ままならぬ日々

城址公園の茶屋

エピソードの総文字数=1,166文字

 城址公園内を散歩していると、池のほとりに茶屋がオープンしていた。店頭に四・五人が座れるサイズの長椅子が据えられ、法衣を連想させる紫色の敷物が敷いてある。中は真っ暗で、入口から様子は窺えない。


 私は子供の頃、この池でよくザリガニ釣りをした。小さく切ったちくわやするめにタコ糸を巻きつけ、池に垂らし、ザリガニがハサミで食らいつくのを待つ。ザリガニは一度獲物を掴むと断乎として放さないため、容易に釣り上げられる。

懐かしいな、ザリガニ釣り
 当時のことを思い出そうとしたが、具体的な映像は何一つ浮かんでこない。
(そもそも私は、ザリガニ釣りをした経験があっただろうか? 私が物心ついた時には既に、ザリガニ釣りは過去の遊びになっていたのでは?)
 やがて店の中から女が出てきた。年齢は二十歳前後。赤色と赤紫色の中間とでも言えばいいのか、なんとも冴えない色合いの着物を着ている。
一名様ですね。奥へどうぞ
(気候もいいし、外の長椅子に腰かけて食べたいと思っていたのだけど……。あの椅子は飾りのようなものなのだろうか。あるいは、特別な客だけが座ることを許されるのかもしれない)

 女に続いて店の中に入る。

 飲食店にもかかわらず、廊下は埃っぽい。窓には格子が狭い感覚で並び、満足に光が差し込まないので、陰気な雰囲気だ。四人用の座敷席に案内されたので、靴を脱いで畳の上に胡坐をかく。

 机の中央に、全高三十センチほどの、苺模様の服を着たパンダのぬいぐるみが置いてある。思わず手に取る。

(子供が喜びそうでいいけど、なぜ茶屋にパンダのぬいぐるみなのだろう)
ご注文はお決まりでしょうか?
えっと、メニューは……
『絶対的な現在』ですね。少々お待ちください
 女は軽く頭を下げ、店の奥へと消えた。
(なにも言っていないのに、どうして? そもそも、『絶対的な現在』って……?)

 首を傾げ、ぬいぐるみをテーブルの端に置いた。


 注文の品を待っている間、私は寂しかった。格子に遮られ、差し込む光は僅かばかりだし、暇を潰せるようなものはなにも置かれていない。子供であれば、パンダのぬいぐるみを相手に十分や十五分時間を潰せるかもしれないが、私は最早そのような年齢ではない。

(食事を済ませたら、さっさと出よう。散歩の途中で飲食店に寄ったのは間違いだった)
 不意に人の気配を感じた。振り向くと、先程の女が座敷の手前に佇んでいる。茶色い盆を手にしていて、大皿になにかが盛られている。金平糖を野球ボール大に拡大し、墨色に染めたような物体。

 どう見ても飲食物ではない。

姉がいることをお忘れですか
 女性は泣いている。
あなたには、三つ歳が離れた姉がいるんですよ。お忘れですか
(姉? 私に姉なんて……)
お忘れですか。本当にお忘れですか
 盆を持つ手が震え始めた。私が座っている畳まで揺れているような気がした。

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