変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第34話「そう、"エロいことなら何でも出来る"――それが【変態魔法】よ!」

エピソードの総文字数=6,277文字

「そんじゃ、もう一回映すわね」
 竹沢由美子が<パチン!>と指を鳴らすと、看板裏の白面にさっきの映像が再び現れた。
 これが初見となる下忍二人のみならず、源十郎と恭介も真剣に映像に見入る。
 逃亡も叶わず、一方的にアサシンに打ちのめされる友介。
 友介の肩肉が抉られ、地に落ちた肩肉に土が付いてアサシンが手洗い場に向かう――
 この映像中"最もどうでもいい"そんなシーンで、
「…………」
 恭介がクイクイと元十郎の袖を引いてきた。
「?」

 振り返って見れば、恭介は自分の耳を指先で軽くつついて示してくる。

 理解して、元十郎もイヤホンを耳に装着し、浮遊式の超小型マイクを口元に浮かせた。

 ポケットの中の本体の電源を入れると、どちらも無色透明に変化するので滅多なことでは装着に気付かれない。

(由美子殿は素人……)
(唇の動きを抑え、極小の声でやり取りすれば、眼前でもまず気付くことはないだろう……)
 こっそり会話をする準備を整えたところで、映像の中に竹沢由美子が登場した。
『ちょっ!? ちょっとあんた大丈夫!?』
「…………」
 一度目は内容にしか意識が向かなかったが、二度目の視聴ともなると別のところに目がいく。
 まずは映像の画質についてだ。
 これまでは文句なしに精緻だった映像が、この竹沢由美子が現れた辺りからザラザラと乱れるようになる。
『これ以上は駄目よ! この子に手を出さないで!』
 彼女が友介を庇いに入った辺りで、何が映っているのかほととんど判らなくなるほどに画素が粗くなった。
 やがて大きな衝撃がアサシンを襲い、

『――っ、ぐっぎゃああ゛あ゛あ゛ああああ゛あぁぁああああっ!!』

 ここでいきなり画質が向上する。
 というよりも、映像の視点そのものが移り変わった。
 これまでずっとアサシン目線で映されていた景色が、突然、竹沢由美子の目線からの風景に移り変わったのだ。
(何故ここで視点が変わるのだろう……)
(まぁ、見やすくはなったからいいのだが……)
 股間を抑えながら惨めな声を上げて転げ回るアサシン。
 その姿から、竹沢由美子がアサシンの股間に攻撃を加えたのだと推測出来る。
『っは、がぁっ……こ、殺し、コロしてやる……っ、は! おまえ、だけは……ゼッ、たいに……!!』
 最後にアサシンが怨嗟の言葉を唱え、五分足らずの映像はまたもやあっという間に終了した。
「…………」
「…………」
「ゆ、由美子殿! 今のは一体!?」
「何故、奴はいきなり動きを止めたのですか!?」
 映像が消えてしばらく茫然とした後、下忍たちが彼女に問い掛ける。
「あたしが魔法を掛けたからよ」
「えっ、何の魔法ですか!?」
便意を催させる魔法よ。あたしの魔法を食らって、あの変態は"少しでも身体を動かしたらウンコを漏らしちゃう状態"になったの。それで動けなくなったのよ」
「…………」
(――は?)
「えっ!? そんなことで動けなくなるものですか!?」
「ええ、動けないわよ。あたしの【変態魔法】はすごいんだから!」
 彼女はドヤ顔で薄い胸を張る。
 【変態魔法】――過去に一度も耳にしたことのない、いかがわしさ溢れる術の名に元十郎と下忍たちは眉を顰める。

