【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

3-08 箭波

エピソードの総文字数=2,455文字

……ここも長くは保ちそうにないわ。

 王牙が出現した時、箭波の本体はクリニックビル5階――彼女が操る光る身体と雷燕から部屋をひとつ隔てただけの病室にいた。


 同じゲームの参加者である威月、葉凪、小霧と比較しても、箭波の能力は段違いに高い。しかしすでに何度となく繰り返されたゲームでの戦績を振り返った時、彼女が勝利を収めた回数は目立って多いものではなかった。大喜びで参加はしても惨敗ばかりの小霧はともかく、残る3人で比べれば、戦績は似たり寄ったりだ。

 それは彼女の気まぐれな性格のせいでもある。

(なんて言うか、小霧のゲームはまどろっこしいのよね)

 それが箭波の本音だ。


 通常1週間から10日程度かかるこのゲームは箭波には少々長すぎた。一撃必殺で勝負をつけたい彼女はのらりくらりと攻撃をかわされるとキレ易いのだ。実際の戦闘力などほとんどない葉凪に敗れた回数など、もはや数える気にもなれないほどだ。強引に勝負に出た結果わずかなミスでコマを失うことにつながったり、その勝負に勝った直後、身を潜めていた残る勢力(たいてい威月だ)にとどめを刺されるなどといったことも珍しくはなかった。


 理由は、それだけではない。

 もともとスピードとパワーが売りの箭波の能力は極めて実戦的なものだった。核を埋め込んだ手駒を遠隔操作して勝敗を競う遊びに向いているとは言い難い。

 鉄壁の防御を最大の武器に直接的な攻撃ではなく搦め手でじわじわ攻める葉凪からポイントを稼ぐのことは難しかったし、核との間に充分な距離を保って戦うことに不得手な箭波には、死角の極端に少ない威月やゲームフィールドの地形に左右されず、小回りの効く攻撃を仕掛けてくる小霧もまた強敵となり得る。

 だからこそこの数年、同じ面子でこの遊びを飽きることなく楽しみ続けることができたのだ――とも言える。


 だが今、王牙の出現によってすでにゲームバランスは崩壊し、このクリニックビルは遊びでは済まされないルール無用の戦いの場となりつつあった。

 王牙の巨大な炎のもたらす脅威は、すでに箭波本体にも及んでいる。

 箭波もまた炎に取り巻かれて孤立し、崩壊寸前のクリニックビルに取り残されているのだ。彼女が今も生きてそこに存在していることは幸運な偶然に過ぎない。まともに炎を食らえば箭波もまた跡形もなく焼き尽くされるだろう。

 王牙の圧倒的な炎と対峙した時に、葉凪と箭波の能力の差など誤差でしかなかった。

あいつ等、まだ生きてるの……?

 熱風に煽られながら箭波は部屋を出て、王牙の核である果歩がいるはずの病室へと進んで行った。

 もう箭波もまともに立って歩くことはできない状況だった。炎と、もうもうと立ち上る黒煙を避けて身を屈め、1歩ずつ這うように進むしかできない。

 彼らがまっとうな人間なら、この炎の中で生きているなんてことは考えられるわけはなかった。だが王牙は今もその炎を膨れ上がらせながら暴れまわっている。それは果歩がまだ生存している証であるはずだ。

 病室はすでに完全に床が崩れ落ちていた。

 5階の床だけではない。4階、3階の床も崩れ、箭波の目の前に巨大な穴が広がっている。炎はその穴いっぱいに広がって巨大な虎を形作り、激しい唸りをあげて次々に壁を崩していく。

 そしてその炎の真ん中にぐったりと力を失った果歩を片腕で支える篤志の姿があった。ふたりは王牙の炎が穿った巨大な穴の中心に浮かぶように静止していた。

 反射的に、箭波は身体を起こした。

 その気配に気づいて篤志もまた振りかえる。

 そして箭波と篤志の視線がぶつかり合った瞬間、箭波の放った雷燕が王牙の姿を形作る炎を突き破って飛翔した。

……!

 篤志の口から言葉にならない気合がもれた。

 果歩を片腕で抱えたまま、もう一方の手でつかんでいた鉄パイプで雷燕を捉える。

くっ!

 激しい衝撃が篤志の腕にかかる。

 噛み締めた奥歯が軋んで耳障りな音を立てた。

 そして、次の瞬間――。

 鉄パイプを握り締める篤志の腕から滲み出すように白っぽい光が溢れ、雷燕を押し戻す。

う、嘘ぉっ!

 その光景に、箭波は息を飲んだ。

 雷燕は人間の視覚スピードを超えているはずだ。それなのに篤志は正確に軌道を読んで待ち構え、打ち返したのだ。


 だがそれが篤志の限界――だった。

 雷燕を今まさに弾き飛ばそうとしたその瞬間、錆付いた鉄パイプが折れてちぎれ飛んだのだ。そして勢いを失わないまま、雷燕はふたたび果歩の身体を貫いた。 

あ……。

 果歩の身体を突き抜けたあと、雷燕もまたその輝きやスピードを急速に失って小さな塊だけを残し、四散する。

 それが箭波の核だった。

 小霧に続いて、箭波もまたゲームオーバーとなったのだ。

 その代償は……。

王牙の動きが、止まった……?

 炎の勢いが弱まっていくのがはっきりと見て取れた。

……何だと?
 不意を突かれて篤志の表情が狼狽に歪む。

 足場を失い、篤志と果歩は大きくバランスを崩した。

 落下のスピードに抗う術などあるわけもなく、まだ至るところでくすぶる炎と、ふきだまった煙が渦を巻く中へ落ちて行く。

……っ!

 篤志が、何かを叫んだようにも聞こえる。

 だが聞き取ることのできるほどはっきりとした言葉ではなかった。その光景を箭波もまたなす術もなく見つめているより他ない。

 すべてが、あっという間の出来事だった。

ば……馬鹿じゃないの!

 思わず口をついて悪態が飛び出した。

 こんなあっけない結末など想像できたわけはなかった。

こんなのありえないでしょ!

空飛ぶくらいの芸当見せたらどうよっ!

 箭波はぽっかりと口を開けた大穴を覗き込んで叫ぶ。

 それが無茶な要求だということは分かっている。

 だがそれでも箭波には納得できなかった。こんなにもあっけなく果歩と篤志が死ぬなんて信じられるわけがない。

 煙に視界を阻まれて、落ちて行ったふたりがどうなったのかを見届けることはできなかった。身体が震えるほどの存在感で居合わせた全員を圧倒していた王牙も……今はわずかな気配さえ感じ取ることができない。

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