変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第22話「友ちゃーん! 打てーっ! あたしに続くのよー!!」

エピソードの総文字数=5,804文字

 見るからに不気味な黒魔術専門店の内観とは打って変わって、穂積家の住居はごく普通の内装である。
 ダイニングに入った由美子は、漂う肉じゃがの匂いにテンションを上げた。
「おおっ! 肉じゃがだわ! めっちゃいい匂い!」
「うん、今日はちょっと作り過ぎちゃって……弟が部活の合宿なの忘れていつもの分量で作っちゃったんだよね。だから由美子が食べてくれると助かるの」
 友子は料理が得意だ。
 中学時代は部活動があったのでなかなか家のことは出来なかったが、高校に上がってからは穂積家の料理担当は完全に友子である。
「任せて! 食べるのは超得意だから!」
 <ドンッ!>と胸を叩く頼もしい由美子を見て、友子はクスッと笑う。
 由美子はいつも美味しそうに食べてくれるので、料理の振る舞い甲斐があるのだ。
「私、温め直して準備するから、由美子はその間クロと話しててよ」
「いいの? あたしも準備手伝うわよ?」
「ううん、いいからいいから」
 友子はダイニング奥のドアを開け、その奥の通路及び会談に向かって大声で呼び掛けた。
「クロー! 由美子が来たよー!」
 呼び掛けからややあって――
 ドアの向こう側に、音もなくスッと黒猫が姿を現した。
『うるせぇな、そんなでかい声出さなくても聞こえてるよ』
 すらりとした美しい黒猫――
 その名もクロが、友子をジロリと睨みつける。
『つうか、友子――おまえここで何やってんだよ? 店番は?』
「ちゃんとベル置いて来たよ。いいじゃん、この時間お客さん来ないんだから。それにおなかだって空いたし」
『まぁ、確かにこの時間帯は暇だけどな……もしベル鳴ったらすっ飛んで行けよ?』
「むー……わかってるよ、もう。偉そうに……」
『うるせぇ、偉そうじゃなくて偉いんだよ、オレは!』
 そう豪語するこの黒猫は――
 何を隠そう、黒魔術専門店『黒猫堂』のオーナーである。
 元々、黒猫堂は黒の祖父たる黒猫・先々代クロが立ち上げた商店なのだが、現在の経営者はこのクロだ。
 友子は猫好きだが、穂積家の家長面をして威張ってばかりのこの黒猫だけは本当に可愛くないと思っている。
「――さ、肉じゃが温めよ」
 クロの"オレ様"っぷりには、日頃から辟易している。
 友子は少女漫画が好きだが、少女漫画の定番"オレ様系男子"が好きではない。
 これは完全にクロのせいである。