 元十郎は、小声で恭介に意見を求めた。

『便意を催させる魔法とのことですが……』
『アサシンにその手の術が効くとは思えないがな』
『そうですな、奴らは生理欲求を抑える術を身に付けているはず……』
あの(・・)術がそう簡単に破られるはずがない』
『……確かに。ひょっとしたら、この娘の術以外の他の要因があって、奴は動けなかったのやもしれませんな』
『そうだな。恐らくそうだとは思うが、本当に破られたという可能性もないわけではない。確かめておかねば』
『そうですな。とりあえず、彼女の能力について話を聞きましょう』
 恭介とのやりとりをこっそり終え、元十郎は竹沢由美子に向き直った。
「変態、魔法……ですか?」
「そう、"エロいことなら何でも出来る"――それが【変態魔法】よ!」
 『魔術』と『魔法』――その違いは曖昧である。
 一応、第一世界をルーツにするものを『魔術』と呼び、第二世界(魔界)をルーツとするものを『魔法』と呼ぶ傾向もあるが……
 歴史を辿っても根源がどちらにあるか不明なものも多く、区別はさほど厳密ではない。
 おおよそ学者でない一般人は、"理屈で説明出来るもの"を『魔術』と呼び、"理屈で説明出来ないもの"を『魔法』と呼んでざっくり使い分けている。
「『何でも』……ですか?」
「ええ、『何でも』――でもまぁ、術者のレベルが低かったり、魔力量が足りなかったりしたら出来ないことも多いの。『今』のあたしには『何でも』は無理ね」
 元十郎の問いに、自信満々な様子から一転して、彼女はスッと肩を竦めてみせた。
「ええと、ならば、『今』の由美子殿には何が出来るのですか?」
「うーん……ぶっちゃけ、自分でも何が出来るのかよく解らないのよね。出来そうだと思ったことは大体出来るし、出来なさそうと思ったことは出来ないっていうか」
「ううむ……随分と大雑把ですな」
「そうなのよ、我ながら結構アバウトな能力なのよ。でもまぁ、とりあえず、"自分を中心に半径500メートル圏内のエロ情報の検索"――これは出来るわ」
「…………」
「ほら、さっきやったみたいに『今朝から一度でもおしっこした人』で調べたりとか」
「ああ……」
「あ、そもそも、ここにあの白い変態がいることに気付いたのもそうね」
「ふむ、なるほど……」
 源十郎は頷き、彼女は立看板の背面を指先で軽くコンコン叩く。
「あとは今さっきここに映したみたいに、エロ動画を映し出したり出来るわ」
「? あの映像は『エロ動画』なのですか?」
「ええ、その場に性的に興奮してる人がいたら、大体は『エロ動画』って判定されるの。因みに、興奮が強い方が動画の画質が良くなるわ」
「……なるほど。興奮の度合いに依る――それで先程の映像には画質にムラがあったのですな」
「そうよ。さっきの映像の場合、最初は白い変態がハァハァしてたんだけど、あたしが来た辺りから興奮が薄れてきたみたいでさ。そんで途中で視点をあたしに切り替えたのよ。ちょうどあたしも金的に興奮してたしね」
「えっ、あの金的に興奮!?」
 ギョッとした顔をする下忍に、彼女が大きく頷いてみせた。
「ええ! あたし、男女を問わず"股間攻撃"のシチュエーションが大好きなの! いいわよね、萌えるわよね、ぐっへっへっへぇ……」
 年頃の少女らしからぬゲス顔になった竹沢由美子が、化け物のような声を出して笑う。
 奇々怪々とした容姿とも相まって、言いようのない底気味悪いオーラがぶわりと膨らんだ。
「『睾丸=急所』のイメージが強いから、『股間攻撃』っていうと男の股間に一撃を入れる『金的』が真っ先に浮かぶけど、女の子にとっても股間は急所なのよね。超敏感なポッチも付いてるし、骨盤は痛みがよく響く構造になってるし。股間に重い一撃をもらって痛みに悶え苦しむ姿は、男女を問わずすごくイイと思うのよ。ぐえっへっへっへぇ~……」

