変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第1話「AVだったらウンコ食わされるレベルのおまえにぴったりなんだ!」

エピソードの総文字数=4,680文字

 京都・舞鶴港からフェリーで二時間。

 日本海に浮かぶ離島【羽音神(うねがみ)島】――


 『怪奇の孤島』と呼ばれ、日本政府からは腫れ物扱いされているこの島には、古くから多くの妖術者や異能力者が暮らしている。

 彼らは異世界との交流をもって求道に励み、その結果、羽音神島は日本本土とも大陸の国々とも全く違う独自の発展を遂げた。


 この地球で唯一、異世界人が堂々と町を闊歩するこの地は……

 今日も、胡散臭いほどに平和だった。



……


…………

 京都府羽音神市中央区西町3丁目17番地14号――


 洋風建築と和風建築が入り混じる、見た目は平凡な住宅街。

 のどかな通りを進んでこの住所に辿り着けば、そこには『竹沢(たけざわ)』と表札を掲げた一軒屋がある。

 オレンジ系のスパニッシュ瓦を使った屋根の、明るい印象の南欧風住宅だ。


 竹沢家。


 ――父(47)

 ――母(46)

 ――長女(25)

 ――次女(17)


 それから長女の夫(26)と住み込みの家政婦(44)とペットのうさぎ(年齢不詳)――


 知る人ぞ知る。

 ここに棲まうは、この地きっての変態魔法の使い手たちである。



* * *



 ドタドタと喧しい音を立てながらも軽やかに――

 階段を駆け降りて、竹沢家の次女・由美子(ゆみこ)は一階のダイニングに顔を出した。

「おねーちゃん! おなかすいたー!」

 だぶっとした水色のパーカー。

 裾のほつれたデニムのショートパンツ。

 肩に掛かる長さのさらりと素直な飴色の髪。

 キュッと上がった口角に、いかにも気安げな琥珀色の目――

 見るからに活発そうな少女である。

「あら、ホワイトシチューなら今出来上がったところだけど……もう食べる?」

 キッチンカウンターの向こう側、洗い物をしていた手を少しだけ止め、妹を迎えたのは長女の留美子(るみこ)

 こちらは由美子とは対照的に、おっとりした雰囲気の物腰柔らかな女性である。

「食べる!」

 妹の即答に、留美子は壁時計に目をやった。

 壁時計は夕方五時を少し過ぎたところを指している。

「でも、お夕飯にはまだ少し早いんじゃないかしら? 後からまたおなか空いちゃうわよ?」
「いいのいいの! 小腹が空いたらどっかに夜食ラーメン食べに行くから!」

 ラーメン屋巡りは由美子の趣味の一つである。

 納得したようで、姉は頷いて微笑んだ。

「わかったわ。じゃあ準備するわね。由美子ちゃんは手を洗っていらっしゃいな」
「ウィッス!」

 敬礼の仕草を見せた後、由美子はドタドタと洗面所に向かう。

 ハンドソープで手を洗ってリビングに引き返すと、姉は深皿にシチューをよそっていた。

「肉、肉、肉! 肉いっぱい入れて!」
「はいはい」
 由美子の要望に苦笑しつつも、姉は深皿に鶏肉の塊を多めに放り込んでくれた。
「あたしもお皿出すの手伝うわ」
「ありがとう。でも、サラダもごはんももう並べたからこれで最後なの。これだけ持って行ってくれる?」
 差し出された深皿を受取り、由美子は立ち上る湯気の香りにうっとりしながらダイニングに向かう。
「ぐふふ、良い匂いね、あぁ、美味しそう♪」

 部屋の中央には、六人掛けの大きなダイニングテーブル。

 鼻歌混じりに、由美子はテーブルの上に視線をやって――

「ギャアァアアアァァッ!!」

 魔獣的な叫び声で穏やかな暮れ時の空気をぶったぎった。


 自分の席の前に置かれた小さな白い皿。

 そこには瑞々しいグリーンサラダが盛られている。

 そして、皿の真横には……茶色いうさぎ。

 由美子のグリーンサラダはうさぎからの侵略を受けていた。

『チッ、見つかったか!』

 ω《もきゅ》とした口から何本か千切りキャベツを生やしながら、茶色いうさぎは煩わしげに目を細める。

 しかし見つかったからといって慌てて逃げ隠れするつもりはないらしく、今度は悠然ときゅうりにω《もきゅ》をつける。

「ちょっと! 何やってんのよあんた!?」
『見て解れよバカ。saladを食ってるんだぞ』
「食うなっ! あたしのサラダでしょうがそれ!!」
「? どうかしたの?」
 キッチンで片付け作業をしていた留美子が、ダイニングの方を振り返る。
「アルタソがっ! このクソうさぎ、またあたしのサラダ食ってやがる!!」
「えっ!?」

