【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

3-07 炎の覚醒

エピソードの総文字数=3,017文字

単体でも、王牙を呼べるのか……?

 葉凪の声が上ずっていた。

 結界によって果歩と英司を分断したことで、葉凪はゲーム上ふたりに死と同じ結果をもたらしたはずなのだ。

 だが王牙の力は葉凪の甘い予測を上回るほどの強さで迫っていた。

 箭波の燕が果歩を結界から解き放ったことは理解できる。

 だが果歩だけでこれほど巨大な炎を実体化させることができるなどと予想できたはずはない。そもそも雷燕をまともに食らって、人間が無事でいられるわけはないのだ。

 それなのに……。

(このままでは、大間団地崩壊の二の舞だ……)

 葉凪は10年前の大間団地の崩壊を実際に見たわけではない。王牙を噂に聞いただけだ。

 だが街が消え去ったあとの大間を一目でも見れば、王牙の力を知るには十分過ぎるほどだった。

 そして……今、目前に迫った炎は、手駒どころかこのゲームの行方を見つめる葉凪の存在そのものを消し去りかねない強い妖気を帯びていた。

(火種は英司じゃないのか……?)

 篤志もまた舌打ちをもらした。

 まだ腕に絡み付く葉凪の蔓を引きむしって果歩に駆け寄る。


 だが、間に合わなかった。


 篤志が果歩の腕を掴んだ時、すでに王牙の炎は激しく燃え上がって箭波に襲い掛かっていた。

 果歩の腕を掴んだ瞬間、以前その炎を押しとどめた時とは比べ物にならないほどの強大なエネルギーが流れ込んでくるのを篤志は感じた。

 炎に触れている皮膚はその熱を感じていない。だが流れ込んできたエネルギーは内側から篤志を焼き尽すほどの勢いで燃え上がっていた。それなのに果歩と篤志を包み込んだ王牙の炎は、少し揺らいだだけだった。

 標的だったはずの箭波を大きく外れ、炎が病室の壁を突き崩す。

 断続的に起こる地響き。

 天井も床も……すべてが粉砕され、渦巻く熱風に吹き上げられていく。

(階下に火がまわったのか……?)

 揺らぐ足元にバランスを崩しそうになりながら、篤志は果歩の身体を抱えこんだ。

 果歩は放心したように虚空の一点を見つめていた。

 意識があるのかどうかも……いや、まだ生きているのかどうかさえ分からなかった。果歩の身体は冷たく硬直し、鼓動も呼吸も感じ取ることができないのだ。


 それでも……何かをじっと見つめるその目には確かな生気を感じる。


 だから篤志は、手を離すことができなかった。

(果歩を守りたい。守らなければならない)
 果歩の生命を絶つことを運命づけられた存在でありながら、篤志にはどうしてもその思いを捨て去ることができなかった。
くそっ。俺では抑えきれない!

果歩、目を覚ませ!

果歩!! 

 ほんのわずかにでも気を許せば炎は篤志を焼き尽くし、果歩にもその牙を剥くだろう。

 大間団地を消し去った崩壊がもう一度起こるのだ。

 その予感に、篤志は自らの身体が震えるのを感じていた。

(暴走している……! コントロールできないのか?)

 激しい衝撃と高熱が押し寄せ、箭波の身体は一瞬その形を歪ませた。

 だがもはや王牙の狙いは箭波ではなかった。

 王牙が目的を見失い、ただ破壊のみに駆り立てられていることを箭波は悟っていた。

葉凪、無事なの?
 だが、答えはない。

 すでに室内に葉凪の蔓は見当たらなかった。逃げたのか……それとも、この炎に炙られて一瞬で燃え尽きたのかもしれない。

 この状況なら葉凪など、その本体まで焼き尽くされたとしても不思議ではなかった。

(退かなければ私もやられる……)

 それを理解しながらも、箭波は動けなかった。

 成り行きを見守りたいという欲を、捨てきれない。

 彼女もまた10年前、この場所で王牙の炎を目撃した。

 ある意味では当事者だった果歩や英司、篤志よりも近しい場所で、あの魔界の虎がひとつの街を食い尽くす光景に見入っていたのだ。


 そしてその激しさに肌が粟立つほど心を揺り動かされた。

(これが……王牙の力……)