 息遣いを荒くして気持ち悪い性癖語りをしつつ、彼女はニチャァと笑って心底可笑しそうに肩を揺らした。

 あまりのおぞましさに、下忍二人が「ヒィッ!」と小さく喉を鳴らす。

「…………」
 何とか声こそ漏らさなかったものの、元十郎も全身にびっしりと鳥肌が立っている。
(なんと気味の悪い娘だ……)
(こんな変態が私のファンなのか……)
(いや、ファンだと言ってくれるのは嬉しいことだ……)
(しかし、この気持ち悪さはあまりにも……)
 苦悩しつつ、元十郎は恭介の顔を窺う。
 さっきから彼女に関してわけのわからない発言を連発している里頭は、真顔で彼女の顔を見つめていた。
『恐ろしい性癖の持ち主ですな、この娘……』
 マイクのテストを兼ねて、元十郎はぼそりと呟いてみる。
『夜間のこの公園には特殊性癖の持ち主が集まる。この時間帯にここを現れた彼女の性癖が非凡であったとしても、何ら不思議はない』
『いや、まぁ、確かに不思議はないですが……』
(ただ、ドン引きというか……)
 でも、相変わらずクールな里頭に、それ以上何かを言う気になれず……
 元十郎は彼女のゲス顔から目を逸らしつつ、気持ち悪い話が終わるのを待った。
「――まぁ、そういうわけで、金的って最高よね! 特に、相手がああいう犯罪者だと蹴っても誰にも怒られないし」
 性癖語りの最後をそう結んで、ぐへぐへ笑う竹沢由美子。
「…………」
(まぁ、相手はアサシンだからな……)
 第一世界・ウネニア王国では、アサシンは賞金首である。
 暗殺者ギルド内で精鋭部隊に選ばれた今でこそ、連中は一般人を無暗に殺したりはしないが……
 そこに至るまでには『練習』と称して、数え切れないほどの人命を奪っている。
 触書には「討伐でも捕縛でも報奨金を与える」と書かれているが、捕縛して牢にぶち込んだところで脱獄するだけなので「いっそ始末して欲しい」というのがウネニア国の本音である。
(たとえ殺したとしても誰に怒られることもない、というのはその通りだが……)
(…………)
 彼女は【変態魔法】なる珍奇な術の使い手らしい。
 ここまで少し話を聞いただけだが、その変態魔法とやらは非常に有用且つ強力な術であるのだろう。
 だが、それでも……彼女がか弱い一般市民であることには変わりがない。
 彼女が考えているのとは別の意味になるが、ここはしっかりと叱っておくべき場面だろう。
「由美子殿、真面目な話です。お聞きください」
「?」
「確かにあやつは外道ですが、だからといって無為に攻撃してよいものではありません」
「…………」
「あやつはああ見えて強者です。あやつに殺された忍軍の者は十七名……縁者を含めればもっとでしょう」
「…………」
「先程の攻撃は運良く当たって事なきを得ました。ですが、もし攻撃を避けられて反撃されていたら、今頃由美子殿はここにはおりません」
「元十郎は、あたしのことを心配してくれてるのね?」
「えっ? ああ、まあ……忍軍の使命は『市民の生命(いのち)と暮らしを守ること』ですからな」
「ありがとう! でも、大丈夫よ。あたしの攻撃は『運良く』当たったわけじゃないの」
「えっ?」
「変態魔法の使い手であるあたしの金的はね、100%の確率でクリティカルヒットするのよ!」
「100%……?」
「ええ、絶対に当たるわ。しかも、どんな防御もすり抜けて必ず大ダメージを与えるの!」
「…………」
 この羽音神の町において【特殊能力】の信頼性は高い。
 多くの特殊能力が、因果や物理法則を超えた効果を見せるからだ。
『どう思われますか?』
 元十郎は、極小の声で恭介に意見を求める。
『いかなる特殊能力といえども、「100%」も「絶対」も「必ず」も有り得ない』
『そうですなぁ……』
『自分の美貌を過信するが故に傲慢なところがあるのがサッキュバスだ。彼女もまたそうなのだろう』
『そ、そうかもしれませんな、美貌はともかくとして……』
 "どんなものも突き通すことが出来る矛"と"どんな武器でも突き通すことが出来ない盾"が衝突するようなものだ。
 もし『100%』の特殊能力と『100%』特殊能力がぶつかり合えば、そこには必ず優劣が生まれ、どちらかが折れる。
「由美子殿、いかなる特殊能力とて100%ということはありません。特殊能力の使い手とて、強者と弱者が存在するもの……」
 元十郎は恭介の方に目を向ける。
「こやつは私の部下の……ええと、田中正男(たなかまさお)といいます」
 適当に考えた偽名を使って紹介すると、由美子が「ええっ!?」と驚いた顔をした。
「マジ!? あたしの知り合いにもいるわ! 田中正男って名前のヤツ!!」
「そ、そうですか!? まぁ、よくある名前ですからな!」
「まぁ、それもそうね」
(おお、なんという偶然……)
(まさか知り合いに同姓同名の者がいたとは……)