 手にしていた深皿をテーブルの上に置いた後、勢いよく手を伸ばし、丸々太ったうさぎの背を<ガシッ!>とひっ掴む由美子。

 うさぎの体重は約4kg――なかなかよく肥えているが、背中の皮はたっぷりたるんでいて非常に掴みやすい。

『クソッ、放せよ!』
 軽々と持ち上げられ、うさぎはジタバタもがく。
「人のサラダ食うなっつーの!!」
『黙れ、これはオレのsaladだぞ!』
「どっからどう見てもあたしのサラダじゃん!!」
『言いがかりをつけるなよ! 浅ましいぞ下等生物!』
「ハアァァッ!? 浅ましい下等生物はあんたでしょうが!」
『Shit! これでも食らえ!!』

 うさぎの尻から黒くて丸い糞がポロポロと零れ落ちた。

 次々に放たれる黒粒は、ほぼ真下のサラダの小皿のみならず、シチューの入った深皿の中にまで転がり込んでいく。


「!? ギャアアァアアァァァァッッ!!」
『ハハッ、いい気味なんだぞ♪』
 由美子の意識が逸れた隙にデブうさぎは更にもがいてその手を逃れ、フローリングに華麗に着地した。
「こンのクソうさぎがあぁあぁぁっ!!」
『いいtoppingだろ? 喜べよ、AVだったらウンコ食わされるレベルのおまえにぴったりなんだ!』
「っ、なんですってぇっ!?!?」
『HAHAHA! ウンコウンコ! 由美子はウンコなんだぞ♪ HAHAHAHAHA!』
 勝ち誇ったように笑い、うさぎはドアの隙間を異常な素早さですり抜けて廊下へと逃げて行った。
「コラァ、待ちなさいよ!! クソうさぎィィィィ!!」

 すぐに追ったが、もう間に合わない。

 元々体脂肪率に見合わない卓越した運動神経を持ったうさぎなのだが、特に逃げることに関しては天才的。

 体育の成績が5の由美子でも、今までに追いつけた試しがない。

「~~うぎいぃぃぃっっ!! ムカつくぅうぅっ!! あンのウンコうさぎいぃぃぃっ!!!」
 廊下に出てすぐのところでドスドス地団太を踏む由美子に、姉が申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「ごめんなさいね、お姉ちゃんがもっと気をつけておくべきだったわ……」
「おねーちゃんは何も悪くないし!!」
「ねぇ、用意し直すから、もうちょっとだけ待ってくれる?」

 姉の申し出に、由美子は「ぐぬぬ……」と唸る。

 『用意し直す』――それ即ち、冷蔵庫のサラダボウルとコンロの上の大鍋からもう一度由美子の分を取り分けるということだ。

 よりにもよって、この家で一番多く食べる由美子。

 その由美子の分が駄目になって、更にもう一度取り分けるとなると、他の家族の取り分は著しく目減りしてしまうだろう。

「…………」

 ダイニングに戻って、由美子はテーブルの上に目をやる。

 茶碗に大盛のほかほか白米とグラスの水だけは難を逃れているが、被害は甚大だ。

 ツヤツヤと黒光りする大粒の糞は実に健康的で、グリーンサラダとホワイトシチューの上で忌々しいほどの自己主張をしていた。

 シチューの白が糞の黒を際立たせているのが非常に腹立たしく、由美子はまた「くうぅぅぅぅ~ムカつくぅぅ~っ!!」と地団太を踏む。

(あたしの晩ごはんによくもっ!!)

(こんなことされたら食べらんないじゃんよ!!)