 さて、クロの言葉を真面目に取り合うことなく、友子はさっさと台所の方に向かって行った。

「やっほー、クロ。あんた、例の迷子猫見つけてくれたらしいじゃん? やるわね!」
『フン、オレの捜索網を甘く見るんじゃねーよ』
「ありがとね、これで依頼主の女の子も喜ぶわ」
『…………』
 クロは由美子に返事をせず、ダイニングの中にスッと入り込んできた。
 部屋の中央に置かれた大きなダイニング―ブルの隣、ごく小さな猫用のミニテーブルの前に移動する。
 ほんの小さなこのテーブルだが、実は高名な職人が高級な木材を使用して造った芸術品であり、大きなダイニングテーブルの五倍以上の値がつく。
『おい、友子。オレの分も用意しろ』
「クロも肉じゃが食べる?」
 友子が台所内から問い掛けると、黒猫はハンと鼻を鳴らした。
『ハァッ? おちょくってんのか? このオレがそんなモン食うわけねーだろ。いいから鯛持ってこい!』
「えー……」
『早くしろ!』
「……はーい!」
(あーあ、ホントに可愛くないなぁー……)
 ゲンナリしながらも、友子はクロの要求を呑んで、冷蔵庫から鯛の切り身を取り出す。
 鯛の切り身を包丁で更に小さく切り分け、陶器に美しく盛りつけた。
 この皿も本土の有名な焼き物で、かなり値の張るものだ。
「美味しそうな鯛ねえ……」
 友子がクロの前に皿を運ぶと、由美子が舌なめずりをして、つつつと猫用テーブルの方に近付いてくる。
『……こっち来んじゃねーよ。シッシッ!』
「ねぇ、一切れちょうだいよ、クロ」
『ハァッ!? ふざけんな、この鯛がいくらすると思ってんだ? 人間ごときが食っていい代物じゃねーよ』
「なによ、人間ごときって! ムカつく猫ね! それにあたしは人間じゃないわ、サッキュバスよ!」
『うるせぇな、なにがサッキュバスだよ! ゴブリンみたいな顔しやがって! テメェは肉じゃがでも食ってろよ!』
 言い争う由美子と黒猫を見て、友子はふぅと息を吐く。
 台所に引き返して包丁とまな板を片付け、鍋の中の肉じゃがの様子を見てコンロの火を落とした。
「ねぇねぇ、一切れだけ! 一切れだけでいいから!」
『嫌だよ、おまえにやる義理なんかねーんだから!』
「あたしとあんたの仲じゃない?」
『オレとおまえは何の仲でもねえよ!』
 器に盛りつけた肉じゃがを人間用のテーブルに運び、テーブルの上に用意してあった茶碗に米飯をよそう。
 自分の分は普通に盛り、由美子の分はがっつり大盛にした。
 因みに、肉じゃがを持った器もこの飯茶碗も、人間用の食器は全てホームセンターで買ってきた安物だ。
「由美子、用意出来たよ。食べよ?」
「わぁい、肉じゃが♪」
 友子の呼び掛けに、由美子はパァッと顔を輝かせてダイニングテーブルに着く。
「すごーい! 美味しそう! さすがは友ちゃんね!」
「えー……普通だよー」
 作った友子に言わせれば「さすが」と言われるレベルのメニューではない。
 むしろ、どちらかと言えば今夜は"手抜き"だ。

 主菜はありあわせの材料で作った肉じゃが。 
 副菜は、春菊のおひたしと、昨日の残り物のひじきの煮物。
 味噌汁の具はわかめと豆腐とネギ。
 あとは市販品のきゅうりと茄子の浅漬けが添えてある。
「いっただっきまーす!」
 サッと箸を取った由美子は、器から肉を摘み上げて口に運んだ。
 由美子はいつも一番好きなものを一番に食べる。
 友子は逆で、一番好きなものは一番最後に取っておく方だ。
「ん~~美味しい!」
 続いてじゃがいもと人参を口に放り込んだ由美子は、豪快にごはんを掻き込んでいく。
(うーん……)
(いつ見ても、由美子の食べ方は男子みたいだなぁ……)



