変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第35話「あんたは一人じゃない。みんながあんたを応援してるからね!」

エピソードの総文字数=5,519文字

「…………」
 元十郎は、信じられない気持ちで、目の前の光景を見つめる。
 楽しそうにニヤける深海魚顔の少女と、苦しそうに片膝をつく下忍の姿に化けた里頭……
(まさか、若にまで効く術とは……)
 羽音神忍軍の天野家と、暗殺者ギルドのアサシン部隊――
 全く異なる二派に同じ術が伝わっているのは、それぞれの先人が悪魔召喚の儀式を行ったからだ。
 かつて魔界に棲んでいた【悪魔族】は、不思議な力を持っており、人の魂と引き替えに、契約者の願いを叶えることが出来る。
 彼らは同じ悪魔と契約し、同じ願いを叶えてもらった。
 自らの所属する閥族が「永劫的に最強であるように」という願いである。

 それ故に、彼らが授かった秘伝の術は"最強"なのである。
 誰の術をも捻じ伏せられるし、誰の術に抑止されることもない。
 但し、同術の使い手を相手にしない限りは――……
 まさに、"どんなものも突き通すことが出来る矛"と"どんな武器でも突き通すことが出来ない盾"の衝突――
 『100%』の特殊能力と『100%』特殊能力のぶつかり合い――
 そこには必ず優劣が生まれ、どちらかが折れる。
「…………」
 恭介は竹沢由美子を『傲慢』と言ったが、自分たちもまた傲慢だったのだろうと元十郎は苦い気持ちになる。
(いかなる特殊能力といえども、「100%」も「絶対」も「必ず」も有り得ない……)

