勇者の出立

ちんぴらには向かない職業

エピソードの総文字数=3,525文字

 そうこうしているうちに、ロビンの母親が目のくりくりしたガキを連れて家に帰ってきた。

 ロビンはさっそくおれを母親に紹介した。


お母さん。この子、メイスっていうの。今日からしばらくうちに住み込んで、仕事を手伝ってくれることになったから。
まあ、そうなの? 助かるわ!

私はツェーナよ。よろしくお願いね、メイス。

 おれは家の中へ招き入れられ、ツェーナさんがこしらえた夕食をごちそうになった。


 質素な食事だった。びっくりするほど品数が少ない。

 でもその料理は、なぜかとても温かく感じられ、体にしみわたった。


 家の中には家具らしき物がほとんどなかった。最低限の机、椅子、棚が置かれているだけだった。どれも古い貧相な家具だ。

 でも掃除の行き届いた室内は、豪華できらびやかな王宮の客間よりも居心地よく感じられた。


 ――たぶんここには「嘘」や「虚飾」がないせいだろうな。



 深夜。与えられた部屋の窓から、おれは外を眺めた。


 ロビンとの口約束なんか守る義理はない。今すぐこの窓から飛び出し、浮遊魔法ではるか彼方まで飛び去れば済むことだ。

「仕事」って何だよ。そんなもん、やってられるか。自慢じゃないがおれは働いたことなんかない。物心ついて以来、「王宮でのタダ飯生活」と「魔物や野盗との戦い」がおれの生活のすべてだった。


 ただ――いつ現れるかわからない親父を待ち伏せるのに、野宿を続けるよりは、この家で厄介になる方がはるかにマシかもしれない。


 翌日から、おれの生まれて初めての労働生活が始まった。


 壊れた荷車の代わりを務めるなんて楽勝だ。どんな重くてデカい荷物でも浮遊魔法一発でいくらでも運べる。


 だがロビンは、物を運ぶ以外の仕事を次々とおれに言いつけた。

しばらく使ってない畑があるんだけど。そこの土を起こしてほしいの。
土を起こす、って……いったい何をするんだ?
 それは岩のようにガチガチに固まった土を、鍬(くわ)で掘り返して柔らかくする、という作業だった。


 何度か土に鍬を叩きつけているうち、手がしびれてきた。腕が悲鳴をあげ始めた。中途半端な姿勢を続けているせいで、腰も痛くなってきた。

 それなのに作業はちっとも進んでいない。

 掘り返されていない、のっぺりした地面がどこまでも広がっている。

ちょっ、頼むからっ、休憩させてくれ! もう無理だ。
ええええええーっ! 信じられないわ、もうヘバったの!? あんたって見かけに似ず、あり得ないぐらいひ弱ね?

ピノだってもうちょっとがんばれるわよ?

 ピノというのはロビンの幼い弟だ。


 おれは食い下がった。

仕方ねーだろ、野良仕事なんか今まで一度もやったことないんだから……!


爆裂魔法で土をドカーンと吹っ飛ばしてもいいか? その方が深くまで地面がえぐれるぜ? こんな鍬で土の表面をちまちま引っかいてるより、はるかに手っ取り早い……

畑をえぐっちゃダメ!!

そうやって何でも魔法に頼ろうとするから、あんたはひ弱なのよ。自分で体を動かしなさい!

 ――鬼だ。こいつは女の顔をした鬼だ。


 おれはのろのろと作業を続けた。苛烈な日光がおれの背中と肩を灼(や)く。汗が玉となってしたたり落ちた。疲労で目がかすみ始めた。


 こんな苦行は初めてだ。

 自分に体力がないと感じたことは今までの人生で一度もないが。ロビンの言う通り、おれは本当はひ弱な奴だったんだろうか。魔法に頼りすぎて、人並み以下の体力になってしまったんだろうか。

姿勢が悪いんですよ。だから無駄に力が入って、疲れちゃうんです。
 横合いから、幼い声が響いた。

 振り向くと、ロビンの弟のピノがにこにこ笑いながら歩み寄ってくるところだった。


 おれの胸の辺りまでしか背丈のないガキは、おれの手から鍬を取り上げると、おそろしく慣れた動きで振り上げた。

ね? こういう姿勢でやれば、鍬の重みを使って振り下ろすことができるので楽でしょう? 腰にも負担がかからないし。


こういうのってコツがあるんですよ。姉の言うことなんか気にせず、がんばってください。

 確かに、教えられた通りの姿勢でやってみると、これまでにないほど深く鍬が地面に突き刺さる。体も楽だ。

 おれは感心した。

おまえしっかりしてるんだな、ガキなのに……。年はいくつだ?
七歳です。

でもね、いろいろ苦労してますので……早く大人にならざるを得なかったんですよ。

 どんな七歳だよ。大人を通り越してすでにおっさんの風格じゃねーか。




 その夜のうちにトンズラこいてしまわなかったのは。

 ひとえに、今逃げたらロビンに「この程度の仕事がつらくて逃げ出すなんて本当に情けない男ね~~。ひ弱なだけじゃなく根性無しだったのね」とせせら笑われるのが目に見えていたからだ。