 箭波は10年前、すでにこの場所でゲームに興じていた。防御など無縁の鋭い攻撃と雷燕のスピードとで、仲間内では無敵の座を手にしていたのだ。

 だが王牙を呼び出した連中はその箭波でさえ足元にも及ばない強大な力を持っていた。

 そして王牙は、圧倒的だった。

 まだ成熟していない幼い核によるほんの一瞬の覚醒――で、あったはずのあの炎でさえ……。

(欲しい……! 私も、こんな力を……)

 そして今、同じ炎を目の当たりにしながら箭波は再びその思いを抱いた。

 もはや威月たちとのちっぽけなゲームの勝敗など、どう転ぼうと問題ではない。


 箭波は炎の中心に向かって1歩足を踏み出した。

 淡く光っていた栗色の髪が青紫に変わり、地を這うほどの長いうねりとなった。そして次の瞬間、彼女の姿は一点の輝きに変わって敏捷な燕の姿を形作る。

■■■■■■■■■■■■■■■

 収まるどころか炎は勢いを増すばかりだ。こんなちっぽけなビルなど、あと数秒で焼き尽くしてしまうに違いない。

 すでに炎は病室の壁を破壊し尽くし、新たな破壊の標的を求めて身をよじらせていた。

 床が崩れ落ち、頭上からは天井と土砂とが降り注ぐ炎の中を突っ切って、英司はようやくたどり着いたクリニックビル5階の惨状に息を飲んだ。

果歩……なのか?

 それが英司には信じられなかった。

 小霧との戦いで出現した時とは比べ物にならないほどの勢いで、炎はこのビル全体を飲み込もうとしている。

 そして英司は、その炎の向こうに、足がすくむほどの強い妖気に身を包んだ果歩の存在を感じ取っていた。

 炎と煙の渦巻く視界に果歩の姿をとらえることはできない。ただ妖気だけが押し迫ってくるのだ。

 それは絶対に人間のものではない。だが……間違いなく果歩だった。

 果歩でありながら、すでに王牙と同化しつつあるもの。

 王牙は暗闇の中で、出口を求めてもがいているかのように見える。激しい憎悪が、耐え難い苦痛が果歩自身を急き立てている。

 行く手を阻むすべてを破壊して、その憎悪と苦痛の行き場を求めていた。

果歩!

 激しく叩きつける熱風に煽られながら、英司は叫んだ。

 その声が、届いたとは到底思えない。

 階段を上りきった場所はすでに炎と黒煙で埋め尽くされ、英司には果歩を捜すどころか、目を見開いて立っていることさえ至難の業だった。

やめるんだ、果歩っ!

 声の限り叫ぶ。

 だが炎の上げる唸りと、すでに始まった崩壊の轟音とにかき消され、その声は英司自身の耳にさえ届いてはいなかった。

果歩っ!

 容赦なく炎は迫ってきた。

 すでに床はほとんど崩れ落ち、英司は壁際のわずかな足場に取り残された格好だった。そしてそのわずかな足場さえ、見る間に炎に飲み込まれていく。

畜生、これまでか……。

 英司は死を覚悟した。

 だが、その時……。

 炎の中からかすかなきらめきが出現し、撃ち放たれた銃弾のように英司めがけて飛んできた。

……!

 避けきれず、英司の頬を掠めたそれは……金茶色に光る葉凪の蔓だった。

 英司の目前で無数に枝分かれして壁を形成すると、蔓はあの時と同じように英司を包み込む籠となった。

 いや、同じ……ではなかった。

 蔓が形作った籠はあの時よりずっと小さなものでしかなかったのだ。

 英司は数え切れないほどの蔓に巻きつかれ、全身を締め上げられることになった。鼻も口も塞がれ、全身の血管が膨れ上がるような感触が襲ってくる。

 迫る炎をその蔓が遮り、足場を失った英司が落下するのを食いとめる。


 だが次の瞬間、急速な酸欠状態に陥って英司は意識を失っていた。

◆作者をワンクリックで応援!

3人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