変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第38話「酔っ払いのフリでもして商店街に転がっておけ!」

エピソードの総文字数=5,442文字

「じゃ、あたしはそろそろ帰るわね。変態退治、頑張って!」

 竹沢由美子はそう言って、手を振った。

 すっかりこの場を立ち去るつもりでいるらしい。

「お待ちください、由美子殿」
「ん? まだ何かある?」
「はい。さっきの一件で、アサシンはあなたに恨みを抱いております」
「恨み? あぁ、まぁそうかもね。あたしのせいでウンコ漏らして股間押さえてのたうち回ることになったわけだし」
「そ、そうです……」
「あやつはさぞかし由美子殿のことを恨んでいるでしょう」
「…………」
 共感を覚えているのか、恭介がコクコク頷いている。
「また、去り際には『殺してやる、おまえだけは絶対に殺してやる』とも言っておりました」
「ああ、そういやそんなこと言ってたわね。でも、あれってよくある捨て台詞でしょ?」
「いやいや、あれは絶対に本気ですぞ! あやつはあなたを殺すために、必ずまたやって来ます!」
「大丈夫よ。あたし、あいつが500メートル以内に近付いたら察知出来るもの。鉢合わせないようにうまくやるし、仮に鉢合わせてもまた金的入れて撃退するわ」
「…………」
(確かに、金的攻撃に限れば、必ずクリティカルヒットするのかもしれないが……)
 しかし、彼女の身のこなしはあまりにも素人然としている。
 まぁ、実際に素人だから仕方ないのだが。
「由美子殿は、我らが里の者を救ってくれました。そのせいでアサシンに狙われることになってしまった以上、忍軍としては放ってはおけません。これより我らはあなたの護衛に就きます」
「ええっ!? いやいや、護衛とかそんな大袈裟な! 本当にあいつが来るかどうかもわかんないのに」
「一般人の少女にあそこまでやられたのです。一流の暗殺者としてのプライドがそれを許すとは思えません」
「うーん……でも、わざわざ護衛して貰うのはなんか悪いっていうか……」
 遠慮から渋っているのだろうが……
 今がそんなことを気にしていられない状況だと解っていないのは暢気すぎる。
「別に遠慮することはありませんぞ。あなたを護衛するのは忍軍の責任なのですから」
「うーん、そう言われてもなぁ……」
「ふむ……では、由美子殿はあやつが500メートル圏内に入れば察知出来るそうですが、それは夜眠っている場合にも有効なのですか?」
「ん? 夜寝てる時? ああ、それは無理ね。だって寝てるもの!」
 元気に言い切る彼女をを見て、ちょっとクラッとする。
「では、眠っている時にあやつが来たらどうするのですか?」
「うーん……でも来ないんじゃない? だって、あの変態はあたしの家知らないでしょうし」
 アホな回答にクラクラしながら言う。
「自宅の住所くらい調べたらすぐにわかります」
「うーん……そうかも。ヤツがあたしの身辺調査を探偵に依頼するって可能性もあるしね」
「いや、アサシンなら探偵に依頼するまでもなく、それくらいの情報は自分で得ますから……」
 さすがに耐え切れず、思わず突っ込んでしまう。
「夜、あやつはあなたの家に行って、眠っているあなたを襲うかもしれません」
「大丈夫よ、ちゃんと戸締りして寝るから」
「…………」
「…………」
「あのですね、あやつらにとって、民家の施錠など何の意味もありません」
「それって、鍵を破って、こっそり入ってくるってこと?」
「はい、その通りです」
 彼女は「うーん……」と考え込む。
「でも、護衛って高いんでしょ? 忍軍に仕事を依頼するとすごく高くつくって、あたし知ってるわ」
「対価など要りません。繰り返しますが、あなたは里の者の命の恩人。あなたを護るのは我々の責務です」
 彼女はまた「うーん……」と考え込む。
 しかし、少し心が動いたようにも見える。
(ふむ、もうひと押しか……)
「アサシンはあなたを恨んでおります。ですが、怨恨というのは厄介なものでしてな。単純にあなたを殺せばそれが晴れるというわけでもないのです」
「?」
「あなたの苦しむ顔が見たくて、わざとあなたではなく、あなたの家族に手を出してくる可能性もあるのですよ。――というか、むしろそれがアサシンのいつものやり口です」
「!?!?」
 一瞬で彼女の顔色が変わった。
「えっ!? なにそれ!? 家族に手を出す!?」
「ええ、家族や恋人、または友人……あなたの大切な人が傷つけば、あなたは傷つくでしょう? 時に、自分自身が傷つけられる以上の苦しみを覚えるやもしれません。奴らはそうやって復讐相手により深い絶望を与えるのです」
「卑怯だわ!!」
「ええ、奴らは卑怯なのです。だから我々にお任せください。あなたとあなたの家族は我々が護衛致しますゆえ」
 元十郎の言葉に、由美子は<コクン!コクン!コクン!>と何度も強く頷いた。
「お願いするわ! 元十郎、あたしの家族を守って!」
「承知致しました」
 元十郎は頷く。
「では、由美子殿のご家族について伺ってもよろしいですか?」