 たとえ二度と会うことがない相手だとしても。そんな風に思われたままなのは我慢ならない。



 二日目。おれは筋肉痛でギシギシ軋む体を無理やり動かして働いた。


 ロビンはあいかわらず、きつい力仕事を情け容赦なくおれに言いつけた。

 何とか乗り切れたのは、ピノの的確な助言のおかげだった。


 山ほど荷を積んだ荷車を(魔法で)動かして、ロビンと一緒に村を横切っていくと、村人たちの不信の目が一斉におれを追った。

 そういうきつい警戒の視線には慣れている。田舎の農村じゃ、「よそ者」に対する住人の反応はたいていそんなものだ。鋭い目でじろじろ眺め回し、「さっさと出て行け」という拒絶を伝えてくる。


 くたびれた雰囲気の中年女が駆け出してきて「ちょっと、ちょっと、ロビンちゃん」とロビンの袖を引いた。二人はおれからかなり離れた位置まで移動して、囁き声で会話を始めた。

 中年女が驚きのあまり声を高めたので、その言葉がおれの耳にも届いた。


住み込みで働いてもらってる、って……! 大丈夫なのかい? あんたの家には女しかいないのに、よく知らない男を住まわせるなんて……!
大丈夫よ。メイスはそんな、悪いことするような子じゃないわ。
善人そうに見える男の方が危ないんだよ。


……ねえ、ツェーナさんとも相談して、考え直した方がいいんじゃない? あんたの家は村外れで、他の家からもだいぶ離れてるから、何か起きても私たちには聞こえない。心配だよ。ピノじゃ、まだ小さすぎて頼りにならないし……。

心配いらないわよ♪ 剛腕無双のツェーナの家で、変なことなんか起きるわけないでしょ?
 ロビンは軽やかな笑い声を立てた。なに、その二つ名!?


 三日目。筋肉痛はさらに悪化した。おれは、あやつり人形のようにガクガクとぎこちない動作で労働に取り組んだ。体がばらばらになりそうだ。


 農場の囲いを作り直すように言われ、おれが、囲いの線上にあって邪魔になる大岩をどかせようと悪戦苦闘していると、村の方角からこちらへ歩いてくる人影が目に入った。


 それは、ここへ来た最初の日、ロビンにからんでいたゴロツキどもだった。

 先頭を歩いている不細工づらが例のジェムだろう。ロビンの幼なじみの。

女所帯なのをいいことに、妙な男がロビンの家に住みついて迷惑をかけてるという噂を聞いたが……やっぱり、おまえだったのか。
失礼なこと言うんじゃねーよ、小悪党。むしろ迷惑をかけられてるのはこっちだよ。
その程度の岩も動かせないとは……ひ弱だな。(フンッ)

しょせんは、魔法の力を借りなければ何もできないナヨナヨ野郎か。

生っ白い顔しやがって。笑わせるぜ。


痛い目に遭いたくなければ、ロビンの家から出て行け。

こないだは油断してたのでやられたが……男なら正々堂々と素手で勝負しろ!
そうだ。魔法を使うなんて卑怯だぞ、この軟弱野郎!
あー。……わかった。
 お望み通り、素手でこてんぱんに叩きのめしてやった

 おれは野良仕事も力仕事も苦手だが、乱闘は得意中の得意だ。機嫌が悪かったせいもあって、あまり手加減してやれなかった。

お、覚えてやがれ~~!!
 前に聞いたことがあるセリフを吐きながら、奴らは逃げていった。



 ジェムが何者なのかわかったのは、そのすぐ後のことだった。

 例によってピノがやって来て、大岩を簡単に地面から掘り出す方法を教えてくれた。一緒に作業しながら、

ジェムは、この村で一番の大地主の息子です。


昔から何やかんやと、姉にからんだり意地悪をしたりしてくるんです。大人になってからの意地悪はちょっと洒落にならないんですが


ほら、よくあるでしょう? 

好きな女の子には意地悪したくなる」っていうやつですよ。

ええっ、そうなのか!?
女子の気を引くために意地悪をしたって、たいていの場合逆効果でしかないのに、そこに気づけないところが男のあさはかさというやつなんでしょうかねぇ。アハハハハハ……!
 おまえ本当に七歳かよ。おっさん臭がひど過ぎだろ。

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