【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第12話「メール」

エピソードの総文字数=4,589文字

……さっきまで……起きてたけど……また……気を失った……の
 あつもりの部屋に戻ると、プルフラスが疲れたように椅子に座って待っていた。
プルフラスさん、ありがとうっす
ありがとう、プルフラスちゃん
……最初……私を見て……パニック……大変だった……の……

 そう言われてみれば部屋のガラクタがあちこちに飛び散っている。

 あつもりは「おおお! ひどいクマあああ」と嘆きながらガラクタを拾っていたが、もえにはどれが壊れていてどれが無事なのかさえも判断がつかなかった。


 疲れたからギルドに戻るというプルフラスに、改めて事の仔細を説明してシェルニーたちに伝えてもらうことにする。

 プルフラスは「……充……電……」とつぶやき、もえに抱きつき一つ深呼吸すると、「ゆっくり休んでください」と言うもえに送られ、名残を惜しみながらギルドへ戻っていった。


 それからヘンリエッタは何度か意識を取り戻し、目覚めてすぐの記憶の混濁が収まれば何も問題があるようには見えなかったが、気を失うまでの間隔は確実に短くなっており、最後の目覚めは僅か5分程度だった。

 最後に意識を失ってからすでに4時間が過ぎ、GFO世界に5日目の太陽が登ろうとしていた。

 その間にも、もえ達は根気強く2頭の軍馬トレードを行いログを残すことは続けていたが、誰もがもうこの方法ではダメなのではないかと思い始めていたのだった。


 早朝。遠くで始発蒸気列車の音が響いた。


 その音が合図だったように急にヘンリエッタがむくりと体を起こす。

 数秒の間寝ぼけたようにぼーっと中空を見つめていた彼女は、驚くケンタたちの方に顔を向けると、満面の笑みを浮かべた。

あのねーケンター。私、もう大丈夫ー
え? なんすか?
私ねー。いや、私って言ってもヘンリエッタの私じゃなくてありさの私だけどー。助かったのー。オレンジ色の服を着た人たちがたくさん部屋に入ってきてねー、初めて救急車乗ったんだー。それでねー、ベッドの上でいろんな機械がたくさん動いててねー、お母さんの泣き顔が見えた所で戻ってきたのー
ありさ姉! マジっすか?!
本当かクマ?!
すごい! やった!

 皆半信半疑だったが、確かにヘンリエッタの顔色は格段に良くなっていて、気を失うような兆候もない。

 もう大丈夫だと断言するヘンリエッタ本人にも、何かが変わったという確信があるようだった。

(マジか! 通じたのか?! 軍馬のログが!)
私、シェルちゃんたちに知らせてきます!

 立ち上がるもえに「あ、護衛するよ」とカグツチも立ち上がる。

 二人は立ち去り際にケンタの背中をぽんと叩いて、身内の命が助かった彼を祝福すると、ギルドへと向かった。

(偶然このタイミングで発見されたのかもしれないが、ログが届いた可能性は低くない。もしそうだとしたら、重要なのは運営が今まで無視していたか信用していなかった軍馬ログを見て実際に行動し、それが信用に足るものだと認識したであろうことだ。こうなると、最初の軍馬ログにも対応してくる可能性があるぞ)

 考え事をしながら、もえは黙々と歩く。

 その途中、もえと歩調を合わせて横を歩いていたカグツチの歩みが急に止まった。

うわ! ちょっとまって、もえさん
 中空を手で押さえるような仕草を何度か繰り返した後、何かを一生懸命読んでいる様子だったカグツチは、震えながらもえに向き直る。
もえさん……運営から……メールが来た
え?! なんて書いてあるの?! 読んでくれる?
(動き始めるとさすがに行動はえーな。しかしなんでコイツにだけメールが……あ、そっか。軍馬ログのスタート地点は毎回必ずコイツだ)
 カグツチは中空を何度かスクロールさせると、メールの内容を読み始めた。
えーっと、いつもGFOをお楽しみいただき……ってこのへんは飛ばしちゃうよ? 軍馬の名前で我々に連絡をとって頂けましたこと、重ねてお礼を申し上げます。カグツチ様より連絡を頂きました女性は昨日21時に救急へと連絡し、自室で昏睡状態に陥ってる所を救助されました。医師及び救命救急士の方々には必死の救命活動を行っていただきましたが、力及ばず。今朝5時13分、中島ありさ様は永眠なされま……した……?

 カグツチの語尾はかすれ、読み間違いではないかと、その視線は何度も同じ辺りを往復する。

 もえは急かすようにカグツチの袖を引き、質問を重ねた。

え? ……何? 今、永眠って言いました?
そう、永眠て書いてある。間違いだよね? あんなに元気なのに
 困惑した表情で何度もメールを読みなおすカグツチだったが、やはりヘンリエッタは永眠したと書いてあるようだった。
(確かに……GFO内で死んだ人はGFO外でも死ぬ、GFO外で死んだ人はGFO内でも死ぬと勝手に考えていたが、誰もその両方を確認した人間は居ないんだよな……。もしかしたら、俺が殺した[ヨシアキ]って言う黒装束も……)

 生きているかもしれない。

 都合の良い解釈かも知れないが、そう考えることが出来るだけで、彼女の心は少し軽くなった。

……ひと間違いかも知れませんね、その……確率は低いとは思いますけど
 動揺と興奮を隠し、頬に手を当てて小首を傾げながらもえがゆっくりと答え、カグツチも納得いかないままメールの続きを読む。
それで、えっと……今後とも連絡が取れるように、カグツチ様からメールを直接運営に送れるように設定しましたのでご使用ください。これからもGFOをよろしくお願い致します。だって。返信ねぇ……どうする?
ちょっと待ってください。こちらは自由にメールメニューを開く訳にもいかないんですから、本当に返信しか出来ないんですよ? まずその辺の現状を伝えないといけませんね
んー、とりあえず文字数制限もないし、全部書いてみるよ。言ってみて
 空中に浮かんでいるであろうキーボードを操作しながらカグツチはもえに先を促す。
(言ってみてって、丸投げかよ……さて、どうするか……)