…………

……


 友子と由美子の出会いは四年前。
 中学一年の春、同じクラスになった。

「あたし由美子、竹沢由美子よ!」
「私は穂積友子」
「じゃあ『友ちゃん』ね、よろしく♪」
「うん、よろしくね」
 由美子は太陽のような女の子だった。
 人の好感を集めやすい「明るく気さくでポジティブ」な性質。
 それに加えて、正義感が強いというか、ヒーロー然としているというか――常に正しい方向にリーダーシップを発揮する。
 由美子と一緒なら何をやっても楽しくなるので、男女を問わず多くの者が由美子と過ごしたがり、由美子の後を追おうとした。
 かくいう友子も、運動神経に自信があるわけでもないのに、由美子に誘われてソフトボール部に入部した口である。
 ソフトボール部は、はっきり言って弱小だった。
 新設の部だったので、初期部員は競技に必要な九人を満たしていなかったし、集まった者でさえもほとんどが初心者だった。
 けれど由美子はまるでスポ根マンガの熱血主人公のように、努力と根性、リーダーシップと行動力で仲間をどんどん増やしていった。
 他の部で伸び悩んでいる者を引き抜き、どこの部にも所属せずに才能を眠らせていた者を勧誘し、優秀な指導者を見つけてきて、他校のライバルチームと切磋琢磨の関係を作り上げた。
 由美子に引っ張り上げられ、盛り立てられたことで、弱小チームは大きな成長を遂げた。
(練習は厳しかったけど……)
(あの頃は本当に楽しかったな……)
 当時のことを思い出し、友子は懐かしさに目を細める。
 最初は衝突することもあったが、一緒に練習しているうちにだんだんチームメイトと解り合えるようになっていった。
 チームの雰囲気が良くなると、しんどいはずの練習が楽しくなってきた。
 楽しさに背中を押されて練習を重ねると、どんどん技術が身について試合に勝てるようになっていった。
 チームを牽引した由美子はもちろんのこと、かなりの変人ではあったが指導力は確かだった監督の力も大きかった。

 最後の年の成績は『羽音神中学校体育大会』の準優勝。
 この大会の優勝校、準優勝校には『異世界交流戦』の参加切符が贈られる。
 第一世界、第四世界のチームと戦うことが出来るのだ。
 結果として、異世界交流戦では一勝も出来なかったが、弱小チームが駆け抜けたこの軌跡はちょっとした"伝説"としてみんなを驚かせ、感動させた。
 由美子はエースで四番だった。
 球威でゴリ押していく投球スタイルと高い長打力からパワータイプと思われがちだったが、四球が少なかったり、変化球に合わせるのが上手だったりと、わりと技巧派のプレイヤーでもあった。
 敵の挑発に乗りやすかったり、戦略を組み立てるセンスが死んでいたり、"アホ"だという欠点もあったが……
 その辺りはキャッチャーがフォローしていたのでなんとか誤魔化せていた。

 友子のポジションはサード。
 長身からの長打力に期待されて、よく五番の打順に置かれていた。
 四番・由美子の次だったことから、由美子のすごさを肌で感じる場面が多かった。
 「これもうダメだよね……」と絶望的な気持ちでベンチを出てネクストバッターズサークルに入ったにも拘らず、目前で由美子のバットがそれを吹き飛ばすのだ。
 由美子が劣勢をひっくり返した後で入るバッターボックスの空気を、あの安心感と高揚感を、
「友ちゃーん! 打てーっ! あたしに続くのよー!!」
 活力に満ちた由美子の声援を、友子は今でもはっきり思い出せる。
(…………)
 まあ、つまり何が言いたいのかというと、友子は由美子が大好きなのだ。
 他人の意見や行動に追従しがちな友子にとって、間違いのない方向にぐいぐい引っ張っていってくれる由美子はとてもありがたい存在。
 今の高校を受験したのも「由美子が受けるから」というのが志望理由の大きな一つだった。

