リバイアさんとネフシュたん ~へブル人への手紙を護る者~

狙撃銃試射訓練

エピソードの総文字数=5,925文字

「おはようございます。狙撃銃の調整の作業ですよ、ご主人様」
「そうだったな……」
ネフシュの元気のいい声がボーの耳をついた。学校に行くいつもの時間より1時間もはやく早く起こされたボーは、生返事をするだけが精いっぱいだった。

「ほら、ご主人様。起きてください。起床時間を決めたのはご主人様ですよ」
ネフシュが力いっぱい細い腕でボーの上半身を引っ張り上げた。
「わかった、わかった。今起きるよ」
 重い体を起こしてようやくボーはスチールバーとキャンバスで組まれた簡易ベッドから立ち上がった。
 狙撃銃は精度が求められるため、スコープの調整などは朝方に行う必要があった。
 日中の熱で空気が揺らめくと、それだけ精度が落ちるのだ。
 ここは、紀元65年前後のパレスチナの地だ。地中海性気候と砂漠性気候の中間の地域にあるために、体感としてはほぼ亜熱帯気候だ。熱帯地域ではないにしても、周囲のほとんどは草木の少ない荒野が一帯を覆い、日中温度は太陽が昇るとともに上昇し、太陽が沈んだ夜はとても冷える。
 ボーは改めて、これまでとは違う場所にいることを実感した。
 
 すると、奥の食糧庫からネフシュがボーに呼び掛けてきた。
「朝食は先にしますか?それとも後に?」
「後にしておこう。腹が膨れると緊張感が途絶えてしまう。それに朝ごはんといっても、炊き立てのご飯にアツアツの味噌汁とか、新鮮な果物にふっくらパンとかじゃないんだろ」
「まあ戦闘糧食が基本食材ですけども。でも味は悪くないですよ」
「お前さん、料理はできるのか」
「料理はとても得意です。レシピやレパートリーは15000種以上あります」
「そりゃすごいな。でもそれはメモリ内にあるただのデータだろ。実際に作ったことがあるのはどれくらいなんだ」
「まだ、一回も……」
「それじゃ、後で戦闘糧食を美味しく仕立ててくれ」
「わかりました。ご期待ください」

 ボーとネフシュはトラクターカーゴを移動させ、高台の平地に装備と標的を設置して試射の準備を整えた。
「これがご主人様がお使いになる狙撃銃です」
 武器コンテナのケースを開くと、そこには冷たく鈍い鉄の色をした狙撃銃が梱包されていた。ネフシュが丁寧に開梱すると、狙撃銃の全体が露になった。
「あまり見たことないが、もしかして、旧日本軍の九七式自動砲ってやつかな。たまにオンラインゲームで使っているプレイヤーがいるけども」
「その通りです。さすが陰キャゲーマーでらっしゃいます。こんなマイナーな銃火器をよくご存知で」
「あげてんだか、disってんだか、わからん誉め言葉だな。陰キャは余計だ。会話データベースを更新しとけ」
「かしこまりました。陰キャご主人様」
「お前のアルゴリズムどうなってんだ。もういい。好きなように言え」

「この銃は、九七式自動砲をベースに現代仕様に大幅改造してあります」
「有効射程距離が長くなっているとかか?」
「そうです。その他にも連射性能や温度上昇抑制機構、耐久性などです。そしてスコープは全く新規部品によるものです」
「つまり、中身はほぼ別物だな」
「そういうことになります」
「なぜまた改造ベースを九七式自動砲にしたんだ?」
「もともと対戦車ライフルとして開発され、20㎜弾を使うように設計されております。ガス圧作動式のセミオートマテック方式は今回のミッションの条件にも合致しています」
「なるほど、改造ベースとしていろいろ拡張の余地があるんだな」
「ただし、当該銃は実際の歴史ではほとんど活躍できなかったようです」
「旧日本軍の兵器にはそういうのが多いな」

「それでは、コンテナから銃を取り出してください」
ボーは取っ手を持ち、重さを推し量るため、少しだけ持ち上げた。
「おい、こりゃ随分と重いな」
「40kgあります」
「おいおい、小学生高学年くらいの体重だ。片手でなんて無理だ」
「オリジナルは60kgありますから、それでも軽量化できたほうなのです」
「据え付けで運用前提とは言え、こりゃ持ち運びが大変だぞ」
「その場合は、随伴機動歩兵に運搬させれば問題ありません」

