変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第6話「おまえにはどうして羽音神様の偉大さがわからないんだ?」

エピソードの総文字数=5,040文字

 似鳥篤志《にとりあつし》の出生地は、兵庫県垂水区である。
 中学二年まではそこで暮らしていた。
 篤志は自分のことを『まとも』だと思っている。
 そう思う根拠は彼の両親にあった。
 彼の両親は――率直に言って『異常』だった。
「羽音神様、今日も一日どうぞ私たちをお見守りください」
「羽音神様のお力で、この世界を平和にお導きください」
「…………」
 篤志の両親は【羽音神教団】というカルト教団の信者である。
 羽音神教は【羽音神】という神を絶対的な存在として崇める宗教で、教団の代表は「私には羽音神様の声が聴こえる」と喧伝していた。
 篤志の両親は宗教活動と人権活動、そして政治活動に傾倒し、ろくに働きもせずに親の脛を齧る生活を送っていた。
 父の父母――つまり篤志にとっての祖父母はそんな息子夫婦の生き方を憂えていたが、二人はまるでそれを心にかけなかった。
「働けと言われてもな。金銭に拘泥するよりもっと尊い生き方があるだろう」
「そんなことより信仰の方が大切よ。私たちが働いたところで、世界に平和と平等が訪れるわけでもないし」
「…………」
(駄目だ、こいつら……)
 幼少の頃から、篤志は両親に対して軽蔑めいた感情を持っていた。
 両親は篤志を信仰の道に導こうと、教団の教えを色々吹き込んだが、篤志はそれに染まらなかった。
 篤志にとっては、子育てそっちのけでカルト宗教にのめり込む無責任な両親より、自分の面倒を見てくれた『まとも』な祖父母の方が信用出来たのだ。
「篤志、おまえにはどうして羽音神様の偉大さがわからないんだ?」
「…………」
(そもそも、羽音神なんて本当にいるのかよ……)
「ねぇ、一緒に礼拝に行きましょう? 羽音神様にお祈りしないと幸せになれないわよ?」
「…………」
(いいよ、別に幸せになんかなれなくても……)
 両親は決して悪い人間ではなかった。
 ただ、純粋過ぎて人を疑うことを知らない故に、骨の髄まで教団の教えに染まり切っていた。
 熱心に祈りを捧げ、良いことがあれば「羽音神様のおかげだ」と感謝し、悪いことがあれば「我々の信心が足りなかったせいだ」と悔いた。
「やった、経済対策の効果が出なくて与党の支持率が下がったぞ! これであの恥知らずの総理もいよいよ後がないな! これも羽音神様のおかげだ!」
(それって、景気が悪いのは羽音神のせいってことなんじゃ……)
「今年は台風が多くて、日本各地でたくさん被害が起きているらしいわ。私の信心が足りなくて羽音神様がお怒りなのかしら?」
(おまえ一人のせいで日本各地に被害が出てるのかよ……)
 篤志は両親を『異常』だと思っていたが、彼ら自身は自分たちが『異常』であるとは露ほども思っていなかった。
 篤志が小学生の頃のこと、学校の授業参観という行事を「絶好の布教チャンス!」と考えた両親は、篤志のクラスメイトの父母に、
「あなたとあなたのお子さんの幸せのために祈らせてください」
「ありがたいお話が聴けますよ。一緒に会館に来ませんか?」

 と、片っ端から声を掛け、この一件をきっかけに篤志は友達を失った。


 運動も勉強も人並み以上に出来、何より機転が利いたので、いじめられることこそなかったが、篤志の児童期は孤独なものだった。
 祖父母が誕生日に贈ってくれたパソコンを使い、毎日黙々と作業ばかりして過ごしていた。

 転機となったのは、中学二年の時。
 篤志の慕う祖父母が病で次々に倒れてしまった。
 持病の悪化で祖父が亡くなった半年後、後を追うように祖母も急逝した。
「これも信心が足りなかったからか……」
「どうか二人の魂をお導きください、羽音神様……」
(何だろうな……)

(悲しくないわけじゃないんだけど……)