 友達の多い由美子――
 自分がそんな由美子の"親友"ポジションに立っていることが、友子にとってはちょっとした自慢だったりする。


…………

……



「ん~、やっぱり友ちゃんの料理は美味しいわね!」
 ガツガツ肉じゃがをかっ食らう由美子を、クロがムーンライトブルーの瞳でジロリ睨みつけた。
『おい』
「――ん? なによクロ?」
『鯛は?』
 見るからに苛立った様子でそう問い掛けてくるクロ。
 由美子は首を傾げる。
「鯛?」
『だから、どっちなんだよ? いるのか? いらないのか?』
 由美子の視線がクロの眼前の皿に移った。
「えっ、マジ? くれるの!?」
『なんだよ、欲しいんじゃねーのかよ!』
 チッと舌打ちをするクロ。
 由美子は箸を持ったまま立ち上がり、クロのテーブルのところに行く。
 クロの眼前の皿からヒョイッと刺身を一切れ摘み上げた。
「えへへ♪ ありがとクロ!」
『クソッ、汚い箸で摘まみやがって……』
 ブツブツ言いながらも、クロは食事を始める。
 由美子はニコニコしながら席に戻り、箸で摘まんだ一切れの鯛を誇らしげに友子に見せびらかしてきた。
「えへへ、見て見て、友ちゃん! 貰っちゃった♪」
「いやいや、由美子、それ猫のごはんだから……普通は欲しがらないよね?」
「えー? 猫のごはんっていったって、鯛の刺身よ? しかもコレって【さくら羽音鮨】から流してもらったとびきりのネタでしょ?」
「うん、まぁ、そうなんだけど……」
 そう、クロが日頃食べている海鮮物は黒猫堂の二軒隣の鮨屋から流してもらった、鮮度抜群の逸品である。
 しかし、どうにも納得出来ず、友子は首を捻る。
(人間が猫にごはんをせびるっていうのはどうなのかなぁ?)
(絶対、普通じゃないよね……)
(あ、でも、由美子は人間じゃなくてサッキュバスか……)
(いやいや、たとえサッキュバスだとしても普通じゃないよね……)
「あたしだって、クロの前にあるのがキャットフードならさすがに欲しがらなかったわよ」
「うーん……そりゃさすがにね?」
『嘘吐けよ! キャットフードでも「美味そう」とか言ってすり寄ってくるだろうが、おまえは!』
「…………」
「いやいや、さすがにカリカリを美味しそうだとは思わないから」
『缶詰なら?』
「あー、たまにすごい美味しそうな猫缶あるわよね。缶詰は物によるかな?」
「いや、缶詰でもキャットフードだからね? 猫缶を食べたがるのはやめようよ?」
 猫の餌にまで食欲を向ける親友の自由さ(意地汚さ)に、友子は嘆息する。
(もう、しょうがないなぁ、由美子は……)
「それより友ちゃん、醤油醤油!」
「ああ、うん」
 言われて、友子はテーブルの上の醤油差しを取って由美子の前に置いた。
 由美子は米飯の上に乗っけた鯛の切り身に少しだけ醤油を垂らし、口に運ぶ。
「んんん! すっごい、これ! ぷりんぷりん!」
「…………」
 幸せそうな顔の由美子。
 そういう顔をされると、友子もさすがに羨ましくなる。
 クロの方をチラリと見るが、
『…………』
 クロはその視線を無視して、食事を続ける。
「ふはぁ! 美味しかった! ありがとうクロ!」
『……フン』
「そんでね、もしよかったらもう一切れ――」
『やるか! 調子に乗るんじゃねえ!』
 クロに一喝された由美子は「ちぇーっ」と言って肩を竦める。
 だが、それ以上しつこくすることはなく、眼前の肉じゃがの攻略に戻っていった。
「むふふ、肉じゃがもおいひい(美味しい)♪」
「由美子ってさー」
「んー?」
「なんで、そんなにクロに好かれてるの?」
「えっ!? あたし、クロに好かれてんの!?」
 由美子がクロの方に顔を向けると、クロはすかさず「ニャアァァッ!」と吠えた。
『好きじゃねーよ、そんなヤツ!! ふざけたこと抜かすんじゃねーよ、友子! 殺すぞ!』
「えーだって……もし私が『ちょうだい』って言っても、クロは私には鯛くれないよね?」
『フン、当たり前だろ。オレはな、おまえをオレの飯を欲しがるような乞食に育てた覚えはねーんだよ』
 生まれたてのクロが穂積家にやって来たのは、友子が生まれる二年前――
 それからクロと友子は兄妹のように育ってきた。

 まさに、竹沢家におけるアルタソと由美子の関係と同じようなものである。

「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくてさぁ――」
 クロと会話が噛み合わず、友子は「うーん」と首を捻る。
「なによ、あたしを乞食みたいに言いやがって!」
『テメェは乞食だよ!』

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