 もえはその場にしゃがみこむと両手のひらで額を覆う。

 ここで対応を間違う訳にはいかない。

 彼女は頭をフル回転させ、文章をぽつりぽつりと話し始めた。

まず……現状です。GFO昏睡者の精神は……たぶんGFO世界に入り込んでいて、そこを現実だと感じているんだと思われます。世界は基本的にはGFOのルールを踏襲していますが、メニューを開くような抽象的なコマンドやショートカットは使えません。ポーションを飲むなど、実際の行動にトリガーのあるものは行動を行えば効果があります。食べ物なども食料品アイテム食べれば飢餓感も満たされます。初日から2日目にかけて、死亡すれば現実に戻れるという噂が流れ、死者が多数出ましたが今は落ち着いています。GFO内で死亡した人は中央広場に復活しません。……ここまではいいですか?
うん、俺の理解してる内容と同じだよ、もえさん
 一度顔を上げカグツチに確認した後、また顔を伏せて考える。
……じゃあこれからの対応ですね……
(今のGFO世界を存続させたまま、いざという時の支援は欲しいんだが……)
最初に断っておきたいのは、プログラムに手を入れるのは、こちらの世界にどう影響が出るかわからないのでやめて欲しいこと。サーバーは絶対に止めないでほしいこと、クライアントの監視も引き続き行ってほしいことです。その上で、カグツチくんには毎日一度以上、返信可能なメールを送って欲しいですね。出来る限り現実の状況を知らせて欲しいですし、こちらからの連絡も返信で出来ますから。……現状お互いがそれぞれの世界の情報を共有しないことには、今後の対応策も立てられませんし、今はそれくらいでしょうか……?
――まずはお互いの情報を共有することが先決だと思います……っと。こんな感じでいいかな?

 メールの打ち込みが終わったらしいカグツチが、自分の打ったメールを音読して確認する。

 見た目の子供っぽさとは違い、なかなかしっかりとした文章を書くカグツチにもえは感心した。

うん、わかりやすくていいと思います
 立ち上がり、空にまだ残る朝の月を見上げながら、もえは言葉を続けた。
……あの、カグツチくんのギルドでGFO世界で……死んだ二人、雷神さんと……ヨシアキさんのリアル情報を知っていれば、二人がが現実でどうなっているか、ヘンリエッタさんが本当に現実世界で亡くなったのか、それからカグツチくんの現実世界での状況も確認してもらえませんか?
うんわかった。雷神は知らないけどヨシアキはリア友だし知ってる。追記するからちょっと待って

 自ら口にしたとは言え、[ヨシアキ]と言う黒装束の戦士、名前も知らないまま自らがその生命を奪った相手の事を考えると、もえの心は痛んだ。

 その痛みは表情にも現れていたはずだ。

 頼まれてやった事とは言え多くの人の命を絶ち、その行為を後悔しているカグツチにもその心の痛みは伝わっているだろうが、表立った反応を見せずに対応してくれる優しさが嬉しかった。

よし、送信っと。あー、やっと前がよく見えるようになったー。行こうか、もえさん
(周りに知れると面倒なことになるぞ……しかし隠すのも不自然だ、ギルド内で収めるレベルの話だな)
カグツチくん、この話、シェルちゃん以外にはまだ隠しておきたいんだけど……ダメかな?
んー、もえさんがそのほうがいいっていうならそうしよう

 カグツチは頭の後ろで両腕を組み、伸びをしながらさらっと言う。

 何も聞かずに自分たちの命に関わるかもしれない決定を承諾してしまうカグツチに、もえは少し心配そうな瞳を向けた。

 そんなもえの心配など気にする素振りもなく、カグツチはただもえの隣を歩調を合わせて歩く。

 しばらく黙って歩いた後、カグツチは口を開いた。

……もえさんはさ
え?
もえさんは、俺とかあつもりさんの事も含めて、アホケンタみたいなやつの事だって、ギルドの皆の事を大事にしてくれるでしょ? それが分かってるから、俺たちはもえさんを全面的に信頼してるんだよ

 どう答えていいか分からず、もえはただただ衝撃を受けていた。

 生まれてから30年余り、人から言葉上だけではない信頼を受けたことなど無かった。

 自分が相手を信頼していないのだから、それは当然だと思っていたし、そんな関係などウザいだけだと思っていた。

 しかしそれは、望んでも得られないことがわかっている宝物を「自分はそんなもの望んでなんか居ない」と言う防壁を築いて忘れようとしていただけだと言うことに、気づいてしまったのだ。

それにさ、なんと言っても俺たちはもえさんのこと大好きだからさ!
 呆然としているもえに向かって「もちろんその中でも俺が一番もえさんのこと好きだよ!」と付け加えるカグツチに、溢れ出る涙を見せたくなくて、もえは顔を背けた。
あ、そこ笑うとこじゃないよー

 はにかんだ笑顔をくれるこの少年と仲間たちの信頼は、しかし自分自身である本山英一へ向けられたものではない。

 英一がほんの2年前に作り出した[もえ]と言う虚構の人格へと向けられたものだ。

……ありがとう

 やっとそれだけの言葉を絞り出すと、英一は……いや[もえ]は完璧な[もえ]であり続けようと改めて心に誓う。


 それが彼らの信頼へ応えることなのか、信頼を裏切ることなのか、もえにはよく分からなかったが、とにかくそれだけはやり遂げようと思うのだった。

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