リバイアさんとネフシュたん ~へブル人への手紙を護る者~

魔物の倒し方

エピソードの総文字数=4,904文字

 パレスチナの荒野に夜明けがやってきた。
 朝の陽光は、だんだんと勢いを増し、狭いカーゴの室内を明るく照らし出した。

「聖書の時代でも太陽の光だけは現代と変わらないな」
 ボーは、まだ眠い眼をこすりながら、部屋の隅に積まれている戦闘糧食のケースを1箱取り出し、開梱した。戦闘糧食は1箱の中にさらに3つの小パック分が入っており、全部でおよそ4000カロリー、つまり1日分の食料が入っていた。
 中身は、缶詰、フリーズドライパック、菓子、粉末飲料など長期保存がきいて基本的に調理しなくてすむように加工されている食品だ。その中からインスタントエスプレッソのパックとビスケット数枚を取り出して簡単な朝食の準備を整えた。
 ボーの傍らには、スリープ状態から復帰したばかりのネフシュがすでに待機していた。まだメンテナンスケーブルが接続されたままだったが、ボーに気遣うように問いかけた。
「ご主人様、他には何か必要なものはありますか?」
ビスケットを頬張りながらボーは答えた。
「新鮮な野菜や果物なんかはないんだよな」
「残念ながらありません。ですからこのミッションは最大40日間であるのも補給や健康上の理由からでもあります」
「最初だけは、わくわく感があってそれなりに美味しいけども、これから毎日こんな戦闘糧食ばっかりじゃあなぁ。カロリーはあるかもしれないが、栄養は偏るし、飽きてしまうな」
「ですから実際の軍隊でもこうした携帯食のみによる作戦行動には上限を設けているようです」
「まあ、味はそんなに悪くないのがせめてものだが……」

 ボーが飲むパレスチナのエスプレッソは濃い。
 
しばしの朝食の時間を過ごして、心も腹も落ち着いたボーはネフシュに質問を切り出した。

「そもそも魔物ってなんなんだ?」
「その質問ですか」
「まあ、敵なんだろうなってのはわかるが、どんな姿していて、どんな武器持っていて、どんな習性なのかってな」
「そのような疑問をお持ちになるのは当然です。そもそも具体的な事がわからなければ作戦の立てようもありません」
「で、魔物ってどういうやつなんだ?」
「悪魔の手下のようなものと思ってもらえればいいです。でもそうなると、まずは悪魔というものを説明しなければなりませんね」
「悪魔ね……。敵対者って意味だったけな。悪魔自体、どんな格好してんだろ」
「少なくとも、昔の絵に出てくるような感じではないでしょうね」
「実在するが目に見えぬものって感じか。肝心の聖書には悪魔のことはどう書かれているんだ」
「性質を示す記述はいくつかありますが、その外見を示したものはあまりありません。有名なところではエデンの園の蛇くらいでしょうか。悪魔は霊的な存在ですから定まった姿かたちはないのではないかと考えられます」
「で、その魔物ってのはどれくらいの大きさでどんな格好なんだ。さすがに魔物は姿かたちがないことには倒せないぞ」
「魔物の姿を見た者で生きて帰ってきた者はいません」
「あ、そのパターンね。てことは、姿や形は誰にもわからないと」
「そういうことです」
「となると、弱点とか急所の類の言い伝えなんかもないんだろうな」
「私の知る限りありません」
「悪魔一派も神の被造物なら、急所の一つくらい設定してもよかろうにな」
「魔物の急所自体は必ずどこかにあるかとは思いますが……」
「初期ステージからいきなりラスボス級だな。こりゃ転生でもしない限り無理だ」
「ご主人様、お言葉ですが」
「なんだ?」
「キリスト教には転生制度はありませんよ」
「ああ、そうだった。そいや日曜学校でそう教わったな」
「主キリストによる永遠の命ならあります。ご主人様も主イエスの十字架を受け入れてくださるようになれば私もうれしく思います」
「ま、今の僕には転生だろうが永遠の命だろうが、どっちがあっても変わらんよ。このままだと魔物に食われることには違いがない。とにかく今は魔物について知りうることは何でも事前に知っておきたいんだ。手紙を携えた者がここを通り過ぎるまでに、少なくとも魔物を一回見ておく必要がある。魔物に関する他の情報は一切ないのか?」
「念のためリバイアにも確認しておきますが、多分ないと思われます。あれば最初に伝えていることでしょう」
「それはもっともだな。となるとこちらが現地で情報収集するしかないか……とりあえず、その魔物の画像情報なんかないのか?」
「残念ながらカメラなどの光学機器には反応しないため、画像データなどはありません。姿を見たいのであれば、直接自分の目で見るしかありません」
「お前さんは見たことなるのか?」
「いえ、今回のミッションがはじめてです」
「なんだ、素人同士なのか。えらいこったな」
「何かいい策をご主人様はお持ちでしょうか」
「ドローンや随伴歩兵を囮に使っておびき寄せるというアイデアはどうだ」
「悪くありませんが、多分そういったものには引き寄せられないでしょう」
「なぜそう言える?」
「それらを襲う習性も動機も魔物にはないからです。あくまで聖書に収められることになる聖文だけです」
「そうか、それなら餌はなんだ?」
「食べる必要はないですから餌食を使っても効果はないと思われます
「とすると行動の動機となりうるものは何が考えられる?AIらしく推論してくれ」
「多分、聖なるものではないでしょうか。それらを破壊したり汚損することによって人間が困って苦しむことが好物なのだと思います」
「なるほどな。確かに動物とは行動原理が違うのだから、餌食なんかには反応しないだろうな。となると、囮は何が有効だろうか……」

