つめている。
 シファの顔は凍り付いたように無表情に目をとじ、唇もとじている。
「シファ!」
 戸那実の叫びが響いた。

 そのときだった。
 シファのクリスタルに今度は黄色の灯りがともった。
「な、何が起きたの!」
 戸奈美はなおも動揺するが、シファのクリスタルは明滅する黄色の光のなか、いくつもの輝く星を飛ばしている。
 そのきらめく星たちが一斉に噴き出すと、それが円軌道をいくつも描き、そして群れとなってまとまり、銀河の姿となった。
 そして黄色の光が落ち着き、そのままクリスタルは輝き続ける。
 そのあと、シファの肌に、さっと光が走った。
 そして、シファが、唇を動かし、ついに目を開いた。
「シファ!」
 戸奈美はシファに抱きつこうとしたが、ベッドが邪魔で出来ない。
「シファ!」
「一瞬覚悟したよ。俺も」
 沖島が口を開いた。
「シファのプロセッサ使用率が100パーセントになる前に緊急停止させた。間に合った。いま、シファはセーフモードで再起動した」
「セーフモード!」
「ああ。シファ、思いが強すぎて自分を使い切ってしまいそうだった。でもそうしたらシファの自己維持が出来ない。シファのプロセッサは時空潮汐機関の維持にも使われてるんだ。だから、緊急停止させる必要があった」
「そんなことが」
「マニュアルに書いてあるんだけど、まあそこまで読むのはしんどいもんね」
 沖島はそう言うと、ふっと微笑んだ。
 戸那美は、理解した。
「なんでそれを」
「俺だってこんなシファを緊急停止させて、そのあとのセーフモード再起動トリップなんてそうそうやったことないから、ビビるよ。再起動失敗したらどう責任取るか、そればっかり考えてた。そりゃ正規空母数隻分のBBN-Xを自分の手でパーにしたかもと思えば、言葉も出なくなるでしょ?」
 それを聞く戸那美のほうが言葉も出ない。
「運転記録も保存しとかないと最悪、再起動失敗からのサルベージもうまくいかない。だから。あ、戸那美さん、もしかすると泣いてる?」
「そりゃ、泣くわよ!」
 戸那美はメガネの中で飛沫を飛ばして泣いている。
「大丈夫。シファの設計建造した人たちはよくやってくれてたよ。ちゃんとセーフモード再起動した。あとはシファのメンタルの回復を待つだけだ。ね、シファ」
 シファは、口をちょっと開いたり閉じたりしていたが、向き直った。
「……ごめんなさい。世界的通貨危機を救えなかった」
「そんなことないよ。でもすごいな。セーフモード再起動なのに『知らない、私、二人目だから』にならなかった」
「……沖島さん、それはネタが古すぎるわよ」
 シファは笑った。でもその笑いが弱々しい。
「シファ! ってことは、シファ、無事なのね」
「ああ。ちょっと全力は出せないが、大丈夫だ」
「よかった……ほんとうによかった」
 沖島は腕組みをした。冷静な判断はさすがシファの機付長だ。
 その沖島は、若いのにいかにもベテランらしく微笑むと、今度はまだ腫れている自分の頬に手をやった。
「戸那美さん、それにしてもすげえいいビンタ、ありがとう」
 戸那美は泣きながら顔を真っ赤にした。
「そりゃこうなるよね。俺も戸那美さんの立場だったらそうしてたと思う。特に埋め合わせは要らないよ。夕食だけでいい」
「……なにちゃっかり御礼要求してるのよ!」
 戸那美は笑った。でもまだその顔は涙で濡れている。
「戸那美さんも怒ったり泣いたり笑ったり、大変でしたね」
 整備のみんなも笑う。
「わかったわ。御礼するわ。それでいいんでしょ!」
 戸那美がそう言う。
「ラーメンで良いよ。連合艦隊の3佐の給料の額、普通に知ってるから」
 戸那美はぐぬぬの顔をしたあと、言った。
「でも整備のみんな分ね!」
「ほら、そうやって無理な約束しないの」
 まだ笑っていた。
「でも、状況はサイアクよ。アメイジンの空中物流センター2つが実質的なUAVの巨大母艦となって活動を開始したわ。なおかつ財務省と日本銀行はモラトリアムを宣言し、すべての経済取引の中断を宣言した。米FRBも欧州中央銀行も、その他全ての既存通貨圏の中央銀行が一斉に取引を停止した。グランドモラトリアムだけど、これがどんな深刻な状態なのか、まだよくわかってないの。どこまで混乱と被害が及び、それが拡大するか分からない。かなり致命的な事態も予想されるわ」
 戸那美はそう言う。
「まあ、でも、さ」
 沖島は言った。
「とはいえ、俺たちはまだ生きてるよ。だから、ここからあとのことは、『明日は明日自身に思い煩わせるがよい』だよ」
 沖島はそう言うと、続けた。
「世の中がどんな危機になろうと、身につけた技術までは剥ぎ取られないし。俺はエンジニアとしてそう学んできた」
 沖島はそう言うと、ニッと笑った。
 でも、それがカラ元気であることはみんなに分かっていた。
「そうね」
 戸那美はそう答えた。

 そして、世界中のマーケットは完全にダウンしてしまったのだった。
〈続く〉

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