 こっちの銃は、これよりさらに大きいな。
「2m以上はあります。これは第二次世界大戦で使われていた対戦車ライフルを現代仕様に大幅に改造したもので、随伴機動歩兵用に改造してあります」
「オリジナルは、フィンランド製だっけな」
「さすが、お詳しいですね。ラハティ L-39 対戦車銃です」
「一応、ゲーマーだから有名な銃くらいはわかるさ。スナイププレイもよくやるしな。とは言え僕がよく使う銃は、現代銃のマクミランTAC-50だけどな」
「では話が早いですね。早速、試射訓練やってみましょうか」
ネフシュが、人工筋肉力を25%制限解放して銃を取り出した。そして銃の先端部にある二脚銃架を広げ、しっかりと地面に据え付けた。

「それでは伏臥姿勢になって九七式自動砲を構えてください」
「こうか?」
 ボーはネフシュの指示に従い、伏せの姿勢で地面の上に這いつくばった。
砂とも乾いた泥とも言えない感触が体を伝った。
「はい、そうです。これが基本の射撃姿勢である伏射です」
「この銃、確かにずしりと重いな」
「実銃のリアリティはどうですか?」
「ゲームだと重さを感じることができないからな。やはり本物はすごいな」
「では、スコープの防護キャップを両方を外してください」
「外した」
「スコープを光学照準を覗いてください。何が見えますか?」
「目盛りのついた十字が見える」
「それがレティクルです。要するに、その中心にあるものを狙い撃つわけです。
「当たり前だが、実銃だと本当に狙っている感じがするな」

「このスコープの最大倍率は100倍です。つまり、1㎞先の標的を10mの距離まで接近してみるのと同じ状態になります。当然視野は狭くなりますが」
「有効倍率はどれくらいなんだ」
「実質20倍以下くらいでしょう。しかしながら、そもそも標的である魔物自体の体が大きいですから高倍率で遠距離射撃した方がよいでしょうね」
「要するに命中率よりもこちらの生存率を高める方がましだってことだな」
「そういうことです」
「連射は可能になっているな?」
「はい。この銃の改造ポリシーは精度よりも威力と連射性能を重視しています。試射訓練用に狙った場所と着弾点が200mで一致するように照準を合わせてあります」
「ゼロインてやつか。ということは、その距離以上以下の標的を撃つときは補正が必要ってことだな」
「そういうことになります。しかしながらどの程度の補正が必要かは私が計算してご主人様にレティクルに刻まれたミルドットの目盛りの数で指示を出しますのでご安心を。
スコープを調整するには、ウィンデージ・ノブを回して左右、エレベーション・ノブを回して上下にレティクルを動かします」

ボーは、言われたとおりに手慣れた様子で調整を行った。

「弾丸は炸裂L弾というものを使います。重たいですが、それゆえ弾道が安定し、標的に命中すると致命傷を与えることができます」
「こりゃ、見た目からでも当たったら痛いじゃすまない代物だな」
「ではドライファイアしてみてください」
「空撃ちしても音は大丈夫なのか?」
「今、ドローンを4基ほど飛ばして周囲を哨戒させていますからご安心を」
「そうか、それなら心置きなく試せるな」
「実弾を撃つときは、フラッシュハイダー、つまり滅炎器の装着を忘れないようにしてください。この銃のマズルフラッシュはかなり目立ちますから」

 ボーは熱砂の影響で幾分熱くなった重い引き金に、指をかけて、じんわりと引きはじめたあと、それから一気に力を込めた。

 衝撃音が周囲に鳴り響き、空気の粗密波が小高い岩山の合間をすり抜けては何重にも反響した。
 図太く腹の底まで伝わってくるこの衝撃音に、ボーは期待した。

「これは、すごいな。こんなに強い反動とは思わなかった」
「リコイル時にスコープが少しづつずれていくのを防ぐために後で接着剤を塗布するのをお忘れなく」

 ボーはこの銃の威力を確信した。

「では、実弾を撃ってみましょう。弾道計算はスポッター、つまり観測手である私が行いますので、ご主人様は照準に専念してください」
「わかった」
「今回は、ターゲットは300m前方の標的機です。風速の影響もほぼありませんから、補正なしでそのまま照準してくだされば結構です」
「了解」
「標的機の大きさは魔物の推定値の4分の1のサイズですが、前後左右に動くので狙いにくくなっています。未来位置を予測して、できるだけ、中心を狙って撃ってください」
「了解。では、射撃を行う」

 ボーは、安全装置を解除し、チークレストを調整しつつ頬がきちんと銃床にあたるようにした。そして、心臓の鼓動や呼吸によって銃が揺動するのを最低限にするため、静かに弱く呼吸をした。
 引き金にかけた指とスコープにあてた眼に全てが集中する。
 最後の一呼吸で肺の中の酸素を出し切り、息を吐きつくした。
 そしてボーは静かに引き金を絞り切った。
 その瞬間、撃針が前進し、弾薬の雷管に衝撃が加えられ、起爆剤が発火した。その発火で薬莢内の火薬に点火された。点火された火薬は急激に燃焼し、その圧力で銃身を通り、弾頭が押し出された。最初の一発目である。
 ドライファイアと同様に耳を劈く衝撃波が周囲に拡散したが、今度はそれだけではなかった。音速を超える速度で放たれた炸裂L弾が、標的機に命中し、粉々に破砕した時の鈍い轟音が空一帯を覆うように追加で鳴り響いた。