「ご主人様。そういえば聖書をお持ちでしたよね?」
「ああ、幼馴染の聖書な」
「それ、囮にできますよ」
「馬鹿言うなよ。借りものなんだし。それに聖書はあの部室に置いたままだ。今ここにはない」
「わかりました。それならば……」

部室に設置してあるホロビジョンモニタの信号アラームがアクティブになった。
「ネフシュたんから連絡でつ」
「何て言ってきてる?」
「例の聖書、送れ」
「なるほど、囮に使うつもりね。それなら許可しましょう」

カーゴの天井に光が灯ったかと思うと、簡易テーブルの上に聖書が突如現れた。
「はい、ご主人様の聖書です」
「え?なんでここに?」
「リバイアに時空転送してもらいました」
「何そのシステム?だったら、食料とか水とかも追加分を送ってもらえるないのか?」
「当初40日分を超える物資については基本的に現地調達が原則なので。それに転送質量制限がありますから」
「じゃあ聖書はどうして転送してくれたんだ」
「容積が少ないですし、それと聖書を使った囮作戦を許可したということですね」
「ん?よく考えたら、囮に使うんなら、なにも僕の借り物聖書じゃなくても、よかったんじゃないか?古本屋に数百円で売ってるやつでも十分使えるだろ?」
「ではちょっと確認してみます……早速返答がありました」
「えらくはやいな。即答過ぎないか」
「借り物聖書以外は許可されないそうです」
「どうして?」
「理由は説明されませんでした」
「まあ、いいさ。どうせ納得のいかないへんてこりんな理由だろう。この借り物聖書、大事な幼馴染のものだ。僕のじゃない。無事に回収するのはお前の役目だからな」
「わかっております」