 心のどこかで秘術に対する過信があった。

 アサシンが動けなくなった理由を『この娘の術以外の他の要因』と考えたのも、そうでない可能性に思い至りつつろくに警戒していなかったのも、全てが慢心による過怠である。

 それが今、そっくりそのまま自分たちに返ってきたのは……まさに、身から出た錆であるとしか言いようがない。

「ぐふふふふ! さぁ、にゅるんと出しちゃいなさい! にゅるんと!」
 下品なゲス顔でぐへぐへ笑いながら、竹沢由美子が腰に手を当てて、恭介を見下ろしている。
「っ、くうぅっ……」
 恭介の口から洩れたのは、今にも壊れてしまいそうなか弱い呻きだった。
 "暗殺機械(マシーン)"と呼ばれるほどに凛然とした里頭の普段の勇姿を知る分、痛ましいほどの薄弱さに元十郎は自分の耳を疑う。
「そんな……」
「まさか……」
 下忍二人もオロオロしていた。
 ヘリの中の会話を知らないこの二人だが、里頭が普段使っている変化パターンは把握しているので、今ここにいる下忍が自分たちの里頭だということには気付いている。
「ぐへへへへ、それともあたしが蹴って絞り出してあげましょうか? さっきの変態みたいに!」
 非常にいやらしい動きで、両手の指をワキワキさせる由美子。
 元十郎はハッとして叫ぶ。
「お、おやめください! もう十分です、十分ですから!!」
「えーそう? でもさ、元十郎ってあたしの変態魔法を疑ってるのよね? 100%は有り得ないって。もし、このまま金的を入れてクリティカルヒットしたら、さすがに変態魔法のすごさを信じてくれたりするんじゃ?」
「!? いや、もういいですから、本当に!!」
「ああ、もちろん、思いっきり蹴り上げたりはしないわよ? さすがに元十郎の部下にそんな酷いこと出来ないもの。だから、ウンコを漏らす程度に軽~く優し~くタッチするくらいで――」
「十分酷いですぞ、それ!!」
 元十郎と由美子が話している間も術は効き続け、
「……っ、ふうぅっ……んっ……!」
 いよいよ切迫した様子で、恭介の全身がプルプル震え出した。
「おっと、いつの間にか肛門が1cm以上開いちゃってるわね。こんだけ開いてるのによく持ち堪えられるわねー」
「……くぅっ……ふぅっ……」
「すごいわ、あんたやるじゃん!」
 顔を青ざめさせながらも頬だけ真っ赤に染め、うっすら涙を滲ませる恭介に、由美子は笑顔でパチパチ拍手を送る。
「おやめください! 本当にもうおやめください!!」
「わかったわ」
 意外にもあっさり了承して、彼女はパチンと指を鳴らす。
「……っ、は……はぁ……」
 術は解けたようだが、恭介はまだ全身を強張らせて震えている。
「元十郎って部下思いなのね。そういうところも素敵だわ、ぐひひ♪」
 由美子がまた気持ち悪い笑いをしているが、元十郎にはそれに構っている暇はない。
 慌てて恭介に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか! わ……田中!?」
 途中で"部下設定"を思い出して、偽名で呼び掛けた。
「部下に対しても敬語なのね。カッコイイわ、元十郎♥」
 彼女はホクホクした顔で、うんうんと頷いている。
「だ、大丈、夫だ……」
 まばたきを忘れたように潤んだ目を大きく見開き、恭介が震えた唇で呟く。
「手を――手を貸しましょう!」
「! や、やめ……」
 元十郎の申し出に、恭介が困ったように眉をたわめた。
「あ、やめてあげた方がいいわ。今、身体に触れたら確実に漏らすから」
「――!?」
 由美子の言葉に、元十郎はぴたりと動きを止める。
「田中さんの肛門はまだ9mmも開いてるの。最大12mmまで開いたんだけど、術を解いてからは少しずつ持ち直してきてるわ」
「…………」
「あ、8mmまで狭まったわね。田中さん、頑張って!」
「くっ……」
 彼女の無神経な声援に、恭介がキュッと下唇を噛む。
「あっ、余計なところに力を入れちゃダメよ! また9mmになっちゃったじゃない! ほら、もっと括約筋に集中して!」
「っ、くうぅっ……」
「4mmまで閉じれば、何とか立ち上がって歩けるようになるはずよ。公衆便所はあんたの真後ろ30メートルのところにあるわ、ほら頑張って!」
「…………」
「それともいっそここで漏らしちゃう? あたしの変態魔法は排泄物の浄化も出来るから、安心してお漏らししてくれていいわよ!」
「っ、んっ……ふぅっ……」
「あっ、7mmになったわ! あと3mmよ、田中さん!」
「…………」
「…………」
 その後、二分ほど掛けて、恭介は何とか立ち上がれるようになった。
「油断しないで、括約筋に全意識を向けながらゆっくり立ち上がるのよ? ここからは8mmまで広がったらアウトだからね。8mmまで広がっちゃったら、立位ではもう持ち直せないわ!」
「……っうっ……ふっ……」
「よし、いい感じよ! 4mm……あ、5mm! 5mm、5mm……あっ、6mm! 6mmよ! そのまま中腰で堪えて、はい!」
「…………」
「ああっ! 7mmになっちゃったわ! ギリギリよ、頑張って!」
「…………」
「…………」
「あー……よし、6mmに戻ったわ! そのまま息を止めて、腹筋を動かさないようにして……はい、5mm!」
「ううっ……」
 彼女の遠慮も何もない声掛けを止めさせるべきかどうか、元十郎は判断出来ずにいた。
(ああ、何という辱めだ……)
 彼女は全く嫌味を感じさせない清々しいまでのナチュラルさで、明るい声援を飛ばしているが……
 それがまた憐れを誘い、惨めさを募らせる。
 もし、自分が恭介の立場なら「いっそのこと殺してくれ」と思うだろう。
(しかしながら、この切迫ぶり……)
(止めさせた途端に決壊するやもしれん……)
 彼女が口にする"肛門の開き具合"は数値で表されているため、憎らしいほどに判りやすい指標となっている。
 この情報が途絶えた瞬間、攻略の足掛かりが失われ、一気に瓦解を迎えるような気がした。
「やったわ、田中さん! 4mmまで狭まったわよ! さあ、ゆっくりターンして、身体を揺らさないように!」
「…………」
「5mm……ああ、でも、うまく方向転換出来たわね! さぁ、どうする? そのまま足を進める? それともまた4mmになるまで頑張る?」