「ええ、まずはおかーさんとおとーさんね。それからおねーちゃんとおねーちゃんの旦那。あとは住み込み家政婦のちーちゃんと、うさぎのアルタソよ」
「今はみんな自宅に?」
「どうかしら? でも、さすがにこの時間だから、みんな家にいると思うわ」
「そうですか。そちらにはこれから向かうとして……他に親戚などは?」
「東区におじーちゃんとおばーちゃんが住んでるわ。おじーちゃんは秘宝館の館長で、おばーちゃんは秘宝館の隣にあるアダルトショップの職人なの」
「あ、あの秘宝館の!? そ、そうですか……」
 東区は忍軍の地元である。
 そして、その秘宝館とアダルトショップは、忍軍にとって昔からの大事な取引先だ。
 淫具や拷問道具を大量に仕入れており、性の技術について迷うことがあれば相談を持ち掛けている。
(あの秘宝館のオーナー夫婦がこの娘の祖父母……)
(なんという変態の血族!)
「東区の祖父母宅に人を派遣するように要請する」
 スマートフォンを取り上げての恭介の言葉に、由美子が即座に反応した。
「よろしくね、田中さん!」
「――っ……」
 <ビクッ!>と半歩後ずさった後――
 恭介は由美子を無視して、里の通信班と連絡を取り始めた。
「狙われるのは家族ばかりではありません。ご友人にも護衛をつけましょう」
「友達かぁ……そうね、一番仲が良いのは友ちゃんよ。穂積友子――すぐそこの商店街にある黒魔術専門店【黒猫堂】の子よ」
「ああ、黒猫堂ですか……」
 そこなら馴染みの店である。
 市内で最も優れた毒薬を取り扱っている個人店で、第一世界にもファンが多い。
「おお、黒猫堂!」
「あそこの看板娘か!」
「なんということだ!」
「まさか由美子殿のご友人とは!」
 下忍二人と中忍二人が色めき立つ。
「えっ、なに? あんたたち、友ちゃんのこと知ってるの?」
「当然ですぞ、我らの間では可愛いと評判です!」
「一般市民にしては魔力も高いですしな!」
「しかも、これまでにカレシがいたことがない!」
「ええ、是非ともあんな娘を嫁にしたいものです!」
「なるほどね、確かに友ちゃんは可愛いわ。処女だし」
「おおっ!」
「やった!」
「やはり処女か!」
「処女キター!」
「…………」
『こやつらは何と言いますか……帰ったら、四人とも減給ですな』
『おまえもだ。忘れるな』
『…………』
 気を取り直して、元十郎は今後のことを決める。
「では、黒猫堂にも護衛を向かわせましょう。ふむ、そうだな……中忍一人と下忍一人の組み合わせで向かわせるか」
「では、私が!」
「では、私が!」
「では、私が!」
「では、私が!」
「すごいわ、みんな行きたいのね!」
「それはそうでしょう!」
「あの看板娘の側に行けるなんて!」
「もし、危険から助けたりなんかしたら――」
「ふふ、何か良い展開があったりして……」
「なるほど、下心があるのね!」
「……おまえたち、解っているだろうが、護衛はくれぐれも内密にだ。アサシンはもちろんのこと、護衛対象にも決して気取られるなよ」
「えっ!?」
「そんな!?」
「当然だ、馬鹿者! 黒猫堂の娘は一般人なのだぞ! そんな彼女を堂々と護衛するのは『狙ってください』と言っているのと同義だ!」
「えー……」
「そんなぁ……」
「くれぐれも、護衛だと知られないよう――そうだな、酔っ払いのフリでもして商店街に転がっておけ!」
 結局、黒猫堂には、味噌顔の中忍と醤油顔の下忍が一緒に行くことになった。
「ええと、それでは、由美子殿――黒猫堂の娘以外にご友人というと?」
「そうね、同じクラスだと友美に友代に友香に友奈に――(略)――男子だと友也に友樹に友雄に友朗に友二に友章に友彦に――(略)――別のクラスだと友花に友利に友希に友菜に――(略)――中学時代の友達だとともちんにともっちにともぽんにとももにとーもにともぴーにともっぺに――(略)――あとは、友澤さんに友井さんに友原さんに友山くんに友崎くんに友岡くんに――」
「多い! 多すぎです! 絞ってください!」
 陽気さ全開の見た目通り、由美子には友達が多いらしい。
 しかし『親友』と呼べるほど仲が良いのは黒猫堂の娘だけのようなので、とりあえず他の友人への人員派遣は保留にした。
「では、我々は由美子の家に参りましょう」
「そうね!」
 鑑識班が到着するまで、公園(現場)の保全に務めるのは、ソース顏の中忍と塩顔の下忍。
 元十郎と恭介は、由美子の道案内で公園から出て、住宅街を進んで行く。
 竹沢家は、公園から徒歩三分ほどの場所にあった。
「ここよ!」
 明るい雰囲気の南欧風住宅。
 『竹沢』と書かれた表札が掛かっている。
(ふむ、『西区寄りの中央区』だけのことはあるな……)
(なかなかいい家だ……)
 羽音神市の西側は羽音神僧院の影響があって「住みやすい」と市民から人気がある。
 しかし、地価自体は西区より中央区の方が高い。
 よって『西区寄りの中央区』は『上層寄りの中層市民』が多い居住区である。
「では、事情を説明したいので、早速ご家族にお目通り願えますかな?」
「わかったわ、みんなを集めるわね。とりあえず入ってちょうだい」
 花の飾られた玄関――