(不思議と涙って出ないもんなんだな……)
 篤志が泣かない分、両親は大きな声を上げて泣いていた。


 両親は人が悪いわけではない。

 むしろ善性という点においては、害悪の範疇に含まれるほどの類稀なる純度を誇っている。

「…………」

 悲しみに打ちひしがれる両親を見やりつつ……篤志は思った。

 祖父母が六十そこそこという若さで亡くなったのは、どう考えても心労のせいだろう。
 両親は相変わらずカルト宗教に傾倒しており、収入らしい収入は、時折プロ市民として座り込みや抗議デモに参加する際の日当のみ。
 額としては、篤志が小遣い稼ぎにやっているアフィリエイトブログの収益とさほど変わりがない。
 祖父母はそこそこの資産を持っていたが、働かない働き盛りの息子夫婦と中学生の孫を抱えて生活するのはさすがに辛そうだった。



……


…………

「父さんたちもいなくなったし……引っ越すか」
「そうね、京都に引っ越しましょう」
「――えっ!?」
 両親ののめり込んでいる羽音神教には"聖地"と定められている地がある。
 それが【羽音神島】という地図に載らない島である。
「少しでも羽音神様のお側に近付きたい」
「そうね、篤志も高校受験の年だし、その方が合格祈願も羽音神様に伝わりやすいでしょう」
(オレの高校受験の合否は羽音神の意思に左右されるのかよ……)
 なお、篤志は両親に向けて、羽音神教に対する否定的な意見をなるべく言わないようにしている。
 普段は温厚な両親だが、羽音神教を批判すると人が変わったかのように反論してくるのだ。
 それに付き合うのが非常に面倒だというのは学習済みなので、篤志は羽音神教を叩く時は自分の心の中のみに留めることにしている。
 さて、こうして中学三年の春、篤志は両親と一緒に京都府舞鶴市に引っ越した。
(いきなりで驚いたけど……)
(でも、新しい生活ってのも悪くないかもな……)
 前の町ではろくなことがなかった。
 両親がカルト宗教の信者だということは近所でも有名で、そのせいで篤志もずっと色眼鏡で見られていた。
 学校でからかわれて喧嘩に発展したこともあったし、とにかく良いことは全然なかった。
 祖父母の遺産と神戸市垂水区の家を売った金を元手にしての、舞鶴市での暮らし。
 家屋は一軒家から家賃の安いアパートに変わったが、それは些細な変化だった。
「さすがは舞鶴市だな」
「ええ、もっと早くに越して来たら良かったわね」
 "聖地"に近く、羽音神教団の本部がある舞鶴市は、羽音神教の活動がより活発だった。
 なんでも羽音神島が地図に載らないのは政府の陰謀であり、この舞鶴港からは時折密かに実在する羽音神島へのフェリーが出ているらしい。
「おのれ、政府め……どうして羽音神島の存在を隠すんだ?」
「知られると何かやましいことでもあるのかしら?」
(つうか、本当に羽音神島なんてあるのか?)
(おまえらの妄想なんじゃねーの?)
 篤志がそう考えるのも当然で、両親の語る羽音神島はあまりに夢物語のような場所だった。
「羽音神島はな、なんと異世界に繋がっているんだ」
「それにね、羽音神島では魔法が使えるのよ」
(なに言ってんだこいつら……)
(異世界とか魔法とか、マンガやゲームじゃあるまいし……)
 篤志には、絵空事に夢中な両親に構っている暇はなかった。
 最初の一年は受験のことでいっぱいいっぱいだったし、無事に高校に入学してからは別の問題があった。
 祖父母の遺産と家の売却でそこそこあったはずの資産が、いつの間にか大きく目減りしていたのだ。
 両親が考えなしに教団に寄付してしまったせいだった。
「どうすんだよ! なんで寄付なんかしたんだよ!?」
「仕方がないだろう。教団も本部となれば運営に金が要るんだ」
「オレらが生活するにも金が要るだろ! 寄付した分を返してもらえよ!」
「そんなことが出来るわけないでしょう。質素に暮らせばきっと何とかなるわ」
「何ともならねーよ!!」
 篤志は両親に就職するように言ったが、両親はプロ市民として活動するばかり。
 しかも遠方での活動は日当以上に交通費がかさみ、全く収入にならない。
 アフィリエイトブログの収入では足りないので、仕方なく篤志は近くのコンビニでアルバイトをして生活費を稼ぐことにした。

 高校生活、そしてコンビニでのバイト。
 どちらも最初は楽しかったが、数ヵ月もすると篤志の親がカルトの信者であることが知れ渡り、あっという間に中学時代と同じ状況になった。
 直接的にどうこう言ってくる者は少なかったが、何となく遠巻きにされるようになった。