「…………」
「オーケー! 4mmになるまで頑張るのね! みんなあなたを応援してるわ、頑張って、田中さん!」
「……くうぅっ……」
「ああ、あたしには解るわ、辛いわね! あんた頑固な便秘体質で、この三日間一度もウンコしてないものね!」
「…………」
「三日分のウンコが今、あんたのケツ穴にどっと押し寄せてるんだもの、そりゃあもう、とんでもなく辛いはずよ!」
「…………」
「…………」
「でも、あんたはよく耐えてるわ! せっかくここまで耐えたんですもの、どうせなら漏らさずに、最後は便器にひり出しましょ? ねっ?」
「……ふぐっ……っ……」
 その後、肛門の開き具合をずっと観察されて、
「――あっ! ちょっと、そこのあんた!」
「はっ? 私ですか?」
「そうよ! あんた、ほら、あそこ! 田中さんの進路上に大きな石が落ちてるわ! 早くどけてあげて!」
「は、はいっ!」
 「5mm!」「6mm!」「7mm!」「6mm!」「5mm!」「4mm!」とずっと辱めを受けつつ、
「――あっ! ほら、あんたもぼーっとしてないで早く!」
「えっ!?」
「早く公衆便所のドアを開けてあげてよ! あんな状態の田中さんにドアを開けさせるつもり!?」
「あっ、は、はい! すみません!」
 半歩ずつ、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、にじり進み、
「あっ、ねぇ、元十郎!」
「む、何ですかな、由美子殿?」
「ハンカチとか持ってる?」
「手ぬぐいですか? ええ、まあ、まだ持っておりますが……」
「見て! 田中さん、すごい脂汗なの! あのままじゃ汗が目に入って大変よ!」
「むむっ、確かに! 私が拭いましょう!」
「解ってると思うけど、そっとよ?」
「無論です!」
「任せたわ、よろしくね!」
「っ、く……うう……」
 五分以上を掛けて、ようやく恭介は公衆便所に辿り着いた。
 由美子、元十郎、下忍二人というサポーター陣も公衆便所内にずかずか入り込み、狭い空間は人口過密で異様な雰囲気となった。
「個室ドアなんか閉めてる余裕はないわ! ほら、早くズボンと下着と下ろして!」
「……っ、う……」
 いよいよ本格的に危ういらしく、恭介の顔色は真っ青だ。
 両手で押さえられた腹部からはゴロゴロという音が大きく鳴り響いている。
「大丈夫です! 私がドアを閉めますので!」
「ありがとう、元十郎! 良かったわね、田中さん、部下思いの上司を持って、あんた本当に幸せね!」
 みんなに見守られる中、恭介はよろよろとトイレの個室の中に侵入する。
 個室の中に設置されているのは洋式の便座である。
「で、では、私はズボンを下ろすのを手伝いましょう!」
「わ、私も手伝います!」
「マジ!? 良かったわね、田中さん! こっちの二人も手を貸してくれるみたいよ!」
 個室の中まで入ってくるサポーター陣。
 恭介はぶるぶる震えながら、喉を小さく震わせた。
「で、出て……け……」
「えっ!? 何だって!? よく聞こえなかったわ! 『で』? 『出』……――えっ、出るの!? ここまで来て!?」
 竹沢由美子は真剣な顔で、一生懸命に恭介に励ましの言葉を掛ける。
「諦めちゃダメよ! せっかくここまでで頑張ってきたんじゃない! 辛いだろうけど、あとちょっとよ! 自分に打ち勝ちましょう、あんたなら出来るわ! あたしも、元十郎も、こっちの二人もついてるわ! あたしたちみんなであんたを支えるから、ねぇ、頑張って!!」
「え、えーと……由美子殿? わ……いや、田中は今『出て行け』と言ったようですが……」
「――えっ!? 『出て行け』? ……ああ、なるほど、そういうことね」
 彼女は理解したようで、コクリと頷いた。
「そりゃそうよね。あたしらの目の前で脱糞するのは、さすがにちょっと恥ずかしいかもね」
「いや、『かもね』と言うか、確実に恥ずかしいかと……」
 思わず突っ込んでしまう元十郎だった。
 竹沢由美子は真面目な顔で、恭介の脂汗まみれの顔を覗き込む。
「わかったわ、田中さん。あたしたちは出て行く。でも、忘れないで? あんたは一人じゃない。みんながあんたを応援してるからね!」
 個室の中に入り込んだ下忍二人が慌てる。
「えっ!? しかし、でもスボンがまだ……」
「手伝わなくてもいいのですか!?」
「いいのよ。ここからは田中さん一人の戦い。あたしたちに出来ることは、田中さんの勝利を信じて離れたところから見守ることだけよ」
「わ、わかりました!」
「はい、信じて見守ります!」
 場の雰囲気を完全に"スポーツ大会の一場面"に塗り替え、由美子と、由美子に毒された下忍二人が個室から出ていった。
 最後まで個室の中に残った元十郎は、個室のドアに鍵を掛ける。
「では、ご武運を」
 恭介にそう声を掛けた後、音も立てずに高く跳躍し、個室ドアの上部の隙間から個室の外にスッと抜け出していった。
「…………」
 個室を抜けた四人は、ドア一枚隔てた向こうで横並びになる。
 竹沢由美子は真剣な顔で恭介の入ったドアを見つめ、力強く呼び掛けた。
「頑張って、田中さん! 今は6mmよ! 8mmになる前にズボンを脱いで、便器に座るのよ!」
「頑張ってください!」
「あとちょっとですよ!」
 完全に雰囲気に呑まれた下忍たちの声援の後、個室ドアの向こうから死にそうな声が聞こえてきた。
「……で……出、て……け……」
「えっ!? 何だって!? よく聞こえないわ!」
 ドアに耳を付けて一生懸命聞き取ろうとする由美子に、元十郎は慌てて言う。
「ま、また『出て行け』です! 恐らく、わ……田中は、我々にこのトイレ内から出て行って欲しいのではないかと……」
「? 個室からは出たわよ?」
「いや、それでもまだ恥ずかしいのでしょう。その、音とか臭いとかもするやもしれませんし……」
「ああ、なるほどね! えーっと、それじゃあ、あたしたちは元のところに戻って、田中さんが無事にウンコし終えるのを待ちましょうか」
「そ、それがよろしいかと……」
 こうしてサポーター陣は撤退し、ようやく公衆便所内に平穏が訪れたのだった。
「……っ、ぐすっ……」

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