 入ってすぐのところに、茶色いうさぎが座り込んでいた。

「…………」
(む、うさぎ……?)
(――なんと!)

(なんという美味そうなうさぎか!!)

「なによ、ブスじゃないわよ、ブスじゃ!」
「…………」
 うさぎに罵倒でもされたのだろうか。

 いきなりキレた後、由美子は「ただいまー」とうさぎに手を振る。
 応じたようにうさぎが立ち上がると、その豊かな腹肉がぽよんと揺れた。

「忍軍の人たちよ」
「…………」
 そう言えば、由美子がペットのうさぎがいると言っていたことを思い出す。
(そうか、無念……)
(ペットであれば、狩って食うことは出来んな……)
 しかも、さっきから由美子の言葉を聞いている限り、意思の疎通も出来るらしい。
(会話が成立するレベルで知性が高いとなると……)

(少々食うのに抵抗があるな……)

 なお、動物と会話をするスキルは、この羽音神市ではさほど珍しい能力ではない。
 獣医はもちろん、ペット産業に携わる者の多くがスキルを持っている。
 ただし、ほとんどの者が「犬なら犬」「猫なら猫」といった感じで、特定の動物としか意思疎通出来ない。
「つうか、あんたの顔見て思い出したわ! マサオ来た?」
「…………」
「ふぅん、そっかーまだなんだー」
 恭介の使っている偽名が出て来て、元十郎は思わず聞き返す。
「マサオ?」
「さっき言ってたでしょ? 田中さんと同姓同名の友達がいるのよ」
「ほう……」
 由美子はうさぎに向き直る。
「みんないる?」
「…………」
「そう、じゃあいいわ。あんたもリビングに来なさい」
「…………」
「いいから来てよ。そこで話すわ」
 茶色のうさぎがぴょこぴょこ跳ねて廊下の向こうに行った。
 由美子に品の良いスリッパを勧められる。
「さ、上がってね」
「これはどうも。しかし、実に美味……いや、可愛らしいうさぎですな」
「無理しなくていいわ。あいつを初めて見た人はみんな言うのよ。『美味そう』って」
「はあ、それはまあ……うむ、そうでしょうなぁ……」
「でも、あげないからね。うちの家畜だもの」
 そんなことを話しつつ、うさぎの後を追うように廊下を進んで行く。
『元十郎様』
 小声での会話だというのに、何故か『様』付けである。
(ああ、そうか、うさぎ対策だな……)
 この小声での会話は由美子相手には気付かれることはなかったが、聴力の良いうさぎ相手には通用しないだろう。
(とはいえ、マイクを外すというのもな……)
(由美子殿をはじめ、その家族には有効だろうし……)
 マイク自体は付けたままにしておくべきだろう。
 ただし、ここからは小声での会話の内容も「聞かれていること」を前提にして気遣っていく必要がある。
『これ以降、あのうさぎが発言する機会があれば私が通訳します』
 恭介は紋を刻むことで、動物との会話スキルを会得している。
 さっきのうさぎの発言もちゃんと聞き取れたようだ。
『うむ、頼む』
 こうして到着したのは、リビングルームである。
「あら、ようこそいらっしゃいました」
 ソファの側で艶然と微笑む美女を見て、元十郎は思わず息を呑んでしまう。
「――!!」
(た、竹沢留美子か!)
 二年前の結婚絡みの騒動もあって名前はよく知っているが、あれは本人不在の場で起きた騒動……

 こうして間近で会うのは初めてである。

(な、なんという美しさだ……!!)
(聞き及んでいたより、ずっと美しい……)
(こんなに美しい(ひと)がこの世にいるなんて……)

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