(もう付き合いきれねーわ……)
(高校を卒業したら家を出て、あいつらと縁を切ろう……)
 本当は今すぐにでも家を出たい。
 だが、現実的に考えてそれは難しかった。
 父方の祖父母は亡くなり、母方の親類については話にも聞いたことがない。
 つまり、篤志には身を寄せるあてがなかった。
 また、昨今の就職状況を鑑みれば、出来ることなら高校の卒業資格は取得しておきたかった。
(とりあえず高校だけは出るんだ、絶対に……)
 反発心に任せて不良行為などの反社会的な行動に走れば、気は紛れるかもしれない。
 だが、そうして周りに迷惑を掛ければ、方向性が違うだけで、自分も両親と同じ『クズ』である。
 地に足のつかない生き方をしている両親を反面教師としてきた分、篤志は『まとも』な生き方を是とする現実主義者だった。
 『卒業資格の取得』を目的に掲げ、篤志はさほど楽しくない高校生活を送った。
 放課後と休日にバイトをしつつ、空いた時間を見つけてはネットに動画をアップしたりもした。
 幼少期から祖父母に買ってもらったパソコンで遊んでいた篤志は、パソコンの操作技能が高い。
 アフィリエイトブログは中学の頃からやっていたが、高校に入ってからは自分の歌唱を動画サイトに投稿する――いわゆる『歌い手』としての活動もしていた。
 バイトがあって動画制作に時間が掛けられないせいで発表ペースは遅かったが、この動画投稿は僅かな広告収入にも繋がった。
(世の中には、これ一本で食っていけるヤツもいるんだろうけどな……)

 ちょうど、yowtuberという職業が世間に認知され始めた頃だった。
 全く興味がないと言えば嘘になるが、それでも自分がそうなるというのは考えられなかった。

 篤志の声質は好評を博したし、それなりにファンもついた。

 だが、少々「上手い」と持て囃されたところで、それに浮かれて思い上がるなど馬鹿馬鹿しい。

(今みたいな感じで、ちょいちょい広告料貰えたらそれでいいや……)
 そんなふうに考えていた矢先、バイト中のコンビニが閉店することになった。
 店舗の売上自体はそれほど悪くはなかったはずだが、篤志には窺い知れない本部の事情があるようだった。
 何はどうあれ、篤志は二年以上続けていたコンビニバイトの職を失った。
(次のバイト探さないとなー)
 そう考えていた時、ちょっとした気まぐれでアップした動画がバズった。
 関連動画としてこれまでに上げていた動画も一挙に注目を集め、この月は五十万円以上の広告料が舞い込んできた。
「マジかよ……」
 五十万円……コンビニバイトの約七ヵ月分である。
 篤志は激しく葛藤した。
(ネットの話題なんて一過性のもの……)
(持て囃されるのも今だけで、来月にはまた広告料も元に戻るはず……)

 そうでなくても、篤志は現実主義者である。
 流行に左右される曖昧な巨利を狙うより、堅実なアルバイトで時給を受け取る方が"賢い"なんて決まり切ったことだった。

「…………」

 それでも篤志が"賢くない"選択をしてしまったのは――

 ひとえに、篤志がパソコンを使った編集作業が好きだったからだ。

 幼い時分から友達と遊ぶこともなく、黙々とパソコンに向かい続けた篤志にとって、パソコンを使っての作業は何よりも楽しいことだった。

(コラボ企画の申し込み……受けてみるか?)

 これまではバイトで忙しいことを理由にやってこなかったことを、色々積極的にやってみることにした。

 他の歌い手とのコラボ企画を推し進め、一部の顔出しもするようにした。

 SNSを通じてのファンたちとの交流もまめに行うようになった。
 やがてファンの女の子たちとオフパコするようになり、篤志は「歌い手はモテる」というネットの流説を実感するに至った。

(言い寄ってくるのメンヘラ女ばっかだけど……)
(まぁでも、チョロくていいよな……)
 社会人女性は特に良い。
 「金がない」と言えばお小遣いをくれるし、欲しいと言ったものは買ってくれる。
 高校三年、大学を志すなら受験の年。
 両親は相変わらず働かずに教団の本部に入り浸ってばかりだったが、もはや生活費の心配はなくなっていた。

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