超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

きずな。

エピソードの総文字数=2,467文字

       大討論会


 それは投票日の前日に行われる、生徒会長候補同士の討論会だ。


 召愛と羽里、二人が、真っ正面からぶつかり合う。

 どんな取り繕いも、どんな誤魔化しも、全て衆目の前で明らかにされてしまう。


 同時に。

 どちらの主張に、より正統性があるのかも、一目瞭然になるということだ。

 

          すなわち、決戦、である





 いよいよ、その当日の朝を迎えた。

 今日の昼休みが終わった午後から、開幕となる。

 寮のキッチンでは、召愛が毎朝そうしてくれてるように、

 俺たち二人分の弁当を作ろうとしていた。 

「――♪」
 鼻歌まじりというやつだ。

 居間からは、遊田が見ているテレビのモーニングショーの音声が聞こえてきている。

 天気予報によると、今日も快晴の真夏日となるらしい。

「よお、おはよう、召愛。

 弁当なんだが、三人分、作ってくれないか?」

「三人? イスカさんの分か?」
「いいや。遊田の奴は、

『召愛が作った弁当なんて、絶対食べない』って言ってるしな」

「では、なぜ三人分なんだ?」
「羽里の分だ」
「彩……の?

 で、でも、彩は、私とは、ケジメを付けるために、一緒に何かをするというのは、しないと宣言している。昼食だって共にはしない」

「わかってる。だけど、弁当を受け取るくらいはするだろ」
「作るのは……かまわない。

 彩が、それを食べてくれるなら、嬉しいとも思う。

 だけど、なぜ、コッペは、そんな事をするんだ?」

「お前だって、もう、わかってるだろ。

 選挙でどっちが勝っても、羽里とは、以前のような親友には戻れない。これからは、お前たちは、ずっとライバルのままだ」

「……」
「わかっている……」
「でも、絆が切れるわけじゃない。

 だから……だからさ。余計なお世話かも知れんとも思うが……。

 せめて、決戦の前に、弁当くらいは届けてやりたいと思っただけだ」

「そういう事であれば……わかった。

 今日は腕によりを掛けよう」









 そして、昼休み。

 

 俺は、羽里の選挙事務所室の前へ、一人で来ていた。

 自分の分の弁当と、羽里の分の二つを持ってだ。


 あらかじめ、電話は入れてある。

『要件がある。昼休みに会ってくれないか』とだけだ。

 決戦前に、茶々を入れられるのは嫌がられるかとも思ったが、あっさり了承されたのだ。


 ドアをノックしてから、中に入ったよ。

「ようこそ」
 羽里は、椅子に座ったまま、抑揚のない口調で、そう言った。

 無愛想というよりも、大討論会を前にして、緊張が高まっているだけだろう。


 部屋の中には、羽里が一人だけだった。

 選挙を手伝っていた【議員】の連中は、昨日、陣営を離脱してしまったからだ。


 机の上には、昼食として食べようとしていたのか、ミートパイが置かれていた。

「ああ。けど、この部屋に俺が入って良かったのか?

 ライバルの陣営なわけだしなあ」

「別に見られて困る物もありません。

 奥の手や、小細工を用意してあるわけでもない。

 真っ正面から、論戦に挑むだけです」

「そりゃ、お前らしい」
「ところで、どんな要件なのでしょうか?」
「これだ」
 俺は、弁当の包みを掲げて見せたよ。

 かつて、召愛と三人で毎日、昼飯を食ってた時に、羽里が使ってた包みだ。

 ちなみに、ウサちゃんの柄がプリントされているという、ファンシー極まるものだ。

「召愛からの差し入れだ」


 ――!!

 俺は机に弁当を二人分、置いたよ。

 んで、椅子をそこへ持って来て、羽里と向かい合って座った。

「これを……、わたしに、食べろと?」
「別にパイを食べたいなら、そっちにすりゃいい」
「……………」
「…………………………」
 羽里は、すこし躊躇してから、弁当の包みを解いた。

 それから、蓋を開け、一口目を食べた時だ。

「……」

 羽里の目に、涙が浮かんできたんだ。


 きっと、思い出したのだろう。

 たった一ヶ月だけの、召愛と共に過ごした高校生活をだ。

 

 あの一ヶ月のような日々を手に入れるため、羽里は学校を丸ごと一つ作ってしまったようなものだ。そのために、こいつはあらゆる努力を積み重ねて来た。


 そして、やっと手に入れたそんな日常も、あっという間に過ぎ去り――



 ――戻れない場所へと過ぎ去ってしまった。



 それから羽里は、二口、三口と、食べ進めていくうちに、

 やがて、瞳に溜まりきった涙が、頬を伝って落ちた。


 それでも、食べるペースを緩めない。

 まるで、壊れてしまった幸せな時間の残骸を、必死にかき集めるかのように、羽里は弁当をひたすらに、口へとかっこんだよ。


 マナーも何もなかった。

 お嬢様らしからぬ、がっつきで、あっという間に、平らげてしまった。

「……」
 放心したような顔で、羽里は、空になった弁当箱を机の上に置いた。
「なあ、羽里。

 まだ、何も終わってないし、過ぎ去ってもいない。


 お前のほんのすぐ側に、お前が求めていたものがある」

「……」
「俺だって、今さら、お前に主義主張を曲げろとか、

 召愛に迎合しろなんて、言うつもりはない。

 そういう事が絶対にできないお前の誠実さは、俺もすごく好きだ。


 だけど、だけどさ。一つだけ、言わせてくれ。

 どこかで、召愛の道と、お前の道、合流できる場所があるかも知れない。それを探す事だけは、諦めないでくれないか」

「……」
 羽里は、無言で頷いた。
「よし、話しは、それだけだ。


 なあ、良かったらだが。

 俺の分の弁当と、そのパイ交換してくれないか?」


 ――コクリ

「オーケー、じゃあ、俺の弁当食って良いぞ。

 いっぱい食べて大きくなんないとなあ」

 交換してもらったミートパイは、召愛が作った弁当よりも60倍くらい美味かった。

 たぶん、羽里の家の一流シェフが作って、空輸してきた物なのだろう。

 いかにも札束が積み重ねられてますねっていう、リッチな味がした。


 でも、羽里はな。

 召愛の弁当を、この世でもっとも貴重なものであるかのように、

 今度は、大事に、大事に、一口ずつ味わって食べてたんだ。


 その瞳にはまだ、涙は残っていた。

 けど。

 どこか遠くへ微かに見える希望を、見据えているように、俺には見えた。

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