 ボーは戦闘糧食のパックから色とりどりのゼリービーンスを片手でざっくり取り出していくつか口に放り込んだ後、会話をつづけた。
「仮に聖書囮作戦でいくとして、急所をどうやって知るかだな」
「確かに。急所がわからなくては狙撃できません」
「一つ疑問がある」
「何でしょうか?」
「もし、狙撃に失敗したら、俺らどうなる?」
「ワンショットワンキルできなかった場合のことですか?
「そうだ」
「当たり所によりますね。完全に外した場合は、100%喰われます。体のどこか一部にでも当たれば50%、首から上なら75%というところでしょうか」
「生き残りたいなら、やはり脳天のど真ん中にワンショットで当てるしかないのか」
「そこが急所ならばという前提です。残念ながら、魔物の急所は不明ですので、脳天に当てても致命弾になるとは限りません。頭はあくまで見せかけ、脳や神経節など重要器官は、腹部の厚い皮下脂肪の奥に収められていることもあるかもしません」
「だとしたら、仮に急所が分かったとしてもそんなところまで弾が届くだろうか」
「とは言え、通常は眼の位置に近いところに脳はあります。魔物とは言え、この世界に生息する生命体である限り、魔物の肉体構造も、この世界の動植物に準じているという予測はある程度成り立つでしょう」
「確かにな。だが、確実に仕留めるには、やはりあらかじめ急所がわかっていなければワンショットワンキルは不可能だ。眼球の近くにある脳天を見込みで撃ってみたとしても見当違いだったら、敵の戦闘力を無効化できないので確実にやられてしまうな」
「眼球の片方だけを狙うというのはどうでしょうか。戦闘力を完全に奪うことはできないにしてもこちらの攻撃チャンスが増えます。ただし止めの攻撃は、遠距離狙撃ではなく、近接攻撃しかできませんが」
「賭けだな。それにその方法にしても、魔物の形や格好が、こちらが想定している通りの外見であることが前提だがな」
「確かにそうですね。手足が長かったり、双頭だったりしたらこの戦術は無効です」
「ではワンショットワンキルは諦めるしかない場合の作戦を考えよう。初弾で行動を奪ったとしてそれから急所と思われる個所を順次狙撃する、それでもダメなときは近接攻撃をかける、という流れでいくとする」
「もはや肉弾戦ですね」
「こういう場合の近接攻撃用の武器みたいはものはあるのか」
「ロンギヌスの針、という武器がここにあります」
ネフシュは、バックパックから、その針を取り出して見せた。

「針?ちっさいな、これ。ロンギヌスと言えば槍だろ。針ってなんだ」
「大きさは関係ありません。これは聖なる武具の一つです。槍と同様に、この先からは聖なる雷が放たれるのです」
「さすが、ロンギヌス。もう名前だけでやっつけられる勢いあるな」
「ただし、その放出量は、つけられている金属部分の体積に比例します」
「大きさ、関係大有りじゃねーかっ!こんなの使えねーだろ!」
「何を言いますか。ご主人様」
「お、何だ」
「持っているだけでもやる気が自然と湧いてきます」
「要するにお守りだろっ。やる。お前にやる。お前が持っとけ」
「あともう一つだけ説明させてください」
「なんだ、言ってみろ」
「ヨハネ福音書によると、主イエス・キリストは、磔刑後、生死確認のためローマ兵から脇腹に槍を刺さされたと書かれております。ロンギヌスとはその兵士の名に由来しています」
「なんだロンギヌスってただのおっさんの名かよ。響きに騙された。聞いて損したわ」
「まだ続きがあります」
「なんだ?」
「ただし、ロンギヌスという名前そのものは聖書に記述がありません」
「じゃ、ただの伝説かよ!聞いて損どころじゃないわ。大赤字になったわ!」
「ご主人様」
「なんだ」
「その、言い回し、初めて聞きました。いただいていいですか」
「やる。お前にやる。強化学習してくれ」

ボーは期待外れの心境になったのか、脱力して簡易ベッドに寝転がった。
「ああ、突然腹減ってきたわ。なんでこんなとこで、こんなことしてんだ」
「人類の希望の火を繋ぎ、神のみ旨を達成するためです」
「お前さん、少し黙ってろ」

 ボーは一休みするために、カーゴの上層に登っていき、監視窓を全開した。
 ボーの眼前には、文字通りただっ広い大地と蒼い空がどこまでも広がっていた。
 そして周囲を見回した後、ボーは大きく深々と深呼吸した。
「空気も、現代と変わらないんだな」
 澄んだ空気は自覚のない緊張でざわめき立つボーの心を、少しだけ落ち着かせた。

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