 当然のようにそう思う。

 しかし……由美子は知っていた。


 姉のシチューは市販品のルゥを使っていない。

 フライパンで作られ、丁寧に裏漉しされた滑らかなベシャメルソース。

 野菜類は火の通りが均一になるように、鶏肉は硬くならないようにちゃんと下拵えされている。

 サラダにしたところで、ただ野菜を切っただけではない。

 野菜は冷水に浸してパリッとさせた後で、しっかりと水気を取ってから刻まれている。


 姉の料理はいつもこうだ。

 家族に美味しいものを食べさせるため・喜ばせるために一切の手抜きも妥協もしない。


 手間暇かかった、愛情たっぷりの姉の手料理……

 それがこんなくだらないことで廃棄されるというのも、他の家族に満足な分量が行き渡らないというのも、由美子には納得出来ない。

(…………)
(ううぅぅ~っ……くうぅぅぅぅ~っ!)
(…………)

(ああああぁぁぁっ!)

(あああ、もうっ! しょーがないなぁっ!!)


 葛藤の末、由美子はダイニングテーブルの側に戻る。

 皿に入り損ね、テーブロクロスの上に転がっている丸っこいうさ糞をヒョイヒョイ摘んで集め、ゴミ箱にポイッと投げ捨てた。

「大丈夫。用意し直さなくていいわ。あたしこれ食べるから」
「えぇっ!? それ食べちゃうの!?」
「だって、捨てるのもったいないじゃん? せっかくこんなに美味しそうなのに」

 「あたしはお姉ちゃんの料理が大好きよ!」という気持ちを籠めて、由美子はニカッと笑ってみせる。


 しかし、

「!? 美味しそう!?」
 "うさ糞の乗っかった料理"を「美味しそう」と感じているらしい妹の残念な感性に衝撃を受けて、姉はサッと青ざめる。
「ん?」

 どうしていきなり姉の表情が変化したのか分からず、由美子は首を傾げる。

 が、すぐに思い至ってハッとした。

「あっ! いや、違うって! そうじゃなくって! 別に『ウンコが乗ってて美味しそう♪』とかそういうんじゃなくて――」
 自分の発言が誤解されていることに気付いた由美子は慌ててフォローしようとした――
「…………」
「…………」

 ――のだが、姉の顔は怖いくらいに真剣そのもの。

 純粋な気持ちでこちらを心配しているのが、ひしひしと伝わってくる。

 その温情が痛くて、由美子は「うぐ……」と呻きを漏らして目を逸らしてしまう。

「あのね、由美子ちゃん……」
「いや、あの……」
「お姉ちゃん、とても心配だわ……」
「あー……」
「なんて言えば良いのかしらね……」
「…………」
「スカトロというフェチシズムを否定するようなことを言うのは心が痛むのだけど……でもね? 由美子ちゃんは乙女として、排泄物と触れ合ったものを口にすることに少しくらい抵抗感を持った方がいいと思うの」

 苦しいと思いつつも……

 一応、弁解を試みてみる由美子。

「え、えーっと、あたしはほら、魔法を使えば排泄物の浄化が出来るし?」

 言いつつ、利き手の指をパチンと鳴らし、お家芸の【変態魔法】を発動する。

 由美子の琥珀色の虹彩が紫色に瞬き――

 目の色が元に戻った時にはもう、グリーンサラダとシチューの皿から全ての黒粒が消え失せていた。

「ほーら、リフレッシュ!」
「…………」
「ウンコなんかもうどこにも存在してないわ!」
「…………」
「キレイキレイ!」
「…………」
「…………」
「確かに、浄化したら影も形もなくなるけど……でも、お姉ちゃんはそういうことじゃないと思うの。生理的な拒否感というのかしら? そういうのは魔法じゃ消せないでしょう?」
「…………」
(ですよねー……)

 真意を伝えれば誤解は解けるのかもしれない。

 だが、それはそれでこっ恥ずかしいし、何より雰囲気的に納得してもらえる気がしない。

(…………)
「あーもう! いいから! なんも心配しなくていいから! いっただきまーすッ!!」

 半ばやけっぱちになってそう叫び、由美子は席に着いてスプーンを取る。

 どろりと熱い白濁した液体を掬い取って、自分の口に運んだ。

「…………」

 姉はしばらく物憂げに愛妹を見守っていたが……

 やがて肩を竦めて溜め息ひとつ。

 作業の続きに戻るべく、キッチンに戻っていった。

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