「これはすごいな!」

 標的機は跡形もなくなった。

「いかがでしたか」
「さすが、元対戦車ライフルだな。魔物を射抜くにはこれでも力不足かもしれないが」
「連射でダメージを増やしていく戦術をとることになるでしょう」
「それなら、コールド・バレル・ゼロのための時間間隔はどれくらいなんだ」
「だいたい1分で冷却できますが、精度を犠牲にしてセミオートマティックで連射することをお勧めします」
「その理由は?」
「魔物との会敵機会は、多分この作戦では一回きり、多くても二回でしょう。もうこの銃は使い捨てです。スコープに魔物が入った時点で弾倉の弾は打ち尽くすくらいの気持ちでいてください」
「なんとまあ、えぐい戦いだな」

 ボーは改めて魔物との闘いを有様を頭に描いてみた。

「次は連射の試射をしてみましょう。撃ってみてわかったように反動がかなり強いです。
その反動に耐え、できるだけ標的を捕捉しながら安定的に連続射撃するためには、かなりの訓練を要します」
「エンハンスの時にも言ったが、体力には少しばかり自信があるんだ」
「クラスではチームの代表になったりしたんですか」
「いや、そんなことはなかった。せいぜい補欠かな」
「体力があるのに?」
「体力あってもコミュ力なけりゃ、チームプレイはできないさ。それに留年生に声をかける奇特な同級生なんているわけがない」
「いわゆるクラスの除け者ですか?」
「自主的他者疎遠者と呼んでもらおうか」
「わかりました。自主的他者疎遠者様」
「繰り返すが、お前のアルゴリズムどうなってんだ」

「あと次からはイヤープロテクターを装着してください」
「そうさせてもらうよ。轟音で耳がおかしくなってしまうからな」
「それとですね、連続射撃の後は必ずゼロインをしなければなりません。連続射撃以外でも、銃を分解したり衝撃を加えてしまったりした場合でも同様です。他にも、気温が激しく上下変動した場合や標高差が大きく異なる場合に使用する際もです」
「実銃の狙撃銃はいろいろとデリケートで面倒だな」
「さすがにゲームのようにはいきません」

「つぎはいよいよギリースーツを着用しての試射だな」
彼の着用する擬装のための衣服は、表面がごつごつ岩のようになっていて、衣服というよりは、体に覆う装着物であり、当然、固く重かった。
 ボーは背負いながら着込もうとしたが重すぎで自分一人では片腕すら入れることができなかった。
「お手伝いしましょうか」
「た、頼む」
 彼は、そんな必要はないと本当は言いたかったのだが、このスーツはそれくらいの重さだった。
「こりゃ、身動きできないな、文字通り岩と一体になった感じだ」
「実戦時の排便はおむつを着用してもらうことになります」
「文字通り不便だな。おむつにするくらいなら我慢したほうがマシかもしれないな」
「人間は不便ですね、ご主人様」

 さらにボーはギリースーツを着用した状態での試射訓練を継続した。
「着弾観測を行い平均弾着値を割り出しました」
「スコアはどうだ」
「まずまずです」
「よし、ゲームで培った力が徐々に発揮できて来たぞ」
自信に満ちた笑みでスコープを覗いたボーはようやくレティクルが通常と異なることに気が付いた。
「よく見たら、このスコープは少しばかり特殊仕様じゃないか?」
「よくお気づきになりましたね。横と縦の比率が1:1.618になっています。いわゆる黄金比ですね」
「十字架の形に見える。神のご加護があるようするための配慮か?」
「理由は私にも聞かされていません。必要であればリバイアに確認しておきます」
「このスコープはトリジコン社のACOGシリーズを改造したものだな」
「そうです。なぜお分かりに?」
「トリジコン社のことはさすがに僕でも知っているぞ。一応、シューティングゲーマだからな。お前さんが知らなきゃ、帰った時にネットで検索してみてみるんだな。
PSA27:1 主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。
JN8:12 こうして、イエスは再び彼らに語って言われた、わたしは世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみの中を歩くことがなく、命の光を持つ。
2COR4:6 やみの中から光が照りいでよと仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである
だろ?」
ボーは、自分でも意外なほどに聖書の句を諳んじることができたことに満足したあとでこのスコープには何と書いてあるのだろうかとスコープの裏当たりを確認すると、そこには
Heb11:1
と刻印されていた。
 だが、瞼の周りまで汗まみれのボーには、そのときこの刻印を正しく読み取ることはできなかった。

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