 少々ヒヤリとしたが……

 由美子も偶然ということで納得しているようなので、気を取り直して次に行く。

「そう、それでこの田中……こやつは、便意や尿意といった生理的な欲求を抑える能力を持っております」
「…………」
 天野家に伝わる秘術・通常【紋刻み】――
 これは、魔力の最大容量を犠牲にすることで、自らの魂に特殊能力の【紋】を任意に刻み込む術である。
 この術を使うことで、天野家の人間は自らに大量の特殊能力を付与している。

 睡眠欲・食欲・性欲という三大欲求を完璧に抑制する能力。
 筋力増強、スタミナ増強、俊敏性増強、跳躍力増強といった基本的な身体機能向上能力。
 魔法攻撃、精神攻撃、毒性攻撃に対する耐性能力。
 五感強化能力、地形認識能力、対動物会話能力など、諜報活動を有利にする能力――……

 一般市民なら一つ二つ持っているだけで得意になれる特殊能力を、天野家の人間は十も二十も三十も会得している。
 四百年以上の長きに渡って、天野一門が羽音神忍軍という組織内で高い地位に君臨し続けたのは、この強力無比な術があったからである。

 そして、この【紋】は、真逆の効果を持つ他術に対する抵抗力が極めて高い。
 例えば、腕力増強の紋をONにした状態ならば、腕力弱化の術が効くことはまずない。
「由美子殿は便意を催させる術を使えるようですが、この田中には効きますまい」
「あーホントだ。便意を抑える術を持ってるみたいね」
 見ただけで判るのか、彼女が恭介を見て嬉しそうにしたが、
「――って、その術、さっきの変態と全く同じ術じゃない!?」
 すぐにギョッとした顏になった。
(ほう、大したものだ……)
(まさかそこまで分かるとは……)

 ルーツを異とする【天野家】と【暗殺者ギルド】だが、実は、彼ら各々に伝わる秘術は異様なまでに似通っている。

 第一世界の退魔師の話によれば、天野家の先祖と暗殺者ギルドの先達――かつて両者にこの術を与えた存在が同一であることに原因があるらしい。

「まぁ、わりとメジャーな術ですので」
 少なくとも、暗殺者ギルド内と天野家内では習得必須とされている術なので、間違ってもいないだろう。
「そうなの? でも、あたしの術はそいつにも効くと思うわよ? さっきの変態にだって効いたんだから」
 そう言って、彼女は<パチン!>と指を鳴らす。
「――くっ!?」
 その瞬間、恭介があっさり崩れ落ちて地面に膝をついた。
「!? わ……田中ああぁぁ!?」
「…………」
 見れば、いつも涼しい顔をしている恭介が苦しげに眉根を寄せていた。
 その額には、ぶわりと大粒の脂汗が浮き出している。
「おっ、あたしの術に対抗しようとしてるわね? さっきの変態と同じだわ」
「…………」
「ふぅん、さっきの変態よりに比べたら抵抗力が強いわねー」
 彼女は再度<パチン!>と指を鳴らす。
 術の解除かと思ってホッとした元十郎だが、どうやらそうではないらしい。
 立看板の背面にまた映像が映し出された。
『ちょっと! もうやめなさいよ! その子から離れなさい!』
『……ぐっ!?』
『無駄よ! そんなの効かないんだから!』
 竹沢由美子とアサシンのやり取りだ。
「あいつの抵抗が絹ごし豆腐だとしたら、あんたの抵抗は厚揚げくらいの硬さがあるわね」
「…………」
「まぁ、どっちにせよ、あたしの歯をどうこう出来る硬さじゃないわ」
「…………」
「ふふふ、あたしの変態魔法には誰も逆らえないのよ。おっ、あんたの肛門もう5mmくらい開いてるわね♪ もうすぐ頭が出ちゃうわよ? ねぇ、どうする? ぐへへ……」
「……くっ!」

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